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14:親友の街歩き指南

 アルテナが新しい生活に馴染み始めた頃、やって来た最初の休日に、リメルは約束通り街へ連れ出してくれた。

 穏やかな日差しを浴びながら、同じように遊びに行こうとする多くの生徒と共にアルテナたちも歩いて校門へ向かう。馬車を多用する貴族にしては珍しいその光景を興味深く眺めていると、リメルがクスクスと愉快げに笑った。


「別にこの国の貴族がみんなこうってわけじゃないのよ。これはここに通ってる間だけの楽しみなの」

「まあ、そうなの?」

「ええ。だってあの校門の先も、学校の敷地内だから」


 オルレア王都の片隅にある貴族学校の敷地は、アルテナの思っていた以上に広大だった。広い庭や運動場、男女別に分かれている寄宿舎や宮殿のような校舎だけではなかったのだ。

 学校周辺には商店が建ち並んでいるが、驚いた事にそこも貴族学校の一部だった。その周りにある民家には、学校施設で働く人々とその家族が住んでいる。王都という大きな街の片隅に、もう一つ学校という小さな町が付属しているような、そんな作りだった。


「向こうに川があるでしょう? あの川が王都と学校の境目なの。あそこからこちら側にいるのは身元が保証されている者だけだから、みんな気軽に歩けるのよ」


 リメルが指し示したのは校門を通り抜けた先、緩やかな坂道の下に見える川だった。そこに架かる橋を境として人の行き来を制限しているため、生徒は護衛も付けずに買い物を楽しめるようになっているらしい。

 貴族であれば通常は屋敷に商人を呼びつける事がほとんどだが、ここは学校だ。寄宿舎にたくさんの商品を運ばせる事は出来ないため、生徒たちは自分の足で店を訪れて注文し、購入した品のみを届けさせていた。


 だがそうだとすると、アルテナの探すマイルズは徒歩で探せる範囲にはいないはずだ。

 マイルズは両親が亡くなるのと同時に叔父に店を奪われたため、娼館の下男になった。親を亡くした子どもたちを身一つで追い出すような人間が、信用を必要とするこの場所で商売を続けるなど出来ないだろう。


「普段は橋の向こうに出かけるのは難しいのかしら」

「そんなことはないわ。ただ行く時は学校に申請を出して、馬車と護衛を手配する決まりなの。アルテナは、どこか行きたいお店があるの?」

「ええ、まあ」

「それなら、次の休みに一緒に行きましょう。お勧めの護衛を紹介するから」

「お勧めの?」


 わざわざ勧めるなんて、それだけ腕が立つ者がいるのだろうか。首を傾げたアルテナに、リメルはパチリと片目を瞑った。


「町歩きを楽しむのに、とっておきの護衛がいるのよ」


 意味が分からないながらも、楽しげなリメルに連れられて、その日は橋を渡らずに近場を散策して過ごした。


 そうしてまた学校生活を送り、迎えた次の休日。アルテナはようやく、リメルが言っていた意味を理解した。


「それじゃ、あなたたちはここで待っててね。あの辺りのお店まで、私たち二人だけで数軒まわってくるから」

「かしこまりました」


 護衛なのだから、常にそばにいなければならないだろう。だがリメルが用意した護衛たちは指示にすんなりと従い、アルテナとリメルを自由にしてしまった。


「リメル、大丈夫なの?」

「平気よ。あの人たちは兄のお気に入りだから」

「リメルのお兄様は、確か去年卒業されたのよね?」

「そうよ。その暴れん坊の兄が、よく護衛を頼んでいたからって紹介してくれたの。あの人たち凄いのよ。どうやってるのか分からないけれど、離れててもちゃんと見てくれてるから、何かあればすぐに来てくれるの。だから気楽に楽しみたい時にピッタリなのよ。ずっとそばにいられたら、肩が凝って楽しめないでしょう?」


 リメルの年の離れた兄は、かなり破天荒な人物だと聞いている。楽しい事や珍しい事が大好きでどこにでも首を突っ込んでしまうため、様々な問題事に巻き込まれていたらしい。

 そんなリメルの兄が無事に卒業出来るよう、町歩きの度に支えていたというのだから、確かに凄腕なのだろう。護衛たちの心労は気にかかるが。


「アルテナったら、そんな顔しないで。ちゃんと手当を弾んであげれば、あの人たちも喜んでくれるから」

「……分かったわ」


 にっこり笑ったリメルにアルテナは苦笑を返したものの、マイルズ探しの護衛には打って付けと言えるだろう。普通の令嬢なら行くはずのない、庶民が暮らす区画にもアルテナは足を延ばしてみるつもりなのだから。

 教えてくれたリメルには、感謝を伝えたいとアルテナは思う。


 とはいえ、今日の目的地は目の前に見えている商会だ。

 本店がグラナダ王都にあるこの店は、アルテナの実家であるサーエスト公爵家にも出入りしていた。そこで顔馴染みになった商人が、オルレア支店の店長になっているのだ。アルテナはその店長に、マイルズ捜索の手伝いを頼むつもりだった。


 リメルには特別な商談をしたいからと誤魔化して店内の商品を見ていてもらい、アルテナは一人で店長を捕まえる。事前に手紙で訪問を知らせていた事もあり、店長はすぐに奥の部屋へ通してくれた。


「お嬢様の頼みですから協力したい所ですが、あまりに手掛かりが少な過ぎます。専門家に頼んだ方がいいかと思いますよ」


 アルテナの知るマイルズ探しに使える情報は、ほんの僅かしかない。マイルズから聞いている家族構成と、マイルズの弟妹の名前、髪や瞳の色味などの特徴程度だ。最も表に出ているはずの両親については全く分からないし、その両親が営む店で何を扱っていたのかもアルテナは知らない。

 そんな限られた材料では、確かに商人の言う通りそう簡単には見つからないだろう。


「その専門家は紹介して頂けるのかしら」

「ええ、こちらです。人探し専門の探偵で有名ですから、きっと見つかるかと」

「ありがとう。助かるわ」


 商人から紹介状を受け取り、アルテナは微笑みを返す。また次の休日には、リメルから教えてもらった護衛たちに早速依頼しよう。もちろん教わった通りに、手当はしっかりと弾んで。

 そんな事を考えながら、まずはリメルにお礼を贈ろうと、アルテナは商人に可愛らしい髪飾りを注文するのだった。

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