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10:心強い協力者

 アルテナを留学させる事に決めると、父親はすぐに動き出した。案の定、社交会には瞬く間にアルテナやサーエスト公爵家の悪い噂が広がったため、アルテナを公爵領の屋敷に隠しつつ、叔母の元へ早馬で使者を送り、隣国での後見と留学の諸手続きを頼んでくれたのだ。

 事前にアルテナが手紙を送っていた事もあり、叔母は快く引き受け、アルテナの到着を楽しみに待っていると返事をくれた。


 アルテナは一刻も早く向かいたかったが、留学予定の学校と叔母の家があるオルレア王国王都へ行くには山を越える必要があり、普通に馬車を走らせても二十日はかかる。

 だがアルテナは長旅に慣れていない。馬車疲れを軽減すべく、ゆったりとした旅程を組む必要があるため、必然的に旅の荷物も多くなり準備に時間がかかった。


 それでも無事に全ての支度を終えると、アルテナは父と弟に別れを告げてグラナダ王国を離れた。同行するのは数名の護衛とアルテナの我儘に付き合ってくれていた侍女だ。

 一度目の人生で追放された際は賊に襲われたが、時期も行き先も違うため今回はそんな事はなかった。予定していた日程は滞りなく進み、王太子との茶会から二ヶ月後には叔母の住む屋敷へたどり着く事が出来た。


「アルテナ、よく来たわね。大きくなったわ」

「叔母様、ご無沙汰しております。この度は急なお願いを聞いて頂き、ありがとうございました」

「いいのよ、あなたは大事な姪ですもの。長旅で疲れたでしょう? まずは少し休みなさい。夫と子どもたちは晩餐の時に紹介するわ」

「ありがとうございます。お世話になります」


 叔母の結婚相手はオルレア王国の男爵だが、領地は持っていない。叔父である男爵は王宮で官吏をしているのだ。別邸ではなく本宅であるため、屋敷は男爵家にしてはなかなかに立派なものだった。

 アルテナは男爵邸で数日過ごした後に貴族学校の寄宿舎へ入る。侍女の手を借り与えられた客間で旅装を解くと、アルテナは一人椅子に座り、ゆったりと目を閉じた。


(ようやくオルレアに来れたわ。でもあまりのんびりしていられないわね。早くマイルズを見つけなければ)


 愛するマイルズがオルレア王国にいるのは確かだが、アルテナは今のマイルズの居場所を知らなかった。というのも、マイルズが娼館の下男となる前の事は、あまり詳しく聞いていなかったからだ。

 だが一つだけ知っている事がある。それは、早くマイルズを見つけ出さなければ、マイルズは両親を亡くしてしまうという事だった。


 前回マイルズから聞いた彼の半生は、アルテナに勝るとも劣らない悲惨なものだった。元々マイルズは商家の跡取り息子だったそうだが、両親が馬車事故で亡くなった後叔父に家を乗っ取られて弟妹と共に追い出され、娼館の下男となり食い繋いでいたというのだ。

 マイルズの両親が亡くなったのは、マイルズが十五歳、アルテナが十二歳だった頃のはずだ。出来るならその事故を防いでやりたいとアルテナは考えていた。


(まだわたくしは公爵令嬢だもの。大丈夫、きっと間に合うはずだわ)


 当初の考え通り公爵家を追放されて隣国へ来たとしても、マイルズの両親が亡くなる前に探し出すつもりでいた。だが何の力も持たない娘であれば、その道は困難を極めただろう。

 しかし今は幸いにも、公爵令嬢のままやって来ている。愛するマイルズが何の憂いもなく幸せな人生を歩めるよう、アルテナは自分で動かせる金や伝手を限界まで使おうと決意を固めた。


 そうして夜になり、晩餐の時間となった。アルテナは初めて会う叔父と笑顔で挨拶を交わす。叔母夫婦には五歳、三歳、一歳と幼い男児が三人おり、招かれた夕食のひと時は楽しいものとなった。


「騒がしくてごめんなさいね。驚いたでしょう?」

「いえ。みなさん仲が良くて素敵でしたわ」

「ふふ。ありがとう。アルテナは優しい子に育ったわね。子ども好きな所なんて、姉様にそっくりだわ」


 公爵家では子どもと大人が共に食事をする事はなかったが、恋愛結婚をした叔母夫婦は家族揃って食卓を囲むのを好んでいる様子だった。

 というのも、男爵は今でこそ爵位を持っているが元は平民だったからだ。平民には当たり前でも貴族には珍しい食事風景のため、伯爵家出身の叔母はアルテナを気にしてくれていた。


 しかしアルテナとて、一度目の人生ではマイルズや子どもたちと共に食事をしていた。家族団欒のひと時は羨ましいほどに懐かしく、どこか切なさを感じてしまう。

 けれど、幼児とも朗らかに接する姿を母に似ていると言われた事は嬉しく思えた。


「それでアルテナ。留学する事になった本当の理由は教えてもらえるのかしら。あんな手紙を寄越したぐらいだもの。婚約が流れたのも、あなたが望んだからなのでしょう?」


 食後、叔父自ら子どもたちを寝かしつけに行ったため、叔母とアルテナは二人きりでお茶を飲んでいた。アルテナを気遣ってくれたのか、人払いまでして切り出した叔母に、アルテナは小さく頷いた。


「はい。お気づきになられたんですね」

「それはそうよ。何かあったら頼らせてほしいだなんて、一体何をする気なのかと心配したのだから」

「叔母様。お話しする前にひとつだけお願いしたいのですが、これから話すことは父には秘密にして頂けますか?」

「もちろんよ。女同士でしか話せないこともあるでしょう? 私は姉様の代わりに、あなたを支えられたらと思ってるの」


 マイルズを探し出したいアルテナにとって、叔母の申し出は有難いものだ。アルテナはホッと息を吐くと、オルレア王国へ来たかった理由を叔母に伝えた。


「ありがとうございます。実は……お慕いしている方がこの国にいるんです」


 人生をやり直しているなどとはさすがに言えないため、アルテナはグラナダ王国で偶然会った少年に一目惚れした事にした。

 少年はオルレア王国の商人の息子なのは確かだが、それ以上はマイルズという名前以外知らないため探すのを手伝ってほしいとアルテナは話した。


「初恋なのね。王太子殿下を振ってまで追いかけてきたのだもの。叶えてあげたいのは山々だけれど、なかなか難しい探しものよ。一口に商人といっても、かなりの数がいるの」


 内陸にあるグラナダ王国と違って、オルレア王国は海に面している。海洋貿易で栄えているため、商人の数はグラナダよりずっと多かった。

 だが困難な事は承知の上だ。アルテナは叔母を真っ直ぐに見つめ返した。


「それでもわたくしは、マイルズともう一度会って気持ちを伝えたいのです。叔母様、どうかお力を貸して頂けませんか」

「ふふ。女の子の成長って本当に早いのね。あんなに小さかったあなたが、もう本気で恋をしてるなんて。……分かったわ。可愛い姪のためですもの。出来る限り情報を集めてみるわね」

「ありがとうございます、叔母様!」


 アルテナは席を立ち、叔母に抱きついた。叔母は優しげに目を細め、アルテナを励ますようにそっと抱きしめた。

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