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43:夢の話

 その日の晩餐では、アルテナは久しぶりに弟とも顔を合わせた。つい先日グラナダの貴族学校に入学したばかりの弟はアルテナが帰国したと聞き、急遽王都の町屋敷から公爵領へ戻ってきたのだ。

 八年ぶりに会った弟は、アルテナとマイルズの婚約を祝福してくれた。弟は新しく立太子されるグラナダの第二王子と同級で仲も良いらしい。公爵家の未来は安泰だと嬉しそうに話す父を見て、アルテナは胸を撫で下ろす。

 家族みんなで和やかに食事を摂るのは初めてで、アルテナは楽しい時間を過ごした。


 そうして食後、久しぶりに侍女の手を借りて寝支度を整えていると、アルテナの濡れた髪を乾かしながら侍女は微笑んだ。


「お髪もずいぶん長くなられましたね。それにとても滑らかで。これもマイルズ様の香油のおかげですか?」

「きっとそうだと思うわ」

「こうしていると、奥方様を思い出します。奥方様も、お嬢様のように柔らかい髪質でしたから」

「そういえばあなたは、お母様について伯爵家から来たんだったわね」

「はい。お嬢様は奥方様そっくりで。お綺麗に成長されましたね」


 亡き母に似ていると言われるのは、気恥ずかしくもあり嬉しくもある。ほんのり頬を染めたアルテナに、侍女はゆっくり言葉を継いだ。


「お嬢様が帰ってきて下さって、本当に良かったですよ。お嬢様がいらっしゃるだけで、一気にお屋敷が華やかになります」

「そうかしら」

「そうですよ。特に旦那様は、ずっとお嬢様のことを心配してらしたんです。あんなに穏やかなお顔を拝見するのは久しぶりでございました」

「それはよく悪い夢を見ていたからかしら」

「お聞きになられたんですね。あのお話は、私も他人事には思えませんでした。実は私も、繰り返し見る夢があるので」

「えっ……?」


 意外な侍女の言葉に、アルテナは目を見開く。髪を整え終えた侍女は、爪の手入れをしつつ話を続けた。


「不思議なのですが、私の夢もお嬢様が婚約破棄されたものなんですよ。お嬢様は公爵家を出されて修道院へ向かわれるのですが、その道中で山賊に襲われてしまうんです。そこで私はお嬢様をお守り出来ずに殺されてしまって。夢を見る度に悲鳴を上げてしまうんですよ、困ったものですよね」


 苦笑しつつ話された侍女の話も、父親の悪夢と同じく、前の人生と酷似したものだった。だいぶ薄らいで来た一度目の記憶を思い返してみれば、確かにこの侍女が修道院行きに付き添ってくれた記憶がある。


「もしかしてあなたの悪夢も八年前から?」

「はい、そうなんです。そんな夢を見ていたので、お嬢様がオルレアに行かれる時は怖かったんですよ。道は違うのに、同行する者たちが夢と全く同じだったので、途中で襲われたらどうしようかと不安になってしまって」


 父親と侍女と。二人の人間が、アルテナの前の人生と同じ夢を偶然にも見るという事があるのだろうか。まさかとは思うが、アルテナと同じようにこの二人も人生をやり直しているのだろうか。

 尋ねてみたい気持ちはあるが、違ったら変に思われてしまう。固まるアルテナに、侍女はふっと微笑んだ。


「でもお嬢様が危ない目に遭われることはありませんでした。そればかりか素敵な恋までされるなんて。本当に安心したんですよ」

「……ありがとう。心配をかけたわね」

「いえ。これは私が勝手に悪夢に怯えていただけですから。どうかマイルズ様とお幸せになってくださいね」


 アルテナの爪の先まで綺麗に整えると、侍女は上機嫌で部屋を去っていった。アルテナは久しぶりに、公爵家の自室で横になる。

 明日は母の墓前に参る予定だ。早めに寝たい所だが、目を閉じても父親と侍女の話が頭を巡っていた。


(なぜこんなことになってるのかしら。わたくしのあの人生も、ただの悪夢だったの? それとも、二人もわたくしと同じなのかしら。……死に戻った原因も分からないし、謎だらけだわ)


 疑問は尽きないが、いくら考えても答えなど出るはずもない。アルテナは小さく息を吐き、寝返りを打った。


(もしかしてマイルズや殿下もやり直しているのかしら)


 少し考えてみて、少なくともゲルハルトは違うだろうとアルテナは考え直す。一度目と同じように男爵令嬢と仲を深め悪事を働くなんて、アルテナには想像も出来ない。

 ではマイルズはどうだろうか。マイルズの人生は、アルテナがあれこれと手を回したためだいぶ変わっている。やり直しているかどうかなど、考えても分かるはずもない。


 ただ一つだけ言えるのは、人生をやり直していようと悪夢を見ようと、自分で変わろうとしなければ何も変わらないという事だ。

 そしてそれは、とても難しい事だとも思う。アルテナ自身、マイルズに気持ちを伝えるまでずいぶんと時間が経ってしまったのだ。それでもやれるだけの事をやったから、きっと今があるのだろう。


 父親にマイルズを認めてもらえた事は、本当に嬉しかった。手にした幸せを噛み締めつつ、アルテナはいつの間にか眠りに落ちていった。

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