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16:悪意を防いで

 アルテナが探偵に依頼した事は二つある。一つはマイルズの叔父の素行調査。もう一つは店に潜り込ませる事の出来る信頼に足る人材の紹介だ。

 これまで探偵は依頼の理由を特に尋ねたりしなかったが、さすがに何かあると思ったのか、探偵事務所に戻り話を聞くと片眉を上げた。


「依頼主の目的なんて普段は聞かないんですがね。念のためお嬢様が何を成したいのか教えてもらえますか」

「犯罪ではないわよ」

「分かってますよ、そんなことは。ただご紹介する人間の参考にしたいだけです。調査のためなのか、護衛のためなのか。それで必要な人間は変わりますんで」


 どうやら探偵は、アルテナが何をしたいのか薄々勘付いているようだ。アルテナとて、ここまで来て失敗したくはないから、話せる範囲のみではあるが素直に理由を告げた。


「あの店主夫婦を守りたい。それだけよ」

「それは物理的にってことだけじゃなさそうですね」

「ええ。乗っ取りも視野に入れてるの」

「なるほど。なら素行調査は証拠固めって感じですか」

「そうよ。ただ、マイルズに叔父が何人いるのかも分からないから、それの特定も含まれるわ」

「分かりました。引き受けましょう」


 アルテナがなぜマイルズの叔父を警戒するのかまでは、探偵は聞かなかった。わざわざ言わなくてもマイルズを探していたのだから、そこから何らかの情報を得て動こうとしていると考えてくれたのだろう。

 すると部屋の片隅に控えている護衛が、珍しく声を挟んだ。


「護衛任務なら、私の方からも紹介出来ますが」

「別に暴漢と戦ってほしいわけではないの。心配なのは事故に巻き込まれないかだから」


 店に潜り込ませる人物には、マイルズの両親が乗るであろう商品の運搬に使う荷馬車の点検を頼むつもりだ。

 だから護衛兵は必要ないと話すと、意外にも護衛は頭を振った。


「それだけでは不十分かと。事故を装うなら、荷馬車に細工する以外にも方法はありますから」


 何らかの理由を付けてすでに細工済みの馬車を使わせたり、他の馬車を暴走させて突っ込ませたり。他にも遅効性の毒を盛って自分で事故を起こさせる方法もあると、護衛は話す。

 街中で偽装出来る事故死を次々と挙げられて、アルテナは頬を引き攣らせた。


「なぜそんなに詳しいの……」

「全て経験したことですので」


 きっと破天荒だというリメルの兄を護衛していた時に、何かに巻き込まれたのだろう。どこか遠い目をした護衛を見て、アルテナは同情した。


「そういうことなら、店の外でのことはあなたにも頼むわ。報酬は弾むから腕利きを用意して、とにかくあの店主夫婦を守って」

「かしこまりました。必ずや、お嬢様の想い人とそのご家族をお守りいたします」

「えっ……」

「おい、そういうのは黙っといてやれよ」


 付け加えられた護衛の一言に、アルテナは思わず動揺を見せてしまった。そこへ追い討ちのように探偵がため息を漏らす。

 何のためにマイルズを探していたのかを、アルテナは明かしていない。しかしこの一年半、アルテナがどれだけ必死に探し続けていたのかを、この二人は知っている。その想いの源流が何か、そばで見ていた二人にはお見通しだったようだ。

 護衛は苦笑して、固まるアルテナに語りかけた。


「もちろん、他言はいたしません」

「俺は何も知りませんが、仕事はきっちりこなしますよ。安心して任せてください」


 わずか十歳で異国へ渡り、どこにいるのかも分からないたった一人の少年を探し続けた小さな令嬢を、二人は微笑ましく思ってくれていたようだ。

 平民に恋するなんてと笑う事もなく、優しい笑みを浮かべてくれたこの二人なら、きっとマイルズ一家を守ってくれるだろう。アルテナは心強さを感じて、頬を緩ませた。


 そうして二人に出した依頼は、驚くべき速さで解決を見せた。

 まず探偵が、僅か十日ばかりで問題の叔父を特定した。店の手伝いをしていた店主の弟が、長く服用すると身体を壊す毒物を購入しているのを突き止めたのだ。

 それをマイルズの両親にそれとなく知らせると、警戒され始めた事で叔父は焦ったのだろう。夜陰に紛れて荷馬車に細工をしに来たため、密かに張っていた護衛が取り押さえた。


 王都の衛兵に突き出されたマイルズの叔父は、取り調べの結果、店の帳簿を誤魔化して資金を抜き取っていた事も分かった。派手な女遊びを好んでいた叔父は、遊ぶ金欲しさに犯行に及んでいた。兄であるマイルズの父に悪癖を窘められたのも、犯行動機の一つだったようだ。

 そのため長期休みが終わり三年生の授業が始まる頃には、マイルズの叔父は殺人未遂、器物損壊、窃盗などの罪で投獄される事が決まった。


 もっと時間がかかると思っていたアルテナは、急展開に驚いたものの、報告を受けると肩の荷が降りたと安堵の息を漏らした。


「よくやってくれたわ、二人とも」

「当然のことをしたまでです」

「まあ、人助けでしたからね。俺も久しぶりに良い仕事が出来ましたよ。ところでお嬢様、探していた本人には会わなくてよろしいんで?」

「……ええ。今はまだいいわ」

「なら今後は、引き続き見守って定期報告を上げる形でいいですかね」

「そうしてちょうだい。よろしくね」


 三年生の最初の休日。成功報酬を支払うため探偵事務所を訪れたアルテナに、護衛と探偵は微笑んだ。金の絡んだ仕事としてだけでなく、純粋にマイルズと自分の事を応援してもらえている事はとても嬉しい。

 けれどアルテナは、今はまだマイルズに会う勇気を持てなかった。アルテナは曖昧な笑みを残して探偵事務所を後にした。

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