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6:献身

 辺境の町までは、王都から馬で五日はかかる。けれどアリーは体が弱っている上に、馬に乗り慣れていない。馬を乗り換える以外には町にも寄らないから野宿も続くし、アリーには辛い旅となるだろう。

 そのためマイルズは細やかにアリーの様子を見守り、休憩も小まめに取る事にした。その分日にちは長くかかるが、アリーが倒れてしまっては元も子もない。

 追手だけでなく野盗や獣にも警戒する必要があるため、マイルズは常に気を張っていたが、その旅路は思った以上に楽しいものとなった。


 日が昇ると簡単な朝食を食べて出発し、水場を見つけては水筒を満たしたり軽く水を浴びて身を清めたりする。いつだってアリーは綺麗だと思っていたが、陽光の下で水に濡れた姿は見惚れるほど美しい。

 森で見つけた木の実や果実を食べさせれば嬉しそうに微笑むし、馬上で話しかけると声は出せなくとも身振り手振りで答えてくれ、掠れ声ながらも楽しげに笑ったりもする。

 星を眺めて肩を寄せ合う夜は、安心したように身を預けて眠ってくれた。それが嬉しくて愛おしくて、マイルズはどんどんアリーに夢中になった。


 マイルズの甲斐甲斐しい世話を受けたからか、最も心配だったアリーの体調も悪化する事はなかった。疲れは見えるがアリーは朗らかな笑みを浮かべ、マイルズの指示にも素直に従ってくれる。

 おかげで面倒事に巻き込まれる事なく旅路は順調に続き、王都を発って十日を過ぎた頃には、無事に辺境の町オラニエへたどり着いたのだった。


「アリー、着いたよ。ここがオラニエだ」


 オラニエの町はオルレア王国の東端に位置しており、深い渓谷を挟んだ先は大陸一の大国ラジュニア帝国だ。けれど急峻な山河に阻まれているため、帝国との行き来はない。帝国へ渡るには、ここから南に下った先にある砦町を通る必要がある。

 そのためオラニエは、それほど人口が多いわけではない。果樹栽培や牧畜で生計を立てる者が多く、牧歌的で落ち着いた雰囲気の田舎町だ。


 けれどこの雄大な景色に惹かれる者も多いようで、それなりに旅行客も訪れるし移住者もいる。土地が余っているため、住民は新しく来た者たちにも寛容だ。だからこそマイルズの父の友人もこの地に根を下ろしたはずで、マイルズも新天地に選んだ。

 アリーも気に入ったようで、マイルズの声がけに答えるのも忘れて夕日に照らされる美しい山々と町の景色を眺めている。そんなアリーの姿に安堵して、マイルズは馬を進めた。


 すでに到着しているはずの弟妹と早く合流したい所だが、もう間もなく日暮れだ。今夜は宿で休み、明日弟妹を探すべきだろう。

 翌朝に父の友人宅を訪ねる事に決め、マイルズは一軒の宿屋へ入った。


「アリー、僕と同じ部屋でもいい? 大丈夫、何もしないから」


 路銀にはまだ少し余裕はあるが、助けを得られるかは分からない以上、少しでも節約した方がいい。問いかければ、アリーは照れたように頬を赤くしながらも頷いてくれた。

 年若い夫婦に見えたのか、宿の女将はやたら良い笑顔で部屋の鍵を渡してきた。


 そうしてこの夜、二人は久しぶりに温かな湯で身を清め、清潔なベッドで眠る事が出来た。旅の疲れもあり、マイルズもアリーも深い眠りにあっという間に落ちて行く。

 屋根の下で何の警戒もせずに休めたからだろうか。アリーは翌朝、元気に目を覚ましたのだが、マイルズは起き上がる事が出来なかった。


「アリー……悪いけど、これで食事をしてて」


 王都で弟妹を見送ってからアリーと逃げ出すまで、マイルズは不安から眠れぬ日々を過ごしていた。さらに十日に渡る旅の間、野宿の時も浅い眠りしか取らずにずっと気を張り続けていたのだ。

 その疲労は思った以上にマイルズの体を蝕んでおり、マイルズは熱を出していた。


 朦朧とする意識の中、マイルズはどうにか財布をアリーに渡し、気を失うようにして再び眠りに落ちる。アリーが懸命に看護してくれているのだろう、時折水に濡れた布が口元に当てられたり、額に乗せられたりする。

 それでもなかなかマイルズの熱は下がらず、ようやくマイルズが意識を取り戻した時には、さらに三日が経っていた。


「……アリー?」


 ぼんやりと意識が覚醒した時、マイルズの枕元ではアリーがうたた寝をしていた。華奢な手がマイルズの手をしっかりと握っている。

 心配をかけてしまった事は悪いと思ったが、必死に看病してくれたのかと思うとマイルズの胸に愛しさが込み上げた。


「アリー、ありがとう」


 握られているのとは違う手で、そっとアリーの頭を撫でる。その感触に違和感を感じてマイルズは身を起こそうとしたが、それを確認するより先にアリーが目を覚ました。


「なっ……アリー!」


 マイルズを見てアリーは目を見開き、じわりと涙を滲ませて抱きついてきた。

 けれどマイルズは、それどころではなかった。先ほど感じた違和感が何だったのかを明確に目にし、愕然とした。


「アリー、その髪は? どうしたの⁉︎」


 アリーは相変わらず男装をしたままだったが、髪紐でまとめてあったはずの金髪は短く切られていた。

 するとアリーは涙を拭うと、枕元に置かれていた薬をマイルズに差し出してきた。


「まさか……医者を呼ぶために髪を売ったの?」


 震える声で問いかければ、アリーは微笑んで頷いた。髪は女の命とまで言われるほど大切なものだけれど、平民なら貧しさから髪を売る事もある。だがアリーは、元は身分のある娘なはずだ。大事にしていた髪を切るなど、どれだけ辛かっただろうか。

 自分がアリーを想うのと同じように、アリーもマイルズを想ってくれている。言葉はなくても態度だけで充分だと思っていたのに、こんな形で伝えられた事にマイルズは涙した。


「アリー、ありがとう。ごめん、ごめんね……」


 ギュッと抱きしめると、アリーは大丈夫だというようにそっと背中をさすってくれる。マイルズは自分の不甲斐なさを責めながら、アリーの肩口に顔を埋めた。

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