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42:八年ぶりの里帰り

 卒業パーティーを終えると、アルテナは一度公爵家へ帰る事になった。マイルズとの結婚を許した際、父親がアルテナを連れ帰るようマイルズに話したからだ。

 帰国したばかりだというのに、マイルズは快くアルテナに同行した。そればかりか、意外にも叔母まで公爵家へ共に向かってくれた。

 表向きは、アルテナの亡き母の墓参りをするためだが、万が一にも公爵が心変わりし婚約許可を取り消す事がないようにするためだ。


 男爵家の馬車に揺られて、アルテナは八年ぶりにグラナダ王国へ戻る。二度と見る事はないと思っていた祖国に足を踏み入れ、アルテナは感慨深く公爵家の門をくぐった。


「お嬢様、おかえりなさいませ。お綺麗になられましたね」

「久しぶりね。あなたのおかげで助かったわ。不在の間、お父様を支えてくれてありがとう」

「お嬢様のお役に立てたなら光栄です」


 屋敷の入り口では、入学の時に別れて以降、何度も手紙のやり取りをしてきた侍女が待っていた。少女から大人の女性へと成長したアルテナの姿に、侍女は感激した様子で涙を滲ませる。

 年齢を重ねた侍女の姿に、アルテナもまた月日が経った事を実感した。


 そうして屋敷へ入ると、すっかり様変わりしてしまった様子にアルテナの胸が痛んだ。


「本当に困窮していたのね」


 かつてアルテナが過ごした屋敷からは、価値ある品々が尽く消えていた。使用人の数も減っており、公爵家がどれほど窮地に立たされていたのかがまざまざと感じられる。

 足を止め眉根を寄せたアルテナに、マイルズが気遣うように語りかけた。


「奪われた資金の全ては無理だけれど、半分は戻ってくるはずだよ。きっと大事な物は買い戻せると思う」

「ええ、そうね。ありがとう、マイルズ。お父様を助けてくれて」


 マイルズがいなければ、公爵家はそう遠くないうちに没落していただろう。家を捨てるつもりではいたものの、だからといって父や弟が倒れてもいいとはアルテナは思っていない。

 アルテナは心の底から感謝して、マイルズに微笑む。寄り添う二人の様子から、仲の良さを感じたのだろう。侍女と叔母が微笑ましそうに目を細めた。


 家財の多くが失われてしまったが、アルテナの部屋は今も残されている。そこで旅装を解き身支度を整えると、アルテナは帰宅の挨拶をするためマイルズや叔母と連れ立って父親の書斎へ向かった。


「お父様、ただいま戻りました」

「アルテナ……大きくなったな。マイルズ君、約束通り娘を連れ帰ってくれてありがとう」


 父親は記憶にあるより、何倍も老け込んでいた。皺は深くなり、顔色には疲労が窺える。けれどその目は生気に溢れており、アルテナを眩しげに見つめている。

 これもきっとマイルズが救ってくれたからなのだろう。今は後始末で忙しく疲れている様子だが、落ち着けば以前のような力強い父親に戻るのではと感じられた。


 マイルズや叔母とも挨拶を交わすと、父親は皆に事件の顛末を語って聞かせた。


「マイルズ君から聞いているとは思うが、マルケ男爵家は取り潰しの上、辺境に送られた。それからゲルハルト殿下の廃嫡も、先日正式に決定した。アルテナも予想していたとは思うが、我が家を狙ったのはやはり逆恨みからのようだ」


 貴族議会で廃嫡が決定されると、王太子ゲルハルトは激昂して恨み言を叫んだそうだ。そのほとんどが、かつて婚約を拒否したアルテナと不正を暴いた公爵への暴言だった。

 アルテナの思った通り、ゲルハルトは私怨から男爵と共謀し、公爵家を陥れようとしていたのだった。


「陛下からは感謝されたよ。愚王を据えずに済んだと。これもマイルズ君のおかげだ。ありがとう」


 男爵に騙されていた下位貴族は、かなりの数いたらしい。男爵が集めた金は王太子派の貴族家にも流れていたため、そちらも粛清されたそうだ。

 第二王子の立太子は近日中に行われる予定で、それが終われば父親の仕事も一段落する。ホッとした様子で微笑んだ父親に、アルテナは恐る恐る尋ねた。


「お父様、本当にマイルズとの結婚を許して頂けるのですね?」

「もちろんだ」

「それは陛下に功績として認められたからですか?」

「それもあるが……実は、不思議な夢を見てね」

「夢、ですか?」

「ああ。最初に見たのは、ゲルハルト殿下から婚約の打診が来た頃かな。それ以来、繰り返し見ている夢がある」


 あまり良くない夢だ、と前置きして、父親は夢の内容を淡々と話した。


「夢の中でお前は、ゲルハルト殿下の婚約者となっていた。だがお前が醜聞を起こし婚約破棄されたため、私はお前を勘当するのだ。その結果、お前は行方知れずになってしまう。襲われた馬車だけが見つかり、お前の生死も分からないんだ。酷い夢だろう?」


 父親の語った話に、アルテナはドキリとした。それはまるで、アルテナが過ごした一度目の人生そのものだった。


「夢の中で私は何度も後悔していた。婚約を無理に結ぶべきではなかったと悔やみ、お前を追い出すべきではなかったと嘆いた」

「まさか……それで殿下との婚約を断って下さったのですか」

「それだけが理由ではないがな。だが、お前を真に愛する相手と添わせたいとも思ったのだよ。とはいえ結局は、家を守るために政略結婚を考えていたわけだが。そこにマイルズ君が来てくれた」


 父親はマイルズとアルテナを穏やかな目で見つめた。


「マイルズ君はしっかりした男だ。地位はないが、お前を愛する気持ちは強いし、生活に不自由しないだけの力もある。だから私は、直接お前の気持ちを確かめたかった。アルテナ、お前は本当に彼と共にいたいのか」


 父親から向けられた視線は、二度に渡る人生で一度も見た事のないもので、子を案じる優しさが滲み出ている。

 アルテナはその目を真っ直ぐに見つめ返し、頷いた。


「はい。わたくしは、マイルズと共に生きていきたいです」

「……分かった。それなら私は祝福しよう。マイルズ君、娘を頼む」

「お任せください。必ず幸せにしてみせます」


 力強く答えたマイルズに、父親は安心したように微笑む。それを嬉しく思いつつも、父親が繰り返し見たという不思議な夢の内容に、アルテナの心は騒めいた。

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