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【連載版】死に戻り悪役令嬢は、今度こそ「好き」と言いたい  作者: 春日千夜
第一章 もう一度あなたに会いたい
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5:婚約の打診

 アルテナは朝食を終えると、父親の書斎へ向かった。公爵家の屋敷はかなり広いため、長い廊下を歩いていく。


 死に戻ったアルテナが、父であるサーエスト公爵と相対するのは追放された時以来だ。実に四十三年ぶりとなるため緊張してしまうが、十歳の頃の自分はそれなりに父と顔を合わせていた。

 親しい関係ではなかったものの、あまり固くなっても怪しまれるだろう。アルテナは意識して、肩の力を抜いた。


「お父様、アルテナです。お呼びと伺いました」

「入りなさい」


 久しぶりに聞く父の声は記憶にあるのと寸分違わない。けれど書斎机に向かう父の姿は、当然ながら最後に見た時より若く見える。アルテナは改めて、自分が過去へ戻ってきた事を実感した。


「アルテナ、今日はお前に大事な話がある」


 父親は威厳溢れる声音で言うと、一通の手紙を差し出した。


「お前宛てに、城から届いた招待状だ。王太子殿下から個人的な茶会へ招かれている。これの意味するところは分かるな」

「はい、お父様。王太子殿下は婚約者をお探しになっていると聞いています。わたくしが婚約者候補として招かれたということですね」

「表向きはそうだ。だが候補ではなく、お前が婚約者となることは内々で決まっている。そのつもりで準備をしておきなさい」


 アルテナの予想通り、父親から告げられたのは婚約話で、話の流れも一度目の人生と全く同じだった。

 前の人生では、穏やかで従順な淑女として過ごしていたため、王太子との婚約もかしこまって受けていたが、今回は違う。

 アルテナは決意を込めて、首を横に振った。


「お父様。申し訳ありませんが、わたくしは殿下と婚約する気はありません。顔合わせなど無駄ですので、お断りしますわ」

「これは決定事項だ。ふざけたことを言わず、黙って受けなさい」


 アルテナの父は高圧的な人物だった。家族であっても自分の意に沿わない相手には容赦なく対応する人で、母親が亡くなってからはさらにその厳しさも増している。だからこそ前回、婚約を破棄されたアルテナは家から追放されたのだ。

 それを知っていたアルテナにとって、この返答は予想の範囲内だ。わざわざ反抗して見せたのは、あくまでも布石に過ぎない。

 やはりこう来るかと思いながら、アルテナは父親に表面上従った振りをした。


「かしこまりました。王太子殿下とのお茶会、お受けいたします」

「それでいい。くれぐれも粗相のないように、しっかりと準備を整えなさい」

「はい、お父様」


 書斎を出て自室へ戻るまで、アルテナは至って平静を装った。パタリと扉を閉めて一人きりになると、アルテナはホッと安堵の息を漏らした。


「どうにか上手く出来たわね」


 一度目の人生では、父親から追放された後に様々な苦労を強いられた。直接対面する事で、その悲しみや悔しさがどう出てくるか心配だったが、四十三年の月日は複雑な感情を薄めてくれたようだ。これもマイルズが幸せで満たしてくれたからだろう。

 愛する夫を思い出し切なさを感じたが、王太子と会う準備をしなければならない。アルテナは一つ息を吐き、気持ちを切り替えた。


 当初の予定とは変わってしまうが、顔合わせがあるのならその席を利用すればいい。父親からは「粗相のないように」と言われたのだから、その懸念を形にしてしまえばいいだろう。

 幸い、王太子ゲルハルトの好みは熟知している。それと真逆の自分になれば、向こうから婚約を断ってくれるはずだ。それをほんの少し過激にして、ゲルハルトを怒らせる事が出来ればもっといい。


 アルテナは考えをまとめると、早速準備に取り掛かった。茶会までまだ日はあるが、やらなければならない事はたくさんあるのだ。


 まずは茶会用のドレスを用意する必要があるが、一度目の人生の時はフリルやリボンを使った可愛らしい物を着ていた。それがゲルハルトに好評だったから、今回はあえて装飾の少ないシンプルなドレスを作らせる。

 そして靴は、この年齢には珍しく踵の高い物を用意させた。この頃のゲルハルトはアルテナと身長差が少ない事を気にしていたため、背を高く見せればそれだけで不愉快に思うだろう。


 髪型や髪飾りもドレスや靴に合うような物を選ぶと、十歳にしてはずいぶん背伸びをしたようになってしまった。

 これまでの装いとは明らかに違う物だらけだが、侍女は怪しむ事なく「大人っぽくなりたい盛りですものね」と、どこか嬉しそうだ。


 それに気を良くして、化粧も少し大人びた物にするよう指示を出し、試していく。

 目元をキツめにして赤い口紅をさすと、愛らしかった顔が一気に変わったが、アルテナにしてみれば違和感は薄い。なぜなら成長したアルテナの顔立ちは、目元が切れ長になり美人と言えるようなものになるからだ。

 これがゲルハルトには不評で、一度目の人生では「顔面詐欺だ」と言われた事を思い出す。ゲルハルトの好みは、とにかく可愛らしい女性なのだ。この装いで行くだけで、ゲルハルトは一気に興醒めするだろう。


「ふふ。完璧ね」

「はい。とてもお綺麗ですよ、お嬢様」

「この感じで当日もよろしく頼むわね」

「かしこまりました」


 何かあったら頼らせてほしいと、さりげなく手紙も書いて叔母へ出したし、準備は全て整った。あとは茶会の日を待って、ゲルハルトを怒らせるだけだ。

 わざと怒らせるような事をするなど、普通に考えれば罪悪感を感じるべき所かもしれないが、一度目の人生でゲルハルトからは酷い目にあわされている。今のゲルハルトはまだ何もしていないのだから、とばっちりも良い所だろうが、これもマイルズと会うためだ。アルテナに罪の意識は微塵もない。

 ただ、やり過ぎて不敬で罰せられないようにだけ気をつけようと、アルテナはそれだけを考えて顔合わせの日を待った。

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