最終話:最後の願い
晴れてマイルズと夫婦となったアルテナは、マイルズの家族と三ヶ月ほど同居してから完成した新居に移った。貴族の屋敷よりは小さいが、庭もついた二階建ての家は可愛らしく、温かな気持ちで満たされる。
家事の大部分は通いの使用人に任せる事になるが、夜はマイルズと二人になるため、朝食は自分たちで用意する事になる。花嫁修行に精を出してきたアルテナは、妻として夫を支えようと張り切った。
とはいえ、前の人生ではマイルズの弟や妹と一緒に住んでいたため、本当に夜を二人きりで過ごすのは初めてだ。ソワソワ、ドキドキしてしまうアルテナを、マイルズはどこまでも甘く愛してくれる。
そうして幸せな夜を何度も重ねた結果、アルテナは前の人生と全く同じ人数、子に恵まれる事となった。
(不思議なものね。同じこともあれば、変わることもあるなんて)
結婚後、アルテナは店の経営にも関わった。オルレア王国中に支店を広げ、前の人生で過ごした田舎町や、父親に望まれた通りグラナダ王国にも支店を出したのだ。
アルテナはマイルズと共に様々な場所へ赴く。田舎町から一歩も出なかった前の人生とは雲泥の差だ。
旅に出る際には、子どもたちも同行させることもあった。これだけ育てる環境が違うのに、生まれた子の性格は前回と全く同じで興味深い。
さらに面白い事に、子どもたちが伴侶と願った相手は、一人を除いて前の人生と同じだった。
(あの子たちにも記憶があるのかしら。それとも、お父様のように夢に見るのかしら)
自分以外にも死に戻った者がいるのか。アルテナは気になりつつも、誰にも話した事はない。今後もそれを明かすつもりはないが、子どもたちが自分で選べるよう出会いの機会はきちんと設けていた。
子どもたちの多くは、前回隠れ住んだ田舎町で出会った相手と恋に落ちた。出会った経緯は違えど、相手は前回夫婦となった者たちだ。
けれど前の人生で、夫に裏切られて離縁となった長女だけは、全く違う相手に恋をした。その相手は、リメルとレヴィアトの長男だった。結婚式の約束通り、リメルとは何度も子どもを交えて会ったけれど、その中で自然と二人は恋に落ちたのだ。
侯爵家嫡男との縁組に際し、長女はアルテナの実家であるサーエスト公爵家の養子となった。縁戚となった親友とは、今後も家族ぐるみの付き合いが続くだろう。
(今度はあの子も、きっと幸せになれるわね。良かったわ)
アルテナと同じように記憶があるのか、ないのか。それは考えてもわからない。ただ、みんなそれぞれが自分で未来を選択し、その結果幸せを掴んでいる事をアルテナは嬉しく思う。
大人になり結婚した子どもたちは、国中に散らばってさらに店を盛り立ててくれている。マイルズの弟妹も結婚し、一族が協力して行う商売は順調そのものだ。
前の人生も充分幸せなものだったが、やり直した今の人生にはさらに幸せを感じている。
これは愛する子や孫たちを、父親に会わせる事が出来たのも大きな要因だろう。アルテナの子どもたちを、父と弟はずいぶん可愛がってくれたのだ。
結婚した弟に家督を譲った父親は、公爵家の別邸で静かに余生を過ごしている。そんな父を、かつては母付きだった侍女が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
そこには主従関係以上の思いがあるようにも見えたが、二人とも亡き母を大切に思っているからか、その想いを明確にはしないつもりのようだ。これから先も亡き母や、母によく似たアルテナを思う同志のような、精神的な結びつきに留めるつもりなのだろう。
それでいいのだろうかとも思うが、これも二人が選んだ事だ。アルテナは何も言わない。ただ、かつては冷たいとばかり思っていた父親が、実はこれほどまでに愛情深い人だったのだと改めて感じ、アルテナは喜んだ。
(わたくしも、悔いのないようにしなくては)
幸せいっぱいな日々を送るアルテナにも、あと一つだけ不安がある。前の人生でアルテナは重い病に罹り、マイルズを置いて逝ってしまったのだ。
少しでも長くマイルズと共に過ごしたいと願い、アルテナは今まで以上に健康に気を遣う。
けれど努力虚しく、アルテナの願いは叶わなかった。マイルズの両親や叔母夫婦、老いた父や侍女を見送った後。多くの子や孫に囲まれて楽しく充実した日々を過ごしていたアルテナは、六十歳を過ぎたある日、病に倒れた。
それは前回と全く同じで、胃に瘤が出来る治療法のない病だった。
「アルテナ、食欲はどう? あなたの好きなルジェの実が手に入ったんだ。食べられそうなら、すり潰すけれど」
「まあ、嬉しい。頂くわ。でも珍しいわね。今の時期、そう手に入らないのではなくて?」
「輸入物なんだ。船で運ばれてる間に、ちょうど良く熟したみたいだね」
「わざわざ用意してくれたのね。ありがとう、マイルズ。愛してるわ」
「僕もだよ。愛しいあなたのためなら、何だってする。だから諦めないで、僕を頼って」
「ええ」
食事を取れなくなり痩せ細っていくアルテナを、マイルズは前回と同じように甲斐甲斐しく世話した。アルテナは、前回のような後悔を抱かないよう、何度も何度もマイルズに想いを告げた。
また別れの時が来ると思うと悲しく寂しいけれど、残りの時間で精一杯マイルズと愛し合おうと、アルテナは心に決めていた。
そうして迎えた、最期の夜。
「マイルズ、好きよ。愛しているわ」
「アルテナ……僕も好きだ。これからもずっと、君だけを愛してる」
細々とした声しか出せなかったが、アルテナの言葉はハッキリとマイルズに届いたようだった。マイルズがシワの増えた手で、細くなったアルテナの手を握る。
涙で歪む視界に愛しい人の顔を焼き付けながら、アルテナが胸に抱く想いは、前回とは違う願い。
(もし次があるのなら、またこの人と巡り会って結ばれたい。そしてまたたくさん好きと言うの。わたくしが願うのは、それだけよ)
声にならない声で、アルテナはもう一度「大好き」と囁いて瞳を閉じる。神のいたずらとしか思えない、不思議な二度目の人生をアルテナは精一杯生き抜いた。
またマイルズを残して逝くのは辛いけれど、もしかすると不思議な何かが再びマイルズと出会わせてくれるかもしれない。それがどんな形であれ、アルテナは何度でもマイルズを探し出し、愛を告げるだろう。
小さな希望を抱き、アルテナは微笑みを浮かべる。愛する人の温もりに包まれて、アルテナの人生は静かに幕を閉じた。
<完>
これにて本編完結となりますが、続いて明日からマイルズ視点の番外編を毎日更新でお届けします。
短編や本編で書けなかった裏設定のようなものを書きたいと思っています。
それほど長くはならない予定なので、そちらもお付き合い頂ければ幸いです。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。




