19:幸せを確かめて
それから半年後、マイルズはアルテナと結婚した。前の人生では出来なかった事をしたいと意気込んでいたマイルズは、盛大な式を挙げるつもりでいたのだが。
マイルズから援助を受けている状態の公爵家では、持参金を用意できないのを気にしたのだろう。アルテナがささやかな式を望んだために、それは叶わなかった。
けれどアルテナに我慢させるつもりはないし、今度こそ幸せにすると決めている。だからマイルズは、自身の母親やアルテナの叔母と協力して豪華な婚礼衣装を準備したり、リメルにも協力してもらって披露宴を開きアルテナの友人達を招いたりもした。
多くの人に祝福されて照れながらも嬉しそうに笑うアルテナの姿は美しく、幸せそうなその横顔にマイルズは見惚れた。
結婚にあたり、マイルズはもう一つ前回と違う事をした。結婚後半年ほどはマイルズの両親と同居したが、その後は新しい家を建ててアルテナと移り住んだのだ。
新居では通いの使用人はいるものの、基本的にはアルテナとの二人暮らしだ。前の人生では一切料理を出来なかったアルテナも、今回は叔母から料理を教わったようで、度々朝食を用意してくれる。愛する妻の手料理を食べられる事は、マイルズにとって思いがけない喜びとなった。
そしてアルテナは、家の事だけでなく商売の手伝いにも積極的だったから、前回以上に店の経営にも関わる事になった。
結婚してからもマイルズの前では照れ屋なアルテナだが、令嬢時代に培ったのだろう話術はマイルズも舌を巻くほどだった。足も悪くないから生き生きとして働き、店を大いに盛り立ててくれる。
前の人生で静かに書類を捌いてくれた姿も魅力的だったが、溌剌とした声と笑顔でクルクルとよく動くアルテナの姿は、さらにマイルズを惹きつけた。
(これ以上夢中になるなんて思わなかったな)
愛する妻に抱く感情は、どんどん膨らんでいく。そうして通わせ合う想いを深めていくと、再び多くの子を授かる事になった。
二度目の人生がこれだけ変わったのだから、生まれる子どもたちも前回とは違うのではないかとマイルズは思ったのだが。幸いというべきか、年齢や性別、順番も全く同じに子どもたちは産まれた。
アルテナは前の人生と同じように、子どもたちに愛情を注いでくれる。けれどそこにはやはり、前とは違う事もあった。
「あ! きれーなおはなー!」
「こら、お待ちなさい! そんなに走らないの!」
「きゃー! おかーさま、こっちこっちー!」
子どもたちを追いかけて走り回るアルテナの姿は、マイルズの目には眩しく映る。前回はこんな事は出来なかった。マイルズや弟妹が子どもたちと遊ぶのを、足の悪いアリーはいつだって微笑ましく眺めているだけだったのだ。
「お母様を困らせてはいけないよ」
「あー、おとーさま! うしろからなんてずるーい!」
「ありがとう、あなた。助かったわ」
「どういたしまして。そろそろお弁当にしようか」
「おべんとー? たべるー!」
天気の良い日に家族みんなでピクニックに出かけるのも、人生をやり直したからこそ出来た事だ。子どもたちがアルテナと楽しげに笑い、語り合うのを見て、マイルズの心に幸せが降り積もっていく。
そんな幸せいっぱいの日々の中、時には二人きりで旅に出る事もあった。オルレア王国中に支店が増えているため、その様子を見に行くというのはもちろんだが。それだけでなく行く先々でその土地の名物を楽しみ、時折寄り道もして景勝地にも訪れた。
その中には、前回行けなかった海辺の街もあった。
「素敵ね。これが海なのね……」
明るい太陽の下、街を見下ろせる高台に立ち、前の人生では見せてあげられなかった海を二人で眺める。潮騒に耳を傾け、風に靡く金髪を耳にかけるアルテナを、マイルズはそっと抱き寄せた。
「気に入った?」
「ええ。この海の向こうに、お義父様の故郷があるのね?」
「そう聞いてるよ。船旅はかなり大変だったみたいだ」
「あそこに見える小さいのが船なのよね?」
「そうだよ。遠くにあるから小さく見えるだけで、本当はとても大きいけどね。港に下りれば近くで見れるよ。乗ってみたい?」
「いいえ、見るだけで充分よ。でも……あなたが行くなら一緒に行きたいわ」
未だに恥ずかしがり屋なアルテナだが、よく話すようになったし、時折こうして気持ちを真っ直ぐに伝えてくれる。愛する妻の顔が輝いて見えるのは、海辺の日差しが強いからだけではないだろう。
「どこに行くにも、あなたを置いていったりしないよ。愛してる、アルテナ」
「わたくしも好きよ、マイルズ」
口付けを落として抱きしめれば、嬉しそうにふわりと微笑んでくれる。そんな風にアルテナが笑う度に、マイルズの胸は満たされた。
「僕は幸せ者だな」
「わたくしもよ」
「本当に?」
「こんなことで嘘なんて言わないわ」
マイルズの胸元でクスクスと笑うアルテナは、本当に幸せそうだ。
喋れなくても構わないとずっと思っていたが、やはりこうして言葉で伝えてもらえると安心出来る。泣きたくなるような幸せに包まれた日々は、かけがえのない時間だった。
こうして愛と共にたくさんの言葉を残してもらえたからだろうか。前の人生と同じ病にアルテナが倒れ再び別れの日を迎えても、マイルズは悲しみこそすれ、以前のように気が狂う事はなかった。