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4:告白

 弟妹の協力もあり、逃亡の準備は順調に進んだ。娼館の者たちに気付かれないよう、二ヶ月かけて旅に必要な様々な品を用意し、それを少しずつ王都近郊の森へ運んで隠したのだ。

 これで祭りの喧騒に紛れて町を出た後、その荷物を持てばそのまま旅立てる。急遽立てた逃亡計画だったが、目処がついた事にマイルズは安堵した。


 けれど二ヶ月の間には、想定外の事柄も起こった。マイルズがいない隙に、他の下男がアリーに建国祭で初めての客を取る事を話してしまったのだ。

 そのせいで、元気を取り戻してきていたアリーは再び塞ぎ込むようになってしまった。気丈に振る舞ってはいるものの食欲もないようで、マイルズが食べさせようとしても本当に僅かしか口にしない。無理に食べさせようとしても吐いてしまうのだ。


 安心させるために逃亡計画がある事を伝えてしまいたかったが、こうまで取り乱しているアリーが急に落ち着いたら不審に思われるだろう。

 マイルズはアリーの心痛を思いながらも、口を閉ざしてその日を待った。


「それじゃ兄ちゃん。俺たちは先に行くね」

「お兄ちゃん、絶対に来てね。待ってるからね!」

「ああ、向こうで会おう。気をつけて」


 建国祭の三日前には、予定通り弟妹は王都を旅立った。二人は乗合馬車を乗り継ぎ、一気に辺境の町まで向かう予定だ。

 見送りを終えると、彼らがいない事を気付かせないように、マイルズは注意して残りの日々を過ごした。


(次は僕の番か。計画通り行けばいいが)


 初めて一人きりで過ごす夜は落ち着かず、逃亡がうまくいくかと不安も感じてしまう。

 だからだろうか。眠れぬ夜を過ごすうちに、これまで全く考えてもいなかった心配事が胸に湧き上がった。


(アリーは本当に僕と逃げてくれるだろうか)


 食欲を失くすほど嫌がっているのだ。断られないとは思うけれど、本当に逃げてくれるかは分からない。だからといってやめるつもりはないが、不安は常に付き纏う。

 それでも日々は過ぎて行き、ついに建国祭当日となった。


 建国を祝う祭は、節目となる十年毎に国を挙げて行われている。特に王都では三日間に渡って続くため、近隣の村や町からはもちろん、遠く離れた町の人々もわざわざ王都の祭りを楽しみにやって来る。

 数日前から人通りの多くなった王都では誰もが浮き足立っており、それは娼館で働く者たちも同じだった。


「マイルズ。昼当番、本当に頼んでいいんだな?」

「はい。僕は準備があるので」

「ああ、オークションは明日だもんな。せっかくだし、あの子の好きそうな物でも作って少しでも食わせとけよ。これ、今日の材料費な」

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 料理番をしている男も祭りに行きたがっていたため、マイルズは建国祭初日の昼食準備を引き受けていた。預かった金を手に、マイルズは市場へ食材の買い出しに向かう。

 そうしていつも以上に多い人をかき分け必要な物を購入すると、娼館へ戻るために裏路地へ入り込んだ。


 歩きやすくなった道には、小物や装飾品などの露店がいくつか並んでいる。それらを何とはなしに眺めつつマイルズは帰路を急いだが、ふと気になる物を目にして足を止めた。


(もしアリーと別れることになっても、これを見たら僕を思い出してくれるだろうか)


 マイルズの目に止まったのは、紫色のガラス玉を繋げて作られた腕輪だった。ないとは思うが、万が一にもアリーが逃げたくないと言った場合でも、娼館を裏切るマイルズは一人でも逃げるしかない。

 考えたくはないがもしそうなったとしても、彼女の心に何かしら自分の記憶を残したいと考え、マイルズはその腕輪を手にした。


「おじさん、これを」

「あいよ」


 果たしてアリーはこれを着けてくれるだろうか。もし断られても、自分の瞳と同じこれをせめて手元にだけは置いてもらえたら。そんな事を考えて不安を紛らわしつつ、マイルズは計画を実行に移す。

 昼食の準備を代わりに引き受けたのは、善意からなわけではなく逃亡計画のためだ。娼館には、精神が不安定になり不眠に悩まされる娼婦のために、眠り薬が用意されている。それを昼食のスープに混ぜて、娼館中の者たちを眠らせるつもりだった。


「アリー、お昼だよ」


 娼婦や下男、護衛たちに娼館主まで。皆に昼食を配った後に、マイルズはアリーの部屋へ堂々と向かった。

 アリーのスープには、当たり前だが薬は仕込んでいない。一体誰に買われるのかと絶望に涙しているアリーに、マイルズはそっと語りかけた。


「アリー、泣かなくていいんだ。大丈夫だよ」


 皆に飲ませた眠り薬が効き始めるまで、まだもう少し時間がかかる。それまでの間にアリーを説得し、逃亡の準備を終えなければならない。

 マイルズはスープを傍らに置くと、泣き伏しているアリーを抱きしめた。


「アリー、嫌なら逃げようか」


 耳元で囁くと、アリーは驚いた様子で顔を上げた。また少し痩せてしまった頬を伝う涙を拭い、マイルズは語りかけた。


「信じられないかもしれないけれど、僕は君が好きだ。君がここで、誰かに好きにされるなんて見たくない。僕には耐えられないんだ」


 呆然としているアリーの手に、買ってきたばかりのガラスの腕輪をそっと嵌める。自分の心ごと受け取ってほしいと願いを込めて、言葉を継いだ。


「外はお祭りで大賑わいだよ。これはお土産。だから、僕と逃げよう? もっと楽しいところへ。もう準備は出来ているんだ」


 微笑んで手を差し出すと、アリーは再び涙を流しつつ胸に飛び込んできた。

 逃げたいと全身で伝えてくるアリーの体は細く、今にも折れてしまいそうだ。預けられた温もりを二度と悲しませないと心に誓い、マイルズはアリーを優しく抱きしめた。

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