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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第三章:愉しい学園生活】
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たがための花3





 きっと殺人現場でもケーキを食べていられそうな女。

 というか実際、人も、人でないものも折り重なった真っ赤な地面の上で、一歩進めば靴の裏に肉片が張り付くような戦場で、平気な顔して魔獣の肉を食らっていた。

 ありえないほど図太い。

 でも、何も感じないわけでもない。

 世間とズレてはいるが、傷つくときは傷つくし、ズレているからこそ、傷を傷と認識しない。

 いつもどうだっていいことで騒ぎ立てるくせに、()()()()()()()()静かになる女だった。









 東館から出ようとしたところで人の声がした。

 覗いてみると、使用人(ハウスメイド)が掃除をしながらお喋りしている。

 ディスカードは足を止めた。レックスをどうするか迷ったのだ。通り過ぎるだけなら支障ない──? いやこんな目立つ男もいない。擦れ違うだけで印象に残る。なんなら指を差されて後の会話の中心に置かれるだろう。

 後ろのレックスはディスカードが止まったので、合わせて立ち止まっていた。以前年下の女生徒が彼のことを、「落ち着いていて大人っぽい」「クールで素敵」なんて言っていたが、ディスカードからすればアレはぼんやりしてるだけだ。世の中のおおよそのものに興味が薄いので、こうして目の前の人間が立ち止まれば理由も聞かずなんとなく立ち止まってくれるのは助かるが。

 ディスカードが考えている間も、使用人の声は聞こえてきた。

 よせばいいのに、思わず口を開いてしまった。


「ねえ、何の話?」


 ディスカードが姿を現すと、使用人たちは慌てたように振り返った。視界の端で、「あ。もういいのかな」とレックスが出てこようとするので、後ろ手に「待て」とジェスチャーした。レックスはきょとんとしながら止まった。

 別に、ディスカードは誰が仕事をサボってお喋りしてようが咎めるつもりはない。それは自分の仕事ではないし、そもそも目の前の二人は喋りながら仕事はしていたので、尚更成果主義のディスカードには関係ない話だった。

 しかし、話している内容が気になった。


「あ。ディスカード様……」

「ええと、」


 二人は気(まず)そうに口を噤んだ。

 それを見たディスカードは、こりゃいかんと即座に口許に苦い笑いを浮かべる。

 それは、薄幸の書生のような、女の憐れみを誘う表情(かお)だった。


()()()が何かしたんなら、ボクからも言ってやんなきゃなんないからさ」

 ──頼むよ、と眉を下げると、二人は慌てたように首を振った。「そんな……畏れ多い……!」と言って、苦言を呈される訳ではないと解ったからか、ややあってから話し始めた。


「あの。最近、ラームス様が兵舎の方によくお出でになられまして……」

「本日偶然、兵士のかたにお話を聞いたのですが。どうやら、新兵の訓練に付き合われているそうなのです」

「ふぅん? それだけ聞くと不思議な話でもないけど」


 ディスカードが続きを促すと、二人は「ええ、ええそうなんですが」と早口で頷いた。いざ喋りだしたら止まらないようだ。


「でもその兵士が言うには、新兵というのが巷の犯罪者だそうなんです!」

「まさかこの誇り高きハイネンヴァルトの兵舎に、そのような野蛮な者が……と思っていましたら。どうやらその犯罪者、キッカお嬢様が連れてきた方々らしく……」


 女たちの言葉にどんどん感情が籠もっていく。

 ディスカードはこの話に覚えがあったので、「あ〜あの時の」と思った。

 キッカはどうせ思いつきで屋敷まで連れて来ただけで、最後まで面倒を見る気はない。というか自分がする必要はないと思っているので、とっくに()()されたものと思っていたが──


「……ふぅん」

「兵士が言うには、先日も背後から襲いかかられたとかで。ラームス様、傷を作ってらっしゃって……」

「なにそれダッサ」

「え?」

「ゴホッ。ごめん噎せちゃった」

 ディスカードは適当に誤魔化して、「そっかそれはたいへんだね」と平坦な声で答えた。


 使用人というのはだいたい二パターンに別れる。

 一つは【職業】。

 報酬のために規定の業務を熟し、業務時間外は仕事のことを考えない。これは何ら後ろめたいことはない、真当な使用人の一つである。

 もう一つは【忠義】。

 こう言うと堅苦しいが、早い話主人(あるじ)を慕って仕えている人間である。

 上級使用人(アッパー・サーヴァント)ともなれば、自然勤めてきた期間も長くなり、こちらの傾向が高い。重要な仕事を任されるということは、それだけ主人との相互理解・信頼関係が必要となる。

 ということで世間一般に尊ばれるのは後者だが、ディスカードはそちらが苦手だった。


「……その。差し出がましいことは重々承知ですが、」

「どうしても、ラームス様が心配で」

 女たちは迷うように顔を見合わせてから、意を決したように口を開いた。

「あの方が、まるでお嬢様の尻拭いをさせられているようで……」

 二人は言った。消え入りそうな声だった。


 ディスカードが何故、【忠義】を厭うのか。

 ──こうなるからだ。


「……ラームスは、主人想いの臣下に恵まれたようだね」

「そ、そんな! 私たちなど何も……」


 慕って仕えるというのはつまり、主人に期待し理想を託すということ。職業使用人は仕事だけ熟していればいいが、この手の人間は違う。

 主人の考えを思い、主人の環境を思い、彼らの意に添い、彼らの環境を善いものにしようとする。

 ディスカードからすれば、【余計なお世話】だ。

 

「伝言を、頼んでいいかな?」


 ──ラームスに。ディスカードが言うと、使用人たちはさっと頬を染めた。

 基本的に下級使用人(ロワー・サーヴァント)は主人から求められない限り、声をかけられる身分ではない。

 ハイネンヴァルトはそこら辺緩い──というかあまり頓着がない──が、それでも滅多なことでは言葉を交わす機会はないだろう。

 使用人の表情は華やいでいた。よほどラームスに話しかけられるのが嬉しいと見える。

 そうだな、とディスカードは顎を撫でながら宙を見た。


「【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからいつでも助けを求めるといい──たまには彼女も思い知るべきだからね】……って、」


 そう伝えてくれる?

 ディスカードが微笑むと、使用人の二人は「必ず」と上気した顔で胸を叩いて、持ち場を移動して行った。

 一つ息を吐いて振り返ると、角から顔を覗かせたレックスが、「意外と厳しいんだね」と呟いた。


「? なにが」

「妹さんに。なんだか他より優しい気がしたから」

「え。どこが」


 寧ろ他の人間と比べてディスカードの笑顔が通用しない分、扱いはぞんざいだ。

 レックスはそのことについて言及せず、今度は「なんで妹さんは犯罪者なんて身の内に入れようとしたんだろうね」と首を傾げた。

 買い物する時間がなくなるからだが。流石にそれを今言うべきでないのはわかる。


「さあ。気まぐれじゃない?」

 ディスカードは適当に言って、また歩き出した。



(……根本的な理由は、可能だからだ)


 彼女であればあのくらいの犯罪者が部隊に混じったところで、利になるかは別として、少なくとも不利益を被ることはない。

 あの男はキッカが望んだからというそれだけで、律儀にも面倒を引き受けている。──面倒だ、間違いなく。

 キッカにとって容易くとも、ラームスには。


 ハイネンヴァルトの中で、既にラームスに敵う兵は少ない。侯爵の私兵くらいだろう。それくらいには強い。学園でも同年代の中じゃ上から数えたほうが早い。おそらく才能もそれなりにある。

 しかし、その程度だ。

 それがキッカには解らないようだった。

 まさか自分たちと同等とまでは思ってないだろうが、それでも無意識にラームスを()()()()と思い込んでいる。


(ラームスがちゃんと言えば、話は早いが……)


 あの男は、絶対に助けを求めないだろう。

 どころか、ディスカードの伝言を聞けば間違いなく機嫌はドン底に落ちる。目に浮かぶようだ。使用人に当たることはないだろうが、彼女らには悪いことをした。ディスカードはまるで思っていない謝罪を心の中でした。


「キミの弟って使用人と仲良いの?」

「え。え〜…? 知らないけど」


 急に口を開いたレックスに、ディスカードは振り返って肩を竦める。


「どしたの急に。レックスくんてラームスと仲悪くなかったっけ?」

「? 仲悪くなるほど話したこともないけど……」


 レックスが不思議そうな顔をした。あんだけ煽り散らしておいて自覚がないようだ。

 

「彼、シュンのこと知ってるんじゃないかと思って」


 ディスカードは固まった。


「……なんで?」

「スポーツ・デイのあと、彼に会いに行ったよね。俺あの日、シュンと戦ったと思う」

「は?」


 ディスカードは口をパカリと開けて静止した。

 そうして頭の中であの日のことを思い出す。確かに、ラームスには会いに行った。そして、レックスは頻りに一人の参加者を気にしていた。恐ろしい勢いで伏線回収がされていく。ああ、そういう……なるほど。

 となると、あの日キミがラームスに会いに行ったとき、捜し人は目の前に居たワケだけど。


(……あそれで険悪なのか、この二人)



「レックスさま!」


 噂をすればなんとやら。

 突然横から喜色の浮かんだ声が聞こえて、ディスカードは顔を上げた。。


「もお帰るんですの〜?」

「えっちょ、アナタこの方」

「あ! アメリアちゃんに紹介してなかったよね? おにいさまのおともだちのレックスさま」


 他所でやったら間違いなく顰蹙を買うだろうキッカの紹介の仕方に、アメリアは一瞬頭の痛い顔をして眉間にぎゅっと力を入れた。

 が、次の瞬間には涼しい顔で片足を後ろに下げ、綺麗な姿勢で腰を落とした。


「……初めまして、殿下。いらっしゃるとは知らず、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ユグエンの西、フロレンスのアメリアと申します」


 さすがキッカが友人と言うだけあって、肝が据わっている。

 レックスに気の利いた返事が出来るとも思えないので、代わりにディスカードが口を開いた。


「公式の場じゃないんだから、そんな気遣わなくてもいーのに。アメリア嬢も今帰り?」

「あ、いえ……」

「花畑にいくの」

「はなばたけ……」


 キッカの言うこれに、ディスカードは覚えがあって、ちょっと微妙な顔をした。

 

「あ〜…《シルトの森》にある?」

「! おにいさまも知ってるのね」

「領地の中のことだし、そりゃね」


 ディスカードが手をひらひらと振り、「じゃ、気をつけて──」と言いかけたところで、隣の男が「それ、俺も行っていいかな」と声を上げた。

 ディスカードは固まった。

 急になんだと問おうとして、しかしキッカの声に掻き消された。


「まあ! 大歓迎ですわぁ!」


 キッカの声は嬉々としていて、アメリアが気拙そうな顔をするのに気づいていない。

 そりゃほぼ初対面の隣国の王族とお出かけするなんて、普通なら気が滅入るだろう。それに、アメリアは年頃の令嬢には珍しく、レックスの容姿にあまり興味が無いようだった。


「……キミ花畑なんて、興味あったっけ?」

「そこの話は昔聞いたことがあって。ちょっと見てみたかったんだ」


 キッカもレックスも乗り気で、アメリアは困った顔をしているが、レックスに意見できる立場じゃない。

 こうなるとディスカードにも止めることは出来ず、溜息混じりに、「ボクも……」と同行を申し出るくらいしかなかった。









 学園に通いだしてからというもの、この森に来るのも久しぶりだった。

 数百年前はもっと広かったし、名前もなかった。今は街道が通ることで分断され、【ゼーローゼシルトの森】と呼ばれている。


「ねえキッカちゃん」


 トントン、と指で肩を突かれ、キッカは振り返ってまず少し離れた後方を確認した。

 アメリアとレックスが並んで歩いている。どうやら自領の交易の話をしているらしかったが、キッカにはまったくわからない話だった。

 ようやく後ろで自分を見下ろすディスカードに視線を向け、目だけで「なに?」と問いかける。


「去年のスポーツデイ、剣闘試合出た?」

「……な。なんで」


 キッカはどきっとしながら、素っ気なく答えた。なんでバレてるんだ、と驚いたし、素直に答えたらまた「淑女らしくない」とバカにされると思ったのだ。

 しかし、尋ねられた時点でキッカの目はうろ…とあからさまに泳いでいたので、ディスカードにはとっくにバレていた。


「シェオルって名前、ラームスに聞いたから」

「ラームスが? ……あ、」


 キッカはちょっと驚いた顔で、「よく覚えてたな」と言った。

 あの時キッカが偽名として使った《シェオル》は、実在する人物の名前だ。父親である。──シュンの。

 ディスカードも過去、会話の中で聞く機会があったのだろう。直接面識は無かった筈だが。覚えていたのは意外だ。


 シュンの父は平民だった。

 剣の腕があったから、街の兵士をしていた。

 シュンも、その頃は特にやりたいこともなかったので、自然と父と同じ兵士の道に進んだ。父は反対していたが、他に何をすればいいのかよくわかってなかったのだ。

 そしてアニス姫に出会った。

 女の兵士はシュン以外にもいたが、圧倒的に数が少ないため、歳が近く、腕もそこそこ立つシュンに自然と護衛の任が降りた。

 異例の昇進だったが、父は心配そうにしていた。

 そうして王都で働くうちに、お忍びのロウと出会って、友になった。

 魔族の侵攻は絶えず続いていたから、あちこち遠征しては共闘して、あっというまに仲良くなった。

 そして友は、アニスに出会って恋をした。

 魔王討伐で出兵する頃には、長い戦いの中で、父は命を落としていた。


「なんで出たの?」

「なんでって……代わりに」

「代わりって誰の」

「ラームスの後輩が怪我したから、それの」

「はあ? 剣闘試合なんて自由参加じゃん。代わりとかないでしょ」

「棄権し辛い雰囲気だったんだって」


 それを言われてまあ確かに、とディスカードは思う。

 各科の生徒はなんだかんだその寮の特色に従うことになる。同調圧力というものだ。騎士科はそれが特に顕著で、そして寮の特色というのは寮長に左右される。

 あそこは代々強い者が寮長を勤めるから、たいてい寮生も脳筋の強さ至上主義になる。まだ下級生には当たりも弱い方だろうが、それでも気弱な生徒には居辛かろう。


「はあ〜…」


 ディスカードが深い溜め息を吐いた。

 キッカが「うるさい」と怒ると、「まだ何も言ってないんだけど」とディスカードは文句を垂れた。なんとなく態度がうるさかったので。



 街道までは馬車を使って、花畑までは徒歩で歩いた。

 数年前に比べると、道は整備されている。キッカがよく行きたがるので、侯爵夫人が多少手を加えたのだ。


「……すごいわね」


 空を映したような青が、地上を埋め尽くしている。

 針葉樹林やオークの古樹により枝葉が重なり、深く暗い森の中で、そこだけが色鮮やかだった。


「アメリアちゃんにも見せたくて」

「……見て周って、いいかしら」

「案内するね!」


 キッカが手を引いて、オリアナの花畑へアメリアを誘った。

 アメリアはどこか夢見心地の顔で、一歩足を踏み入れる。


「池の蓮も綺麗……よくこんな寒い地域で咲いたわね」

「この池では一年中咲いてるよ」

「えっ……なぜ?」


 白、薄紅、紫、青。色とりどりの睡蓮を、アメリアが不思議そうに見下ろした。

 キッカは笑って誤魔化した。この花々の生育条件が温度ではないからだ。


「ちょっとここで見ていってもいいかしら」

「休憩する?」

「……アナタ、意外と体力あるのね」


 よく見ればアメリアは少し疲れた顔をしていた。大半が気疲れによるものだったが、キッカは気づかず、「これが令嬢のお疲れラインか……!」と心のなかでメモをとった。

 二人は池の畔にぺたりと座る。アメリアはハンカチを敷いた。


「……」

「……」

「……さっきの着ける?」

「え。ここで?」

「うん。早く着けてほしい。ずっと着けててほしい」

「重い恋人みたいねアナタ」


 アメリアはちょっと気味悪そうな顔をしたが、贈られた手前強く出れないようでそのうち、お好きにどうぞ、とキッカに箱を渡した。

 キッカはキョトンとした顔で受け取ったが、アメリアが後ろを向いたことで意図を察した。笑顔で彼女の首に手を回す。

 アメリアは胸元で光る銀細工を見下ろし、「どうにも借りっぱなしは嫌ですわね……ちなみにこれ、どのくらいしましたの?」と直裁に尋ねた。他のご令嬢相手ならこんな品のない聞き方はしなかったろうが、キッカには今更と思ったのだ。


「城ひとつぶんくらいかな」


 頭上から声がした。

 のし、と頭に乗った腕を手で押し退けて、キッカは怒鳴った。


「嘘つかないで!」


 ディスカードだ。

 アメリアの顔が目の前で白くなっていくのを見て、キッカは慌てて首を振った。


「ちがッ、うそ! うそだよ!」

「……ほんとうに?」

「うん! おにいさまは嘘つきでロクでもない人でなしだから! 人間始めて間もないんだ。外道なの。キッカはおかあさまとおはなしして、ちゃんと負担じゃないものにってしたから安心して?」

 キッカは誤解を解かんと慌てて言い募った。「隣町で買ったの。お店も言えるわ」

「そ、そう……?」


 アメリアが少し強張りの解けた顔で言う。

 キッカは背後のディスカードに肘打ちをした。宝石ギラギラの装飾は、クラスメイトに送るものじゃないと、ロッカに止められたのだ。

 ディスカードは「失礼な妹だな」と文句を言ったが、購入したのはキッカであり、そんな値段でないことは確認している。


「……でも、友達なんだから別に借りとか考えなくていいのに」

「ともだち……?」

「? おうちまで来たんだよ? 友達でしょう」

「社交相手って、友達になるのかしら」

「……アメリアちゃん、キッカに社交してるの?」

「……あら。確かにそうね」

 アメリアが首を傾げた。

「アナタ理解できなさそうだから、する意味がないのよね……」

「ホラしてないじゃん。友達じゃん」

「もうバカにされることは全然気にしないのねアナタ……でも、社交を考えない関係ってよくわかりませんわね。政敵?」

「アメリアちゃんて零か百しかないの?」


 いつもご令嬢の中心にいるように見えるが。もしかしてこの人友達いない……? とキッカは思った。

 そうこうしているうちに、興味深そうに池を覗き込んでいたレックスが戻ってきた。


「噂には聞いてたけど、すごいね」

「うわさ?」

「この花畑、数百年前からあるらしいよ」

「ハイネンヴァルトならあり得る話ですわ」


 アメリアが頷いた。

 ハイネンヴァルトは国より長い歴史を持つ。ユグエンが公国と呼ばれた頃から、王や諸侯が入れ替わろうとこの最北の地を守り続けてきた家門だ。


「うん。かつて王様がプロポーズする時に、この花畑を贈ったそうだよ」

「花束でなく、花畑を?」

「うん。魔王が斃れたあと、自由に咲くこの平和の花を、人生を懸けて守ることを誓うって。想いと一緒に渡したんだって」


「…………()()()()()()()()?」


 キッカは呟いた。レックスが頷く。ディスカードはなぜか慌てたように、「レックスくんちょっと話あるんだけど!」と騒いだ。


「うん」


 此処はかつて、《ロウ・ユグエン》が、隣国の姫である《アニス=デイ・カターリナ》に贈った花畑で──


「まあ。ロマンチックですわね」


 アメリアがにこやかに応えた。

 キッカは目を池に戻した。

 なんだか、(ぼう)とした。


 この花畑には戦争に行く前、ロウと一緒に来た。

 ここ最北の領地は戦争の前線で、最北の人類圏でもあった。二人で何度も剣を打ち合い、鍛錬をしたのもここだった。そして、戦争から帰ったら共にここの花を見に来ようと約束した。けれど──


(自分は帰れなかった)


 そして、アニスとロウは帰った。それは、シュンの望んだことだった。


(死ねばそれまで。それ以上はない)


「……そっか。この花畑、お姫様にあげたんだ」


 キッカが言った。レックスは「らしいよ」と答えた。

 言葉は口から出てしまえばただの音になって、その色も、温度も、わからなかった。



 暫くして、アメリアが不思議そうな顔をしてキッカの服をつまんだ。

 なんだろう、と回らない頭でそちらを見ると、アメリアが覗き込んでいた。


「アナタ、なんだか顔色が悪いですわ」

「そう? ……ちょっと疲れちゃったのかも」

「それはそうでしょう。(はしゃ)ぎすぎですもの」


 少し言い辛そうな顔をして、アメリアは自分の胸元を見た。

 それから、キッカの目を見た。


「……借りが出来ましたから。何かあるなら、話くらいは聞いてさしあげますわ」


 それを聞いて。耳に届いて、考えて。

 キッカは下手くそな笑顔を浮かべた。無理したわけではなく、自然と出たものだった。下手くそなのは元からだ。

 胸の中がほのかに暖かくなり、強張った身体が解けた気がした。

 手を開いて、閉じると、自分の体温を感じた。

 

「……今日、アメリアちゃんと一緒に来れてよかった」

 キッカが言うと、アメリアはツンと澄ました顔で「良かったですわね」と答えた。


「また一緒に来ようね!」

「……機会があれば」


 アメリアは顔を顰めて答えた。

 たぶん、キッカの気持ちの少しも伝わってないだろう。

 キッカは笑顔で頷いた。

 勝手に、救われた気がした。

 五年後でも、十年後でも、キッカは構わなかった。

 いつか果たされる約束なら、待つ時間も苦ではない。





第三章・完



閲覧ありがとうございました。

今後の予定は活動報告まで。

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