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友達が欲しい2





 《ディック》、兄だった。



「なるほど、それでボクんとこ来たワケ」



 ラームスが扉を叩いたのは、学園の《第三研究棟》──主に《魔導科(セレマ・クラス)》の学び舎として使われているため、通称《魔塔》と呼ばれる建物の一室だった。

 男はその広い一室を、まるまる自分の工房のようにしてしまっているようで、雑多な部屋に彼以外の姿はない。


 キッカは初めて入る場所だったが、どうやらラームスは魔力を応用する授業で、過去に何度か訪問したことがあるらしい。迷いなく一直線にこの部屋まで辿り着いた。


「キッカがクラスメイトに命を狙われているようでな。何かいい案がないか、助言を貰いに来た!」

「助言って? 足のつかない呪い方でも知りたいの?」

「いや、もっと正々堂々とした方法で頼む!」

「ワガママだな〜。にしても、腐ってもハイネンヴァルトの侯爵令嬢に楯突くだなんて、キッカちゃんとこクラスメイトもバカだねぇ」


 行儀悪く机の上で両足を組んだ彼は、あっけらかんと笑った。

 ハイネンヴァルト侯爵家第二子、キッカの二番目の兄、《ディスカード・ハイネンヴァルト》───

 通称、《ディック》というわけだ。

 

(……凄い部屋)


 キッカはラームスの背に隠れたまま、こっそり周囲を見渡した。

 古文書、紋章、魔法陣、薬草、護符、木札───ありとあらゆる魔法に関するものが、この部屋に詰まっている。

 キッカは元々、魔術に関しては門外漢だ。どちらかといえば魔術に対抗する方、例えば、術式の判別とかならまだわかるが、祝詞の活用研究や、新しい術式の構築とかになってくると、素人もいいところだった。

 しかし、その俄か知識でも、此処にある品々が容易く手に入るものでないということはわかる。

 この部屋に入ってからというもの、未踏の遺跡に踏み入った時の感覚にも似た、妙な緊張感が消えないのだ。


 キッカは視線を部屋から、学生服の上に白衣をひっかけた男へ向けた。

 一番目の兄ほどでないが、彼ともほとんど話したことがない。

 愛称で言われても、誰だか分からなかったくらいだ。

 だから、彼の人となりに関しては、正直よくわからない。一応家族のはずだけど。

 そんな関係だから、本当に相談に乗ってもらえるのか、キッカは正直、半信半疑であった。


「──ま、せっかく来てくれたところ悪いんだけど、」


 ボク、暇じゃないんだよね〜。

 ディスカードは言った。

 やっぱりだった。


「む。ディックはここ暫く、まともに授業を受けていない暇人と聞いたが」

「え、誰に?」

「クラスメイトに」

「名前は?」

「名前は──」

「ディ、ディスカードおにぃさまぁ〜! キッカ、クラスの子たちと仲良くなりたいんですぅ〜!」


 ラームスのクラスメイトに迫る危機を感じ、キッカは思わず割り込んだ。

 食い下がるラームスに、もういいではないかとキッカは思う。

 早急に解決しないと困るわけでもなし、ラームスは大袈裟に、「命を狙われている」なんて言ったが、鋭い牙も、鋭利な爪も、触れただけで皮膚を溶かすような毒液も分泌しないただの人間の女の子に、狙われたところで何が損なわれるわけでもななし。

 元よりキッカは、大した繋がりもない相手に、そう簡単に力を貸してもらえるとは思っていなかった。血は繋がっているけど。

 それを、血が繋がっているだけだ、と考えるタイプなのではないかと思っていたのだ。これには正直、キッカの魔術師に対する多大な偏見が含まれるが──キッカは正直、魔術師があまり得意ではない──実際、理由はどうあれ、断られたのは予想通りだった。


 ディスカードは質問を遮られて鼻白んだ様子だったが、そこまで興味もなかったのか、再度質問を繰り返すことはしなかった。

 そのまま、キッカを上から下まで眺めて、「無理じゃない?」と答える。

 え。なんで?


「キッカ、仲良くなれるように頑張るもんっ!」

「ディック、無理と言わずに方法はないか? お前なら何か思いつくだろ」

「え〜…そもそもキミらに協力して、ボクになんのメリットがあんの?」


 これでもボク、高価(たか)いんだけど。

 ディスカードは馬鹿にしたように笑う。


「キミらはそーいうの興味なさそうだけどさ。ボク、これでも人気者なんだよ?」


 男は椅子の肘置きに頬杖をついて、口角を吊り上げた。


「だからまっ、相談事なんかは他にも来てるんだよ……それを、突然押し掛けてきてなに? 対価もなしに手を貸してくれだなんて、虫が良すぎるんじゃない?」


 ──にこっ

 よく屋敷で見ていた、人懐っこい笑顔。

 その科白、その表情(かお)は、キッカの偏見にまみれた魔術師像に、ピッタリと合致していて、逆に感心した。


 一つ、訂正するならば、興味があろうがなかろうが、彼の名前は耳に入る。

 家族でありながら、直接聞いた話より、噂で聞いた話の方がよほど多い。

 ディスカードは実際、妹であっても廊下で声をかけるのが憚られるほどに有名な男だった。





 理由を説明するには学園のシステムについて、軽く触れておく必要がある。

 まず、エスカッシャン(E)・キングス(K)・カレッジ(C)に存在する三つの(クラス)についてだが、生徒たちはその中から一つを選んで入学する。

 転科は基本不可であり、生徒は入学から七年間、自分の選んだ科で学ぶことになるのだ。


 一科。鳥の名を冠する護国の騎士団や、街の警備隊なんかを目指す人間が多く集まる《騎士科(ナイト・クラス)

 二科。魔術の実践、研究を主に行う《魔導科(セレマ・クラス)

 三科。科目・生徒数共に最も多く、凡ゆる学問・芸術に通ずる《普通科(アルケミア・クラス)


 更に(クラス)ごとに必修科目と選択科目が存在し、生徒は半年に一度、自分の受ける科目を選び、単位を取っていくことになる。科目によって、平均一年で修了するものから、取得に数年かかるものまであった。

 しかし、この学園の方針は、生徒の才能を伸び伸びと育てることにあり──平たく言うと、完全に実力主義だ。

 ゆえに、優秀なら単位の取得にそう時間はかからないシステムになっていた。だから同じ時期に入学しても、卒業時に修了した科目の数は違ってくる。それはそのまま、後の進路にも大きく影響するため、生徒たちはより多くの学科を修めるのに必死だった。


 そして、そんなみんなを尻目に、初年度から今までに取った全ての科目を最短で修了しているのが、この次兄(ディスカード)である。


 しかも、三年修了時には既に、卒業に必要なだけの単位を全て取得してしまって、にも関わらず卒業せずに居座って、日がな一日研究ばかりしている変わり者らしい。

 ハイネンヴァルト、わたし以外変わり者ばっかだな、とこの話を聞いた時にキッカは思った。


 しかし、それだけなら──入学してこのかた怒られてばかりのキッカにしてみれば、それだけと言い難い話だが──過去にもそういった神童は、いないでもなかったらしい。

 だから彼が有名なのは、どちらかというと、もう一つの理由が大きいだろう。


 学ぶ気さえあれば、平民にも、貴族にも、他民族他種族にも、分け隔てなく門戸を開くことで有名なE.K.カレッジだが、唯一《魔導科(セレマ・クラス)》にだけ、入学に試験以外の特別な条件があった。


 それが、【魔力無き者、魔導に触れること不成(ならず)】──つまり、魔力のないものは入学が認められない、というものである。


 実際は兎も角、表向きには差別を厭うE.K.カレッジにしては、珍しく尖った規則である。

 とはいえ、別に魔術師である必要はなく──人間の扱う魔力には四つの属性があるが、一般に魔術師・魔法使いというのは《火属性使い(ワンド)》か《地属性使い(ペンタクル)》を指す───単に、身体に魔力さえ流れていれば、入学を認められるという。

 しかしまあ実際のところ、名門校だけあって、生徒の多くが正統な魔術師らしい。ディスカードもその例に漏れずだ。


 前置きが長くなったが、ハイネンヴァルト家次男が有名な理由。

 それは彼が、魔術師の中で、特殊も特殊──


 世にも珍しい、《火》と《地》の《二重属性(ダブルスート)》だからである。





(……まあ確かに、()()()でも《二重属性(ダブルスート)》は珍しかったしな。それも、魔術師のダブルは相当稀少(レア)だ)


 有名になるのも頷ける。

 まだ学生とはいえ、魔術師に弁舌で勝てる気はしないし、早いとこラームスには諦めてもらって、教室に戻りたい。

 キッカはそう考えていたが、そうは問屋が卸さなかった。


「……それは確かに。そうだな。よし! 俺に出来ることなら、なんでも引き受けよう!」


 ドンッと己の胸を叩き、ラームスは高々と宣言した。キッカは唖然とする。

 ディスカードが片眉を跳ね上げて、三秒ほど沈黙したあと、直ぐに、パッと人好きのする笑顔を浮かべて、腕を広げた。


「さすが! 潔いねえ。まさにハイネンヴァルトの御令息って感じ。まあキッカちゃんはともかく、ラームスの剣の腕はなかなか買ってるんだよ〜ボク。そこまで言われちゃあ、お兄ちゃん、力を貸さないわけにはいかないなあ!」

「おお、本当か!」

「ほんとほんと。で、なんだっけ」



「ラームス……ボ《・》()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」



「あ──」

「おにぃさまぁあ!!」


 キッカが、ラームスの首に抱きついた。

 それはもうタックルしたと言っていいほどの勢いで飛びついたので、突然のことに喉が詰まったのか、ラームスは思い切り咳き込んだ。


「き、キッカ、何をするんだお前!」

「キッカ、ラームスおにいさまがぁっ、キッカのためを思って色々してくれるのは嬉しいですぅ……でもぉ、キッカ、おにいさまに頼りっぱなしじゃだめだって、そう思ってぇ……!」


 ほんとは微塵も思ってない。どんどん助けてくれ。

 そう思いながら発言していたら、思わぬところから同意がきた。


「いいじゃん助けてもらえば。キッカちゃんの大好きな本にも、そんな話いっぱいあるんでしょ」

「え……?」


 《ドキドキ☆恋のラビリンス》のことだろうか……それとも、《ワタシの甘ぁ〜い王子様☆》の話か……? というか何でわたしの愛読書を知っているんだこの男。


「ああいうのって大体、大した取り柄はないけど優しくて可愛い女の子を、白馬の王子様が助けに来てくれて、他の女を蹴散らしてくれる話でしょ?」

「それは──」


 確かにあるけれど。めちゃくちゃ穿った言い方をするなこの男。

 でも、なんだかんだあれは物語だからで。現実で、相手の女の子に男が相対するのは、それは卑怯だとキッカは思う。

 実際助けてもらうなら、例えば「おーい先生が呼んでたよー」って通りすがりのように助けてくれればいいと思うけど、でもそれじゃあ物語の王子様は締まらないじゃないか。

 ドラゴンでも出てきてくれればいいのだが。

 校舎裏とかその辺で手頃なドラゴンにでも襲われていれば、王子様がめちゃくちゃ活躍して助けてにきてくれても全然問題ないのだが。あ〜〜ドラゴンに襲われたいな〜〜そしてそこをかっこい王子様に颯爽と助けられたい〜〜!

 話が逸れた。


 とにかく、悪いやつから助けてくれるのはいいのだが、今回の話はただ、キッカがクラスメイトと仲良くなりたいという、それだけの話なので。


「そ、そもそも兄妹の仲なのに見返りを求めるなんて、ディスカードおにいさまは意地悪ですわぁっ」

「……ふーん」


 ディスカードは、つまらなそうな目でキッカを見下ろした。


「ま、確かに……これは元々キッカちゃんの問題なんだから、ラームスが解決しようってのがそもそも可笑しなハナシだよね」

「ん……? ま、まあそうですわねっ」

「それじゃあキッカちゃん、キミはボクに何が払えるの?」

「えっ?」


 ディスカードが唇を歪めて笑う。

 革張りの椅子にだらしなく身体を預けていた彼が、初めて床に降りた。

 体躯はラームスより細身だが、立ち上がってみると、タッパはそれなりにある。

 しかし、足取りは猫のようにしなやかで、あちこち適当に置かれた夥しい数の液瓶に、一切の波紋すら与えず、そして魔導書の一頁すら揺らすことなく、キッカの目の前までやってきた。


「能力ってのは、無料(タダ)じゃない。頭脳にしろ魔術にしろ、凡人が想像し得る以上の努力と研鑽がそこに在る。持つ者が持たざる者を無償で助けろっていうのは、それを踏み躙る弱者の傲慢だと、ボクは思うね」


 ぐうの音も出ない。

 辛うじてか細い声で、「で、でもぉ、キッカ特に渡せるものないしぃ……」と答えた。

 ディスカードはため息混じりに、「だろうね」と答える。

 突然、片手でキッカの顎を掴み上げた。


「キミ、まだ自分でお金も稼げなそうだし。まあ、あの二人の娘だから顔はそれなりだけど……この貧相な身体じゃねえ……」


 だいぶマニア向けじゃない? と厭な笑みを浮かべるディスカードを、キッカはポカンと丸い目で見上げた。

 一瞬、何を言われているのかわからなかったが、頭の中で言葉を反芻し、じわじわと理解が追いついてくる。

 むかむかっ、と腹に不快なもの込み上げた。


 何を言うんだこの男──キッカは、顔も、身体も、万人受けするわ!


 こんなに可愛いんだぞ侮るなよ、と心中憤っていたら、背後で「ディスカード!!」と叫ぶ声があった。

 クソでか声にびっくりして、キッカの肩が跳ねる。

 窓硝子もビリビリと揺れた。

 流石のディスカードも、キッカから手を離し、後ろの男に目を向ける。


「わ……うるさ。おまえ声でガラスとか割らないでよ」

「お前、今の言葉はどういう意味だ」

「ありゃ。ラームスはもう少し鈍感だと思ってたんだけど。流石にニュアンスは伝わるか」


 お兄ちゃんの見当違いだったわ〜。成長してるんだね、オマエも。

 そう言ってヘラヘラ笑うディスカードに、ラームスは激昂した。


「妹が困っているのなら、助けるのが兄だろう!」


 ラームスは勢い余ってか、ちょうど近くにあった文机にダンッと手を振り下ろそうとした。

 キッカはそれを見て、またタックルする勢いで彼の腕に取り縋った。


「おっっっ……にいさまぁ〜! キッカ、もうこんなとこいたくないですわぁ! ディスカードおにいさまったらこわいんですものぉ〜!」

「なんなんだお前さっきから! 急に飛びつくな!」

「それにキッカぁ、教科書探さないといけないし……」

「教科書?」


 ラームスは眉を顰めた。そういえば言ってなかったか。

 キッカは気を取り直して、かくかくしかじかで教科書が紛失しているここ最近のことを語るのだった。


「む? お前のクラスメイトは、なぜ教科書を隠すんだ」


 それがわたしも疑問なのだ。


「それ普通に虐められてんじゃん。ウケんね」


 ディスカードがケタケタ笑う。

 キッカとラームスは、同時に顔を見合わせた。ポカンと口が開く。


「虐めだと!? キッカ、貴様虐められているのか!?」

「こ、これがいじめ……!!」


 愛読書の少女小説にはたびたび登場したが、実際に見るのは初めてだ。少し感動して、しみじみと今までの出来事を思い返してみた。

 言われてみれば、虐めと呼ばれるものに状況が酷似していないでもない。

 そうこうしているうちに、またラームスがディスカードの名前を呼んだ。


「ディスカード! ならば尚更、家族で協力し合い、解決すべき問題だろう!」


 余計火に油を注いでしまったようだ。またラームスの勢いが増した。

 キッカとしては、この部屋で暴れるのは勘弁して欲しい。ディスカードも、めちゃくちゃに迷惑そうな顔をしている。

 ──そろそろ潮時だろう。

 なに。わたしも伊達に、長年ラームスの妹をやっていないのだ。

 コイツの止め方は、おおよそ心得ている。


 キッカは、大きく息を吸った。


「おにいさま! キッカ、全力自分の力で解決したいですわ! ハイネンヴァルトの一員として!」

「よし!! よく言った!!! それでこそ俺の妹だ!!!!」


 ディスカードは慣れたものか耳を塞いでいたが、試験管に罅が入ったようで、「まじで……?」という彼の小さな呟きが、やけに部屋に響いた。


「キッカがこう言うのであれば、取り敢えず(いとま)する! ではな!」

「待って」


 ラームスは来た時と同じように、キッカを小脇に抱え、嵐のように部屋を去ろうとしたが、それを背後から呼び止める声があった。

 ──試験管弁償させられるのかな、ラームス。中身の薬品が高価くなきゃいいけど。

 そんなことを思いながら、ラームスが振り向くままに自分の視界も後ろを向く。


 ディスカードは、こちらを見ていた。


「キッカちゃん、これ、何の本か知ってる?」


 彼の片手が上げていたのは、さっき、文机の上にあった本だった。キッカのおかげで、ラームスの拳から逃れられた本だ。

 ディスカードの手は、白い手袋に覆われている。


「──キッカ、難しいことわかんなぁい」

「……あ、そ。じゃマ、いいや」


 ディスカードはあっさり手を下げて「でもちょっとだけ協力してあげよっかなぁ〜! まァほら、可愛い弟妹の頼みだからね!」と笑った。


 取ってつけたような笑顔であった。





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