14:少女との出会い
父の手伝いとして外回りをしてきたマイルズだが、叔父が投獄されてからは表には出ないものの店でも働くようになった。
二度目の人生を送るマイルズにとって商品の整理や経理などは手慣れたものだが、どこで覚えたのかと不審に思われては困ってしまう。違和感を持たれないように父親の指示を仰ぎながら、マイルズは裏方の仕事をこなした。
そうして一年ほど前に、庶民街から大店のある通りへ店が移転すると、跡取りとして店頭にも立ち始め接客を父から教わった。
従業員も増えたが、基本的に店頭に立つのは父親とマイルズで、たまに母親がいる程度だ。新しい店には貴族も訪れるようになったため、マイルズとしてはアリー探しにちょうどいい。客の年齢は違っても、アリーの縁戚を見つけられるかもしれない。
けれどそんな期待とは裏腹に、全くアリーの手がかりは見つからない。十八歳となっても変わらない現状に焦りが募る。
それでも仕事に手を抜く事はせず、マイルズはその日も丁寧に女性客の対応をして、店先で客を見送った。
店内に他の客はおらず、両親は在庫の確認をしに裏の倉庫へ行ったため、マイルズは一人店へ戻ろうとしたのだが。その時、ふと視界の片隅に金髪が目に入った。
(あんな所で何をしているんだろう。待ち合わせかな?)
素知らぬ顔で店先に並べてある見本を整えつつ、マイルズは視界の端に映る金髪を意識していた。
位置的に低めの場所に金髪が見えるから、マイルズより年下なのは確実だろう。スカートの裾のような物もほんの僅かに見えるから、女の子だと思われた。
(アリーは今、十五歳のはずだ。あの子もそれぐらいかな。今まで確認した子たちだろうか)
この三年間、探偵に金髪碧眼の少女を教えられては、マイルズはこっそりとその人物を確認してきた。
中には裕福な平民の少女もいたが、大抵は貴族学校に通う令嬢たちだ。どうやって調べてくるのかは分からないが、その令嬢が町に出てくる日を探偵が教えてくれるので、それに合わせて遠目から確認するのが常だった。
かなりの数を確認してきたが、それでもまだ貴族学校にいる金髪碧眼の令嬢全員ではないという。だからまだ、アリーが王都にいる可能性を捨てきれない。
街路樹の陰にいる少女がアリーである可能性もあるため、マイルズはどうしても顔を見たかった。
(こっちを見ている? 店を気にしているのかな。待ち合わせている相手が来たら、店に来てくれるだろうか。……あ)
願いを込めつつ視界の端に金髪を捉え続けていると、その少女が街路樹から離れて去ろうとしていた。思わず顔を上げて少女の背を遠目に見ると、その少女の前に数人の男たちが現れていた。
(あいつら、何を……!)
身なりこそまともだが、男たちはいやらしい目つきで少女を見ている。
きっと良家の令嬢なのだろう、少女は凛と立ったまま視線を受け止めているようだが、その華奢な背がより小さく見えてマイルズは居ても立っても居られず駆け出した。
「ああ、お客様! お待ちしておりました!」
背後から声をかけると、ふわりと金髪を靡かせて振り向いた少女は驚いた様子で目を見開いた。こぼれ落ちそうな大きな瞳は美しく澄んだ青色で、ピンク色の唇は小さく、その肌は驚くほど白い。まるで人形のような可愛らしい顔立ちだ。
だが薄緑色の小花柄のドレスは大人びた意匠で、成長途上の女性らしい曲線を目立たせている。これから花開いていこうとしている少女の危うい魅力に、マイルズは釘付けになった。
(なんて可愛い子なんだ。こんな子、見たことない)
その子は美少女といえるが、アリーはもっと目尻が細く、キツめにも見えるような美貌の持ち主だったから、きっとアリーではないだろう。けれどなぜか惹きつけられたように目が離せない。
すると、少女の目に涙が滲んだのを見てハッとした。
(何をしてるんだ、僕は。今はそれどころじゃないのに)
決して喧嘩が得意なわけではないが、こんな可愛らしい少女を放っておく事など出来ない。もしかしたらアリーも、この様にして連れ去られたのかもしれないと思うと、言いようのない怒りが沸々とマイルズの胸に沸いた。
「お客様、こちらはお連れ様ですか?」
安心させるように少女には微笑んで、次いで男たちを睨みつける。だが男たちは、マイルズ一人程度どうにでもなると思ったのかヘラヘラと笑っている。
(何があっても助けてみせる。この子を守れなくて、アリーを守れるか)
マイルズは少女への不快な視線を断ち切るべく、男たちの前に立った。すると男たちは何かに気付いたのか不意に視線を揺らし、焦りを滲ませた。
「いや、俺たちは……ちょっと道を聞こうとしていただけだ」
男たちの目線の先を辿れば、少し離れた場所から屈強な男たちが顔を出していた。彼らに首を突っ込まれたら不利になると考えたのだろう。男たちは言い訳を残して慌ただしく去っていく。
けれど屈強な男たちは、こちらの様子を一瞥するとまた姿を隠した。
(あの人たちは、この子の護衛なのかな……)
どう見ても良家の令嬢としか思えない少女が、一人で出歩くなど考えられない。彼らが護衛なのだとしたら、マイルズは無害と判断されたという事だろう。
マイルズはホッとして苦笑を浮かべた。
「すみません、お嬢さん。突然声をかけまして」
出来る限り穏やかに声をかけたつもりだが、少女は今にも泣き出しそうな顔で頭を振った。
目の前の少女はアリーとは顔付きがだいぶ違うのに、涙を浮かべて震える様は、なぜかマイルズの記憶にあるアリーと重なって見える。このまま帰してしまうのは、どうにも惜しく感じられた。
「怖かったでしょう。もしよろしければ少し休んで行かれませんか? お茶をお出ししますので」
平静を装って誘えば、少女の瞳からホロリと涙が一筋溢れた。けれどそれと同時に少女は微笑み、「はい」と呟き声を返してくれた。ほんの小さな囁きのようなのに、その声は不思議とマイルズの心を満たしていく。
「良かった。では、こちらへどうぞ」
警戒されなかった事に自然と口元が緩んだまま、マイルズは少女を店へ誘った。




