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34:未来の家族

 マイルズとのデートは、その後もアルテナの休みの度に続いた。初めての時と同じように下町を散策する事もあったし、月に一度広場に立つ市で買い物を楽しんだり、王都近郊にある景色が良いと評判の湖や花畑に出かけたりもした。

 どこへ行ってもマイルズは常に優しく紳士的で、アルテナは幸せでいっぱいだった。どんどん甘さが増していくマイルズにアルテナは照れてしまう事も多かったが、アルテナが無言になってしまってもマイルズは気にする事なく何度も愛を囁く。

 そのおかげか逢瀬を重ねていくうちに少しずつ緊張は解れていき、いつしかアルテナもマイルズの名を気軽に呼べるようになって二人の仲はさらに深まっていった。


 そうしてもう何度目にもなるデートの日。いつも通りにマイルズの店へ向かうと、驚いた事に店の扉には閉店の看板がかけられたままだった。

 入り口でアルテナが戸惑っていると、カラリとドアベルの音を立ててマイルズが顔を出した。


「アルテナ、いらっしゃい。驚かせたかな、ごめんね」

「こんにちは、マイルズ。お店はお休みなの?」

「うん、そうなんだ。父が急に休みにしようって言い出してね。アルテナを家に招待したいって」


 マイルズとのデートで下町には何度も訪れたが、マイルズたちの住む家を訪ねた事はこれまでなかった。

 家に行けば、まだ会えていないマイルズの弟妹にも会えるだろう。前の人生でお世話になった彼らとまた会えると思うと、アルテナの心は浮き立った。


「嬉しいわ。お邪魔していいのね?」

「面白いものなんて何もない小さな家だけど、あなたが嫌じゃなければ、ぜひ」


 アルテナはいつものようにマイルズと手を繋ぎ、護衛も連れてマイルズの家へ向かった。

 その道すがら、マイルズはなぜ突然父親がそんな事を言い出したのかをアルテナに話して聞かせた。


「実は今、こっちの店のそばに引っ越そうか考えてるところなんだ。ずっと探してたんだけど、ようやく良い物件を見つけられたから。それで今のうちに、僕らの暮らしぶりを見てもらった方がいいと思ったみたいでね」


 近いうちに平民の富裕層が多く住む区画に越してくるというのなら、新しい家にアルテナを招いた方がよほど心象は良いだろう。

 それなのに、一体なぜ庶民街にある今の家を見せたいと思ったのか。不思議に思うアルテナに、マイルズは照れくさそうに頬をかいた。


「住処を変えても、慣れ親しんだ暮らしぶりはそう簡単に変えられないだろう? だから、僕が相手で本当にいいのか考えてもらいたいみたいなんだ」

「それって……」

「難しいことなのは分かってるし、まだ気が早いって言ってるんだけどね。でも、僕も出来ればとは考えているから」


 それはつまり、庶民の暮らしをアルテナが受け入れられるようなら、マイルズの父親はアルテナを嫁として迎える事を許すという事なのだろう。そしてそれを窘めつつも受け入れたマイルズも、アルテナとの将来を考えているという事だ。

 それに気が付いて、アルテナは喜びに溢れた。


「マイルズ……」

「ごめん、今はまだ何も言わないでほしいんだ。ちゃんと準備が出来たら言うから、それまで待っていてほしい。うちよりも、あなたの家に許しを得なければならないから」

「それは……」

「あなたは公爵家のご令嬢だ。難しいことは分かってるし時間もかかると思う。でも僕は諦めたくないんだ」


 平民が相手では、アルテナの父親であるサーエスト公爵を納得させるのは難しい。マイルズは何らかの功績を挙げて、爵位を得ようと考えているのかもしれない。

 男爵程度の下位貴族になるぐらいでは公爵は納得しないだろうが、それでもアルテナとどうにかして結ばれたいとマイルズも思ってくれてるのだろうと、アルテナは思った。


 アルテナの言葉を遮ってでも言ったマイルズからは、決意の強さも感じられた。そこまで自分を求めてもらえた事に、アルテナの胸が熱くなった。


「わたくしも、そう願ってるわ」

「嬉しいけど、返事はまだ保留にしておいてほしいかな。僕の弟と妹は騒がしいから、会ったら嫌になるかもしれない」

「きっと大丈夫よ。あなたのご兄弟だもの」


 クスクスと笑ったアルテナに、マイルズは柔らかな笑みを向ける。

 そうして訪ねたマイルズの家は、前の人生でアルテナたちが暮らした家と同じ程度の大きさだった。アルテナは懐かしさを覚えたが、護衛まで連れて入っては落ち着かないだろう。

 護衛には夕方まで自由に過ごすよう言い置き、アルテナはマイルズと中へ入った。


「いらっしゃい、アルテナさん。我が家へようこそ」

「こんにちは、お邪魔いたします」


 マイルズとデートを重ねるようになってから、マイルズの両親とは度々言葉を交わしている。それでも名前を呼ばれるのは初めてだ。

 少し緊張しつつも微笑んだアルテナを見て、マイルズの弟妹が歓声を上げた。


「すっげえ美人! 兄ちゃん、本当にこんな綺麗な人と結婚すんの⁉︎」

「うわあ、お姫様みたいね!」

「こら、二人とも声が大きい。アルテナ、ごめんね」

「ふふ、大丈夫よ」


 十五歳と十一歳のマイルズの弟妹は、前の人生で初めて会った時も貧しくも明るい子どもたちだったが、今はさらに健康的で溌剌としている。

 マイルズの心配をよそに、二度目の人生を過ごしているアルテナは二人とあっという間に打ち解けて、マイルズの母ローナと一緒に台所にも立った。


「アルテナさんも料理が出来るのね」

「はい。こちらでお世話になってる叔母は男爵夫人なのですが、料理が趣味なので教えて頂いてるんです」


 叔父は元平民だったため、男爵家といえども叔母の家の使用人は少ない。そのため叔母が自分で台所に立つ事も多く、マイルズとの結婚を考えていたアルテナは、長期休みの際に叔母から料理を習っていた。

 というのも、前の人生ではアルテナはほとんど料理が出来なかったからだ。マイルズとの結婚後もマイルズの妹が家事全般を請け負ってくれていたが、人生をやり直すからにはアルテナは手料理を振る舞えるようになりたかった。


「母さん、アルテナは前に手作りのお菓子もくれたことがあるんだよ。すごく美味しいんだ」

「まあ、そうなのね。私はお菓子作りはしたことがないの。今度教えてもらえるかしら?」

「はい、ぜひ」


 マイルズは、以前アルテナが差し入れた手作りの菓子を覚えていてくれたようだ。リメルたちと一緒に作ったそれを喜んでくれていた事が分かり、アルテナの頬が赤く染まる。

 そんなアルテナを、マイルズの両親はさらに気に入ってくれたようで、アルテナはホッと胸を撫で下ろした。

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