15:探偵と手掛かり
アルテナがオルレアの貴族学校へ入学してから、あっという間に一年が経った。
順調に学校生活を送りつつアルテナは休日の度に王都中を歩き回り、叔母や馴染みの商人、そこから紹介された探偵にも力を借りてマイルズを探し続けた。
だがそれでも未だマイルズは見つからない。地方にいるのかと、オルレア全土から集まる学校の友人たちにもそれとなく尋ねてみるものの、これといった情報も得られていなかった。
マイルズは瞳の色こそ珍しい紫色なのだが、髪色がオルレアでは至って平凡な栗色だというのも原因だろう。仮に親も同じ色味だったとしても、パッと見ただけでは印象に残らないのだ。
このまま二年生が終われば、もうアルテナの十二歳の誕生日だ。それはつまり、マイルズの両親の死が近付いている事を意味している。
もう諦めて、マイルズが下男として娼館に来た所を保護するしかないのだろうか。そう思いもしたが、アルテナはマイルズ捜索の手を緩めはしなかった。
そうしてアルテナが焦りを感じながら二年生を終える頃。アルテナの元に二通の手紙が届いた。
一つは叔母からで、もうすぐやって来る年度替わりの長期休みに観劇に行こうという誘いの手紙。もう一通は馴染みの商会名義で探偵から出された定期報告で、王都に新しく出来た店の店主が、珍しい紫眼だという話が書かれていた。
「これだわ!」
「どうしたの、アルテナ?」
寄宿舎の自室で手紙を読み、思わず声を上げたアルテナに、リメルが驚いた様子で振り向く。
しかしリメルには、探偵を雇ってまでアルテナが人探しをしている事を伝えていない。そうと気取られないようにするために、わざわざ馴染みの商人を通じて報告を届けさせているほどだ。
アルテナは、しまったと思いつつ、嘘と真実を混ぜて誤魔化した。
「いえ、何でもないの。ただ新しいお店が噂になってると、叔母が」
「新しいお店? 何が買えるの?」
「ええと……香水や香油を中心に扱っているみたい」
「じゃあ化粧品のお店ね! アルテナ、気になるの?」
「ええ、まあ」
「それなら一緒に行きましょうよ! 実家のお土産に何を持っていくか悩んでいたのよね」
「それはダメよ!」
リメルのように地方から来ている生徒たちは、長期休みを利用して領地に帰る。目新しい化粧品は良い土産になるだろうが、もしマイルズと鉢合わせてリメルに恋してしまったらと思い、アルテナはつい声を荒げてしまった。
(マイルズとは会えないのに、嫉妬だなんて……わたくしは何を)
探偵の報告には、紫眼の商人の店は自宅とは別になっているため、家族構成はこれから調べる所だと書かれている。つまり店を見に行ってもマイルズには会えないのだ。
それでもやはり不安は拭えず、アルテナは当たり障りのない理由を口にした。
「ごめんなさい、驚かせて。あのね、リメル。そのお店は貴族街にあるわけではないらしいの」
「それなのに、アルテナの叔母様が噂を知ってるの?」
「叔父は元々平民だったから。たまに庶民街でも買い物をするのよ」
「そう……分かったわ。さすがに庶民用の物をお土産には出来ないものね」
渋々ながらも納得して引き下がってくれたリメルを見て、アルテナはホッと胸を撫で下ろした。
ようやく見つけた手掛かりだ。もうあまり時間はないし、出来るなら自分の目でも確かめたい。共に確認に行きたいと、アルテナは探偵に返事を送る。
そうして長期休みになり、叔母の家へと戻った数日後。アルテナは壮年の探偵と親子のフリをして、庶民街を訪れた。
「お嬢様、本当にご自身で行く気ですか。俺が報告を上げたのにこう言っちゃ何ですが、髪色が違うみたいだし望みは薄いですよ」
「まだ分からないわよ。母親譲りかもしれないもの」
マイルズとその弟妹は栗色の髪をしていたが、紫眼の商人は銀髪だという。だがアルテナにとってこれは数少ない手掛かりだ。
紫色の瞳は珍しいのだ。その商人と血縁である可能性もある。どんな細い糸でも、アルテナは手繰り寄せるつもりでいた。
いつも学校生活でお世話になっている護衛も引き連れて訪れた庶民街は、貴族街よりずっと雑多な印象だ。その中でも目的の店は、比較的新しい綺麗な店構えだった。
「いらっしゃいませ」
護衛を店の外に置き、カラカラとドアベルを鳴らして店に入ると、人の良さそうな男性がアルテナたちを迎えた。
その顔を見て、アルテナは思わず息を飲んだ。
(マイルズ……)
探偵の言うように髪は銀色ではあるが、その瞳の色だけでなく顔かたちもアルテナの知る三十代の頃のマイルズによく似ていた。
呆然とするアルテナに、男は微笑んだ。
「こんにちは、お嬢さん。気になったものがあれば試せるから教えてね」
「すまないね。娘は人見知りなんだが、今日は妻へのプレゼントを選びたくてね。選ぶのを手伝ってもらいたくて連れて来たんだ」
「そうでしたか」
穏やかに語りかける男の声まで、大人になったマイルズの声音にそっくりだった。驚きのあまり、アルテナは声も出せずに頷きを返すしかなかったが、そんなアルテナを横目に見つつ探偵は滑らかに男性へ語りかける。
さすが本業といった所で、探偵はいくつかの化粧品を購入しつつ雑談混じりに次々に情報を引き出していった。
その結果、思った通り男には子どもが三人いた。年齢と性別、子どもたちの名前までマイルズたちと合致している。だが弟妹の髪は栗色で合っているものの、なぜかマイルズという名の子どもは店主と同じ銀髪らしい。
けれどあまりにも顔が似ているため、どう考えてもこの店主がマイルズの父親だとしか思えなかった。
(マイルズはもしかすると、髪を染めていたのかもしれないわね……)
一度目の人生を思い返してみれば、マイルズは叔父に店を奪われて追い出された身だ。その上、娼館の大事な商品だったアルテナと逃亡している。
それなのに店主と同じ銀髪なら目立ってしまうだろうし、元が銀髪なら栗色に染めるのはそう難しくもない。
(ようやく見つけたわ。あとは事故を防いで、叔父が危険だとそれとなく知らせるだけね)
探偵のおかげで、マイルズにたどり着く事が出来た。アルテナは満足して店を出る。購入した化粧品を手に歩く探偵が、アルテナの横顔を見て口角を上げた。
「お嬢様、髪色は違いましたが当たりだったようですね?」
「ええ。あなたには約束通り、成功報酬を支払うわ。それから、追加で頼みたいことがあるのだけれど」
「お嬢様はお得意様ですからね。犯罪じゃなければ何でも伺いますよ」
マイルズ探しの成功は、まだ最初の一歩でしかない。アルテナは次の一手を進めるべく、探偵に笑顔で依頼を出した。




