40:卒業パーティー
その後も何の音沙汰もないまま時は過ぎ、アルテナは卒業パーティーの日を迎えた。
在校生は一足先に長期休暇に入ったため、寄宿舎に残るのは卒業生だけだ。けれど女子寮はいつもと違った賑やかさに包まれている。というのも、生徒それぞれの家から侍女がやって来て、令嬢たちの準備に追われているからだった。
「お嬢様、髪飾りはこちらでよろしいですか?」
「ええ、それでいいわ」
アルテナも、叔母が寄越してくれた男爵家の侍女の手で支度を進めている。
マイルズがどうしているのか、父親とはどうなったのか。気になる事はいくらでもあるが、幸いな事に父からも何も連絡は来ていない。今宵の舞踏会が終わればその足で学校を離れる事になるが、いきなり公爵家へ連れ帰られる事にはならず、もうしばらくは叔母の家で過ごす事が出来るだろう。
不安はあるものの、その間にマイルズから吉報が届けばいいと、アルテナは自分に言い聞かせていた。
「見せる相手がいないなんて言っていたけれど、素敵なドレスじゃないの」
「そうかしら? リメルには負けるわよ」
「それは当然よ。これはレヴィ様が贈って下さったドレスだもの。でもアルテナのドレスは、マイルズさんの色でしょう? 本当は見せたかったんじゃない?」
リメルの支度も、リメルの実家である伯爵家からやって来た侍女が行っていた。
侍女たちはアルテナたちをパーティーに送り出した後、この部屋を片付けて引き払う事になっている。すでに多くの荷物が片付けられた部屋で、二人は用意していたドレスに袖を通す。
リメルのドレスは淡いピンク色で、第二王子の婚約者に相応しい贅を尽くしたものだ。大胆に背中や肩を露出した形で、胸元には複雑に刺繍が施されており、繊細なレースを重ねてふんわりと膨らんだ裾には細かな宝石が散りばめられている。
対してアルテナのドレスは、露出は最低限なものの身体に沿う細身な形だ。装飾はほとんどないが、光沢のある艶やかな生地は紫色に染められていて、マイルズの珍しい紫眼と同じ色味になっている。体型に自信のあるアルテナだからこそ着られるようなデザインだった。
揶揄うようなリメルの問いに、アルテナはほんのり頬を染めた。
「そういうわけではないわ。あの人と一緒に出るなんて無理だって分かってるもの。ただ、だからこそ彼の色を身に付けたかったの」
「アルテナって本当に可愛いわよね。一途で」
「リメルだってそうでしょう? その色、日の光に照らされた時の殿下の髪色そっくりよ」
「だからこれは、レヴィ様が選んでくださったのよ。私が選んだわけじゃないから」
こうしてリメルと言い合うのも、今日が最後だ。一抹の寂しさを抱えながらも、アルテナは親友とのお喋りを楽しむ。
時間をかけて支度を整えると、アルテナはリメルと共に会場となるホールへ向かった。
ホールには、すでに卒業生の家族や婚約者たちが集まっており、そこへ正装に身を包んだ卒業生たちが続々と入場していく。
建国祭の夜会に出られなかったアルテナにとって、長く共に学んだ生徒たちの着飾った姿を見るのは初めてだ。それは相手からしても同じ事で、リメルと共に歩くアルテナに一斉に視線が集まった。
「さすがアルテナね。注目の的だわ」
「みんな、未来の王子妃殿下を見てるのではなくて?」
「もう、アルテナったら。違うって分かってるのに、そういうことを言わないで」
リメルと二人でクスクスと笑い合っていると、仲の良い友人たちが集まってくる。挨拶を交わしながらアルテナはそっと会場を見回したが、叔母夫婦がどこにいるのかは分からなかった。
そうして卒業生全員が集まると、まず卒業セレモニーが始まった。校長が挨拶を述べ、卒業生でもある王太子カシュテトが壇上に上る。
カシュテトは祝辞を述べると、パーティーの開始を宣言した。
「堅苦しいセレモニーはここまでだ。皆、今宵は存分に楽しみたまえ。卒業おめでとう!」
わあっと歓声が上がり、音楽が流れ出す。それと同時に第二王子のレヴィアトが真っ先にリメルの元へやって来て、ダンスの輪へ連れ出していった。
「アルテナ嬢、メルは頂いていくよ」
「ええ。どうぞ楽しんで」
リメルたちと同じように早速踊り出す者もいれば、ホールの片隅に用意された軽食を食べに向かう者もいる。
動き出した卒業生たちを眺めつつ、アルテナはまず叔母夫婦に挨拶をしようと思ったが、友人たちから離れた途端、あっという間に男子生徒に囲まれてしまった。
「アルテナ嬢、なんとお美しい!」
「麗しき女神、ぜひ私にあなたの手を取る栄誉を」
「割り込みはずるいぞ! どうか私と一曲!」
今日で卒業だというのに未だ婚約者の決まっていない男子生徒たちの目は、ギラギラと光っている。そのあまりの気迫にアルテナが頬を引きつらせていると、その視線を断ち切るようにアルテナの前に青年の背が現れた。
「すまないが、彼女は僕の婚約者だ。下がってもらえるかな」
落ち着いたその声に驚いて顔を上げると、待ち望んだ紫眼と目が合った。ふわりと微笑んだアルテナを見て、取り囲んでいた男子生徒たちから悲鳴が上がった。




