20:厄介な求婚者
叔母宛の手紙には、婚約の打診があったため出来る限り早くアルテナに手紙を渡してほしいとだけあった。
叔母が商人たちを別室へ下げさせるのを横目に見つつ、慌てて自分宛の手紙を開くと、婚約を申し込んできたのはオルレア王家で、その相手は第二王子のレヴィアトだと書かれていた。
「なぜ……」
第二王子はリメルに気があったのではなかったのか。信じられない思いで、アルテナは呆然とする。
幸い手紙には、アルテナの希望を尊重すると書かれているが、父親としては婚約を不服としたアルテナがまた問題を起こすのを恐れているだけで、前向きに考えてほしいと思ってる事が透けて見える。
無理に進められる事はないだろうが、水面下で父親がどう動くのか分からず、アルテナは青ざめた。
「アルテナ。お相手は誰だったの?」
「叔母様……。オルレア王家からの申し込みで、第二王子殿下だと」
「そう」
震える声で答えたアルテナに叔母は痛ましげな視線を向けると、慰めるように冷たいアルテナの手を取った。
「第二王子殿下は評判もいいし、とても良いお相手だと思うわ。でもやはりあなたは、あの青年を諦めたくないのね?」
「……はい」
「それなら返事を待って頂けるよう、お義兄様に頼みなさい。それから、殿下のお気持ちを聞くの」
「殿下のお気持ちを……?」
「殿下ご自身のご希望とは限らないでしょう?」
叔母の一言に、アルテナはハッとした。この手紙だけでは、婚約打診のきっかけが何なのかは分からない。もしかすると、隣国との関係強化のために、オルレア国王や大臣たちから望まれたものかもしれないのだ。
オルレア王国王太子カシュテトは在学中に見初めた令嬢と卒業後すぐに婚姻を結んでいるから、その分、第二王子の結婚は国益を優先させたのかもしれない。ここ最近、アルテナやリメルとよく昼食を共にしているから勘違いされた可能性もある。
第二王子が望んだのでなければ、婚約話を消すために協力する事も出来るだろう。考え直したアルテナは叔母の手を握り返し、頷いた。
「叔母様からも、父に思い留まるよう伝えて頂けますか」
「ええ、もちろんよ。けれどアルテナ。これは時間稼ぎに過ぎないわ。これから先どうするのか、ここにいる間によく考えるのよ」
「はい。肝に銘じます」
アルテナはホッとしつつも、決意を込めて父親に返事を書き、早馬で送った。父親とは、卒業後は指示に従うが在学中は自由にさせてもらう約束を交わしている。それを盾に婚約を断ったのだ。
心配だった父親からの返信は、新学年が始まる直前、同じく早馬で届けられた。叔母の口添えもあったからか、父親はひとまず引き下がってくれ、アルテナは胸を撫で下ろした。
(あとは、殿下にも釘を刺すだけね)
長期休みの終わりと共に寄宿舎へ戻り六年生の日々が始まると、アルテナは第二王子と二人で話せる機会はないか探った。
すると向こうも同じ事を考えていたのか、最初の選択授業の後、一人で歩いていたアルテナを第二王子が呼び止めた。
「すまないね、時間を取らせて」
「いえ。わたくしもお話ししたいと思ってましたから」
中庭の片隅、人目につき難い場所まで第二王子はアルテナを誘った。少し離れた場所に第二王子の取り巻きたちがいるが、こちらの声は届かないだろう。
二人きりとなると、第二王子はいつもの柔和な表情ではなく、珍しく緊張した面持ちでアルテナと向かい合った。
「僕と話したかったということは、君も聞いたのかな」
「婚約のお話でしたら、伺いました」
「それなら、断ったのは君の意思か」
「ええ、そうです」
アルテナが真っ直ぐに答えると、第二王子はその端正な顔立ちを切なげに歪めた。
「なぜ、と理由を聞いても?」
「その前に殿下、一つお伺いしたいのですが」
「いいよ。何かな」
「あのお話は、殿下も納得済みのものだったのですか?」
「納得済みというか……僕が望んだものだよ」
「えっ……」
苦笑した第二王子に、アルテナは息を呑む。第二王子は「そこからだったか」と小さくため息を吐くと、真剣な眼差しでアルテナを見つめた。
「アルテナ嬢。可憐で美しい君に、僕の心は囚われてしまった。どうか、僕の妃になってもらえないだろうか」
「あ、あの……リメルのことは?」
「リメル嬢? 彼女は君の良き友人で、可愛らしいご令嬢だと思うよ。だが、それ以上の気持ちは彼女にない。もしかして、誤解していたから断られたのかな。勘違いさせてしまってすまなかったが、僕の気持ちは君にしか向いていないんだ。初めて君を見た時からね」
第二王子と初めて会ったのは、入学してすぐの事だ。まさかそれほど長い間好意を向けられていたとは思わず、アルテナは愕然とした。
「あの……困ります」
「困る?」
「わたくしには、お慕いしている方がいるのです」
「それは……」
「ごめんなさい。婚約はお受けできません」
普通の女性なら喜ぶべき所だろうが、アルテナの心にはマイルズがいる。アルテナはキッパリと断った。
第二王子は真面目で誠実な人柄だ。これで引き下がってもらえるかと思ったのだが、意外にも第二王子は食い下がった。
「失礼だが、その人は僕より条件の良い相手なのかな」
「殿下以上に条件の良いお相手はいないでしょう」
「それなら、なぜ」
「すでにご存知でしょうが、わたくしは王族という立場に魅力を感じませんの」
「……グラナダの王太子のことだね。聞いているよ」
第二王子が苦笑した事で、二人の間で張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。アルテナはこれ以上長引かせたくないと、言葉を継いだ。
「殿下は貧民を見たことがおありですか?」
「貧民? いや、ないが」
「では仮に、何日も湯を浴びれず臭いも酷い痩せ細った浮浪児が、殿下の前で倒れて助けを求めたらどうなさいますか」
「もしそんなことがあれば、すぐ対処させるよ」
「対処とは、具体的には?」
「従者を呼んで、助けさせる。それから、その子が真っ当に生きていけるよう手配しよう」
何の質問なのかと訝しげながらも、完璧な対応だろうと自信ありげに微笑んだ第二王子に、アルテナは残念そうに眉尻を下げた。
「わたくしのお慕いする方は違うのです」
「何?」
「その方なら、すぐにその子を抱き上げるでしょう。自分が汚れることも厭わずに」
「なるほど。そう出来ない僕に魅力はないと」
「もちろんそこまでされなくても、弱者を見捨てることなく助けようとなさるだけで素晴らしいと思います。ですが、わたくしが心を寄せるその方は、もっと酷い境遇にある者にも寄り添い自らの手を差し伸べ、心から愛してくれる……そんな方なのです」
「そうか……」
これは全て、前の人生でのアルテナの実体験だ。今の綺麗なアルテナではなく、死にかけでボロボロだったアルテナをマイルズは愛してくれたのだ。そんな事が出来る人間はそういない。
さすがにここまで言えば、もう諦めてもらえるだろう。そうアルテナは思ったのだが。
「それなら、僕もそうなれるように努力しよう」
「えっ……」
「身分に拘らず、そんな相手を慕う君をますます気に入ったということだよ。君が卒業するまで、僕も努力する。だから僕のこれからを見ていてほしい」
「いえ、ですが」
「もちろん、無理強いはしないよ。だが、僕の心は僕だけのものだ。君を思い続けることぐらいは許してほしい」
唖然とするアルテナを残して、第二王子は去っていった。思いもしなかった事態に、アルテナは目眩を感じて木漏れ日を落とす庭木に背を預けた。
*以下、次回予告と軽く今後のネタバレがあります*
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不穏な終わりですが、次回マイルズと再会になります。
当て馬となるレヴィアトにも最終的に幸せになってもらう予定ですので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。




