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スライムとシュン5





「様子見るだけな」

「まだ何も言ってないけど」

「不審な動きをしたら両脚斬り落とすからな」

「? ボクたち仲間じゃなかったっけ……」

「……?」

「カターリナは何考えてこの精神病質者を野放しにしたワケ? 窓に格子のついた病室に帰せよ……」

「おまえが土に還れ」

「どっちも真面目に調べろ」


 ファジュルに怒られて二人は黙った。



 ──三人の目の前には、高い壁がある。

 比喩ではない。反り返って見上げるほどの堆積岩山だ。そして目的地はその向こう側にあった。

 壁があるなら越えればいい。

 実際、ただの崖ならそうしただろう。常人には無理でも、此処に揃った連中は──ファジュルは知らないが──全員やりようはある。こう見えて全員、数十ヤードの崖越えなど障害にならない連中だ。

 なら何が問題なのか?


 《絶望の壁(ヤァス)》──ファジュルの村で、この絶壁はそう呼ばれていたらしい。


 ファジュル自身、噂程度しか耳にしたことがないそうだが。詳細は杳として知れず。見に行った人間は誰一人帰って来ない。そして周りに生き物は近づかず、魔物すら姿を見せないと噂が囁かれる崖。

 ファジュルが故郷からこちらへ居を移す時も、この壁を迂回するためにかなり長い道のり歩いたのだとか。

 まあ実際その頃ファジュルは赤子だったので、その話も村人からの伝聞に過ぎないらしいが。


「……なんかわかりそうか?」


 シュンがチラリと視線を送ると、Dは壁面の前で目を輝かせていた。

 やはり何かはあるのだろう。見ていてゾッとする──壁面ではなく、Dに対してだ。

 それでも、魔術の探知と解析において、男の右に出るものをシュンは知らない。デメリットもデカいが、連れてこない選択肢はなかった。


「う〜んとりあえず壁面を無策に越えるのは拙いね。も、すっごい。すっっっごい一面呪術。魔族かな。それともかつてこの地にいた人間かな。狂気じみた攻撃性。魂への冒涜。実現可能なのかな。理論は破綻していない。リソースが足りない? ボクならこれは──」

「うるさい」

「写本していい?」

「いいよって言うと思う?」


 シュンの感情に合わせて、(くだん)のデカいデメリット──という名のぷるぷるのスライム──が、Dのいる方へ身体を揺らした。

 攻撃の前兆だ。

 行動に移される前に、シュンはふにゃりとその身を押さえた。抜け出そうと少しの間モチモチ足掻いていたが、基本的に非力なのでどうにもならない。暫くすると諦めて大人しくなった。

 シュンはコレを置いてきた方が安全だと思ったが、Dに連れてくるように言われた。スライムの現状には魔術が関わっているため、この男の言葉を無視できない。


「どうする?」

「どうにもならなきゃ諦める。そうじゃなきゃ対策を練る、だろ。迂回するには時間が惜しい」

「だね。長引けばそれだけ不利だし」


 シュンの案に、Dは素直に頷いた。

 たった五人に対して、魔物は幾らでも湧く。

 魔族だって全員相手にしていたら命が足りない。

 そのため、三人はここにいる。

 どういう理由で崖超えが困難なのか。対策は可能なのか。それを確かめるためだ。

 と言っても主に調べるのはDだが。

 壁面に沿って楽しそうに歩くDの後を、シュンとファジュルは一転、不安そうな面持ちで遠巻きに追った。


 暫くして、ふとその背中が立ち止まったので、二人も一緒に足を止める。

 Dは壁の一点を見つめていた。


「……《T-秘匿(シェクラ)、C-6》」


 Dがスッと手を上げた。掌は壁面に向いている。

 シュンは詳しくないが、恐らく口から出たのは魔術式だろう。

 地面から砂が持ち上がり、壁面に紋様と文字を描き出す。


「《開け(アペリ・オカルト)》」


 Dの口が閉じると同時に、壁面が揺れた。それは水面に波紋が広がるような、不自然な揺らぎだった。

 人差し指で、Dがそっと壁に触れる。止める間もなかった。彼が触れた場所から穴が空いたように、じわじわと暗闇が広がった。


「……洞窟かな? ねえシュンくんコレどうす──」


 振り向きかけたDの頭を、駆け寄ってひとまずひっ叩いた。

 シュンは暗闇を覗き込む。

 確かに、目の前には洞穴があった。闇は大きく口を開けて、中を覗いても先は見えない。


「なんでボク叩かれたの?」

「両脚が無事で良かったな」

「……あ。ボクが何するかわかんなくてビビったのか。ビックリ殴り? コレ。動揺したとき咄嗟に暴力に出るの治しましょうね〜お薬出しておきますね〜」

「やっぱり両脚ほしい」

「そういうバケモノ?」

「オマエら洞窟について考えろ」


 ファジュルに言われて二人は黙った。

 確かに不自然に隠されていたわけだし、これはいったいなんの洞窟だろうか。


「壁面の魔術式は中に見当たらないね」

「魔族の罠か?」

「ん〜…どうだろ。それだと生き物を近寄らせない理由がわからないし……あ。普通に魔族の棲家だから魔物が近寄らないだけ?」

「向こうまで抜けられるか?」

「結構広いね。可能性はあると思うけど……妨害されてるみたいで把握しきれない。軽い魔力拡散(ジャミング)掛かってるね」

「なら俺が見てくる。ダメなら戻って──」


「ダメ!!」


 シュンが一人中に入ろうとしたその時、鋭い声が上がった。

 声は三人のものではなく、そして、少し震えている。

 振り返れば、いつかの少女──幼い魔族の姿があった。


「だ。だめ、ここ。入ったら……だめ……」


 足を震わせて、彼女は洞窟の前に立ち塞がっていた。

 それを見たファジュルが目を怒らせる。「コイツ、こないだの……!」と今にも飛びかからんとした。予想はしていたので、シュンが首根っこを掴んだ。


「オイ、ここで暴れんな。どれくらいの衝撃で古代魔術が反応するかわかんねえ」

「それはシュンくんの言う通り。てかコイツがこないだ言ってた魔族? 確かに弱そう。わざわざ追って殺すまでもないんじゃん?」

「殺さなくていい魔族なんかいるか!!」


 ファジュルが吠えた。

 押さえつけたまま、シュンが「何の用だ?」と少女に尋ねる。

 進んで殺さないだけで、相手に敵意があるならシュンもそのつもりだ。


「ここ、ダメ。入ったら……死ぬ!」

「……そうか」

「オイ! 魔族の言葉を信じるのかよ」


 ファジュルの緑の目が、今度はシュンに向いた。殺意と憎悪の目だ。しかしこちらは人間なので、殺すわけにいかない。

 シュンは肩を竦めて、「別に。信じる理由も疑う材料もないし」と答えた。

 それを聞いたファジュルが、シュンの腕を振り払う。


「じゃあいい、腰抜け。俺が行く」

「は? 待て。まだ中に何があるか──」

「見に行くの? じゃあコレ持ってってよ。無事向こう側に出れたらコレ割って。ボクらもそこに転移するから」

「ばっかおまえ後押しすんな」


 シュンが後を追う。魔族は、ファジュルが入ろうとするのを止めなかった。──やはり嘘なのだろうか?

 ファジュルの足が洞窟に踏み入ろうというその時、シュンの首筋がチリリと痛んだ。


「……ッ!」

「は、なに……オイおまッ、!?」


 突然、シュンがファジュルの身体を洞窟の外に投げ飛ばした。

 必然、反動でシュンは洞窟の中に飛び込む。

 腰に何か纏わりついたが、そちらに目を遣る余裕はなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()目を奪われたからだ。

 まるで、巨大な怪物に捕食されているような光景だった。

 閉じる寸前、岩の隙間から何かが飛んだ。

 それは黒曜石のような、黒く尖った石だった。



「……」

「……くらい」

「おまえなんで着いてきたんだ」


 座り込む少女を見下ろし、シュンは呆れた口調で言った。

 腰に纏わりついていたのはコイツだったようだ。彼女はこちらを見上げ、「くらい。よく見えない」と呟いた。数秒見つめ合い、シュンは溜息混じりに少女を抱き上げた。マイペースな魔族だ。ついでに飛んできた石も懐に仕舞う。

 幸いシュンは、魔力を使えば暗闇での行動に支障なかった。ひとまず周囲をぐるりと見渡す。

 Dの言った通り、外にあった膨大な魔術式はここにはなかった。

 しかし、魔術の気配は感じる。

 シュンのいる空間は少し膨らんでおり、入口だったはずの場所を背にして、目の前に細い道がある。細いと言っても、大人がゆうに三人は並んで歩ける幅だ。


 ジッとしていても仕方ないので、シュンはすぐ歩き出した。

 そこで、そういえば、と肩に乗ったスライムを掴む。途端、スルリとその身体がシュンの首に巻きついた。どこで学んだか知らないが、チェーンの重なったチョーカーのような見た目になる。形までは思い浮かべてなかったが、守りやすいようになって欲しいという意思は通じたようだ。

 ──急に伸びてきた手を、シュンは反射でつかんだ。

 見ると、抱えた少女が目を丸くして、シュンの首に手を伸ばしている。

 シュンは首を傾げた。首を取りたそうな敵意は見えない。ちょっと考えて、「……大丈夫だ」と答えたら、少女は何度か瞬きをして大人しくなった。

 間違いなかったらしい。


「……苦しくない?」

「俺の嫌がることはしないらしいから」

「そっか……いいな」

「これはやれない。スライムが欲しいならどっかで別のとこで捕まえな」

「ちがう」

「? そうか」


 よくわからないが、どうやらこちらの安全を心配したらしい。

 世にも珍しいことに、彼女は人に好意的な魔族のようだ。

 しばらく一本道を歩いていると、生き物の動く気配がしたので足を止めた。


「進みたいなら左だよ。右は行き止まり」


 声もした。意思疎通が出来るタイプの生き物らしい。

 やっと現れた分かれ道の前に、小さな影が立っていた。

 背丈はシュンの抱える少女より少し低い。

 魔力の質は少女と同じ、魔族特有の不規則さ(イレギュラー)


「……こんなとこで何してんだ?」

「それはこっちのセリフ。まあだいたい予想つくけど」


 ──アンタも洞窟に食われたクチでしょ?


 目の前の魔族はそう言った。表情は解らないが、声色は笑っているように聞こえる。

 どうやら、洞窟に巻き込まれた先達らしい。


「魔族も近寄らないわけだ……」

「案内してあげよっか? オレ、アンタらよりは此処詳しいよ」

「住んでんの?」

「こんな気色悪いとこに? もう少し脳みそ使って会話しなよ」

「コイツ腹立つな。殺していい?」

「……? なんでワタシに聞くの……?」

「魔族だし。仲間かなって」

「ううん……知らない魔族だから……どうでもいい……」

「おお……見捨てられてるぞおまえ」

「はあ? オレだってどーでもいいしそんな弱そうなヤツ」


 他に手掛かりもないので、ひとまずその魔族の言う通り左の道に進んだ。魔族は黙って着いてくる。

 少し歩くと、広めの空間に出た。

 何故か仄明く、見ると壁面の石が発光しているようだ。

 ようやく本来の視覚から情報を収集できる。少女を降ろし、取り急ぎ壁面に目を走らせたが、魔術式は見つからない。或いは、見つからないよう隠されているか──

 部屋の中央を振り返ると、魔族の少年が立っていた。

 薄明かりの下で見た少年は、金の髪。黄色の目。見た目は少女と大差ない年頃だが、実際の年齢はわからない。生意気そうな顔をしている。

 少年はこちらをジッと見ていた。

 シュンは獲物を観察する猛禽の目を思い出した。


「……またガキが増えた」

「すぐ老いる人間とは違うんでね」


 少年はそう言うと、次の通路を指した。この部屋には、その道以外に続く通路はなさそうだ。

 空間の明かりが少し先を照らしているが、曲がりくねっているためか奥までは見えない。


「コレどこに向かってるんだ?」

「出口に決まってるでしょ」

「へえ」


 暗闇で歩くのに支障ないとはいえ、あくまでそこまでだ。風属性(ソード)に出来るのは近距離の探知のみで、洞窟の全容を知ることはできない。


(……それに、洞窟に入ってからなんか──)


 シュンは首を捻り、無言で魔力を操った。

 特に何を仕掛けるでもない。ただ可能な限り、体内に魔力を仕舞っただけだ。


「どっかにでかい魔力あるよな」


 シュンが天井を見上げながら呟くと、少年はこちらを見上げた。


「──さあ? 魔術仕掛けの洞窟だし、そういうこともあるんじゃない」









 ──最善は尽くした。

 Dは沈黙したまっさらの壁を見つめ、幾通りもの可能性を考えた。しかし何度考えても結論は同じ。可能な限りの策は講じた。ならこれ以上過去を反芻するのは無意味だ。

 隣の男はまだ、先程まで穴があった部分に向かって喚いている。考えることを止めたら、そちらの音が耳障りに感じた。「どうなってんだ」「なんでアイツが」──それには答えが用意できる。

 馬鹿だからだ。あの女が。力を持ったせいで何もかも拾い上げられると驕った、馬鹿だからだ。


「……ひとまず、ここで待つよ」

「他の奴らには?」

「知られると厄介なの、わかるでしょ?」

「……」


 ファジュルは眉間に皺を寄せ、頷いた。

 そりゃそうだ。今朝のやり取りをこの短時間で忘れやしないだろう。




「──いやだ」


 そう言ったのはキリエだ。

 彼は決して馬鹿ではなく、というか頭も人並み以上にキレる。圧倒的なフィジカルを持ちながらそれだけでない、全てを兼ね備えた怪物なのだ。

 ──なのにどうしてこうなった。


「俺も行く」

「おまえ病み上がりだろ」


 答えたのはシュンだった。明らかに困った顔をしている。

 キリエはそれをジッと睨みつけた。


 崖の調査について話し合う以前に、全員の頭の中である程度行くメンバーは固まっていた。言わずともそれぞれの役割を加味すればこうなるというものだ。

 魔術の解析に長けたD。戦力としてのシュン。そしてこの辺りの地理に一番詳しいファジュル。

 己とファジュルが抜けないことは解っていたし、あとは戦力のキリエとシュンをどちらに置くかだが、キリエが直近まで動けなかったことを考えると、もう全員決まったようなものだった。

 しかし、それに納得しない男が一人。


「もう治った」

「いや……治ったつっても様子見に行くだけなんだから。戦闘が起こればおまえを休ませてるわけにもいかないし、今のうちに体力養っとけよ。つか俺ら同じ役割なんだからおまえが残るか俺が残るかだろ」

「ディーが残れば良い。俺が行く」

「魔術師が要るんだって」

「……やだ」


 キリエは綺麗な顔を歪めて、渾身の駄々を捏ねた。

 そうとしか表現できない。

 元々魔族を狩る以外でなんの不満も漏らさなかった男から出た剥き出しの不機嫌は、明確な甘えだった。母親に当たる子供と変わりなかった。

 そして、その甘えを許した人間が、今袖を掴まれている目の前の女だ。


 シュンは嘆息した。キリエが肩を揺らして俯く。

 それは、呆れられることを恐れた子供の反応と同じだ。

 最近、この男はこうしてデカい子供みたいな態度をとる。

 ほんとにデカいので邪魔なだけだが。


「──キリエ、」


 シュンは人差し指で、キリエの頬にかかった髪を払った。

 それに驚いた彼の隙をつくように、彼女は彼の首の裏に手を回し、力を入れて額を合わせる。


「必ず帰って、今度はお前の頼みを聞いてやる。だから今は、俺の言うことを聞け。いいな?」


 ──アニスとロウを守れ。

 鼻と鼻がくっつくような距離で、シュンがキリエを見つめた。

 口から出た囁きは不遜な内容だったが、シュンにしては譲歩したほうだ。暴力に訴える時間が惜しかったのか、条件を提示している。

 しかし、キリエがその言葉をちゃんと聞いていたかは解らない。

 彼は茫然とした顔で、コクリと頷いていた。


「よし。じゃ行くぞ」


 万事解決とばかりに踵を返したシュンに呼ばれ、「は〜い」とやる気のない返事をしながら、Dは内心呆れていた。


(あ〜あ……)


 シュンも頭は悪くない筈だ。

 この一行(パーティ)は案外力でゴリ押すタイプが多いが、その中でシュンは戦場でも思考を止めない。だから、戦場での知性的な部分を担うのは、シュンと自分であるとDは勝手に思っていた。


(なのにこの人、なんで戦場を離れるとこんなに知能が下がるんだ……?)


 そうやって甘やかすから、あの男はシュンに対してどんどん我儘になっていく。そしてシュンにだけ隙だらけだ。

 最強に額をつけられる人間なんてそういないだろう。


 アニスだって、きっと本気で彼と仲良くなれなんて思っていない。

 寧ろほどほどの距離感の方が、命の危険ばかりのこの場所ではやりやすい。使命のため(ビジネスライク)だ。既にシュンはアニスとロウに心を傾け過ぎている。アニスにそれが分かっていない筈がない。シュンは魔王を殺すより、きっと二人の命を優先するだろう。

 彼女に、これ以上は重荷だ。

 だからアニスの注意も、適当に宥め賺して帰って来いと、そういう意味だったはずなのだ。

 ──なのに、あの女は距離を間違える。



「……少なくとも、伝えるのは結論が出てからにしよう」

「結論?」

「捨て置くか、手を貸すか」


 言うと、ファジュルは眉を顰めた。


「捨て置くって……お前ら仲間じゃねぇのかよ」

「旅の仲間って意味では。でもオトモダチじゃないからね。魔王を殺すための仲間(パーティ)だ。損益を見誤るわけにはいかない。勿論、助けられるなら助けるよ? あの人の戦力惜しいし」

「……クズの集まりかよ」

「それ、どういう意味? キミだってその方が都合いいだろ。よかったね。キミが考え無しに飛び込んだおかけで嫌いなアイツは呪いの腹の中だ。キミの手柄じゃん。アイツの手の届く範囲で無茶をやったキミの勝ちだ。オメデトウ。喜べよ」

「……怒ってんならもっとわかりやすく責めろ」

「ハア? 怒ってないし。どこをどう解釈したらそうなるの? キミに責任はないって言ってるだろ。飛び込んだのはあのバカの勝手だ」

「…………オマエら、面倒くせぇ」


 ファジュルが溜息をついて、地面に座り込んだ。ここで待つことに納得はしたらしい。

 Dは納得いかなかった。面倒なのはシュンやキリエみたいな奴で、己には当てはまらない。

 しかし反駁するのもガキくさい気がしたので、不満そうに鼻を鳴らすだけに留めた。









「……ッハー…撒いたか?」

「触るな人間」

「落とすね」


 小脇に抱えた荷物を放すと、ベチャッと地面に落ちて悲鳴を上げた。


「痛い!」

「オイショ。おまえもちょっと降りてね」

「や」

「もっと丁寧に運びなよ人間」

「や。じゃなくてさ。俺も休憩したいんだわ」

「……じゃ、隣……座る」

「さすが人間様は貧弱ですね。ドラゴンに食われるのも時間の問題なんじゃないの?」

「うるさい……シュン。コレ、置いていこ?」

「まあ話を聞いてからな」


 少女を降ろして、シュンもドサッと腰を落とした。疲れた。息が切れる。

 いつの間にかさっきの大きな空間に戻っていて、周囲は仄明るい。

 壁面の灯りに照らされて、少年の目が爛々と光っていた。

 シュンは息を整えて、口を開いた


「知ってたろ──()()のこと」


 ピリッと空気が張り詰める。少女が驚いたのか肩を揺らした。

 シュンは呑気な声で、「洞窟全体が魔法陣になってんのか……? 壁面の魔術とは別もんだな」と部屋の中をぐるりと見渡した。


「……《魔術師》ってヤツ?」

「俺が? 魔術師ならもっと詳しくわかってるだろ」

「なんでオレが知ってると思うの?」

「勘」

「……っそ。思い過ごしだよ」

「そうか」

 シュンは地面の砂埃を払い、そこに視線を落としながら言った。「で? 俺にどうして欲しい」


「…………」


 少年は黙ってシュンを見つめた。


 アレ──というのは、シュンがここまで引き返す原因になったものだ。

 人の世では《天災》《災厄》《魔物の王》と呼ばれる。

 ──即ち、(ドラゴン)


 シュンは返事を待たずに続けた。


「殺す気はないんだろ。あればここで足を止めないはずだ。見逃された理由がわからない。なら俺に生きていてほしい理由がある筈。ヤツにとって殺すべきタイミングが他にあるか、それともこの洞窟で何かして欲しいことがあるのか……して欲しいことがあるんだな?」


 シュンが繰り返すと、少年は不服そうに顔を歪めた。自白したも同然だった。

 傍らの少女が、「殺すの?」と問いかける。それは今後の予定を聞くだけの気軽さであった。物騒な女、と思いながら、シュンは首を横に振る。


「おまえがドラゴンと共謀してるのはわかった。でもそれで出口がわかったわけじゃない。して欲しいことがあるなら言ってみろよ。どうするかは聞いてから決める」

「……一つ訂正しておくけど、別にドラゴンと仲間なワケじゃない。同じ目的があるから共謀しているように見えるだけ。なんならオレも、いつ殺されたっておかしくないし」

「同じ目的?」

「ここから出たい」

「……最悪」


 シュンは壁に凭れ掛かり、舌打ちを漏らした。


「竜の巣穴のがマシまである」


 ──つまり、だ。

 此処からは、竜でも出る術がないということ。

 竜さえ喰らう洞窟だ。


「……出方は?」

「知らない。竜は知ってそうだけど」

「じゃあ竜に聞くしかないか」

「……正気?」

「あっちは今んとこ殺意ないんだろ? なら大丈夫だろ」

「は? だい……ハァ? 大丈夫ってアレ、亜竜の類じゃないよ。正真正銘の《神の落胤》《肉ある精霊》だ」

「魔族って往古からのドラゴンのことそう呼ぶんだ? でも遭遇したことなら今までもあるし」

「アンタ化け物だったの?」

「つーかおまえはなんでこんなとこ入ったんだ?」

「……綺麗な鳥が入っていったから」

「……助けようとして?」

「いや剥製にしようと思って」

「魔族だ……」

「美しいものは尊ぶべきだ。オレは美を大切にしている。だから美しいものはオレのものになるべきなのに、竜に飲まれて消えちゃった」

「どっちに転んでも気の毒な鳥だな」


 シュンは肩を竦めて目を瞑った。眠たいわけではなく、考え事をしているのだ。

 シュンにDほどの知識はない。しかし、解ることだけでも繋ぎ合わせて思考せねば、戦場で死神の足音は直ぐ耳元で鳴る。


「……魔族ってうんこするの?」

「驚いた。人間ってみんなこんな下品なの?」

「えっと。するのとしないのがいる……かな? 固形物を食べるかと、消化の仕組みによると……思う……」

「なるほど」

「オマエも答えるなよ。つーかなんで魔族が人間と行動してるワケ?」

「おまえはうんこすんの?」

「デリカシーのない野蛮人め。話しかけないでくれる? 頭がおかしくなりそう」


 思い切り罵倒されたので、シュンは黙った。ショックを受けたわけではなく、これまた考え事をしていたのだ。

 少し休んだら、すぐに進まなければならない。

 聞く限り、この魔族たちはそう切迫した問題はないのかもしれないが、暫く食べなきゃシュンは死ぬ。

 この中で一番猶予がないのは自分だとわかっていた。





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