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【連載版】死に戻り悪役令嬢は、今度こそ「好き」と言いたい  作者: 春日千夜
第三章 今度こそ「好き」と言いたい
29/66

29:話せないなら恋文で

(もうこの日が来たのね……)


 十七歳の誕生日から数日後。一日の授業を終えて寄宿舎へ戻ったアルテナは、自室の窓から空を眺めていた。アルテナの前に広がるのは抜けるような青空だが、脳裏に浮かぶ景色は暗くジメジメしている。

 この日はアルテナにとって感慨深い日だった。一度目の人生で、アルテナが娼館に引き渡された日なのだ。つまりこの日は、マイルズと初めて会った日だった。


(あの頃のわたくしよりずっと綺麗になったのに。どうして喋れないのかしら)


 今のアルテナは健康的で美しく、身も心も傷付きボロボロになっていた前の人生と比べるべくもない。だというのに、未だマイルズの前に立つと声が出ない。

 二年前は、十七歳になれば自信を持ってマイルズの前に立てると思っていたが、実際になってみても話せる気がしなかった。


(やれるだけのことはやったし、もう時間もないわ。早く言わなければならないのに……)


 リメルたちに協力してもらい、およそ二年もの間様々な方法を試してきた。それでも出来なかったのに、どうすればマイルズを前にして「好き」と言えるのか。アルテナにはもはや分からない。

 だがアルテナに残された猶予は、卒業までのあと一年しかない。これ以上手をこまねいていては手遅れになると、アルテナは焦りでいっぱいだった。


 そうして青空を睨み付けるようにしてアルテナが思い悩んでいると、貴族令嬢が集まる寄宿舎に不似合いな騒がしい足音が廊下から響いた。


「アルテナ! アルテナ!」

「リメル? どうしたの、そんなに慌てて」


 珍しくもバタンと大きな音を立てて扉を開き、駆け込んで来たリメルにアルテナは唖然としてしまう。

 そんなアルテナに、リメルは手紙を掲げた。


「てっきりアルテナ宛だと思っていたのに、私宛だったの!」

「何の話なの? それはどなたから?」

「レヴィ様よ! 渡したいものがあるって呼び出されたから、アルテナに手紙でも渡して欲しいって頼まれるかと思ったら、これを渡されたの! ねえ、嘘じゃないわよね? 私の見間違いじゃないわよね? 見て!」


 第二王子がリメルに宛てた私信をアルテナが見ていいものかと思ったが、リメルは内容に不安があるらしい。

 リメルは興奮した様子だから悪い事ではなさそうだが、一体何が書かれているのかとアルテナは目を通し、息を飲んだ。


「これって……恋文じゃない」

「やっぱり⁉︎ 私の見間違いじゃないのね!」

「ええ。宛名も間違いなくあなたよ。おめでとう、リメル」

「キャー! どうしよう! どうしよう!」


 第二王子の手紙には、アルテナのために懸命に動くリメルに惹かれてしまったと書かれていた。どうやらアルテナが何かを言うまでもなく、第二王子はリメルの良さに気付いたらしい。

 リメルは顔を真っ赤にしてベッドの上を転げ回る。あまりの騒ぎ声に隣室から苦情が入りそうだが、アルテナはそれどころではなかった。


(そうよ。わたくしも話せないのなら、手紙で気持ちを伝えればいいんだわ!)


 手紙には、これまでの事もあるため面と向かって話す勇気がないから、想いを手紙に託したとも書かれていた。

 それを読んで自分も第二王子と同じ事をすればいいのだと思い至ったアルテナは、未だ興奮冷めやらないリメルに祝福と共に手紙を返し、覚悟を決めてペンを手にした。




 それから数日後。ようやく休日を迎えると、アルテナは思いの丈を書き綴った手紙を手に、マイルズの店へ向かった。


「今日はいつ帰れるか分からないから、あなたたちは先に帰っていいわ」

「は? 何言ってるんですかお嬢様」

「帰りは辻馬車を呼ぶから、大丈夫よ」

「いやいや、そういうわけには」


 アルテナの気持ちを詰め込んだ手紙だ。店の中で適当に渡すつもりはないため、アルテナは帰宅するマイルズを捕まえるつもりだった。

 そのため今日はリメルも連れてきていない。そして馬車を降りると御者と護衛にそう告げたのだが、当然ながら二人は渋った。


「お嬢様が一人で行かれたいのは分かりました。ですがね、この辺は比較的安全とはいえ、もし夜にでもなればさすがに危険です。それに門限だってあるでしょう。俺だけでも、お嬢様がお帰りになるまでここで待たせてもらいます」

「……仕方ないわね。でも本当についてこないで」

「もちろんです。恥ずかしい気持ちは分かりますから」

「よく分からねえですが、俺も待たせてもらいます。えっと、頑張ってくだせえ」

「ありがとう。でも長く待たせるかもしれないのよ。もし先に帰りたくなったら、わたくしには遠慮なく帰りなさいね」


 事情を知っている護衛だけでなくなぜか御者にまで応援されて、アルテナは店の裏手に回る。

 細い裏路地に人の気配はなく、緊張するアルテナの心をグラグラと揺らす。けれど、どれだけ緊張していても今日は手紙を渡せばそれでいい。

 そう自分を叱咤して、日が落ち始め裏路地が少しずつ暗くなっても、アルテナはマイルズを静かに待った。



長くなってしまったので、二話に分けます。

続きはこの後、本日22時台に投稿します。

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