スライムとシュン7
「傷、塞ぐぞ」
赤かった空が濃い青に染まり初め、日暮れが近づいてきた頃。
シュンは少女の前で片膝をつき、黒い石を取り出した。
「人を呼ぶ。威嚇するなよ」
言いながら、石を指で割り潰すと、前触れもなく背後に二人の人影が現れた──Dとファジュルだ。
「他は」
「伝えてない。状況わかんなかったからひとまずボクだけ──この人は勝手に着いてきた」
「隣のヤツが急に光りだしたら気になるだろ」
「魔力光の対策が必要みたい」
「別にいい。おまえが必要だったから」
Dの目を見て、シュンが言う。
Dはきょとん、と首を傾げた。
「塞げるか?」
「ちょっと失礼」
言うと、Dは間髪入れず隣に屈み込んだ。この男はこういう時、話が早くて助かる。
ファジュルの方はまた怒鳴り出すかと思ったが、意外にも静かにその様子を見ていた。
「んー…魔力で阻害されてる感じあるね。呪いに近い。何された?」
「呪い? いや、飛んできた石にやられたと思うけど……」
直前まで軽く意識が飛んでいたので、ハッキリとその光景を見てはいない。
するとDが振り返り、崩折れた竜の姿を見て呆れたような溜息を吐いたあと、次いで奥の洞窟と、散々竜の尾に撃たれ、崩れた壁面を見た。
「……アレか?」
「アレだね。たぶん」
その壁面は散々ファジュルが警戒し、Dも危険だと言っていた、呪術塗れの崖である。
シュンは察して眉を顰めた。
「方法ないのか?」
「んや、あるよ。他に呪いの影響はなさそうだし。しばらく魔術効かないだけで、血を止めたいなら原始的な方法は効く」
「つまり?」
「傷口焼けば?」
シュンは渋い顔をした。
デカい傷を負った時、魔力不足も相俟って経験したことがある。Dは軽い調子で言うが、アレはめちゃくちゃ痛かった。
戦場でなければ大声で罵倒していたし、止血した相手を殴り倒していただろう。
しかも自分は戦闘後アドレナリンドバドバの状態でやったが、彼女はそうではない。
「オイ。こっち見ろ」
──でも、やらなければ死ぬ。
魔族の血の色も人と変わりない。個体差はあるだろうが、その全てを失えば凡そ死ぬだろう。
少女の視線がシュンに向く。
焦点がブレている。時間は無さそうだ。
「今から傷口を焼く。同意なら一回、嫌なら死ぬ可能性が高いが二回、目瞬きしろ」
「……なゎ……ゲホッ」
「喋るな死ぬぞ」
「な……まえ……呼んで、」
「……ナクシャトラ」
「違うと思うよ。それは血の名前で、個の名前じゃない」
少女を支えながら、少年が答えた。
隣でDが「誰?」という顔をするが、それどころではないので黙殺する。
「アナタからの名前が欲しいんじゃないの」
「名前つけろってこと?」
「魔族の迷信だよ。御伽噺。名前を持った魔族は強くなれるってね」
実際は、名前を持った魔族が強くなるのではなく、強い魔族が名前を付けられるのが戦場でのセオリーだ。
しかし、シュンに迷っている暇はなかった。
「《エステル》」
「……」
「気に入らなきゃ付け直してもらえ。今は時間がない──ディー、出来るだけ一瞬で焼いてやれ」
「…………」
「あの。ボクじゃ嫌みたいなんだけど」
「俺よりディーのほうが器用だぞ」
言っても、少女は凝とシュンを見つめるばかりで、先にシュンの方が折れた。
彼女の後ろに回り、片腕をその口元に置く。「キツかったら噛め」と言い含め、もう片腕をDに伸ばした。
Dはシュンの折れた剣を拾い、魔術で清めて形を変えた。仕事が速い。その先端が、男の指のひと振りで熱を灯す。
受け取ったシュンは一息に、少女の胸に押しつけた。
悲鳴は上がらなかった。
そんな気力もないのだろう。一瞬だけ、シュンの腕を噛む力が強くなったが、熱が離れると同時に脱力した。
意識を喪った少女に、Dがテキパキとあとの処置を施していくのを見ながら、流石のシュンも頭が茫としていた。
やるべきことを負えた途端、ドッと疲労に襲われたのだ。
気力で目蓋を抉じ開けているが、魔力も心許ない。元々魔力量の多くないシュンは、使い過ぎると体力をごっそり持っていかれる──
「ねえシュン、オレと一緒に行かない?」
そんな時。突然、隣の魔族が口を開いた。
「……は?」
シュンは一拍遅れて、眉を顰めた。
イマイチ回らない頭では、彼が何を言わんとしているのか解らなかったのだ。
「どこに」
「魔王様に殺さないでってお願いしてあげる。どうしてもって言うなら、この女も一緒でいい。シュンが気に入ってるなら」
「……何が目的だ?」
「綺麗だったから」
そう言った少年の瞳は、爛々と輝いていた。
少女も彼も、一見して人とさしたる違いの見えない魔族だが、子供の体躯に余るほどの欲を映したように、ギラギラ光る目は、明らかに人外の輝きを湛えていた。
少年は、シュンが更に怪訝な顔をするのに構わず、言葉を続けた。
「最初はその剣が特別なのかと思ったけど、違ったみたい。シュンの使っている方が美しかった。水晶を剣の形に切り出したみたいだ。眸も好きだよ。今は黒く見えるけど、戦っている時は金や赤や青い燐光が火花のように散って、夜空を閉じ込めた黒蛋白石のようで。ずっと見ていたい」
「シュンくんがこんなにベタ褒めされるとこ初めて見た。今まで悪口しか聞いたことがなかった」
「うるさい」
「きっとそれも、抉り取ったら光らなくなっちゃうんでしょ? なら生きてシュンの目に嵌ったまま欲しい……」
「シュンくんてなんかこういうのばっか引き寄せるよね」
「断る」
シュンは普通に断った。
魔王を殺しに来てるのに、殺さないでってお願いされても魔王も困るだろう。向こうに殺す気がなくてもこっちはその気だ。
戦況は、こちらが喪ったものは、もうそういう話し合いの段階にない。あとはどちらが滅ぶかである。
「え〜〜…じゃまた会える?」
「……コイツの傷が治るまで、おまえが世話できたら考えてやっても良い」
「ほんと? 嘘じゃないよね? 嘘だったら夢に出てアナタの剥製を寝室に飾るよ」
「気色の悪いことを言うな……魔王倒したあとでおまえが生きてたらな。おまえその趣味じゃ早々人間に殺されそうだし」
「大丈夫。そこらへんは上手くやるから」
そう言うと、少年は少女を抱えて宙に飛んだ。
シュンは怒鳴った。
「飛べないんじゃなかったのかよ!」
「飛んでるわけじゃない。こいつらを飛ばしてるだけ」
少年が言う。よく見ると、確かに翼で飛んでいるわけではなかった。
彼の足元には綺羅々とした石があって、それを自在に動かしているようだ。どうやら彼自身に飛行能力があるのでなく、その上に乗って移動しているらしい。
少女を支えているのも腕力ではなく、大きな鳥の羽根や、水晶のような木の枝があちこちに纏わりついていた。それらのガラクタが寄せ集まって、身体を浮かせているのだろう。
「誤差だろ……」
「そんなこと言うんだ? アナタの頼みを聞いてコイツを安全なところに連れて行くのに」
「…………」
そう言われると、シュンは何も言えない。
彼女を旅に同行させるのは無理だ。ファジュルとはわけが違う。魔族に、魔王殺しの同行は赦されない。
だから彼女が回復するのに、この男は不可欠だった。
「……約束しろよ」
シュンがそう言って睨みつけるのを見て、少年は満足そうに、「またね」と森の奥へ消えていった。
シュンはその背中を見送って、そしてそのまま、気を失った。
#
「──んぁ」
「あ。起きた?」
目を開けると、丁度天幕を潜ろうとするDの姿があった。
シュンは目をパチパチと瞬かせ、「どれくらい経った……」と低い声で尋ねる。
「半日くらいかな」
「半日……」
「まあ崖は越えられたわけだし、そんな焦ることないでしょ」
身体を起こすと、くらりと目眩がした。寝過ぎと、魔力の使い過ぎで身体が重い。
額を押さえて俯くと、視界の端にツルリとしたフォルムが映った。
「……まだいる」
一人ごちて、そちらに手を伸ばすと、そいつもスルリと手──触手だろうか──を伸ばしてきた。
こちらの意思に呼応する水面のようだ。
ドサッと何かが落ちる音がして、そちらに視線をやると、Dが座り込んで何かを読み始めていた。
「……何してんだ?」
「いやコレもうちょっとだから、シュンくんの様子見るって抜けてきたんだよね」
「俺を口実にサボんな……」
重い体に鞭打って立ち上がり、Dの隣へ行く。
屈み込んで、散らばった書類に目を落とした。
そしてまた、Dへ視線を戻す。
「やっぱ持ち出しやがったなおまえ」
「失敗を活かすためには復習が大切だよ?」
「ただの好奇心だろ。で?」
シュンが首を傾けてじとりと睨むと、「だいたい説明したとおりだよ」と言って、Dは肩を竦めた。
「スライムとキミが繋がったままの理由はわからないけどね。想定外のエラーくらいあるでしょ。洞窟の方はたぶんキミらが初のまともな生還者だ。デバッグもまだだったんじゃない? まああまりにスライムの構造が単純だから、一度刷り込まれた《キミと同一体である自認》が抜けない説が濃厚かな。魔力通るんでしょ?」
「……そうだな」
通るどころではない。
元より風属性は衣服や武器に魔力を纏わせることができるが、やはり自分自身の肉体で魔力を使うのとは勝手が異なった。
不純物が混じっているような感覚だ。魔力の通りが悪いとも言う。身体を強化するよりずっと難度は高く、効率も悪かった。
それが、スライムは馬鹿みたいに魔力の変換効率が良いのだ。
自分の身体と変わりなく、魔力を溜めておけるし、一振りする度に魔力が空気に解けていくような、あの穴の空いたコップに水を注ぐような感覚がない。寧ろ──
人間の肉体は、魔力に対して許容できる範囲が決まっている。
あまりに無理な強化をすれば、魔力が尽きるより先に身体が音を上げる。
しかし、スライムにはそれがなかった。
元より魔物は人より魔力に親しい生き物だ。だからだろうか。
どれだけ魔力を注ぎ込んでも傷つかず、ただより強靭に、より鋭く、より破壊力を増していく。
加えて言葉も必要なく、思えば自在に形を変えた。
剣にも盾にも槍にもなる。形に拘りのないシュンにはうってつけの武器だ。決して折れず、竜の硬い装甲を断つこともできる──
「おもしろいよね。直接的な魔力の授受が出来ないのは生体である限り変えられないルールなのに。それが受取先の意識によっては可能ってこと? ──無いね。異常だ。他人の魔力を拒絶する機構に例外はない。一種の生体防御。免疫と同じ。当たり前の進化。それは意識の無い精神的無防備状態でも変わらないと既に何度も結論が出ている。それが今回のスライムは──」
「も、いい。うるさい。洞窟の話だけしろ。他いらない」
「魂をイデアへ返し神の位相に至る──組織的な研究みたいね。一人の書いた資料じゃなかった。《魂の解放》は手段で、目的は《神への謁見》……宗教組織だったのかな?」
「てことは」
「ウン。あの洞窟、魔族の罠どころかそも魔族産じゃないよ。生産者は人間。大昔のね」
「……昔は、今より魔力持ちの人間少なかったろ」
「そうそう。だから動力も実験体もみんな魔族や魔物。そう書いてある」
──魔族が近づかないわけだ。
「竜も動力にするとは思わなかったけど。その竜斃した化け物が隣にいるのは置いといて」
「洞窟で弱体化してたからな。スライムがいなきゃわかんなかったし」
おそらく、それだけでもない。
そもそも、竜にシュンと戦う理由はなかった。攻撃さえしてこなければ、シュンも同じく。
それを竜もわかっていた。魔物の中でも飛び抜けて知能の高い種族だ。
だから、例えばシュンの顔がムカつくからどうしても殺したいのだとしても、それは弱っている今日この場でなくていい。
常態であれば圧倒的強者の竜に、わざわざ危ない橋を渡る必要はない。回復してから悠々と殺しに来ればよかったのだ。
それをしない理由があるとすれば、もう回復する見込みがないか、或いは──
「……死に場所を探してたのかも」
ぼやくと同時に、天幕の外に気配を感じた。
振り返ると、今度はファジュルと目が合った。
「あれ。ファジュルくんもサボり?」
「ちげーよ。つかお前はサボりなのかよ。お姫様が探してたぜ」
「え。サボってるのバレてる?」
「おまえ。なに、ディー。姫さんに怒られんの? やば。俺見学してい?」
「オマエはここにいろ。話がある」
Dの怒られにワクワクしていると、ファジュルが声を上げた。
それを聞いたDは少しファジュルを見つめて、溜息を一つ。あとは「性格悪」と、シュンに捨て台詞を残して、そそくさと天幕を出て行った。
「……なんだよ」
「あの魔族の女が、おまえを助けたらしいな」
「あ? あー…まあ」
魔族に助けられるたあ情けない、みたいな説教をされるのかとシュンが少し身構えると、「洞窟のことも聞いた」とファジュルは静かに続けた。
「え?」
「実際危険な場所で、あの魔族が言ったことは正しかったんだろ。それであの洞窟は、大昔は魔族を使った人間の研究所だった」
「……ん」
シュンは小さく頷いた。Dがそこまで話していることにまず驚いて、ファジュルが何を言いたいのかは、あんまり頭に入ってこなかった。
「俺が魔族を信じなかったせいで、オマエは洞窟に閉じ込められた」
「……ん? いや、それは俺がお前を投げ飛ばして洞窟に入ったからだろ」
「魔族は確かに、全員が敵じゃないんだろ。絶対の悪じゃ、ないんだろうな」
「おい話聞けよ」
「それでも俺は、魔族を殺す」
草原のような色をした、橄欖石の眸。
それが、真っ直ぐシュンを見つめていた。
「かつて人間が魔族に非道を強いていようが、敵対意志がなかろうが、それでも俺は目の前に立つ魔族を殺す。そいつが悪ではないとわかっていて、それでも殺す」
相手を燃やさんとするような眼光に、一瞬、息が詰まる。
「それが、俺の覚悟だ」
ファジュルは言った。──強情な男だ。
盲目的な敵意と思っていたが、現実を見つめ直して尚、己の決めた覚悟を貫くと言う。
弱きも善も、己の死地すら関係なく。死が確実な強者が相手でも、この男はきっと、その行動を変えないのだろう。
それはシュンに言わせれば、盲目的な使命感であった。
しかし確かに、覚悟でもあった。
「……なんで俺に言うんだ」
「その時はまた、オマエと殴り合いになりそうだから」
先に言っといただけだ、とファジュルが言う。
殴り合いというか、以前はシュンが一方的に殴っただけで、ファジュルは被害者だったが。そもそも腕っ節でシュンに敵うはずがない。
それでもまた、同じことがあれば、同じように向かってくるのだろう。
シュンは困ったように頬を掻いた。
「……別に俺も、過去の歴史や、魔族の善悪に興味はない。戦場にいんのは自分のためだ。そういう余計な思考は必要ないだろ」
「でもオマエ、殺さないと決めたら殺さないだろ?」
「それは気分による」
ファジュルは笑った。
「気分、な……俺も、オマエはそうやって自由に生きるのが正しい気がする」
──つくづく行動に、正しさや正義を求める男だ。
元々の気質なのだろう。己の怒りだけが原動力なら、魔族の善悪など考えることはなかったはずだ。
でもその一投足に、失くした故郷の亡霊がチラつく。喪ったものの意思を背負ったまま、思い通りに生きられないように見えた。
シュンは思う。
それは所詮、既に喪われたものだ。
益を残すことはあれど、これから生みだすことはない。
死人は口を利かない。
だから生者は自分のために、未来のために生きるべきだ。
──しかし、それはあくまでシュンならばの話。
ファジュルの人生は、ファジュルが生きるしかない。決めるのもファジュルしかいない。
だからシュンは何も言わず、天幕から出る背中を見送った。
#
キリエは振っていった剣を地面に刺し、俯いて目を瞑った。
──集中できない。
鍛錬の最中も、意識が勝手に野営地の方へ向かう。
──勝てると、満足する。
それは強さの証明であり、自分が生まれた意味でもあるからだ。
だけど、誰かと一緒にいることで、何かが満たされたように感じたのは初めてだった。
心地よかった、のだと思う。
また同じ時間を過ごしたいと思う。
でも彼のそばにはいつも、アニスやロウがいた──
「オイ」
何かが手に触れて、思わずビクリと引っ込めた。
顔を上げたらシュンがいて、野性動物みたいだな、と可笑しそうに笑った。
その顔を、キリエはポカンと見つめていた。
あまりにまじまじ見つめられたシュンは、だんだん気まずくなって顔を顰めた。
「……なんだよ」
「冷たかった」
ああ、シュンは納得した。
さっきまでアニスの水浴びに付き合っていたのだ。
傷は目覚めた時点で手当済だったが、血はそのままだったので。今さら衛生面をそこまで気にしちゃいないが、匂いに敏感な獣もいる。落とせるなら落としておくに越したことはない。
「つめたい」
そう言われて、今度はシュンが驚いた。
キリエが手を握ったのだ。
無口で、無愛想で、ともすればその傷と美貌に、体温の低そうな男だと思っていたが。その手はちょっと吃驚するほど熱かった。
同時に、キリエがこういった不必要な接触をしてくることにも驚いた。
魔王を倒すこと以外、なんにも興味がないと思っていたから──
「……お前の手が熱いんだろ」
「そんなことない」
「そうだよ」
言うと、キリエの手がスルリと濡れた髪を潜り、シュンの項に触れた。
「!」
「ホラ、どこも冷たい」
じんわり項が温められて、シュンは一瞬、身体から力が抜けそうになった。
が、その急所に触れているのが素手で首の骨ぐらい簡単に折れるだろう男と思い出し、慌てて首を振った。
「どっちでもいいだろ」
そう言って、離れようとする。
そろそろ、散々寝たぶん働かないとDに嫌味を言われそうだし。アニスとロウも、まだ調子が悪いのかと心配するだろう。
「……」
「……」
「……いや離せよ」
項の手は離れたが、シュンの手を握った方はそのまま、微動だにしなかった。
苦言を呈すと、キリエはまじまじとその手を見つめ、「ちいさい」と言った。
「あ?」
「手、小さい。これでよく剣握れるね」
「余計なお世話だ!」
今度こそ力づくで振り払い、シュンは野営地への道を戻る。
「待って。好みの話、考えた」
「は?」
呼び止められて、しかも突拍子もない言葉が出てきたので、思わず振り返る。
「シュンが聞いたから、考えた。強くて、うるさくて、勝手な人がいい」
「え。趣味悪」
思わず口に出してから、ハッと口を噤んだ。
実際変わった趣味とは思うが、どうやらシュンが適当に聞いた話を真剣に考えたようだ。いつも無表情なので分かりにくいが、今もかなり真剣な顔でこちらを見つめている。
それにそもそも、人の好みを外野がとやかく言うものでもない。
「……まあ、いんじゃね? でもおまえから見て強いって難しくないか。ディーレベルとか……」
「なんでそいつが出てくる」
キリエが嫌そうな顔をした。気持ちは分かる。
「他にもいる」
「……精神的に、ってことか? アニスは駄目だぞ」
「ちがう」
キリエはむっとした。なんだか好きなタイプというより、確信を持って個人を指していそうな言い草に、シュンは意外な気持ちになる。
もしかしたら、改めて考えさせたことで、故郷に残して来た大切な人を思い出したのかもしれない。
シュンは、「ふーん……」と呟いて、少し考えた。
「あ」
「! なに……?」
「おまえ、全部終わったらカターリナくれば?」
シュンは閃いた。
どうやらミスティリオンでキリエは味気ない日々を送っていたようだ。少年兵として育てられるばかりで、娯楽と無縁な生活を送っていたのだろう。
今後英雄として帰れば、好きな女を娶れる可能性はあるかもしれない。が、正直五分だ。
すぐに動乱の時代が終わるはずもなく、自由を認められず、兵士として使い潰される可能性だって十分にある。
その点、カターリナはそこら辺が緩かった。
というか、実力主義で家名より実績による権力がでかい。だから魔王さえ倒せば、あとはどうにでもなるのだ。シュンやアニスも便宜を図ってやれるし、ロウだって、相談すれば協力してくれるだろう。
そして何より、カターリナを復興するのに人手が欲しい。
これが一番の本音だった。
キリエはいい戦力だ。
「……え、」
キリエはポカンとした。
思ってもみない提案だったのだろう。
まあ急すぎるし、警戒されるのも当たり前だ。実際打算を多分に含むし──と、シュンは肩を竦めた。
「まあ、無理にとは言わないけど」
「いく」
「……え。そうか?」
意外と乗り気らしい。
ただ、本人がその気でも、当代最強と名高い男をミスティリオンが易々手放してくれるとは思えない。
食客として長期滞在してもらうのが一番穏当だが、無理ならいっそ亡命させてカターリナの国民にしてしまうか……
「あ。おまえ、俺の家族になるか?」
「えっ」
「俺も他に家族いないし、ミスティリオンが穏当に手放してくれなかった場合はだけど……」
そんなに歳は離れてないが、無理矢理養子縁組を組むことも出来なくないはずだ。というか魔王殺しの実績を利用すれば大抵のことが可能だろう。カターリナだって、キリエの力は欲しいだろうし。
そのあとで、ミスティリオンの想い人は招いて娶ればいいのだ。
相手がよほど大物でない限り、そちらはキリエを招くよりずっと楽だろう。
「ほんと?」
「? なにが」
「ほんとに、ずっと一緒にいてくれるの……?」
シュンは驚いた。
己と養子縁組を組むなど顔を顰めると思ったが、そんなことを置いても、カターリナに来たいらしい。
なるほど。よほどミスティリオンに不満があると見た。
或いは、その好きな相手とやらがそれだけ大切なのだろう。
「ああ。約束な」
シュンが頷くと、キリエは薄く微笑んだ。
目を細く撓ませ、嬉しそうにシュンを見る。初めて見る顔だった。
──シュンはくらりとした。
その顔が、びっくりするほど可憐だったのだ。
花の精もかくやという美貌に、どうにか顔面を横断する傷に集中することで正気を保った。パーツの一つ一つを見れば男にしか見えないはずなのに、あまりにも顔が整い過ぎると可愛らしく見えるらしい。シュンは内心パニックを起こした。
「ウッ。じゃ。じゃ、俺はもう行くぞ!」
これ以上二人きりでいるとよくないと判断し、シュンは童貞みたいな反応をして踵を返した。
しかし、ふと思い出して振り返る。
「──ほら、帰ってきたろ?」
「うん」
シュンは笑った。
キリエは黙って頷いた。
彼が信頼という言葉を学んだのは、この時が初めてだった。
──ここにDがいれば、おそらくシュンに再三の忠告をしただろうが、しかし居なかったのでそうはならなかった。
そのため幸か不幸か、約束は残り続けた。
片方が死んで尚。ずっと。
シュンはこうして軽率な約束を積み上げながら、万能の武器を手にした。
のちに、それは魔王を斃す伝説の剣として語られる。
ちなみに。ここまでの出来事は、全て旅が始まってから十日以内に起きた事だ。
スライムとシュン・完
閲覧ありがとうございました。
全五話で終わると言ったが、アレは嘘だ……




