28:勇気を出したい
それからもアルテナは、リメルに付き添ってもらい何度もマイルズの店を訪れた。化粧品はそう簡単になくならないためさすがに休日の度にとはいかなかったが、三、四回に一度は店に通う。
だが合間の休日ものんびりと寄宿舎にいるわけではない。アルテナはリメルに王都の様々な店へ連れ出された。
「アルテナがあのお店に通ってるって知ったら、きっとレヴィ様は何か仕掛けてくるわ。だからカモフラージュにね」
まるで悪戯をする子どものような笑顔でリメルは提案したが、アルテナはただ感心するばかりだった。
いつも依頼している護衛が口を割る事はないだろうが、馬車の御者は毎回違うため人となりが分からない。学校側で用意している御者だから悪人ではないのだが、相手は第二王子だ。アルテナが休日にどこで何をしているか尋ねられたら、簡単に教えてしまうだろう。
かといって、これまで探偵事務所と馴染みの商会ぐらいにしか出かけていなかったアルテナには、他の店はよく分からない。細かな所まで気が付き手を打ってくれるリメルの存在は、とても心強かった。
そうしてリメルや友人たちに支えられながら、マイルズと顔を合わせる回数が増えていったのだが。それでもアルテナは、なかなか勇気を出せなかった。
訪ねる度にマイルズは朗らかに応対してくれるが、それはあくまで客としてだ。このままでは好意を伝えるどころか、意識してもらう事すら叶わない。
臆病な自分はどうすれば一歩を踏み出せるのか、と悩み続けていたある日の朝。いつものように登校しようとアルテナとリメルが寄宿舎の自室で支度を進めていると、慌てた様子で女子生徒がやって来た。
「大変よ! レヴィ様が出待ちしてるわ!」
アルテナたちの部屋は寄宿舎の三階にある。窓からそっと外を覗き見ると、数人の女子生徒に話しかけられている第二王子の姿が女子寮の門前に見えた。
「本当だわ。どうしたら……」
王族も例外なく在学中は寄宿舎で生活している。だが男子寮と女子寮は校舎を挟んで反対側にあるため、この時間にここへ来るにはかなり早起きしなければならない。
アルテナが第二王子を避け始めて、すでに数ヶ月が経っている。これまで何度となくアルテナに近付こうと試み、リメルの仲間たちに阻まれて来た第二王子は、ついに焦れたのだろう。絶対に逃げられないようにと、アルテナが出てくるのを待っているようだ。
だが戸惑うアルテナに、リメルはにこりと笑った。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。むしろ今までよく来なかったと思うわ。アルテナは後から来て。私が話をつけてくるから」
「話をって、いいの? 頼んでしまって」
「もちろんよ。アルテナだと外交問題が心配で、言いたいことも言えないでしょう?」
「リメル……ありがとう。でも、無理はしないでね」
リメルは知らせに来てくれた友人にアルテナを任せて、先に部屋を出た。アルテナが窓から覗き見ていると、リメルは第二王子に何やら話しかけ、門前から引き離してくれている。
その隙に、アルテナは友人たちとこっそり寄宿舎を出た。
「リメルは大丈夫かしら。わたくしのために罰せられたりしたら」
「大丈夫よ。レヴィ様はそこまで狭量じゃないし、リメルだってそう簡単にやられないから」
友人たちの言葉通り、その後教室で合流したリメルは朗らかな笑みを浮かべていた。
「きっちり話をつけてきたから、もう安心して。今日みたいに強引なことは二度として来ないと思うわ」
リメルは驚いた事に「しつこい男は嫌われる」と第二王子を脅し付けてきたらしい。「愛のない結婚が望みなのか」「アルテナの心は、こんなやり方じゃ手に入らない」とバッサリ叩き切ってきたのだと胸を張って話した。
「そんなことを言って大丈夫なの?」
「大丈夫よ。かなり優しくした方だし」
オルレアの女性は意思表示をハッキリするものだと知ってはいたが、どうやらそれは王族に対しても同じようだ。もしかしたら、問題児の兄で苦労しているリメルだからこそなのかもしれないが。
(ここまでしてもらっているのに。わたくしがいつまでもこれではいけないわ)
励まし支えてくれるリメルや友人たちの姿は、アルテナの心を奮い立たせた。
「リメル。わたくしも頑張るわ」
「ええ、そうしてちょうだい。でも無理は禁物よ? まだ試していないこともやっていきましょう。緊張してても出来ることはいくらでもあるはずだわ」
リメルの言葉が効いたのか、この日から第二王子はすっかり大人しくなった。おかげで、これまで王子対策に奔走してくれていたリメルたちは、時間に余裕が出来たらしい。
その時間を利用して、気合いを入れ直したアルテナのためにと、リメルたちは男の気を引く方法を調べ始める。
そうしてリメルたちは、第二王子やそれぞれの本命に。アルテナはマイルズに。お菓子を作って差し入れたり、流行りの化粧や小物を服装に取り入れたり、上目遣いなどのあざとい仕草をしてみたりと、様々な事を一つ一つ試していった。
その甲斐あって、友人たちのうち数人は想いを通わせ合う事が出来た。
けれどアルテナは、やはりマイルズを前にすると声が出ないし、マイルズにどう思われているのかも分からない。マイルズは会う度に優しい笑みで対応してくれるし、差し入れも喜んでくれたが、それが客だからなのかアルテナだからなのかが分からなかった。
(嫌われてはいないはずだけれど……どうなのかしら)
前の人生では、一目惚れしたと情熱的に告白を受け、手を取り合って娼館から逃げ出したが、今回は何の予兆も見られない。
果たしてこのまま告白して受け入れてもらえるものなのか。だいぶ綺麗になってきたと自分では思っているが、女として見られていないのではないか。
そんな不安を感じてしまい、アルテナは余計に喋れなくなるという悪循環に嵌ってしまう。
そうしている間にも着実に日々は過ぎていき、アルテナは最終学年の八年生となり。とうとう十七歳の誕生日を迎えた。
*以下、次回予告*
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ここまでもだもだしてきましたが、次回、告白回です。




