44:結婚準備
翌日、アルテナはマイルズや家族と共に母の墓を訪れた。公爵家一族が眠る霊廟は、屋敷にほど近い森の中にある。
真っ白で美しい墓の周囲には多くの花々が咲き乱れ、優しい風が吹いていた。
「お母様、お久しぶりです。今日は紹介したい人がいるの。わたくし、婚約したのよ」
「マイルズです。娘さんは必ず幸せにしますので、安心してお眠りください」
愛する人と母の墓前に立てるなど、アルテナは全く想像してこなかった。前の人生では出来なかった事がまた一つ叶い、アルテナの胸が熱くなる。
父や弟、叔母も、母の墓に語りかけると、屋敷へ戻って結婚式の相談が始まった。
「アルテナは、何か希望はある?」
「あまり大きくない方がいいわ。その代わり、早めに挙げたいの」
前回マイルズと結婚した際は、式を挙げる余裕はなかった。逃亡先の田舎町で、マイルズの弟と妹に立ち会ってもらい、小さな教会で婚姻の誓約をしただけなのだ。
そのためアルテナにとっては、ささやかでも式を挙げられるだけで感激ものだ。それに公爵家はマイルズから支援を受けている状態でもあるから、あまり豪勢な式をする余裕もない。
だからその分、アルテナは早めに婚姻したいと希望を述べたのだが。それを聞いてマイルズは照れたように頬を赤らめ、父と叔母が微笑ましげに目を細めた。
「分かった。出来る限り早くするよ」
「嬉しくもあるが、寂しいものだな。それほどマイルズ君と一緒になりたいとは」
「男親は辛いわね。でもお義兄様、きちんと祝福してあげてくださいね」
「もちろんだ」
式は半年後にオルレアで挙げる事になり、招待客も最低限に絞る事になった。新居はマイルズたちの家の近くに新しく建てる予定だが、出来上がるまではマイルズの家族と同居になるだろう。アルテナとしてはずっと同居でも構わないのだが、そこはマイルズが嫌がった。
「弟たちもいるからね。家族が増えたら手狭になるし、僕たちだけの家を用意した方がいいと思う。それに僕は短い間でも、あなたを独り占めしたい」
「お義兄さんは情熱的だね。姉さん、良かったね」
笑顔で言われた言葉に今度はアルテナが赤くなり、弟が囃し立てる。そこへ父親も声を挟んだ。
「私としては、こちらに住んでもらってもいいと思うのだが。グラナダに支店を出してはと、マイルズ君にも誘ったんだよ」
「有難いお話ですが、まだ国内だけで手が回らない状態なので。余力が出来たらまた考えさせてください」
「それはもちろんだ。孫が店を出してくれてもいいしな。アルテナ、子どもが出来たらまた遊びに来なさい。それまでには我が家もきちんと立て直しておくよ」
「お、お父様……!」
「気が早すぎますわ、お義兄様。式もまだなのに」
「そうか、すまなかった」
前のめりな父親の発言に、アルテナは羞恥で涙目になり、叔母が呆れたように窘めた。珍しくしゅんとした父親の姿を見て弟が笑い出し、マイルズが宥めるようにそっとアルテナの肩を抱く。
恥ずかしくて仕方なかったものの、家族が集まって未来の話をするのはとても心地良い時間だと感じられたのだった。
そうして数日で話をまとめると、アルテナはすぐにオルレアへ戻った。リメルと第二王子レヴィアトの結婚式に出席するためだ。
二人の結婚式は王都で行われるが、その後二人はリメルの実家である伯爵領に移り住む事になる。伯爵家は問題児のリメルの兄に代わり、リメルの夫となるレヴィアトが継ぐ事になったからだ。
レヴィアトは王族籍を抜けて臣に下るに当たり、伯爵領に近い王領の一部を貰い受ける事になっている。伯爵家の領地は広がり、爵位も侯爵に上げられた。
王都の大聖堂で行われた二人の結婚式はそれは盛大で、アルテナは心からリメルたちを祝福した。
「リメル、おめでとう。侯爵閣下もおめでとうございます」
「ありがとう、アルテナ」
「あなたなら、レヴィと呼んで構わないと言ってるのに。相変わらずアルテナ嬢は真面目だね」
「わたくしはもうすぐ平民になりますから。お気になさらないでくださいませ」
「身分に関わらず、あなたは僕たちみんなの女神だよ。それにマイルズは、レヴィと呼んでくれているよ?」
「まあ、そうでしたの?」
式後、王宮で開かれた披露宴には、アルテナの婚約者としてマイルズも招かれていた。レヴィアトの言葉に驚いてマイルズを見上げると、マイルズは苦笑して頷いた。
「リメル様からご紹介頂いてから、レヴィ様にはお世話になっているからね。恐れ多いことだけれど」
「僕はもう王族じゃないんだ。そう固くなる必要はないよ。君たちの結婚式にもぜひ呼んでくれ」
「そうよ、アルテナ。みんなだって、あなたの結婚式を楽しみにしてるんだから。絶対呼んでね」
アルテナとしては、結婚式は小さなものにしたかったのだが。レヴィアトだけでなく友人たちまで祝福したいと言い出したため、披露宴だけは大きくしなくてはならないだろう。
けれどそれは、アルテナにとって嬉しい悲鳴だ。マイルズも快く頷いてくれたため、半年後の結婚式に向けてアルテナは慌ただしく準備を始めるのだった。




