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32:母親の気持ち

 四季のはっきりしているグラナダ王国と違い、オルレア王国は海に面しているからか年中穏やかな気候だ。待ちに待ったマイルズとの初めてのデートの日も天気に恵まれ、アルテナの心を表したような青空が広がる事となった。

 晴れ渡る空の下、アルテナはリメルたちが選んでくれた爽やかな水色のワンピースを身に纏い、日除けのためつば広帽子もしっかり被って寄宿舎を出た。品の良さは隠す事が出来ないが派手ではない服装だから、大きめの商家の娘ぐらいには見えても貴族令嬢とは思われないはずだ。


 今のアルテナの胸にあるのは、少しばかりの緊張と多くの期待だ。

 前の人生で、アルテナは最期までマイルズと仲睦まじく暮らしたが、実は二人きりで町歩きを楽しんだ事はなかった。というのも、攫われてから娼館を脱出するまでの間でアルテナは一度身体を壊しており、それが祟ったのか長時間動くと熱を出すようになったからだ。

 そして辛い経験をしたからか、見知らぬ人を前にすると緊張してしまう事もしばしばあった。そのため前の人生でのアルテナは家に篭りがちで、老年に差し掛かってからようやく家族みんなで出かけられるようになったぐらい。たまにする店の手伝いも事務や会計など裏で出来る書類仕事ばかりだった。


 そんなアルテナだから、この二年近くでリメルに連れられてオルレア王都の様々な店を回れたのは楽しい思い出となった。けれどリメルと行った場所は貴族向けの店ばかりだ。今日マイルズが連れ出してくれる場所とは違うだろう。

 一体マイルズはどこへ連れて行ってくれるのか。それを考えるだけでも楽しいけれど、何より今日は一日中マイルズと一緒にいられる。それに前の人生ではマイルズとはあっという間に夫婦になってしまったから、恋人として連れ立って歩くのも初めてだ。どんな風に過ごすものなのかと楽しみで仕方なく、アルテナはソワソワしてばかりだった。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは、マイルズ様」


 護衛に扉を開けてもらい店へ入ると、すぐにマイルズがやって来た。小声だが、はにかみながらも挨拶をしたアルテナに、マイルズは嬉しそうに微笑んだ。


「待ってたよ、アルテナ。いつも綺麗だけれど、今日はまた愛らしいね。その服もよく似合ってるよ」


 耳元で囁かれた言葉に、アルテナは頬を赤く染めた。他の客もいるからか、マイルズは店の奥へとアルテナを促す。

 マイルズの父親と軽く会釈を交わして、二年前にも通された応接室へ向かうと、マイルズの母ローナが笑顔で待っていた。


「いらっしゃいませ。お待ちしてましたわ」

「母さん、お茶をお願い。アルテナ、すぐに用意してくるから少しだけ待ってて」


 マイルズが部屋を出てすぐ、ローナがお茶を運んできた。自分の事をマイルズは何と伝えているのか、どう挨拶をすればいいのかとアルテナが戸惑っていると、ローナは安心させるように微笑んだ。


「これからお二人で出かけると聞きました。あの子は張り切っているようですが、至らぬ点も多いかと思います。何かありましたら遠慮せずハッキリ仰ってくださいね」

「は、はい。あの……マイルズ様はわたくしのことを何と?」

「特別な女性だと言ってましたわ」


 ちゃんと恋人として伝えてくれていたのだと喜びを感じると共に、気恥ずかしさで顔が熱くなる。

 そんなアルテナに、ローナは切なげに眉尻を下げた。


「ただ、お嬢さんは隣国の貴いお方だと聞いています。あの子が相手で本当によろしいのですか? その、お国に婚約者の方などは……」


 ローナの不安は尤もだ。普通に考えれば、貴族と平民の恋などあり得ないのだから、卒業するまでの遊びの付き合いと思われてもおかしくない。貴族令嬢なら婚約者がいる事も多いし、大事な息子を振り回された上に何かのきっかけで傷付けられては困るだろう。

 アルテナは小さく息を吐いて気持ちを落ち着けると、真っ直ぐにローナを見つめた。


「わたくしには婚約者はおりませんから、ご安心ください。信じて頂けないかもしれませんが……わたくしは心からマイルズ様をお慕いしているのです。マイルズ様のお気持ち次第にはなりますけれど、わたくしとしてはいずれ父も説得したいと考えております」

「お嬢さんのお気持ちを疑ってはいませんわ。ずっとあの子を見て下さってたのを、私も知ってますから」


 マイルズの興味を引くためにリメルたちに教えられて試してきた様々な事柄は、どうやらローナにも気付かれていたようだ。望んでやった事とはいえ、自分の好意が周りにまで筒抜けになっていたのかと思うと羞恥でいっぱいになってしまう。

 真っ赤になって視線を彷徨わせたアルテナに、ローナは安堵したように微笑んだ。


「ごめんなさいね、踏み入ったことを聞いてしまって。けれど、あの子との未来も見据えてらっしゃると聞けて安心しました。不束な息子ですが、どうぞあの子をよろしくお願いします」

「は、はい! 悪いようにはしないとお約束します!」


 ついまた声が裏返ってしまい、アルテナは恥ずかしさで埋まってしまいたくなった。そこへ支度を整えたマイルズが戻ってきた。


「母さん、彼女に何を言ったの?」

「少し世間話をしただけよ。ではお嬢さん、楽しんでらしてくださいね」


 ローナは微笑んで部屋を出て行く。マイルズは訝しげにその背を見送ると、心配そうにアルテナの顔を覗き込んだ。


「大丈夫? 本当に母さんから変なことを言われてない?」

「は、はい。大丈夫ですわ」

「それならいいけれど。出かけられるかな?」

「ええ。行きましょう」


 今更ながら、アルテナは一人で先走ってしまったと赤面した。何せマイルズと仲を深めるのはこれからなのだ。アルテナとしてはもう一度マイルズと結ばれたいと思っているが、それを実行に移せるかどうかはマイルズがどう思うかにかかっている。

 マイルズさえ願ってくれるのなら、アルテナは強引な手段を使ってでもマイルズと結婚するつもりだが、今日のデートはその第一歩に過ぎないのだ。


 どうにか気持ちを引き締めて帽子を被り直し、アルテナは立ち上がった。


「アルテナ、手を」

「……はい」


 差し出されたマイルズの手に、そっと手を重ねる。自分との未来を望んで欲しいと繋いだ手に願いを込めて、アルテナは歩き出した。

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