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15:葛藤

 店先で助けた少女を応接室へ案内すると、マイルズは気持ちを落ち着かせるハーブティーを出した。ようやく震えの止まった少女は、カップに口をつけると安心した様子で微笑みを浮かべた。


 先ほど一言漏らしたきりで目の前の少女は全く喋ろうとしないが、洗練された所作やその控え目な笑みがまたアリーの様子を思い出させる。

 思わずじっと見つめていると、少女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「すみません、不躾でしたね」


 苦笑しつつ謝ると、まるで気にしないでほしいとでも言うように少女は頭を振る。声なく気持ちを伝えるその様が、またアリーの姿と重なって見えた。


(まさか、アリーなのか? でも顔があまりに違う……)


 涙で化粧が崩れたからか、少女の顔はより可愛らしく見える。

 マイルズの知るアリーは十七歳だから、それより幼い今は顔付きも違うだろう。それでも、ここまで変わるものだろうか。


(いや、まだ違うと決めつけるには早いはずだ。この子とは、これからも会ってみたい)


 目の前の少女に惹かれつつも、アリーではないのではと思うと罪悪感に苛まれる。それでもこれまで確認してきたどの少女たちより、照れて一言も喋らないこの少女の方が何倍もアリーに近く見えた。

 そこへちょうど他の客が来たため、マイルズは応接室を出ると母親の元へ向かった。


「母さん、少し手を貸してもらえる? 化粧直しをしてほしいお客様がいるんだけど」

「あら、いいわよ。応接室?」

「うん。さっき店の前で怪しい男たちに絡まれてたんだ。それで泣いてしまって」

「それは怖かったでしょうね。後は任せて」


 母の腕なら、きっと少女は店の商品を気に入ってくれるだろう。そうすればまた、買い物に来てくれるかもしれない。

 そう考えて母に後を頼んだが、思った通り化粧を整えて出てきた少女は、恥ずかしそうに顔を赤くしながらも嬉しそうに笑ってくれた。


「よろしければ、またお越しください。いつでもお待ちしております」


 警戒心を抱かせないよう優しく微笑めば、少女は何度もコクコクと頷いた。そんな仕草もやはりアリーに似ていて、マイルズの胸は切なく痛んだ。


(この子がアリーならいいのに)


 一縷の希望を抱いて、マイルズは名も知らぬ少女を見送る。

 すると後日。マイルズの思惑通りに、少女は再び店へやって来てくれた。


「いらっしゃいませ。ああ、お客様。またいらしてくださったんですね」


 友人らしい赤毛の女の子と手を繋いで現れた少女に、マイルズはすぐに気付いた。

 思わず笑みを浮かべて声をかければ、少女は恥ずかしそうに俯いてしまう。


 そんな少女の今日の装いは、貴族令嬢というより裕福な平民の娘というような簡素なもので、さらにアリーの姿を彷彿とさせた。

 紫色のワンピースドレスは先日の大人びた物と違ってフワフワとしていて可愛らしく、小ぶりな銀のアクセサリーも似合っている。まるで自分のために誂えてくれたかのようなその衣装に、マイルズは浮き立つ心を必死で抑えた。


 少女の事をもっと知りたいとマイルズは思ったが、もし本当に貴族令嬢だとしたら平民から問いかけるのは失礼に当たる。少女が話してくれない限り、マイルズは何も出来ない。

 そんなマイルズの心境を読んだわけではないだろうが、少女の友人が照れて喋れない少女を庇うように声を挟んだ。


「ごめんなさいね、この子はとても恥ずかしがり屋なのよ。でもここの商品がとても良いって教えてくれたの」

「そうでしたか。気に入って頂けたのですね。ご紹介頂きありがとうございます」


 マイルズが微笑みかけても、少女は顔を赤くして俯いたままだ。間を取り持つように、少女の友人はあれこれと話を繋いでくれたが。結局この日マイルズは少女の声を一度も聞く事が出来ず、どうにか少女が以前から店の香油を愛用しているという事を知るだけだった。


 そこでマイルズは、会計時に意を決して少女の友人に語りかけた。


「定期的にご購入頂けるのでしたら、よろしければお届けにあがりますがいかがですか」

「お願いしたい所だけれど、私たちは貴族学校に通ってるの。部外者は入れないから結構よ」

「そうですか。差し出がましい事を申しました」


 配達依頼を受ければ、自然と名前や住所も知れると思って提案したのだが。どうやら少女たちは、本当に貴族令嬢だったようだ。だとすれば、マイルズから気軽に話しかける事も出来ない。

 気落ちした姿を気取られないようにしたつもりだが、少女の友人はクスリと笑った。


「私はリメル。伯爵令嬢よ。あの子とは同じクラスで六年生なの。また休みの日にはあの子とここへ来るから、よろしくね」

「リメル様でございますね。かしこまりました。またのご来店をお待ちしております」


 人生をやり直している事を加味すれば、リメルはかなりの年下だ。それなのに内心を見透かされたような気がして、マイルズは気まずく思った。

 けれどリメルは、また少女を連れてきてくれるらしい。リメルの意図は分からないが、有難い申し出にマイルズは心底安堵した。


 それからリメルは宣言通り、何度となく恥ずかしがり屋の少女を店に連れてきてくれた。

 いつも話すのはリメルで、少女は一言も喋らない。けれど控えめにマイルズを見つめるその瞳には隠しようもない熱がこもっていたし、リメルの問いに答える形で甘い物も好きだと話して以降は手作りのお菓子まで差し入れてくれる。

 どう考えても、あの金髪の美少女はマイルズに気があるとしか思えない。そしてリメルは、そんな少女を応援しているのだろう。


 けれどマイルズはそれを嬉しいと思う一方で、苦しみを感じるようにもなっていった。


(もしあの子がアリーじゃなかったら……)


 自分の心はアリーだけに捧げてきた。あの子がアリーであって欲しいと願うほど、アリーでなかったらと不安に苛まれる。

 愛したアリーを裏切る事などしたくない。マイルズは店に少女が来るのを待つ一方で、アリー探しも引き続き精力的に行った。


 そうする間にまた月日は過ぎていき、恥ずかしがり屋の少女は成長していく。驚くことにその顔付きがアリーにどんどん似ていくから、マイルズはさらに悩んだ。


(この子がアリーならいいけれど。もし親戚とかだったら、どうしたら……)


 探偵から教えられる金髪碧眼の少女はついに全て確認し終え、違うなら王都にはいないのではないかと言われてしまった。

 対して成長した少女の体つきはもちろんのこと、つぶらで大きかった瞳は切長になり、可愛らしい美少女は涼やかな美しさを放つ美女になった。そんな彼女がマイルズにだけ照れて微笑む様は、アリーと全く同じに見える。


 少女の年齢はアリーと同じだが、名前や家名も分からないから家族構成すら調べようがない。それとなくリメルに聞いてもはぐらかされてしまうし、本人は全く声を聞かせてくれない。

 それならと探偵に頼むと、面識があるのだから本人に直接聞いた方がいいと諭されてしまう始末だ。


 この少女がアリーだとして、定期的に店に来てくれるしリメルも付いているから、何かしら異変が起こればすぐに気づけるだろう。

 けれど少女をアリーだと勘違いしてアリー本人を救えなかったらと、不安がマイルズの胸を埋め尽くす。


 きっとこの悶々とした日々が終わりを告げるのは、アリーが娼館に来た日を越えてからでしかないはずだ。


(アリーが来なかったら、あの子がアリーということだ)


 グラナダに縁ある商人の伝手で、隣国の情勢や事件についても早めに知れるようにはなったが、それも結局は後手に回ってしまう。港に来た金髪碧眼の娘たちにしても同じ事だ。


 アリーが暴力を受ける前に助け出すはずが、娼館に来るかどうかで考えるしかないなどと情けなくて仕方がない。

 それでも他に方法はなく、少女がアリーであってほしいという願いはどんどん膨れ上がっていき。ついにマイルズは二十歳になり、アリーと娼館で出会った日を迎えた。

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