26:頼もしい親友
マイルズについての話が一段落すると、次にリメルは第二王子との婚約回避について話し出し、アルテナに実家の様子を探るよう忠告した。
「あのね、アルテナ。レヴィ様はかなり粘り強い方なの。そう簡単に諦めさせることは出来ないから、気を抜いてはダメ。きっと外堀から埋めてくるはずだから、まずはご実家に手紙を書いて」
「父に警戒するよう伝えるのね?」
「そうよ。他にも信用出来る使用人がいればその人とも連絡を取れるといいわ。公爵様ご自身が籠絡される可能性もあるから」
リメルの忠告に従い、アルテナは父親とかつて自分の世話をしてくれた侍女へ手紙を書いた。父親には第二王子がやり手なため足元を掬われないようにと注意を促し、侍女には父親の周囲に隣国と関わりのある者が現れたらすぐに教えるよう手紙を認める。
そうしている間に、リメルは大きめの紙になにやら図を書いていた。
「手紙は用意出来たわ。リメルは何をしているの?」
「ああ、これは校舎の地図よ」
「地図? 何に使うの?」
「あなたに道を教えるためよ」
もう何年も過ごしている校舎で迷子になるはずもないが、なぜそんな事を言われるのか。不思議に思って首を傾げていると、リメルは満足げに微笑んだ。
「これでよし。アルテナ、あなたには明日から私が決めた道を通ってもらうわね」
「どうして?」
「レヴィ様を避けるためよ。会わないようにしていれば、アルテナが本気で嫌がってるのが伝わるし、周囲も変な勘違いをしなくてすむでしょう?」
第二王子を慕うリメルは、よく第二王子が通る通路や何の選択授業を取っているかなど細々とした情報を持っている。リメルはそれらを活用して、アルテナが第二王子に絡まれない方法を考えてくれていた。
「レヴィ様をお慕いする会のみんなにも声をかけておくから。アルテナには絶対近付かせないから、安心してね!」
「……そんな会もあるのね」
同好の士が集うのはよくある事だが、まさか第二王子を対象にしたものまであったのかと驚いてしまう。唖然とするアルテナに、リメルは地図を指し示しながらあれこれと話した。
「お昼も食堂でとるのはやめて……そうね。この辺りで食べましょう。二人分ぐらいなら融通はきくと思うし、厨房に持ち運び出来る軽食を頼んでおくわ」
明日朝に用意が間に合うよう寄宿舎の料理人に話すつもりなのだろう、リメルはにっこり笑うと席を立つ。アルテナはただ頷いて聞いていたが、部屋を出ようとするリメルに慌てて声をかけた。
「リメル、待って」
「どうしたの?」
「あの……リメルは本当にいいの? わたくしと庭で昼食をとるなら、殿下とお会い出来なくなるでしょう? 頼むのはわたくしの分だけでもいいのよ」
リメルの提案はアルテナにとって有難いものだが、それら全てにリメルを付き合わせては、リメルと第二王子の接点まで無くなってしまう。それはさすがに申し訳ないと、アルテナは眉尻を下げた。
けれど意外な事に、リメルは微笑んで頭を振った。
「大丈夫よ。私は遠くからでもレヴィ様のお姿を見られればそれで充分なの」
「でもそれでは、リメルが殿下と親しくなれないわ」
「いいのよ、それで。むしろこれまで、アルテナの友達だからってお声をかけて頂けたことが奇跡だったの。それにこれで、もうみんなから狡いって言われることもなくなるから」
「リメル……」
諦めを口にする親友をどうやって励ましたらいいのかと、アルテナは考える。そんなアルテナに、リメルは穏やかに語りかけた。
「本当に気にしなくていいの。たぶん私は、卒業したら婿をもらうことになるし」
「婿を? でもリメルにはお兄様がいらしたわよね?」
「ええ。そうなのだけれど、あの兄だもの。本人はやる気がなくて今も方々へ出かけているし、最近では父も諦めているわ。だからレヴィ様への想いは、いつか諦めなくちゃいけないって分かってるの」
リメルの兄は、卒業後は自領へ帰り跡継ぎとして父親について学ぶはずだった。しかし貴族家の嫡子にしては珍しいほどの自由人なため、度々ふらりと旅に出かけてしまうらしい。
兄が家を継がないのなら、代わりにリメルが婿を取り、その子どもに家を継がせる必要があるとリメルは話す。
苦笑したリメルに、アルテナは胸の痛みを感じた。そんなアルテナの手を、リメルはそっと握った。
「だからね、アルテナ。家を飛び出してまで好きな人を追いかけるあなたを、私は尊敬するわ。協力するから、絶対に叶えてね」
「リメル……ありがとう。でもわたくしは、あなたにも諦めてほしくないわ。この件が片付いたら、きっとどこかで殿下にあなたの良さを伝えるから」
「ふふ、ありがとう。期待しておくわね」
賢く人脈もあり、家のために身を捧げる覚悟も持っている親友は、アルテナからすれば王子妃に相応しいと思える素晴らしい令嬢だ。なぜ第二王子はこの親友の良さに気付かないのかと口惜しく思いつつ、アルテナはリメルの手をしっかりと握り返した。




