35:不埒な計画
アルテナがマイルズの家を訪ねてから一ヶ月も経たないうちに、マイルズ一家は新しい家へ引っ越していった。それから程なくして引越し先の邸宅にも改めて招かれ、アルテナはますますマイルズや彼の家族と仲を深めている。
けれどアルテナは、喜んでばかりもいられなかった。マイルズは求婚出来るようになるまで待ってほしいと言っていたが、それはそう簡単に叶う事ではないからだ。
最近では第二王子の婚約者となったリメルのおかげで、マイルズの店の商品を王妃や王太子妃も愛用するようになった。しかし王族御用達になった程度では叙爵など無理な話だ。
爵位を得るには国益に関わるような功績を挙げる必要があるが、化粧品を扱う商人のマイルズにそんな機会がそうそう訪れるはずもない。マイルズは色々と考えて動いているようだが、アルテナは不安を抱えていた。
(卒業後もこちらに残れたら良かったのに)
寄宿舎の自室から夕焼け色に染まる窓の外を眺め、アルテナは深いため息を漏らす。その手には、先ほど届いたばかりの手紙があった。
アルテナには、もうあまり時間は残されていない。アルテナは今日も休日を利用してマイルズとのデートを楽しんできたが、未だマイルズからは何か進展があったという話はなかった。何も見通しが立たないのに、あと一ヶ月もすれば卒業まで残り半年になってしまう。
だというのにここに来て、アルテナをさらに焦らせる知らせが公爵家の侍女から届いた。帰ってきてすぐそれを読んだアルテナは、幸せだった逢瀬の余韻に浸る間もなく頭痛に悩まされていた。
(もう縁談をまとめようとしているだなんて。成長したわたくしを見てもいないのに、早すぎるわ)
アルテナは断っていたものの、アルテナの父は第二王子と婚約する可能性がまだあると思っていたようで、これまでは特に目立った動きをしてこなかった。
しかし第二王子がリメルとの婚約を発表したため、公爵である父親はアルテナの嫁ぎ先を探し始めたらしい。
オルレアの第二王子から婚約話を持ちかけられたという噂はグラナダ国内でも広まっており、今やアルテナの評判は持ち直している。
そのため高位貴族の子息や資産家の中位貴族との縁談が持ち上がってるようで、何やら公爵は婚約を急いている様子だと侍女は知らせてきていた。
(お父様は、卒業と同時に無理矢理にでもわたくしを連れ帰ろうとするはず。それまでに手を打たなければ間に合わなくなるわ)
アルテナはそもそも、マイルズと結ばれるために強引な手法を取る覚悟を決めていた。というのも、初婚の貴族女性には処女性が求められるからだ。
女性に淑やかさを求めるグラナダ王国ではその傾向が特に強いため、マイルズと肉体関係を結んだという既成事実があればアルテナの貰い手はなくなるだろう。
そうなれば今度こそ父親から縁を切られるかもしれないが、元から追放されるつもりだったのだからアルテナとしては何の問題もない。アルテナは駆け落ち同然でこの国に居座るつもりだった。
(せっかくマイルズがああ言ってくれたのだもの。待っていられたら良かったけれど、そうもいかないものね。褒められたことではないけれど、ほかに方法はないもの。恥ずかしいなんて言っていられないわ)
前の人生で子どもを産んでいるアルテナは、当然ながら男女の交わりについても知っている。そしてマイルズもアルテナとの将来を考えてくれているのだから、条件さえ整えば抱いてもらえるとアルテナは考えていた。
(誘った経験なんてないけれど、時と場所さえ決めてしまえばきっとどうにかなるはずよ。……そこが一番問題なのだけれど)
町へ出かける際には、どこへ行くにも必ず護衛が付いてくる。本当にマイルズと二人きりになるというのはなかなか難しい上に、場所をどう確保するのかも悩みどころだ。
誰にも知られず事に及びたいが、既成事実とするためには最終的に誰かにそれを知ってもらう必要もある。そう簡単に良い方法が思いつくはずもないが、だからといっていつものようにリメルに相談するわけにもいかない。
侍女からの手紙を握りしめてアルテナが考え込んでいると、第二王子と出かけていたリメルが帰ってきた。
「ただいまぁ。ああ、疲れたわ」
「おかえりなさい、リメル。まあ、そんな所に座ってはいけないわ。殿下の婚約者なのに」
「だってもう、本当に疲れたのよ」
扉を閉めてすぐ床にへたり込んだリメルを、アルテナは引き起こして椅子に座らせた。どうやらリメルは相当疲れているようだ。目が死んでいるリメルを見て、アルテナは苦笑を浮かべた。
「一体何があったの? お城へ行ってたのよね?」
「そうよ。建国祭で着るドレスを作るっていうから行ったのに、一着じゃなかったのよ! あんなに作らせるつもりだなんて聞いてないわ」
「建国祭?」
「嫌だわ、アルテナ。忘れてるの? 一ヶ月後にあるじゃない」
オルレア王国では、節目となる十年毎に建国祭が行われている。三日間に渡って行われるお祭りは国を挙げた大規模なもので、王宮では初日と二日目の夜に舞踏会が開かれる予定だ。
舞踏会にはこの国の貴族は軒並み参加する事になっているため、この三日間は特別に学校もお休みだ。隣国の公爵令嬢であるアルテナは招待状をもらっていないため舞踏会には関係ないが、叔母から手紙が来ていた事を思い出した。
「わたくしには関係ないから忘れていたわ。叔母様に返事を書かないと」
「マイルズさんとお祭りに行くって書くの?」
「マイルズと?」
「あら、違うの? お祭りって平民も恋人同士で楽しむものでしょう?」
建国祭は国を挙げてのお祭りだ。日頃休みなく働いている庶民も多くが休みを取るため、男女の出会いの場となったり恋人たちが仲を深めるのだとリメルは話した。
(そういえば、使用人もお休みになるんだったわね)
寄宿舎で働いている者たちも、建国祭の間は皆休みとなる。だから寄宿舎に残ってもアルテナ一人では危ないから帰ってくるよう、叔母から手紙が来ていたのだ。
ただ、叔母の家の使用人も皆日中は出かけるらしい。幼い子どもたちは叔父の両親が預かる事になっていて、舞踏会へ出る叔母たちも夜遅くに屋敷へ帰るだけだと聞いている。
そこまで考えて、アルテナはハッとした。
「それだわ!」
「どうしたの?」
「いいえ、何でもないの」
いつもマイルズと会う休日とは違うから考えに入れていなかったが、お祭りならマイルズも休みを取るはずだし、きっとデートに誘われるはずだ。
日中は人がいないなら、お祭りの途中で疲れたとでも言って叔母の家にマイルズを誘えばいい。男爵家なら護衛は必要ないし、マイルズと二人きりになれるだろう。そうすればマイルズとは無事に既成事実を作れるはずだ。帰宅した叔母夫婦や使用人たちにも証言してもらえる。
(ここしかないわ。やるのよ、アルテナ)
アルテナは決意を込めてペンを手にする。忘れていた返事を叔母宛に認めながら、アルテナは早る鼓動を必死に落ち着けた。
*かなり怪しい幕引きになってますが、この作品は全年齢ですので、ご安心ください。




