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31:身分差を越えて

 想いを告げて初めて交わした口付けは、唇の柔らかさを確かめるように何度も繰り返された。啄むようなその口付けに、アルテナは身も心も溶けていく。

 くたりと力が抜けて寄りかかった胸板は、見た目の細さに反して安定感のあるものだった。縋り付くようにマイルズのシャツを握りしめたアルテナを、マイルズはハッとした様子で支えた。


「すみません。感極まってしまって」

「いえ……」


 アルテナは頬を赤く染めて、トロリとした瞳でマイルズを見上げる。するとマイルズは何かを堪えるように小さく咳き込み、視線を逸らした。


「もう遅いです。寄宿舎へ帰りましょう。お送りしますから」

「はい。ですが、あの……マイルズ様」

「何でしょう?」

「先ほどわたくしの名を呼んで下さったのは、わたくしの気持ちを汲んでくださったからですよね? よろしければ、口調ももっと気楽なものにして頂けませんか?」


 平民と貴族令嬢という関係性を考えれば、マイルズの言葉遣いは正しいものだし、呼び方にも本来は敬称を付けるべきだろう。けれどそうされるのは、アルテナにとっては他人行儀のようで寂しく感じてしまう。

 マイルズに名前を呼び捨てにされたのは、身分差を無視したいというアルテナの心情を汲んでもらえたようでとても嬉しい事だった。そして出来る事なら、前の人生の時のように砕けた口調で接してほしいとアルテナは願っていた。


 これまで声が出なかったのが嘘のように、素直な気持ちを吐露したアルテナに、マイルズは嬉しそうに頬を緩めた。


「じゃあ二人きりの時はそうさせてもらうよ。だからアルテナも気楽に話してほしい」

「それは、あの……もう少し慣れたら」

「無理せず、ゆっくりでいいよ。こうしてあなたに触れられるだけで、僕は充分幸せだから」


 恥ずかしそうに俯いたアルテナの額に、マイルズは優しく口付けを落とした。そのままマイルズに腰を支えられて、アルテナはフワフワとした心持ちのまま歩き出す。

 表通りに出ると、少し離れた場所で心配そうに立っている護衛の姿が見えた。傍らには馬車も止まったままで、御者と二人でずっと待っていてくれたようだ。


 それを見てマイルズは、安心したように微笑んだ。


「ちゃんと護衛も連れてきてたんだね。良かったよ」

「あっ……ごめんなさい。言いそびれてしまって」

「いいんだ。でも、少し離れた方がいいかな」

「あの者は知ってますから大丈夫ですわ」


 平民と貴族令嬢の恋など、本来なら眉を顰められるものだ。だからこそマイルズは手を離そうとしたが、アルテナはギュッとしがみつく。夕暮れ時の町にはどちらにせよ人通りは少ない。それに町に出ている時ぐらい、アルテナは身分差など気にせずに過ごしたかった。

 その意図を正確に理解してくれたのだろう。マイルズは、ふっと笑って、そのまま馬車までアルテナを送っていった。


「こんばんは。いつもアルテナを守ってくれてありがとうございます。帰りをよろしくお願いします」

「はい。お任せください」

「アルテナ、気をつけて帰るんだよ」


 温かな笑みを向ける護衛にアルテナは気恥ずかしくなってしまったが、マイルズは堂々としたものだった。

 馬車にアルテナを乗せると、手を離す直前にマイルズはアルテナの指先に口付けを落とした。アルテナは頬を染めて、マイルズを見つめた。


「また次のお休みの日に会いに来てもよろしいですか?」

「もちろんだよ。僕も予定を空けておくから。今度は少し町に出ようか」

「はい。楽しみにしております」


 名残惜しく思いながらも、アルテナはマイルズに見送られて帰路へ着いた。


「お嬢様、上手くいったようですね」

「ええ。待っててくれてありがとう」

「これが仕事ですから。御者にも俺から話しておきましたから、次も頼むといいですよ。今日のうちに話をつけておけば、あいつも予定を合わせるはずですから」

「まあ、助かるわ」


 どうやら御者には、護衛がうまく話をつけてくれたらしい。マイルズとのデートの際も、この二人に頼めば何も言わずに店まで連れてきてくれるだろう。


 アルテナはホッとして、浮き立った気持ちのまま寄宿舎へ帰る。するとリメルが入り口で、今か今かとアルテナを待っていた。


「アルテナ、おかえりなさい! どうだった?」

「リメル……言えたわ! わたくし、ついに言えたの! それでマイルズ様も、わたくしを好きと言ってくれたのよ!」

「本当⁉︎ おめでとう!」


 キャアキャアと声を上げて、リメルはアルテナの恋の成就を喜んでくれた。話は一気に女子寮内に伝わっていき、長年の恋を叶えたアルテナを祝福する声が至る所からかけられる。

 夕食の席でも大いに盛り上がり、ようやくアルテナが一息つけたのは自室に戻って就寝の準備を終えてからだった。


「リメルの方はどうだったの?」

「もちろん、お父様は大喜びだったわ」


 リメルはリメルで、この日は王都にある伯爵家の町屋敷に帰っていた。第二王子と連れ立って、父親に会いに行ったのだ。


「次のお休みに、早速お城へ行くことになったの。レヴィ様の気持ちが変わらないうちに婚約した方がいいって。レヴィ様は笑って受け入れてくださったけれど、失礼しちゃうわよね」

「ふふ、そうね」

「アルテナは次のお休みはどうするの?」

「それがね、デートに誘われたの」

「まあ! 良かったじゃない!」

「ありがとう。ねえ、リメル。またお洋服を選ぶのを手伝ってくれる?」

「もちろんよ。みんなにも相談しましょう」


 女同士のお喋りは就寝時間を大きく過ぎるまで続いた。夜もだいぶ更けてから、アルテナはベッドに潜り込む。

 久しぶりに何の悩みもなく迎えた夜になったが、高鳴る鼓動はなかなか治らない。交わしたキスの温もりを思い出しては、アルテナはほんのり頬を染めるのだった。

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