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【連載版】死に戻り悪役令嬢は、今度こそ「好き」と言いたい  作者: 春日千夜
第三章 今度こそ「好き」と言いたい
22/66

22:変わらぬあなた

(マイルズ……また助けに来てくれたのね。やっぱりあなたは変わっていない。同じなんだわ)


 前の人生でのマイルズは成長期に苦労を重ねたためか体の線は細かった。その頃と比べて今目の前にいる十八歳のマイルズはそれなりに筋肉は付いているが、商人らしい細身であるため強そうには見えない。

 それでも助けにきてくれた優しさと勇気は、かつて地獄の底から助け出してくれた記憶と重なり、アルテナの心を揺さぶった。


 けれどマイルズの顔はアルテナの思い出にあるより上にあるし、透き通った宝石のようなその紫眼に映るアルテナの姿は昔と違ってまだまだ幼い。アルテナはハッとして、まだ会うつもりではなかった事を思い出した。


(どうしよう……あなたに今のわたくしは、どう見えてるの?)


 女性らしくなりつつあるとはいえ、まだ大人とは言えない自分の姿をマイルズはどう思うのか。急に不安が戻ってきたアルテナの目に、自然と涙が滲み出す。

 するとマイルズは安心させるようにアルテナに柔らかな笑みを浮かべ、次いで男たちに冷たい視線を向けた。


「お客様、こちらはお連れ様ですか?」

「いや、俺たちは……ちょっと道を聞こうとしていただけだ」


 マイルズ一人程度どうにでもなると思ったのか、男たちはヘラヘラと笑っていたが、不意に焦りを滲ませた。少し離れた場所から屈強な男たちが顔を出したため、動揺したようだ。

 それが隠れていたアルテナの護衛だとは思いもしないだろうが、首を突っ込まれたら不利になると考えたのだろう。男たちは言い訳を残して慌ただしく去っていく。

 マイルズはホッとした様子で、苦笑を浮かべた。


「すみません、お嬢さん。突然声をかけまして」


 マイルズの声は、前の人生でいつもアルテナに語りかけたのと同じ穏やかな声音だった。その懐かしい声を聞いて口を開けば泣き出してしまいそうだったが、大丈夫だと伝えたくてアルテナは小さく頭を振った。

 それを恐怖で震えていると思ったのか、マイルズは心配そうにアルテナを見つめた。


「怖かったでしょう。もしよろしければ少し休んで行かれませんか? お茶をお出ししますので」


 不安と安堵と喜びと。混乱するアルテナの心は未だ落ち着かない。けれど、恋焦がれていた男からの誘いだ。アルテナに断るという選択肢はない。

 アルテナが思わず涙を一筋流して「はい」と呟き微笑むと、マイルズは僅かに目を見開いた後、嬉しそうに笑った。


「良かった。では、こちらへどうぞ」


 頬を伝う涙をハンカチで抑えつつ、アルテナはマイルズについて行く。カラリと可愛らしいドアベルの音を立てて入った店内は、女性客に親しみ易さを与えるためだろう柔らかな色合いで纏められていた。


「他の者は裏に行っておりまして。すぐお茶をお持ちしますから、ここでお待ちください」


 店の奥には、大口の顧客や得意客に対応するためだろう応接室があった。どうやらマイルズの両親は裏で作業をしているらしく、案内してくれたマイルズはすぐに部屋を出て行った。

 アルテナはソファに一人座り、気持ちを落ち着けようと部屋を見回した。ローテーブルの上には商品の一覧が置かれており、壁際の棚には試供品だろう、ずらりと小瓶が並べられていた。


「お待たせしました。こちらをどうぞ。熱いのでお気をつけて」


 ぼんやりとしていたアルテナの元へ、マイルズがカップを運んできた。軽く頷きを返しただけで無言のままカップに手を伸ばし、口をつける。出されたのはハーブティーで、気持ちを落ち着ける柔らかな香りがアルテナの胸を満たした。


(お礼を言わなくては……)


 半分ほどゆっくりと飲むと、だいぶ肩の力が抜けてきた。ホッと息を吐き、アルテナは顔を上げる。

 すると、テーブル脇に控えていたマイルズと目が合った。


(ずっと見られてたの……⁉︎)


 マイルズは優しい目をしていたが、それでも気付かぬうちに見られていたとなると恥ずかしすぎる。カァッと頬が熱くなり、アルテナは俯いた。


「すみません、不躾でしたね」


 申し訳なさそうに響いたマイルズの声に、アルテナはふるふると頭を振る。何か言わなくてはと思うけれど、胸がドキドキと鳴るばかりで声を出せない。


(違うの。見られるのは嫌ではないのよ。むしろわたくしだけを見てほしい……ってそうではなくて。変ではなかったかしら。お茶を飲んだだけだもの、大丈夫よね。でもどうしてわたくしを見ていたの? もしかして少しは興味を抱いてくれたのかしら。ああ、でも泣いてしまったからお化粧も落ちてるんだわ。みっともない顔を見られるなんて……)


 羞恥のあまりにどうしたらいいのか分からなくなり顔を上げられずにいると、不意にカラリと店のドアベルが鳴った。


「お客様が来たようです。僕は店に戻りますが、どうぞゆっくりなさってください」


 マイルズは丁寧に礼をすると、部屋を出て行ってしまった。結局一言も喋れないままマイルズの背を見送ってしまい、アルテナは情けなさに肩を落とした。


(わたくしは何をしているの。お礼一つ言えないなんて、これでは本当に子どもじゃないの)


 大人になりきれていない姿というだけでも不安なのに、初対面でこれではマイルズに愛想を尽かされたかもしれない。アルテナの心はどんどん沈んでいく。

 そこへノックの音が響き、部屋の扉が開いた。


「失礼します、お客様。少しよろしいでしょうか?」


 驚いて振り向くと、そこにいたのは優しげな微笑みを浮かべた栗色の髪の女性――マイルズの母親だった。

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