24:親友との恋話
(一度は六十歳まで生きたというのに、わたくしは何をしているのかしら。これでは本当にただの十五歳……。いいえ、もっと幼い小娘だわ)
アルテナがマイルズの店から帰ってきても、寄宿舎にはまだリメルは戻ってきていなかった。アルテナは部屋の中で一人、はぁとため息を漏らす。
いくら緊張していたとはいえマイルズたちの前で犯した失態の数々は、アルテナを落ち込ませるには充分過ぎた。
(声の好みなんて知りようがないのだから、気にしてもどうしようもないじゃない。せめてきちんと話せればそれで……ダメだわ。そもそもそれが出来れば苦労しないのよ)
人前で話す事など慣れているはずなのに、どうしてもマイルズを前にすると体が強張ってしまう。初めて聞かれる自分の声は、ちゃんとしたものを聞かせたいものだが、一体どうすればそれが叶うのか。
解けない悩みに、アルテナはまた一つ大きなため息を漏らした。
「ため息なんてして、どうしたの? まだ具合が悪い?」
「リメル……おかえりなさい」
不意にかけられた声に、アルテナはハッとして顔を上げた。いつの間に部屋へ帰ってきたのか、リメルが心配そうに眉尻を下げていた。
「ただいま。ずいぶん綺麗にお化粧しているのに、浮かない顔をしているのね。お出かけしようとして誰かに止められたの?」
「いいえ、そういうわけではないの」
「じゃあもっと笑っていなさいな。せっかくの可愛い顔が台無しよ。体調は戻ってるのでしょう?」
「ええ」
「悩みがあるなら話してごらんなさいよ。助けになれなくても、話ぐらいは聞けるから」
リメルは言いながら、アルテナのそばに腰掛けた。
精神的には二度目の人生を生きるアルテナの方が何倍も大人なはずだが、リメルはいつもアルテナの心に寄り添い支えてくれる。この頼れる親友に相談すれば、何かしら良い案を考えてくれるかもしれない。
そこまで考えて、アルテナは苦笑を溢した。
(リメルがわたくしを害するなんてあり得ないと、ちゃんと分かっているじゃない。あんなに悩んでいたなんて、わたくしったら馬鹿ね)
出かける前までは、いつかリメルが友情を裏切るのではないかと怯えていた。けれど今は、そんな相手にマイルズとの事を相談しようと思っている。
結局の所、心の底では完全にリメルを信頼している事に気が付き、アルテナは自分に呆れた。
「アルテナ……私にも話したくないことなの?」
「いいえ、違うの。あなたには言わなくてはならないと思っただけよ」
アルテナは一つ息を吐き、気持ちを整える。
(大丈夫。何があっても、リメルとならきっと仲直り出来るはずだわ。もしそれが無理だったとしても、あの時のようなことにはならないわよ)
マイルズの事を相談する前に、リメルには話しておかねばならない事がある。リメルがそれにどんな反応を返してきたとしても、親友なのだからきちんと受け止めよう。
そう覚悟を決めて、アルテナは重い口を開いた。
「悩みは二つあるの。どちらも聞いてほしいのだけれど」
「もちろん聞くわ。何に悩んでいるの?」
「一つ目は第二王子殿下のことよ。あのね、リメル。実はわたくし……この前のお休みの間にオルレア王家から婚約の打診をされたの」
「そう。それで?」
果たしてリメルはどんな顔をするのだろうか。不安に思いつつ話したが、意外にもリメルは何も表情を変えなかった。
「驚かないの?」
「驚かないわよ。むしろ今までされてなかったことが驚きだわ」
「えっ……リメル、知っていたの?」
思いがけない返事にアルテナは戸惑った。するとリメルは苦笑して肩をすくめた。
「だって私、レヴィ様のことが大好きだもの。ずっと見ているのだから、あの方のお心がどこにあるか分かって当然でしょう? 最近は特にあからさまだから、みんなも知ってると思うし。たぶん気付いていなかったのは、あなただけよ」
第二王子はそれほど分かりやすかったのかと、唖然としてしまう。そんなアルテナに、リメルは柔らかに微笑んだ。
「もちろん、アルテナがレヴィ様に心を向けていないのも分かってたわ。けれど、もしアルテナがレヴィ様の手を取っても応援するつもりでもいたの。レヴィ様のことが好きだからこそ、あの方には幸せになって頂きたいし」
「リメル……」
「でもその感じだと、断るつもりなのね?」
「ええ。というより、もう断ったのよ」
「そう……。それは私のことを気にしたから?」
リメルの声音は穏やかなもので、取り繕った様子もなく本心で話していると分かる。どうやらリメルは、自分に遠慮せず第二王子の申し込みを受けて欲しいと本気で思っているようだ。
妬みや恨み、怒りはいくらでも覚悟していたが、まさかそんな事を言われるとは思わず驚いてしまう。けれど、勘違いは早めに正すべきだろう。アルテナは、そうではないと頭を振った。
「違うわ。わたくしは、他にお慕いしている方がいるの」
「それなら、アルテナの悩みというのは……」
「王子殿下に、どうにかして諦めて頂きたいのよ。わたくしにその気はないから」




