1:初めての出会い
マイルズ視点の番外編です。
それほど長くならないようにするつもりですが、少なくとも十話、長ければ二十話程度になるかもしれません。
毎日更新していきますので、お付き合い頂ければ幸いです。
カーン、カーンと追悼の鐘が空に鳴り響く。穏やかな青空の下、喪服に身を包んだマイルズは、集まった家族や友人たちと共に静かに祈りを捧げる。
この日、王都郊外の丘にある墓地では、六十年の生涯を終えたアルテナの葬儀が厳かに行われていた。
「父さん。母さんに別れの挨拶を」
「……ああ」
皆が見守る中、マイルズは花と共に棺に横たわる最愛の妻に最後の口付けを落とす。
寂しさは感じるものの、前回のような身を引き裂く痛みはなく、不思議と心中は凪いでいる。これも愛しい彼女から、溢れるほど愛の言葉をもらえたからだろう。
マイルズが別れの挨拶を終えると、棺の蓋が閉じられ、子どもたちの手で土がかけられていく。
愛する妻を見送るのは二度目となるが、前回の葬儀をどう乗り切ったのか記憶にはない。
前回も今回も。いつだって愛情いっぱいで見つめてくれたアルテナの瞳を思わせる美しい空を眺め、マイルズは目を細めた。
(前もこんな風に晴れていたのだろうか。あの時は周りを見る余裕などなかったが、場所も違うからな)
マイルズには一つ、秘密があった。誰にも話した事はなかったが、マイルズは二度目の人生を生きてきたのだ。
一度目の人生でもマイルズはアルテナを妻とし、亡くなった最愛の人を見送った。けれどその人生は、今回とはあまりに違うものだった。
***
初めてアルテナと出会ったのは、一度目の人生でマイルズが娼館の下男として働いていた時だった。
元々マイルズは、商人の息子として幸せに暮らしていたが、マイルズが十五歳の頃に両親が急死したのをきっかけに叔父に騙され、家を追い出されていた。
両親が残した店に多額の借金があると嘘を吐かれ、当時六歳だった妹を娼館に渡すと言われたために、マイルズが代わりに下男として働く事になったのだ。
それらが全て嘘だったと分かった時は、もう取り返しがつかなかった。十歳の弟と六歳の妹を育てるために、マイルズは逃げる事も出来ず懸命に働くしかなかった。
下男の仕事は辛いのに、給金は安いため生活は苦しい。それでも弟妹には苦労をさせたくないと、マイルズは身を粉にして働いた。
だから娼婦として連れてこられる娘たちを見ても、気の毒には思っても何もしようとは思わなかった。自分の事だけで精一杯で、他者に目を向ける余裕などなかったのだ。
それに娘たちも生きるのに必死だからか、少しでも待遇を上げようと下男のマイルズにまで媚を売った。そんな娘たちを見ていると、あえて近寄りたいとは思わなかった。
そんな苦しい生活を続け、マイルズが二十歳を迎えた頃。新たに娼館へ連れてこられた娘がアルテナだった。
「マイルズ、新人だ。上玉だから、死なせるなよ」
ドサリと音を立てて、大きな布袋が床に下ろされる。中身は当然、商品となる娘だろう。後ろ暗い所もある娼館では良くある事だ。
今度はどこから攫ってきたのか、それとも売られてきたのか。マイルズには分からないが、やるべき仕事は変わらない。
荷物を下ろした男に、マイルズは落ち窪んで疲れ果てた紫眼を向けた。
「名前は?」
「そうだな、アリーとでもしとけ。ああ、手は付けるなよ。初物だから高値で売る予定だ。頼んだぞ」
当時は、彼女の本名がアルテナという事すら分からなかった。男を見送った後、マイルズはアリーと名付けられた娘を袋のまま運び、空き部屋の一つへそっと下ろした。
まず最初にやる事は、連れてこられた商品を使える状態に整える事だ。男の話によればまだ体は暴かれていないようだが、だからといって五体満足である保証はない。
果たしてどのような状態で入っているのか。気が塞ぐ思いをしながらも淡々と袋を開け、マイルズは思わず息を呑んだ。
袋の中で眠る少女は、体中が痣だらけで酷い有様だった。逃亡させないためか、足の骨も折られている。
けれど儚げで今にも壊れてしまいそうなその姿は、これまでマイルズが見たどの娘より美しく思えた。
(一体、どこのお嬢さんだったのか……)
今はボサボサになっているものの、元は艶やかだったろう金色の髪は柔らかそうに見える。伏せられたまつ毛は長く、血色の悪さから肌の白さも際立っているが、染みやそばかす、日焼けの跡はどこにもない。
これまで訳ありの娘たちは何度も見ているが、ここまで綺麗な顔立ちの娘は見た事がない。それに、血や泥で汚れた服は、マイルズが触れた事もない上質な生地で作られたドレスだ。元は身分のある娘だったのではないだろうか。
とはいえ、下男でしかないマイルズにはどうしようも出来ない。意識のないグッタリとした身体を抱き上げ、汚れを拭って怪我の手当てをする。
そうして服も着替えさせた時、閉じられていたまぶたがふるりと震えた。
「目が覚めた?」
「……っ!」
掠れた悲鳴を上げて後退るアリーは、空色の瞳に怯えを滲ませていた。声を上げられないよう喉も潰されているようだし、何より体中に暴行の跡が残っているのだ。男を怖がっても仕方ない。
珍しくもマイルズは気の毒に感じ、怖がらせないよう静かに言葉を継いだ。
「大丈夫。僕は何もしないよ。ここは君の部屋になる。今食事を持ってくるから、待ってて」
シーツに包まり震えるアリーに、安心させるように薄く笑みを浮かべ、マイルズは立ち上がる。
だがこれまで会った娘たちも、皆最初はこうして怯えていた。それなのに数日もすると、マイルズに媚を売るのだ。
アリーもきっとそうなるのだろうと、マイルズは内心でため息を吐く。まさかその気持ちが後に変わってしまうなど、この時は思いもよらなかった。
というわけで、番外編始まりました。
マイルズがアルテナに恋した経緯などを含めて書いていきたいと思います。
番外編裏タイトルは「死に戻り商人は、今度こそ妻の声を聞きたい」です。
蛇足とならないように頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!




