18:自分磨きの先で
前の人生とは違う形で出会う事になっても、再びマイルズに愛されたいという想いは、アルテナを強く突き動かした。
マイルズの父親の店の商品を使うのはもちろんだが、同時にありとあらゆる美容に良いとされる話を仕入れ、一つ一つ試していく。
これには叔母や同室のリメルが喜んで協力してくれた。顔の広い二人は様々な話を集めてくれ、共に美容法を試してくれたのだ。
おかげでアルテナの愛らしさは日に日に増していき、友人たちはアルテナとリメルが何をしているのかを知りたがった。
そうしてアルテナが「実は庶民街にあるお店の化粧品を使っているの」と話すと、皆こぞってその化粧品を試したがった。
普段アルテナは探偵に買いに行かせていたから、友人たちの分までお使いを頼むと「俺は荷運び人じゃないんですがね」と苦笑しつつも、探偵は快く請け負ってくれた。
その甲斐あって、友人たちの中で数人がその化粧品を気に入り、そこからまた噂が広がり……と、ジワジワと評判は広がっていった。
それに付随してマイルズの父親の店は繁盛していき、叔父の投獄から二年が過ぎる頃には大店の集まる通りへ移転する事になった。
「これでようやく、俺も本業に戻れますよ」
アルテナは今も定期的に探偵事務所を訪れている。そこでマイルズの様子を聞きつつ、代わりに購入してもらった化粧品を受け取っているのだ。
店の移転先となる通りは貴族街に繋がっているため、貴族向けの店舗も軒を連ねている。アルテナに探偵を紹介してくれた馴染みの商会もそこにあった。
アルテナや友人たちが貴族令嬢として直接買いに出かけても何ら問題ないため、探偵は面倒な仕事が減ったと安堵したのだろう。冗談混じりに笑って話した。
しかしアルテナは、微笑みを浮かべて頭を振った。
「ごめんなさい。わたくしの分だけはまだ頼みたいの」
「お嬢様の分だけなら、まあいいですがね。まだお会いになる気はないんで?」
「ええ」
「店が大きくなれたのはお嬢様の手柄だっていうのに。ここでアピールしないでどうするんですか」
「仕方ないのよ。まだわたくしは子どもだもの」
もうすぐ十四歳を迎えるアルテナは、努力の甲斐あって髪も肌艶も驚くほど綺麗になっていると自負している。手や足にも程よく筋肉をつけたし、その上で細く美しく柔らかさも保つようにしている。
けれど肝心な胸元の肉付きはまだまだだ。身長も低いし、顔立ちにもまだ幼さが残っている。前の人生でも、アルテナは十四歳を過ぎたあたりから成長し始めたのだ。これではまだ足りないと、アルテナは考えていた。
真顔で答えたアルテナに、探偵は呆れたようにため息を漏らした。
「お嬢様が決めたなら、それでいいですがね。あまりのんびりするのはお勧め出来ませんよ」
「あら、どうして?」
「店が大きくなるからですよ。お嬢様の想い人もあと少しで十七歳になりますし、そろそろ表に出てきますよ?」
叔父が投獄されてから、跡継ぎのマイルズは店で父親の手伝いをするようになっていた。だがそれも、まだ未熟だからと裏で手伝っていただけだ。
しかし店が大きくなれば、当然人手も足りなくなる。それに貴族の世界では十八歳で成人となるから、マイルズも客前に出ていい頃合いだ。見習いとして、接客の実地訓練を兼ねて表に駆り出されるようになるだろうと探偵は話した。
「店主も女性客に人気がありましたが、長男はまたずいぶん綺麗な顔をしてます。珍しい瞳の色ですし、親父さん譲りの銀髪も人目を引きますからね。貴族の常連が出来たら、社交会でも噂になりますよ」
言外に、他の女性に取られてもいいのかと問いかけられて、アルテナは目を細めた。
「それはそうでしょうね。マイルズは性格もいいし。でも社交会なら叔母様がうまくやって下さるわ」
「そうですか。ですが、直接押しかけられたら?」
「それをあなたは黙って見ているつもりなの?」
「お嬢様……さすがに手を出すのは俺の仕事じゃないですよ」
「別に直接害を成せなんて、誰も言ってないわよ。ただ、厄介な人物が出たら知らせてはくれるでしょう?」
人気が出るのは、客商売なのだからむしろ願ったりだろう。それを上手く捌けなくては、商人としてやっていけない。簡単に客と関係を持つようではいけないのだ。
その点、アルテナはマイルズを信用していた。一度目の人生でマイルズは誠実な男だったし、客を不快にさせずに誘いを断る事も出来ていたのだ。だがそこを無理強いするような輩がいれば、マイルズの身分では断りきれなくなってしまう。そんな時には手を貸す必要があるだろう。
アルテナが言いたい事を理解したのか、探偵は苦笑を浮かべた。
「想い人が本気になる可能性は考えないので?」
「ありえないわ。その辺の娘でいいのなら、今のわたくしでも充分通用するはずだもの」
「それはまた……。いや、何でもないですよ。分かりました」
アルテナとて焦りがないわけではない。だがそれでも、やはりまだマイルズの前に立つ勇気は持てないから、精一杯強がってみせた。
それにマイルズは真面目な男だ。仕事に慣れるまでは色恋にかまけている暇はないだろう。そう自分に言い聞かせ、アルテナは探偵事務所を後にした。
焦燥感に駆られつつも、アルテナは影でマイルズの身を守り、自分磨きを続けていく。全てはマイルズに気に入られるためだ。
しかし十四歳となったアルテナの身体が女性らしくなり始め、愛らしさより美しさを感じられるようになっていくにつれて、周囲の男たちが黙っていなかった。マイルズの事ばかり気にかけていたアルテナにとって、それは予想だにしない出来事だった。