12:変化
それから程なくして、マイルズたちは王都へ移り住んだ。アリー探しも叔父を遠ざける事も進展は見られないが、だからといって諦めるつもりはない。
アリーの事も気にかかるが、この先アリーを見つけ出した時に叔父がいれば、きっと美しいアリーを狙うだろう。父の協力は得られないが、まずは叔父をどうにかする事に注力しようとマイルズは考えた。
「父さん、僕にも店を手伝わせてもらえないかな」
前回マイルズは、まだ子どもだというのを理由にあまり店には関わらせてもらえなかった。王都に新しく出した店はそれなり繁盛したが、その手伝いは叔父と母親がしていたため、むしろ家で弟妹の世話を任されたのだ。
前の人生では何の疑問も持たずに留守番を引き受けたが、今回は出来る限り叔父の動きを見張っておきたい。そんな思いで開店がひと段落した頃に父親に頼むと、父は嬉しそうに笑った。
「お前には留守番を頼んで、店は母さんに手伝ってもらおうかと思っていたが。お前は小遣い稼ぎも頑張っていたからな。手伝ってくれるなら、せっかくだから自分で作った商品をやってみるか?」
「リモネの化粧水や石鹸のこと?」
「ああ。王都の客は少し値が張っても綺麗な品を好むようだから、瓶や包装を変えた方がいいかと思ってね。教えるから、依頼する工房探しから交渉、デザインまでお前がやってみるか?」
「やります! やらせてください!」
「やる気だな。期待してるぞ」
外回りとなると叔父の様子を逐一確認する事は出来ないが、少しでも店に関われるなら安心出来る。それに合間にアリー探しも出来るだろう。マイルズは喜んで頷いた。
前の人生ではなかった父親の教えを受けつつ、マイルズは仕事に励む。叔父の事も注意深く観察したが、特に変わった点は見受けられない。前回あれほど多額の借金を作り上げたのだから、必ずどこかで動いているはずだが、マイルズの見れる範囲では花街に行く以外は特に動きはなかった。
もしかすると自分の行動が変わった事で、叔父も変化したのだろうか。そんな風にも思ったが油断は禁物だ。父や自分の見えない部分で何をしているか分からない。
そう考えつつ日々を過ごしていたある日、さらに前回とは違った事柄にマイルズは気付いた。
「父さん、新しい人を雇ったの?」
王都へ移り住んで半年ほど経ったこの日。選定したガラス工房での打ち合わせを終えて店に戻ると、店の奥に見慣れない青年の姿があった。
恰幅の良い青年が、商品の詰まった重い箱を次々に運び込んでおり、そんな青年を叔父が苦々しげに盗み見ているのが印象的だった。
「ああ。お前が作った品だけじゃなく、他にも新しい商品を扱うことにしてね。人手が足りないから来てもらったんだ。ずいぶん力持ちな人で、助かってるよ」
前の人生ではいなかった人物の登場に驚いたが、未来が変わっているのなら良い傾向だ。とはいえ、良い方向に変わっているのかが分からないというのは不安な所だ。
マイルズはもう一つ、ここ数日で気になっていた事を尋ねた。
「そうなんだ。他にも雇った人はいるの?」
「いや、いないが。どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
気になっていたのは、この所店の周りでよく見かける男たちの事だった。彼らは明らかに素人ではなさそうだから、父親が何か知ってるかと思ったのだが、どうやら父は男たちの存在すら気付いてないらしい。
一体彼らは何のためにこの辺りにいるのだろうか。
(悪意はなさそうだけれど、何かに警戒しているみたいだからな……)
前回マイルズは娼館で働いていた頃、何人もの荒くれ者を見てきている。店の周囲にいる見慣れない男たちは、そういった争い事に長けたような体つきの良い者たちだ。帯剣はしていないが、兵士のような鋭い雰囲気を持ちつつそれを上手く隠しているようにマイルズには見えた。
(たまに騎士は巡回しているけれど、この辺りは治安はいいはずなんだけどな)
店は下町の中でも立地の良い場所にあるが、武器屋や防具屋は職人街の方にあるから、この辺は物騒な男たちがたむろする場所でもない。
この近くに何かあるのか。それとも、叔父がどこかで何かをしでかしたのか。少なくとも店に出入りするマイルズは無視されているので、マイルズとよく似た父親にも害はないだろう。
特に気付いていない父親に、無駄な心配はかけたくなくてマイルズは言葉を濁した。
(変わるのも良し悪しだな)
前回と違う事になれば、先を読む事は難しくなる。緊張を感じつつ過ごす事になったが、一ヶ月も経たないうちになぜその男たちがいたのかは判明した。
ある日、いつも通り店に向かった父親に遅れる事数刻後、母が作った昼食の弁当を人数分抱えつつマイルズが店に出ると、営業時間にも関わらずなぜか閉店していた店の中で父親が項垂れており、従業員の青年が慰めていた。
店内に客はいないが荒らされた形跡もない事から、物取りにあったわけでもなさそうだ。なぜ父が落ち込んでいるのか、全く予想も出来なかった。
「父さん、どうしたの?」
「マイルズ……。あいつが……」
「あいつって叔父さん? そういえば叔父さんはどうしたの?」
「捕まったんだ」
「……え?」
「あいつは本気で、私たちを殺すつもりだった」
驚いた事に、マイルズが何もしないうちに叔父は捕らえられていた。昨夜叔父は帰宅しなかったが、度々花街に出かけているためそれはよくある事でもあった。けれど叔父は昨夜遅くに店の馬車に細工をしていたらしく、付近にいた男たちに捕らえられ、警備隊に突き出されたらしい。
恐らく、叔父に恨みのある誰かが雇ったのだろう、店の周囲にいた男たちは叔父を見張るためにいたのだった。
「前から聞いてはいたんだ。あいつが毒を隠し持っていると。気をつけるよう言われたが、何かの間違いだと思っていた。それなのに……」
これまでマイルズには黙っていたが、叔父はこっそりと毒薬まで手に入れていたのだと父親から聞いて、マイルズは青ざめた。
(まさか……前回も叔父さんが父さんたちを?)
前回、両親が馬車事故にあったのは、今から数ヶ月先だった。だからまだ何の心配もしていなかったというのに、下手をしたら今日父親は死んでいたかもしれない。
思いがけない話に愕然とするマイルズの手を、父親はギュッと握った。
「マイルズ、すまなかった。お前の言う通りだった」
「父さん……。無事だったならいいんだよ」
「すまない。本当にすまない」
マイルズの手を額に押し当てて何度も謝る父の姿に、胸が痛くなる。あれほど信じた叔父に裏切られて、どれだけ辛かっただろうか。
けれど同時にマイルズは、ホッと安堵もしていた。念のため気をつけるつもりではいるが、前回も叔父のせいで両親が死んだのならもう二人は無事だろう。
その温もりを確かめたくて、マイルズは幼い頃にしていたように父の背に手を回し、そっと抱きしめた。




