11:父と叔父
叔父は一度目の人生と同じく、祖母が亡くなった一ヶ月後にマイルズの父を訪ねてきた。
「兄さん、助けてくれないか。もう俺、どうしようもなくて……!」
叔父の髪はマイルズの父と違い、白髪混じりの黒といった色合いで、瞳は焦げ茶色だ。しかしその顔立ちは父とよく似て優しげなため女性に人気があり、叔父本人も女遊びを好んでいた。
前の人生で世話になった父の友人ジョシュアが叔父を嫌うのもこのためだった。叔父はジョシュアの恋人に手を出そうとしたため、友人関係に亀裂が入ったのだ。ちなみにその恋人は、後のジョシュアの妻である。
そんな叔父だから、前回と同じく今回も複数の女性の間を渡り歩いた挙句に手を出してはいけない相手と関係を持ったらしい。その女性の夫から、叔父は命からがら逃げてきていた。
父に縋り付く叔父の姿は酷いものだ。薄汚れて破れもある服を纏い、目は落ち窪み髪はボサボサで顔には殴られたような痕がある。心根を入れ替えると訴える様は憐憫を誘うだろう。
この必死な様子に、前回マイルズの両親は騙され、叔父の面倒を見てしまった。けれど叔父は全く懲りておらず、隠れて遊び歩いていた。
それをマイルズが知ったのは、両親が事故死してからだ。叔父が作った借金を背負わされて、娼館へ放り込まれてからだった。
マイルズは苦々しい思いで叔父を見つめるが、父親は前回と同じように叔父を受け入れた。
「まったくお前は……どうしようもないな。もうやらないと約束出来るか?」
「約束する! 今度こそ真っ当になるから!」
「必ず守るんだぞ。これで最後だからな」
「ありがとう、兄さん!」
父を止めたい所だが、叔父と出会ったばかりのマイルズが言った所で受け入れられはしないだろう。そう遠くないうちに必ず尻尾を出すと確信し、マイルズは叔父の様子を注意深く探る。
すると半年も経たないうちに、叔父は娼館に出入りするようになった。王都へ店を出す準備に父親が忙しくしている隙をついて、こっそり通っていたのだった。
「父さん、叔父さんのことで話があるんだ」
「どうかしたか?」
「叔父さんは、また女性にのめり込んでる。花街に出入りしてるのを見たんだ」
今後必ず問題を起こすだろう叔父を、王都に連れて行きたくはない。父親が考えを変えてくれる事を願って、マイルズは父が不在の間の叔父の様子を事細かに話した。
けれどそれを聞いて、父親は顔を顰めるだけだった。
「マイルズ。それが本当だとして、お前は花街までついて行ったのか? あそこは子どもが行く場所じゃないだろう」
「そうだけど……でも叔父さんが」
「確かに褒められたことではないが、あいつの女好きはそう簡単に直るものではないと、父さんは思っている。まだ店に行ってるだけマシだろう。渡した分で金が足りてるなら、それぐらいは目を瞑るつもりだ。だから、もう後をつけたりしてはいけないよ」
今のマイルズは十四歳になったばかりだから、父親の心配もよく分かる。けれど子どもだからといって、叔父ではなく自分の方を窘められてしまった事が悔しくて堪らない。
体が子どもになっているから精神も引っ張られてしまったのだろうか、マイルズは柄にもなくカッとなって言い募った。
「でも叔父さんを信じるのは危ないよ。お祖母さんだって嫌っていたし、いつか必ずあの人は何かしてくる。問題が起きてからじゃ遅いんだ。だから父さん、頼むから叔父さんを王都に連れて行くのは考え直して」
「お祖母さんからあいつの話を聞いていたのか。だがな、マイルズ。人はやり直すことも出来るんだ。間違いだと気付いた相手には、チャンスをあげるのも大事なんだよ」
「それは僕も分かるけど、あの人は違う。叔父さんは絶対に変わらない!」
「マイルズ!」
いつも穏やかな父親だが、珍しく大声でマイルズの言葉を遮った。
「マイルズ、言葉には気をつけなさい。決めつけるようなことを言ってはいけない」
「でも本当に」
「不安なのは分かる。だがお前は特に言葉に気をつけなくてはならないんだ」
「どういう意味?」
思いの外真剣に話をされ、マイルズは戸惑った。そんなマイルズに、父親は故郷の話を語り始めた。
「父さんたちは、戦争に負けて祖国が無くなったからここへ来たというのは前に話したね?」
「うん、聞いたよ。それでこの町で、母さんと出会ったって」
「そうだ。その無くなった国には、古い言い伝えがあるんだ。私たちが話す言葉は神も聞いている。それを神は時折気まぐれで形にしてしまうと言われているんだ。特に、神が愛する子の言葉は」
「神が愛する子?」
「祖国で祀られていた神と同じ、銀色の髪に紫色の瞳が寵愛の証だと言われている。つまり、私とお前だよ。マイルズ」
突然神などという話を持ち出されて、マイルズは唖然とした。
声はなくとも、何を言っているのかという気持ちが顔に出てしまったのだろうか。父親は言い聞かせるように話を続けた。
「もちろん、ただの言い伝えかもしれない。父さんは国が無くならないように何度も祈ったけれど叶わなかったからね。けれど、口にする言葉には気をつけてほしい。万が一、その通りになって後悔するような言葉は特にね」
到底信じられない話だ。マイルズだって、一度目の人生でアリーを幸せにすると何度も明言してきたのだ。それなのにアリーの最期は、悲しげな涙で終わってしまった。
それでも父親は、マイルズが叔父を疑うのを良しとはしないようだ。マイルズは仕方なしに「分かった」と言うしかなかった。