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バーンスタインの夜警1





 名残惜しくも平穏(?)な休暇(ホリデー)が終わり、学園は再び活気に包まれていた。


「はい! はい!」

 伸ばされた手が、誰に指されなくても勝手に声を上げた。


「キッカお姫さま役やるね」

「やるねじゃないわよ図々しいわね。アナタどう見てもアニス様に相応しくないでしょ」

「え。アニス? やだかわいいお姫さまがいい。華の国のお姫さまとか」

「勝手に知らない国と登場人物生やすんじゃないわよ」

「じゃあ貴族のお嬢様でもいいよ。キッカ実際お嬢様だしハマり役だね」

「わたくしの話聞いてる?」

「魔物に襲われたキッカを王子様が助けに来るシーンはどこにいれる?」

「アナタなんなの!?」


 積極的に話し合いに参加していたキッカだが、なぜか教室から締め出された。

 教師もおらず、生徒だけの話し合いの場なので咎める者もいない。自主性を重んじるEKCならではである。

 扉を破って無理矢理戻ることもできたが、キッカは淑女なので大人しく扉が開放されるまで校舎をぶらつくことにした。

 


「それでサボってたの?」


 ディスカードが尋ねる。


「キッカは淑女だからサボったりしませんわ。午後の教養の授業に向けて集中力を高めてましたの」

「庭園で寝てたよね」

「そこで妖精のおねえさんに会ったんだけど」

「サボりついでにクスリでも打った?」



 校舎を出たキッカは、まず色とりどりの花が咲く庭園に向かった。

 学園の第七庭園は広大で、一部が迷路のように入り組んでいる。「確かどこかに日当たりの良い東屋(ガゼボ)があったはず」と、キッカは記憶を頼りに彷徨っていた。

 オレンジの花弁を掻き分け、はらりと散った桃色の花を踏みつけ、自分の背よりも高い躑躅や沈丁花の生垣をんしょんしょ潜り抜けていった。


「──どなた?」


 キッカは目を瞠った。

 花の壁を通り抜けた先に、世にも美しい女が立っていた。

 女はこちらを見ていなかったが、キッカの優秀な耳は声の飛んできた方向を無意識に割り出していた。それは彼女だった。

 しかし、キッカは咄嗟に言葉を返せなかった。

 女はこちらに横顔を向けて、躑躅の花に唇を寄せていた。

 腰まで伸びた白い髪は灰色がかって冷たく、バシバシと上を向いた濃い睫毛の下には、赤い宝石が煌めいている。肌は白雪のように白く、リップは黒い。腰は男の腿ほどしか無い細さで、胸はボタンが悲鳴を上げそうなほどパツンとシャツを押し上げていた。

 横幅は押せば折れそうなくらい華奢であるのに、縦はおそらくレックスより大きい。尖ったヒールも相俟って、塔のような女だ。

 極彩色の庭園にあって、彼女だけが白黒写真から抜け出してきたように色彩がない。異様である。古いノワール映画のような美貌の女だった。


「何年生?」


 女が再び尋ねた。キッカはその声にハッとし、「いち……」とちいちゃな声で答えた。女の声はしっとり甘いのに、不思議な強制力があった。

 女はキッカの答えを聞くと、「そう」とにっこり笑った。


「ここは入っちゃダメよ。迷い込んで来ちゃったのね」


 キッカは女に愛玩される猫ちゃんのような心地になって、「ひょわ……」と小さく息を漏らした。女は柔らかく微笑った。


「お名前は?」

「え? ぁ、なまえ? キッカ。ハイネンヴァルト」


 そこで少しだけ、女が目を瞠った。

 呟くように、「あの坊やたちの妹なの」と言われて、キッカはよくわからないまま頷いた。上の兄は全員卒業生か在校生だ。おそらくそのどれかの話だろう。


「こんな可愛らしい妹さんがいたなんて……でも、いくら可愛いくたってダメなことはダメ。ここは立ち入り禁止なの。どうやって入り込んだのかしら……?」


 女が手を振ると、背後の生垣が開いて道になった。

 お帰んなさい、と彼女は言う。

 キッカは化かされたような気分で、(ぼう)と素直に引き返した。絵本に出てくる吸血鬼のような女であった。若い美男や少女の生き血を好んで飲んでいそうな美貌の女。



「背が高くて白髪赤眼……あ。もしかして異常性癖パレードおばさん?」

「なにそれ」

「上級生の生活指導教諭」

「その呼び方で生活指導教諭なことあるんだ」

「あの人ちゃんと人間だよ」

「そうなんだ。妖精の血でも入ってるのかと思った……」

「そういえば庭園に薬草畑もってるって言ってたな」

「授業で使うの?」

「使うのもあるだろうけどほぼ趣味じゃない? マンサニリアはともかくキャナビス育ててるみたいだし」


 キッカはわかった顔で「ふーん」と答えたが、実はどちらも知らなかった。マンサニリアは身体を内側から腐らせる毒草であり、キャナビスはドラッグの一種である。国によって取締は異なるが、少なくともユグエンの法では規制されていた。

 堂々の犯罪行為であったが、しかしキッカはそんなこと知らないので、「へ〜授業の材料自家栽培してるんだすご〜い」と思うだけだった。


「──ちょっとアナタ!」


 聞こえた声に、キッカは笑顔で振り返った。


「アメリアちゃんだ! どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないですわ! 準備をサボってどこに行ってらして?」


 顔を顰めてツカツカとキッカに歩み寄ったアメリアは、隣の男に気がつくと、「あらディスカード様。ごきげんよう」と、高価(たか)い猫のような顔で、ツンと澄ましてお辞儀をした。

 顔の造りは兄全員大して変わらない筈だが、ラームスへの態度と大違いだ。

 流石アメリアは見る目があるな、とキッカは後方腕組み面で頷いた。


「……? なに一人で頷いてるんですの。アナタ、《オープン・デイ》の催しも成績に含まれることちゃんとわかっていて? 準備段階から一人一人の貢献は見られているのにアナタときたら……」


 アメリアがブツブツと文句を言う。

 たびたび、「でも」「あのね、」とキッカが言い訳しようとしたが、説教の波に押されて言葉にならなかった。



 《オープン・デイ》が近づいている。

 それはE(エスカッシャン)K(・キングス)C(・カレッジ)の一年の中でも最大のイベントだ。

 例えば火露の節にある《スポーツ・デイ》なんかは、あれは主に参加者の父兄や騎士団の関係者が関心を寄せる催事(もの)で、騎士科にとっては将来に関わるし、軍関係者からの注目は高いが、それ以外にはちょっとした娯楽である。

 しかし《オープン・デイ》はその比でない。

 関心を寄せる人種は多岐に渡り、父兄は勿論、国内外の研究者、魔術師、王宮高官、王宮士官、国を股にかける豪商、高名な芸術家──多種多様なジャンルの第一人者が挙ってやってくる。国のあらゆる機関のみならず、他国にも影響を及ぼすイチ大イベント。とんでもない規模の催しなのだ。


「学園生活の集大成なのだから、当然成績にも影響するってわかってらして?」


 アメリアが呆れた顔をする。

 しかし、一学期時点のキッカなら焦ったかもしれないが、なにせ今は校外実習(アウティング)の貯金があるのだ。おそらく、とんでもない失敗でもやらかさない限り今年度は進級出来るだろう。

 その心を察したのか、アメリアは目を怒らせた。


「……まあアナタが留年しようとワタクシには関係ありませんけど」

「進級するよ?」

「はあ……せめて来年は何かクラブに入ったらどうですの?」

「なんで?」

「クラブの活動で何か成果を残せば、成績に加点がつくの。授業成績が壊滅的ならそこで稼ぐしかないんじゃないの」


 なるほど部活動。存在は知っていたが、どういったものがあるか知らないし、あまり積極的に探してみたことはなかった。


「……おにいさまは何の部活に入ってるの?」

「人験部」

「じん、けん……人権部?」

「アハハ。多分想像してるのと違うと思うよ。てか想像しなくていいよ。基本魔術師しか入部できないし。今部員も募集してないから」

「ふぅん……? そういう縛りがある部活動もあるのね」


 アメリアの方を見ると、アメリアも首を傾げていた。彼女も聞いたことがないようだ。


「生活塔に募集の張り紙あるとこはだいたい大丈夫だと思うけど。そうじゃないとこは既存のメンバーに推薦もらうか、何かしらの手段で認めさせるしかないね。まあ何しても駄目なとこもあるけど」

「へえ〜」

「条件設けてるとこ多いし」

「おにいさまが知ってる部活、他にどんなとこがあるんですの?」

「え? うーん。関わりあるとこだと《人貸し部》とか……?」

「? 変な部活」

EKC(ここ)って生徒が自由にクラブ作っていいから、たぶんボクも知らない部活いっぱいあるよ」

「え。いいの?」

「良いのってか部活なんて勝手にできてるもんだし。あでも学校から部費とかは出ないからね? そういうのは人集まってるか、結果出してる部活の特権だから。公式クラブだけだね。アメリア嬢の馬術部とかはそうでしょ」

「寧ろ非公式のクラブがあることを初めて知りましたわ……」

「あーそう? まあ公に活動しないから非公式なわけだし。非公式クラブは運営費とかだいたい部員で賄ってるよ。ボクたちもお金が必要になったら魔術売ったり、論文売ったりしてるし」

「売れるような魔術なのに成果に数えられないの?」

「うーん。それもそう。何で認められないんだろうね?」


 学園の名の下に彼等の成果が認められない理由は、単に研究内容が非人道的なせいだが、しかしキッカもアメリアもそんなことは知らないので、不思議そうに首を傾げた。

 話しているディスカードも不思議そうな顔をしたが、こちらは人でなしだからだった。



「今年の普通科一年はオープンデイ何するの?」

「劇!」

「あ〜定番だね」

「そうなんだ?」

「うん。芸術科目専攻の生徒も多いし、経済や社会学専攻は宣伝広報金の計算なんかをやってくれるし。この学校貴族が多いから魔力持ちも多いしね」

「? 魔力が関係あるの」

「劇でたぶん魔術使うよ。上級生の注目度に掻き消されがちだけど、一般受けは一、二年の演し物のが大抵いいんだよね〜」

「意外ですわ」


 そう言って、アメリアは驚いた顔をした。

 キッカも同じ顔をしたが、こちらは演劇に魔術が使われることに驚いていた。ディスカードもそれを察したように肩を竦める。


「ボクたち麻痺しがちだけど──貴族だからってことね? そうじゃないと、魔術が身近な人って結構少ないから。一年生が使う魔術でも十分通用するし、普通科(そっち)のほうが魔導科が出すものよりパフォーマンスとして見目がいいんだよね」

「そうなの……?」

「キミらの役割の一つは、魔術は文化的でエンターテイメントなんだと民衆に印象付けること。魔術に危険はなく、キラキラしてて、オモチャ箱みたいなんだよ〜! って宣伝することだ。平和の礎だね」

「……おにいさまが言うとなんか騙してるみたい」

「マーケティングと言ってほしいな」

「準備はもう次の候から始まるんだよね?」


 そう言って、キッカはアメリアを振り返った。


「アメリアちゃん一緒にやろうね!」

「わたくし末候の初めは学園におりませんの」

「えっなんで?」

「……家の用事ですわ」

「どこ行くの?」

「社交パーティーよ。バーンスタインの……ずいぶん立場のある方々が集まるものだから、どうしても顔を出さなきゃいけませんの」

「いきたくないの?」


 キッカが尋ねると、アメリアは眉を跳ね上げた。


「……なんでですの」

「? いやそな顔してるから」

「別に嫌じゃありません。社交ですもの、貴族(われわれ)の責務ですわ」


 アメリアはキッパリと言い放った。

 しかし、キッカが(じっ)と見つめ続けると、やがて少し顔を曇らせた。


「……今回のパーティは特殊だから、ちょっと不安はありますわ」

「特殊?」

「招待された者しか入れませんの。バーンスタインの雇っている警備が身の安全は保障はしてくださるそうだけど、わたくし以外、周りに誰もいないのは初めてだから……」


 アメリアが珍しく弱音を吐いた。

 怒るところはよく見るけれど。こと貴族の責務に関することで彼女が明確に困りごとを口にするのを、キッカは初めて見た。


「アメリアちゃ、」

「自分に一人でもフロレンスたる振る舞いが出来るか、そういう不安よ。勘違いなさらないでね。当日までしっかり準備して、誰にも恥じないよう仕上げて参りますわ」

 アメリアはすぐにツンと澄ました表情に戻ると、「アナタはせいぜいオープンデイで成績を稼ぐことね」と言い捨て、教室の方へ踵を返していった。



「……アメリアちゃんてなんで家の用事多いの?」

「ん〜…そういやフロレンスの跡取りは身体が弱いって聞いたことある気がする。それで姉である彼女が社交の一部を引き受けてるんじゃない? もしくは早々に婚約者(取引先)を探してるか……」

「取引……?」

「社交会ってのは若くてカワイイご令嬢たちのオークションも兼ねてるからね」

「ふぅん……?」


 キッカは何もわかっていないような顔で応えた。

 ディスカードもそのまま、「まあお嬢様に夢見てるキッカちゃんにはわからないだろうな」と軽く流した。

 流してしまった。

 ディスカードはまだ、キッカがアメリアに向ける好意の大きさを知らなかったのだ。





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