11:異国の友人
叔母の屋敷で最後の入学準備を整え、アルテナはいよいよオルレア王国の貴族学校へ入る日を迎えた。
年に一度ある長期休みの際はまた叔母の世話になるが、それまではお別れだ。懐いてくれた子どもたちが寂しさを訴えるのを宥めつつ、アルテナは礼を述べ別れの挨拶をする。
そうして晴れ渡る空の下、馬車に乗り込んだアルテナは、走り行く車窓から街の景色を眺めた。
一度目の人生で連れて来られた娼館もこのオルレア王都にあるが、来た時は捕らえられていたし逃げる時は周りを見る余裕などなかった。初めて見る街は華やかで活気に溢れ、多くの人で賑わっている。
この町のどこかに愛しい夫はいるのだろうか。それとも、こことは別の町に暮らしているのだろうか。
分からないながらも、アルテナは万が一にもマイルズが歩いていないかと、必死に目を凝らす。
今のマイルズはまだ十三歳のはずだから顔立ちや体付きもアルテナの知るものと違う可能性が高い。もしここにマイルズがいても気づけないかもしれない事を理解しつつも、ただ黙って馬車に揺られるなどアルテナには出来なかった。
やがて目的地へたどり着くと、アルテナは一人寄宿舎へ降り立つ。寄宿舎には専任の護衛や家事使用人、料理人がいるため、公爵家から連れて来た侍女や護衛は入れない。生徒たちは貴族位に関わらず、身の回りの事は自分でするよう決められているのだ。
「お嬢様、本当にお一人で行かれるのですか」
「ええ、もちろんよ。わたくしなら心配しなくても大丈夫。お父様たちによろしく伝えてちょうだい」
これまでアルテナに尽くしてくれた侍女には大層心配されたが、アルテナはここでただ勉学に励むわけではない。もちろん学校へは通うが、他の時間は出来る限りマイルズ探しに当てるつもりだ。
寄宿舎では二人部屋になると聞いているが、侍女のように常にそばに付いている事はないだろう。従者がいないという環境は、アルテナにとってむしろ好都合だ。
アルテナは自分の代わりに父と弟を支えてほしいと話し、国へ帰る侍女たちを見送った。
学校で必要となる学習用具や着替えなどは、事前にまとめて運び入れてある。アルテナは寮監に案内されて、マイルズ探しの拠点となる寄宿舎の部屋へ足を踏み入れた。
勉学に集中出来るよう落ち着いた色合いでまとめられた部屋には、シンプルながらも上質な素材で作られた勉強机やベッド、クローゼットなどが二人分並んでいる。今の時間はまだ授業中なため同室となる生徒はいないが、部屋の半分には先住者の私物だろう可愛らしいぬいぐるみなどが置かれていた。
共に暮らす相手はどんな人物だろうかとほんの少し緊張しつつ、アルテナは荷解きを進める。
部屋がようやく片付いた頃、にわかに外が騒がしくなり、授業を終えた生徒たちと共に同室の女子も帰って来た。
「あなたがグラナダ王国から来た方ね。私はリメル。あなたと同じ一年生で、実家は伯爵家よ。これからよろしくね」
「初めまして、リメル。わたくしはアルテナよ。実家は公爵家だけれどわたくしは国を出ているし、ここでは爵位は関係ないと聞いているわ。分からないことだらけだから、色々と教えてもらえると助かるのだけれど」
同室の生徒リメルは、赤毛の可愛らしい女の子だった。最初こそ互いに緊張した面持ちで挨拶をしたものの、アルテナの話を聞くとリメルはすぐ笑顔になった。
「ふふ、もちろんよ! あなたが気さくな人でよかったわ! 私だけ一人部屋でつまらなかったから楽しみにしてたのだけど、隣国の公爵令嬢だって聞いて怖い子だったらどうしようって心配だったの。あなたとなら仲良くなれそう! よろしくね!」
同い年の女の子と共に暮らすなど、一度目の人生でも経験のない事だ。どうやらリメルは明るい性格のようで、アルテナもホッと息を吐く。
しかしリメルは、アルテナの予想を越える元気な子だった。
「ねえ、グラナダってどんなところなの? あ、もちろんこちらのことも教えるわね。ええと、まずは学校のことを話した方がいいかしら?」
夕食までの時間はもちろん、食堂で食事をする間も食後部屋に戻ってからも、リメルはずっと喋り通しだった。アルテナが静かに過ごせたのは、生徒たちが順番に湯を浴びて身を清める僅かな時間だけだ。
まだ出会った当日だというのに、リメルの事はもちろん学校の先生の癖や明日から共に学ぶ学友たちの事まで、アルテナはかなり詳しく知る事が出来た。
あまりに喋るリメルにアルテナは驚いたものの、特に不快に感じたりはしなかった。むしろお喋りで明るいリメルが同室で良かったと思えたほどだ。
リメルはその性格ゆえに多くの友人がいるようで、夕食の席では学友や先輩たちにアルテナを紹介してくれた。さらに街歩きにもよく出かけているそうで、王都内にはかなり詳しいらしい。休みの日には早速遊びに行こうと誘いまで受けた。
わざわざ本当の狙いを話すつもりはないが、マイルズ探しに一役買ってくれるかもしれないと、アルテナは密かに期待するのだった。