17:自信を持って会いたいから
(明日は学校なのに、困ったわね。眠れないわ……)
同室のリメルも含め、寄宿舎の皆が寝静まった深夜。アルテナは自室のベッドの上で、何度も寝返りを打っていた。
人生をやり直し始めて以来、ずっと気に掛かっていた心配事は解決した。危険人物であるマイルズの叔父は投獄されたのだから、安心して眠れるはずなのに、そうはならなかったのだ。
マイルズには元々商才がある。前の人生でもアルテナと逃亡した後に商人として身を立てたほどなのだから、ここから先アルテナが何もしなくとも、マイルズは商家の跡を継ぐ立派な男になるだろう。マイルズの進む未来は、明るく輝かしいものになるのは確実だ。
だからもう何も心配する必要などないはずで、日中、探偵から言われたように後はマイルズの前にアルテナが姿を現すだけだ。けれどアルテナはどうしても不安を感じてしまっていた。
(悲惨な未来を変えられたのだから喜ぶべきなのに。これではダメね。このままではいつまでも眠れない)
隣のベッドでスヤスヤと寝息を立てるリメルを羨ましく思いつつ、少しでも気持ちを落ち着けようとアルテナは静かに起き上がった。
カーテンの隙間からこぼれ落ちる月明かりを頼りに小さなランプに火を灯し、ショールを羽織って机の前に腰を下ろす。
水差しからグラスへ水を注ぎ、ユラユラと揺らめく炎を眺めながらコクリと一口水を飲んだ。
(わたくしだって、マイルズに会いたいと思ってるのよ。でも……)
自分の心を見つめ直すアルテナの唇から、ふぅと一つため息がこぼれ落ちる。
アルテナとて、子どものマイルズに興味がないわけではない。銀髪だというマイルズを見てみたいし、まだ十五歳のマイルズがどんな背格好でどんな顔なのかも気になっている。
けれどアルテナは、マイルズに会うのが怖かった。探偵の報告を聞く限り、マイルズの性格や考え方は前の人生の時と変わっていないようだが、アルテナ自身の性格はだいぶ変わっているからだ。
前回、娼館でマイルズと出会った際、アルテナは人間不信に陥っていた。体には殴られた傷があり食事も拒否していたから痩せ細っていたが、その分、美貌はより儚げになって庇護欲を唆った事だろう。
だからマイルズは同情してくれたのだと思う。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、アルテナが何もしなくても、マイルズはいつの間にか想いを寄せてくれていた。
だが今のアルテナは、前回と違って図太くなっている。未来を変えてしまったため、これから出会う時の身分は娼婦ではなく公爵令嬢で、マイルズも下男ではなく商人の息子だ。出会う経緯も全く違う事になるし、どうすればマイルズと親しくなれるのか、アルテナには見当もつかない。
それにそもそも今のアルテナは十二歳で体つきも少女のそれだ。前の人生では、マイルズは十七歳のアルテナに一目惚れをしている。初対面でこそボロボロだったが、マイルズと結婚する頃の自分を思い返すと、胸は大きかったし腰はくびれていた。どう考えても子どもの姿の今とは違う。
果たして、今のまま会っても前回のように好意を抱いてもらえるのだろうかと、不安で仕方なかった。
(……このままではダメなのは確かよ。でも諦めるなんて出来ないわ)
二度目の人生を始めてから二年経つが、死に戻った当初の願いは今も変わらない。アルテナはマイルズに、今度こそ自分の口で想いを伝えたいのだから、マイルズに会わなければ話にならない。
それにあまり長くマイルズを放っておくと、他の女性に心を奪われてしまうかもしれない。自分以外の誰かにマイルズが愛を囁くなんて、そんな姿は想像もしたくなかった。
(一体、どうしたら……)
会いに行くべきだし会いたいと思うのに、不安で一歩が踏み出せない。すると困り果てたアルテナの前でランプの炎が揺めき、机の片隅がキラリと光った。
目を向けてみればそこにあったのは、初めてマイルズの父親の店へ行った際に購入してきた香油の小瓶だった。
(そうだわ。自信がないなら、自信を付ければいいんだわ)
前の人生のように、今にも消えてしまいそうな儚げな美貌など、これから先のアルテナには再現出来ないだろう。痛いのも苦しいのも二度とやりたくないのだ。
それならその分、他の面で美しさを保てばいいとアルテナは思い至った。
(せっかくだもの。マイルズの助けにもなりたいわよね)
アルテナが何もせずとも、マイルズ一家は大丈夫だとは思うが。マイルズの父親が販売する商品を使い美しくなる事が出来れば、アルテナが宣伝塔となって商売を手助け出来る。
そうすればそれをきっかけにして、マイルズと知り合う事も出来るかもしれない。
(でも、体つきはどうにもならないのよね。こればかりは時間が必要だわ)
肌や髪は磨けても、成長に伴う肉体的な変化だけはどうしようもない。アルテナは十七歳になるまでマイルズに会うのはやめておこうと心に決めた。
好きだと言った所で受け入れてもらえないのは辛すぎる。留学先の学校は十八歳で卒業となるから、それでも充分間に合うはずだ。
(だから早く寝てしまいましょう。少しでも綺麗になって、マイルズに会いに行けるように)
アルテナは香油の瓶を見つめ、自分に言い聞かせるとランプの炎を消した。明日からは、学業の傍ら自分磨きに精を出そうと心に決め、アルテナは再びベッドに潜り込んだ。




