13:隣国の王子と女友達
「失礼するよ。君がサーエスト公爵令嬢かな」
声変わりを終えた男性の低い声に振り向くと、上級生だろう背の高い男子生徒が立っていた。野性味を感じる彫りの深い顔は自信に溢れていて、その佇まいからも一目で高位の人間だと分かる。
けれどその人物が何者なのかを現すのはそれだけではなかった。艶やかな褐色肌に赤みの混ざった金髪は、この国の王族に現れる色味だ。
確か五年生にオルレアの王太子がいたはずだと思い出していると、その後ろからさらに複数の男子生徒が駆けてきた。
「殿下!」
「兄上、置いていかないでください!」
王太子の取り巻きなのだろう、上級生らしい男子生徒の中に一人だけ、小柄な少年が混ざっていた。
王太子と同じ髪と肌の色をした愛くるしい男子生徒は、クラスが違うため会った事はないがアルテナたちと同じ一年生の第二王子のはずだ。
「ヴィル、そんなに走ると転んでしまうよ」
「兄上が突然行ってしまわれるからですよ!」
仲の良さそうな兄弟を前に、ちらりとリメルたちを窺えば、アルテナの予想通りだと言うように小さく頷きを返してくれた。
学校内では身分が関係ないとは聞いているが、隣国の王族相手に下手な事は出来ない。初めて会う王太子と第二王子に、アルテナは淑女の礼を取った。
「お初にお目にかかります。グラナダ王国から参りました。サーエスト公爵が娘、アルテナでございます」
「噂通り、楚々としたご令嬢だね。私は王太子のカシュテトだ。五年にいる。それからこっちは弟のレヴィアトだよ。君と同じ一年生だ。レヴィ、君も挨拶を」
「第二王子のレヴィアトだ。よろしく」
「はい。よろしくお願い申し上げます」
多くの人の前だ。当然外向きの態度なのだろうが、そうだとしても二人ともに爽やかな笑みが眩しい。異国からの留学生に対して威を張るでもなく対等に接してくれる様は、堂々として凛々しいものだ。
さすが王族と思いつつ、アルテナは自然とゲルハルトを思い返し、あまりの違いに苦笑が溢れそうになった。
「レヴィと君の話をしていたら、偶然見かけてね。声をかけさせてもらったんだ」
「兄上!」
二人とも、どうやらしっかりしているだけではなく、年頃の少年らしい一面もあるようだ。冗談めいて言った王太子に、第二王子が恥ずかしそうに声を上げる。
そのほのぼのとしたやり取りに、アルテナは一度目の人生で育てた息子たちを思い出し微笑んだ。
「わたくしの話ですか。どういったことでしょう」
「何、悪い話ではないよ。注目されているようだが、不便なことはないかと思ってね」
「おかげさまで楽しく過ごさせて頂いております。素敵な友人も出来ましたし」
「それは良かった。何かあればレヴィに言うといい。なあ、レヴィ?」
王太子の言葉に、第二王子はほんのり頬を赤くしながらも真っ直ぐにアルテナを見つめた。
「クラスは違うけれど、困った時は力になれると思う。いつでも頼って」
「ありがとうございます」
「じゃあ、僕たちはこれで。兄上、行きましょう」
第二王子が踵を返すと、王太子はクスリと笑った。
「あの子は君と同い年だから。弟と仲良くしてやってね」
「はい、もちろんです」
たとえ兄弟でも、王族であれば玉座を巡って争う事も少なくない。けれどオルレアではそんな事はないようだ。弟思いの王太子に感心しつつ見送ると、その姿が見えなくなると同時に友人たちがはしゃいだ声を上げた。
「アルテナ、すごいわね! あんなにそばでカシュ様を見れるなんて思わなかったわ!」
「カシュ様……?」
「王太子殿下のことよ。みんなの憧れなの!」
二人の王子にはまだ婚約者がいないため、学校中の女子生徒たちが妃の座を狙っている。特に気さくな人柄の王太子は人気のようで、どれだけ素敵なのかを友人たちはキャアキャアと楽しげに話した。
けれどリメルだけは、ポーッとしたまま王子たちが去っていった方を見つめていた。
「リメルも王太子殿下をお慕いしているの?」
「へ? わ、私は」
「リメルは違うのよ。レヴィ様が好きなの」
「やだ、勝手に言わないで!」
恥ずかしそうに頬を赤くして照れているリメルは、いつもの元気な姿と違って可愛らしいものだ。アルテナは思わず笑みを溢した。
「リメル、応援してるわ」
「えっ⁉︎ アルテナ、本当に?」
「ええ。もし何か殿下に会う必要が出来た時は、必ずあなたを誘うわね」
「アルテナ……ありがとう! あなたって最高よ!」
一度目の人生でも学校には通ったが、王太子の婚約者として過ごしたグラナダでは常に気を張っていたため、こんな風に女の子同士で盛り上がる事などなかった。
マイルズと過ごした時とはまた違う、これまで感じた事のない満たされる想いに、アルテナは微笑みを浮かべた。




