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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第三章:愉しい学園生活】
64/74

たがための花2




 硝子の外から眺めた少女たちは、まるで二対の陶器人形(ビスクドール)だった。


 ふわふわした明るい金髪(ハニーブロンド)はキンケイの羽毛のようで、鮮やかなマラカイトは瞬きをするたびに見るものをハッとさせる。

 青みがかった銀髪(シルバーブロンド)は細い絹糸のように煌々(きらきら)しく、陽光を浴びて肩口で揺れていた。伏せられた真夜中色(ミッドナイトブルー)には、不思議な引力がある。


 そのように対照的な二人であったから、普段一体を相手する分にはなんとも思わない使用人たちも、一度抱いている感情を抜きにして目を奪われた。

 この家のお嬢様は小さく華奢で身体が薄い。儚げな美貌と言えば聞こえは良いが、貧相とも言える。少なくとも華やかな少女ではない。

 それが歳の割に発育の良い訪問者と並ぶと、そういう一対の生き物に見えた。温室はまるで陳列棚(ショウケエス)で、片方が身につけた奇矯な服も、まあ人形と思えば様にならないこともない。


 そんなエスの箱庭に土足で踏み入る男が一人。

 もしここに敬虔な紳士がいれば、「百合に挟まる男は死ねッ」と暴れ回っただろうが、しかし今は侍女しかいないので「それもまた見応えアリ……」と見送られた。なんせ男も顔が良かったので。

 とりあえずそんな感じで、使用人たちは無造作に温室の扉を開け放ったラームスを見ていたのだった。


 

「ラームス様!」


 アメリアが立ち上がった。風が起きたかと錯覚するくらいの勢いで、キッカはソファの上でひっくり返った。


「アメリア──だったな? 遠路はるばるよく来た。歓迎する」

「わ……ッ! ッ! ッ!?」

「アメリアちゃん大丈夫?」


 アメリアちゃんがおかしくなっちゃった。いや。ラームスがいるときはいつもこんな感じだった気もする。

 よろめいたアメリアを支えると、耳許で「ら。ラームス様がわたくしの名前を……! 福音か……?」と唸り声が聞こえた。おもしれー女。

 さてアメリアがラームスに慣れるまでどうしよう。キッカは立ち尽くして、そこで今の己の装いを思い出した。


「あ、ね。見て! コレどう?」


 アメリアが背中にへばりついているため大きく動けないが、キッカはその場でドレスを揺らした。

 アメリアと会うために新調したとっておきのドレスだ。万人が振り返るであろう可愛さだが、何故か格安で売られていた。

 可愛かろう、と胸を張ってラームスを見上げると、ラームスは困った顔で頷いた。


「ああ。その、なんだ。今日はいつもよりごちゃついてるな」


 アメリアがキッカの肩口で噴き出した。

 別にいい。ラームスのセンスには端から期待していない。


「わ。わたくし──」


 遣り取りを見ているうちに落ち着いたらしい。アメリアは笑いの余韻でちょっと噎せながら、一人で立った。

 小さく咳払いをすると、彼女は先程までキッカに「あのお声を讃美歌にしたい」と唸っていた女ととても同一人物とは思えない、淑女の手本のような挨拶(カーテシー)をした。


「生薬の地。真珠の港。南のフロレンス伯爵家長女──アメリア・フロレンスと申します」

 アメリアが顔を上げた。気高い猫のような真っすぐな()だった。

「改めまして、先日の謝罪に参りました」

「……謝罪?」

「遅くなって申し訳ありません。キッカ・ハイネンヴァルト令嬢への行き過ぎた行い、わたくし個人としてはどんな処罰も受け入れる所存です。ただ……領地までを責に問うことは、どうか平に御容赦いただきたく。卑しくも請願に参りました次第でございます」

「……???」


 ラームスが顰めっ面で疑問符を浮かべていたので、キッカは横から、「半年くらい前のディスカードがいらんことした時のやつ……」と注釈を入れた。それでやっとこれかな? と思い当たったようだった。


「それは……既にキッカとの間で決着はついているだろう。俺に謝ることではない」

「しかし結局ラームス様のお手も煩わせてしまいましたし、」

「? あの時俺があの場に行ったのは、俺の選択だ。お前に責はない」

「でも……」

「お前の心に何か悔やむところがあるなら、それはお前自身の問題だろう」


 アメリアがパチリと瞬きをした。

 ──そもそも、ハイネンヴァルトのモットーは自己責任だ。

 ラームスが言った。キッカは初めて聞いたので、ポケッと間抜けな顔をしていた。


「キッカが納得いっていないのなら、キッカとお前で話し合えばいい。だが今日お前を招いているのはもまた、キッカの選択だ」

「……はい」

「キッカは納得してないことないよ」

「わたくしも、アナタがそんなに長いこと過去のことを覚えていられるとは思っていないわ」

「……どゆこと?」

「謝罪が、ラームス様にとって見当違いであるということは理解致しました」


 無視されたキッカは大人しくアメリアの言葉を聞いた。

 アメリアは再び足を引いた。淑女の礼だ。


「それではわたくしはわたくしのために──ここに感謝の言葉を申し上げます」


 ありがとうございます、ラームス様。

 アメリアが言うと、ラームスはやはり腑に落ちない顔で、「感謝されることもしていないが……」とぼやいた。

 でもマ、キッカにはアメリアの気持ちが少しわかる。

 ラームスの言葉は真っ直ぐで、時に前向きな力をくれるのだ。


 このままだと放っておくとアメリアはいつまでも立ったままラームスを見つめていそうなので、二人共に座るよう声を掛けようとしたら「いや、俺は鍛錬に戻る」とラームスに言われた。

 アメリアが残念がるかと引き留めようとしたが、当のアメリアが「ラームス様の貴重なお時間を邪魔するなんて鬼! 悪魔! この人でなし」とキッカを親の仇のように責め立てたので諦めた。

 そういうことで、ラームスは「何かあったらいつでも呼ぶといい」と言い置いて、あっという間に部屋を出ていってしまった。


「……鍛錬なんていつもしてるんだから、引き留めて良かったのに」

「何を言うんですの!? あの方の行いを妨げるなんてそんな人道に(もと)る行為──」

「ラームスはいったい何者なの?」


 キッカは首を傾げた。アメリアは先ほどのラームスの言葉がどれほど素晴らしく心に響いたかを語っている。なんとなく面白くなくって、キッカはソファの上で膝を抱えた。


「アメリアちゃんておにいさまのことほんと好きだよね」

「す!? わわわわわたくしラームス様をそそそそのような邪な目で……!」

「よこしまな目って」

「ラームス様は強くて優しくて誠実で美人で可愛らしくて地位も名誉も財力も手にした姫様がお似合いなのです……わたくしなど……」

「さすがにそんな女の子が来たら、おにいさま側に釣り合ってないよって言うかな……」


 キッカだってラームスはいい男だと思うが、そんな夢のような女の子が来たら騙されてないかな? と心配になると思う。


「ラームスおにいさまは、好きなら家格とか気にしないと思うけど」

「うるさい!」


 何故か理不尽にキレられた。

 キッカは動揺して真っ赤になったアメリアを暫し眺めてから「あ!」と声を上げた。

 そういえば、用意していたプレゼントを渡し忘れていたことに気付いたのだ。強盗にかち合ってまで手に入れたアレだ。そしてあわよくば、こちらに意識を向けて欲しかった。友達が兄弟に取られたような今の状況が、ちょっぴり気に食わなかったのだ。


「アメリアちゃ……コレ、アメリアちゃんに用意した」

「? わたくしは何も用意してませんわよ」

「でもさっきなんか渡してたじゃん」

「アレはアナタ個人へのものじゃありませんわ」

「じゃあキッカはアメリアちゃん個人にしか用意してないから一緒だね」

「そうかしら……??」


 アメリアは不思議そうにしながら小さな箱を受け取った。

 特にブランド名は無い。

 パカッと開くと、ペンダントだった。トップに円形の細かい銀線細工があって、三日月型になるよう上の方ギリギリに丸い穴が空いていて、そこに小さな石が揺れている。チョーカーのようなピッタリした形状だが、首に当たる部分も布製ではなく銀線が編み込まれた細緻なものだ。

 アメリアはギョッとした。


「これ……アナタが?」

「うん! おかあさまにちょっと相談はしたけど」


 アメリアは驚いた。

 贈り物というのは相手の真心であるからして、アメリアは一応どんな時代遅れの呪物が来てもキチンと受け止めてやろうと覚悟はしていた。普段のキッカはセンスがアレなので。

 しかし、贈り物は予想に反して、まるでキッカの選びそうにないデザインだった。ともすればキッカでなくても歳若い令嬢が選びそうにはない。シンプルで、大人っぽいデザインだ。

 しかし、案外アメリアはこういうデザインが嫌いではなかった。

 というか好きだ。


「……あ。アナタにしては、センスがいいんじゃないの」

「そう? 良かった。ちょっと地味じゃないかなって不安だったの」


 やっぱり地味だと思っていたようだ。アメリアは相談に乗ってくれたキッカの母に感謝した。

 

「でも、それお守りらしいから」


 キッカ曰く、ただのアクセサリではなく魔除けの御守(アミュレット)として売られていたそうだ。それで選んだらしい。


「だから毎日着けて」

「え。それは流石に……制服だと目立つんじゃないかしら」

「トップが外せるようになってるから。そこだけでいいから」

「それなら、まあ……」


 ブローチにでもすれば、季節関係なく着けていても目立たないかもしれない。

 考えてから、アメリアはハッとした。そこまでしようと思っていなかったからだ。

 何が来ても受け取ってやろうという気はあったが、普段、貰ったものを常時身につけようとはしない。

 ということは、自分はどうやらこれをかなり気に入ったようだ。


 キッカはアメリアがジッとペンダントを見つめるのをニコニコ眺めて、「あと、もう一つ見せたいものがあるの!」と言って立ち上がった。





#





 休日に男二人で顔を突き合わせるのもしょっぱいもんだ。酒でもあればまだ気も紛れるだろうが、目の前には家令(スチュワード)の入れた香り高い紅茶しかない。落ち着いてしまう。なのに目の間にいるのは落ち着いた心で一緒にいたくない男だった。

 ──不安だ。

 人の変わったようなレックス──もといキリエは、なかなか怖かった。昔はもうちょっと分かりやすかった気がする。

 腹を空かせた獅子が不機嫌そうにこちらへ飛び掛からんと姿勢を低くしていれば、「へえー獅子じゃん」で終わるディスカードだが、スーツを着て「敵意はありません。我々は友達です」とにこやかに言われたら「こわ」となる。少なくともディスカードはなる。


「そういえば、サーリヤのその後については聞いた?」


 ディスカードは不安になると地雷を踏みたくなるタイプだった。

 不安な状態というのは精神に良くない。だから徹底的にぶち壊してしまったほうが安心する、という理論だ。

 チラリとレックスの顔を窺うと、彼はまだ涼しい顔をしていた。


「魔物の被害はだいぶ減ったみたいだね」

「ね。良かったね」

「うん。教会を管理していた牧師の一人が行方不明らしいけど」

「あ〜…調べてみるか。どっちかな」

「どっち?」

「最初から居なかったか。それとも途中で挿げ替わったか」


 レックスが「なるほど」と頷いた。

 牧師には気の毒だが、ディスカードの中では挿げ替わった説が濃厚だ。魔族にとって、そちらのほうが手っ取り早い。


「でもま、今回は潜り込んだ魔族で良かったよ」

「良かった?」

「マシだった、かな。教会そのものが犯罪組織になってたらもっと厄介だし」

「教会って神様祀ってるところじゃないの?」

「信仰ってのは拝金主義よりずっと厄介でね。そもそも組織宗教と犯罪機関には通じる部分があるから……」

「ふぅん?」


 レックスは解ったような解ってないような顔で頷いた。

 かつて宗教国家で育った割に、彼は宗教への理解が雑だ。

 信仰する側ではなく、される側の一部だったからだろう。


「まあ、良くやったんじゃない?」


 ディスカードが言うと、レックスが僅かに眉を顰めた。

 誰への言葉かすぐ察したのだ。それはつまり、その誰かを、この男がいたく意識しているということだった。


「……俺には、彼が死ぬべき理由はわからなかったけど」

「理由はなくても意味はある。民が欲しがってるのは、安全ではなく安心だからね」

 そこんとこ、彼は良く理解していた。

 ディスカードは言って、紅茶を飲みながら上目遣いに男の様子を伺った。


 ディスカードのコレは最悪の試し行動である。愛情ではなく、安全を確かめるためにやっている。簡単に言うと、どこまでやったら殺気を浴びることになるか確かめているのだ。


「……それは、」

「サーリヤの噂は聞いた?」

「なんの話?」


 ニッコ。美貌が笑みを浮かべた。

 ディスカードは納得して口を噤んだ。ちょっと安心もした。なるほど、ここまでか。


 このレックスは昔より穏やかな美貌をしている。

 傷がないおかげもあるだろう。目元は優しげで、元々口角の上がった顔の造りをしているのか、でかい図体をしている割にそこまで威圧感がない。穏やかに微笑めば春の陽光が差すような男だ。それはまるでディスカードの知らない男だった。

 しかし。今の彼は、一切の光を返さない、昏い目をしていた。

 これにディスカードは、「あ。キリエくんだ!」と内心思ったのだ。記憶の中の知人とそこまで乖離していなかった実感を得た。これならまだ遣りようはあるかも、と相手を殺意剥き出しの不機嫌にしながらディスカードは安心していたのである。最悪である。


 どうやら反応からして、噂程度は耳にしているのだろう。

 サーリヤの噂話──国民が戴冠式の空に見た幻は、かの国の翌日の紙面にも載った。


「や。他意はないんだけどね。人探しの進捗はどうなったのかなって、思っただけ」

「変わらないよ」


 ディスカードは「そらそうだろうな」と思った。本当は他意しかない。さっきの反応を見てわかった。さっきのというのは、妹が部屋を訪れた時の反応である。

 だってアレがソレだから。

 しかし噂を聞いたなら、サーリヤに捜索の手を伸ばしたのだろうか。それとも認められなくて、見なかったことにしたのだろうか。どちらにせよ辿り着けはしないだろう。真実を知る唯一の手がかりは、今頃土の下だ。

 それにしても──


「こないだは聞きそびれたけど、会ってどうしたいの?」

「へ?」

「いや。会って、レックスくんはあの人をどうしたいのかなって」


 この質問に、レックスは首を捻った。


「……そこまで、考えてなかったかも」

「ふぅん。なのに探してるんだ」

「また手合わせする……?」

「ボクに聞かないでよ」

「でも、素手にしろ、剣術にしろ、彼と対等に渡り合えるのは俺くらいだ」


 ──だから、共にいるべきだ。

 レックスはそう言いたいようだった。


 確かに、かつて二人は、英雄と呼ばれた五人の中でも図抜けていた。

 ディスカードだって相応の準備があれば彼等とやりあうことは可能であるし、自分の何某かを犠牲にする覚悟があれば、殺すことだって出来るかもしれないが。

 それでも身一つで対等に渡り合えたのは、あの時代、あの場所に、おそらく二人以外なかった。


 ……ただ、問題は二人共強者であるが、その強さに対する思い入れはまったく違うということだ。

 キリエは強さを様々な基準にしている。それはもう生い立ちの影響で揺らぎようがない。ある種強さというものに執着している。アイデンティティになっているのだ。だから、《対等の強さ》であることを特別に思い、比翼のように捉えている。

 しかしシュンはそうではない。

 今の彼女を知っているから尚更。彼女にとって強さは手段であり、よってもちろん執着もないから、簡単に捨てられる。

 だから彼女はキリエの執心が理解できない。

 

「例えばだけど」

 ディスカードは言った。

 あの人が、「魔王討伐なんて興味ない」って言って、よわっちくなってたら──


「どうすんの? ボクみたいにさ、もう戦いたくないっての全然有り得るし。あの人別に戦闘狂ってワケでもないでしょ」

「そうかな? 楽しそうにしてるときもあったけど」

「それは戦うのを楽しんでるんじゃなくて、空前絶後の負けず嫌いだから自分を優位に見せる為に相手を煽ってただけだよ」

「やな癖だな……」


 ディスカードは考えた。

 今のキッカは、《キリエ》の執着したシュンとは生き方が違う。

 つまり彼の興味が《強さ》にあるのなら、今の彼女じゃ役不足だ。二人が出会ったところで、「そういうことだから今世ではお互い好きに生きましょうね」で済むかもしれない。現に、ディスカードとレックスは今のお互いのスタンスを概ね認めてるわけだし──


「どうだろう。弱いシュンってあんまり想像できないけど……関係ないかな」

「何が?」

「いや、彼の意思は尊重するよ。戦うつもりがないなら、それでもいい。キミみたいにね」


 でも、共にいるべきだ。レックスは言った。

 何故? 勿論ディスカードは尋いた。

 すると、レックスは僅かに頬を紅潮させた。

 ディスカードは目が潰れるかと思った。花も恥じらう美貌であった。


「シュンが、そう言ったから……」

「…………ふ〜〜〜〜ん?????」


 ディスカードは目を白黒させて「ふ〜ん? へえ。そう」と機械みたいに頷いた。

 そっか〜シュンくんが一緒にいるって言ったのか〜。

 何言ってんだあの女。


「え。マジのガチで?」

「マジのガチだよ。それに、今の彼に魔王討伐の功績がなくても、俺が王になれば彼を国の騎士として迎え入れることは出来るし。暮らしで苦労はさせないと思う」

「…………キミもしかしてだけどそのために王位狙ってたりする?」

「それだけじゃないけど……」


 レックスは言い淀んだ。それだけじゃなくても、その理由が大きく占めていることは明白だった。

 恐ろしいことだ。あの女のために国まで用意しようとしている。


(……いやまあ、知ってたけどさ)

 そう簡単に諦めないことくらい。


 かつて国の教義でギチギチに縛られたキリエを、どうにかすることのできる人間はいなかった。

 何故かって、恐ろしく強いからだ。

 己だって素直に負ける気はないが、面と向かって相対したいとは思えない。早々に距離を置いて、ロウと、ついでにお姫様を引き離してことなきを得ようとした。

 それをしなかったのが、シュンだ。

 彼女はいちいちぶつかって、そして律儀に勝負を受けた。

 そして奇跡的に、彼女はキリエとぎりぎり渡り合えるだけの力があった。

 そうするうちに、やがてキリエは己と同じ強者であるシュンの言葉を聞くようになった。

 言葉の意味を考えるようになった。

 キリエは随分──大衆が言うところの、《まとも》になった。

 当初のイカレ具合というか、話の通じなさは鳴りを潜め、今や一見するとまともどころか、好青年にすら見える。

 その実、本質はあまり変わっていないようだが。


 弱くなっていれば興味もなくなるかと、ちょっと期待したものの。寧ろ聞いた感じ、今は辛うじて好意らしきものに偏っているこの感情が、キッカの一挙一動で最悪の展開に変わりかねない気がした。

 今のキッカも弱くはない。ただ、前世と比べてどうかと言われると──微妙だ。

 体格もハンデがでかいし。何もなければ彼女は鍛えないだろうから、平穏が続くだけ弱くなっていく。果たしてその時になって抵抗出来るのか──


「……キミ、目的の為なら第一王子の暗殺でも企てそうで怖いな」

「まさか、そんなことしないよ。だって彼なら正々堂ど──」


 レックスが不自然に口を噤んだ。

 ディスカードは顔を上げた。──色々繋がった気がした。


 《彼》というのが今回ばかりはシュンを指していないことを、ディスカードはわかっていた。何故ならシュンを指す言葉の後ろに《正々堂々》は来ない。

 レックスが何故王になりたいのか。そしてついでに言えばさきの旅で、ルカに手を貸すことを当初渋っていたにも関わらず、何故手を貸したのか。

 彼が《キリエ・エレイソン》ならば、ディスカードの疑問の通り、地位や名誉、まして国の統治になどに興味はない。

 だからそんな彼が王位を狙う理由なんて、まともなものであろうはずもなかった。


(あー…もしかして、「俺の方が上手く出来る」って、そういう……)


 半年前、ディスカードが協力を申し出た時、確かレックスはそう言った。

 あの時は「第一王子より」と枕詞がつくと思って適当に返事したが──おそらく、違う。

 彼の思い描く《王》とは。

 かつて彼の側に最も長くいた王子は。

 そして、王にまで上り詰めた男は──


(……まるでタイプが違うだろうに)


 口を噤むあたり、本人も自覚があるのだろう。

 何故その男を意識しているのかまでは解ってなさそうだし、ディスカードも解りたくないが。

 ディスカードが黙っていると、レックスは気拙(きまず)そうな顔をした。


「まあともかく、彼に不自由はさせないよってこと……近習(ペイジ)って歳ではもうないかもしれないけど、それなら従騎士として雇うし。住む場所も食事も全部こっちで用意出来るし……」


(……ん?)


 ディスカードはレックスの目をジッと見つめて、そうして蟀谷(こめかみ)あたりを指でぐるぐる押したあと、「ゴメンちょっと聞きたいんだけど、」と口を開いた。


「なに?」

「あー…えーと。うんとだね。例えばなんだけどォ〜…」

「うん?」

「シュンくんに恋人が出来たとして、」

「すごい急だね」

「まあ聞いてよ。どんな人だと思う? 友達じゃなくて、恋人」


 レックスは少し悩んだ顔をした。

 しかし、さっきのような凶悪な面構えはない。

 意外でもあり、納得のいく気持ちもあり。まさかホントに? と驚愕した気持ちでもあった。あとちょっとばかし笑い転げたくもある。現実逃避だ。


「……そうだね。アニス姫と仲が良かったから、ああいう感じの、しっかりした女性が好きなんじゃないかな……?」


 レックスは辿々しく答えた。あんまり想像できていないようだった。

 こうしてディスカードの疑念は確信に変わった。やっぱ笑い転げていいかな。

 ──つまりだ。

 この男、どうやら《シュン》の性別を誤解している。


(シュンくんが史実で男になってるの、コイツか……?)


 ディスカードは表向き「へえ〜ま確かに美人だったもんね〜」と平静を装いながら内心顎が外れんばかりだった。

 近習(ペイジ)は普通少年──男しかなれない。だからディスカードは疑問を持った。目の前の男がかつて仲間だった女を男装させ側に仕えさせるのが(へき)のド変態なのか、或いは性別を勘違いしているのかと思ったのだ。

 どうやら後者のようで、前々から薄々「ん?」と思うことはあったが。いつもシュンを《彼》と呼ぶし。

 けれど戦場のシュンは実際まるきり男のような振る舞いをしていたから、てっきりその名残でそう呼んでいるのかと思った。性別を偽って言うことはなかったが、わざわざ女だと吹聴することもなく、しかもあの強さ。最初は誰もが誤解した。


(にしても、今の今まで誤解が続くか?)


 あんだけの時間常に一緒にいて気づかないことってある? ディスカードは思ったが、いやよく考えたらシュンが本能的に危機を察知して隠していたのかもしれない。

 ということは、レックスはシュンを男だと──同性だと思っているのだ。……つまり?


「……ゴメン変なこと聞く」

「また?」

「レックスくんボクのこと性的に見たことある?」

「こわいこわい何」


 レックスは怯えた。どうやら性嗜好が同性というわけではないようだ。いや別にレックスが今特定の誰かに向けて性的な好意を向けてるとか思ってるわけじゃないけど。一応。


(ということは、この男はシュンくんに《友情》を抱いている……?)


 ──いやそっちのほうが不健全じゃねー!?

 ディスカードはズルズルとソファに沈んだ。最早腰から下がずり落ちていた。

 この重さで、このベクトルで、この激情で友情だと言うのなら──


(……バレたら、どうなるんだろ)


 ディスカードはゾッとした。

 こんなことなら最初から不健全なほうが健全だったのでは? 長く長くそれこそちょっと間違えば殺意に転びそうな粘度にまで友情を熟成された後でネタばらしされたらきっと衝撃もひとしおだろう。なんなら衝撃のあまりその場で殺してしまうかも。いや友情か? 怖くて聞けない。ディスカードは混乱していた。


「え、キミ……なんっ……大丈夫?」


 さっきから変な質問ばかりするし、挙動も不審なものだから、レックスは怪訝な顔でディスカードの様子を窺った。なんなら悪霊にでも取り憑かれたのかと思った。降霊術くらいは実験の過程でやっていそうな男なので。

 ディスカードが、突然ガバッと身体を起こしてずりずりとソファに攀じ登った。レックスはびくっと身体を揺らした。


 ディスカードは思った。隣人が爆弾抱えてる不安を自分は一人で抱えてなきゃいけないのか? と。

 さきにも言ったように、ディスカードは不安が嫌いだ。なるべく荷物は軽く生きたい人間だった。疲れるので。人生は気楽な方が良い。

 だからいっそ、キッカちゃんのこと言っちゃえばよくね──? と思ったのだ。

 そうすればレックスの激情は、まあ結果どんな事態になるかはわからないけど、キッカが処理することになる。少なくともディスカードが一人怯える必要はなくなる。いつもの「爆弾が隣にあると不安だよね、だから爆発させちゃおう」作戦だ。


(……そもそも、ボクは殊更誰かの肩を持つ気はないし)


 強いて言うなら、自分に一番面倒のない形になるのが理想だ。

 キッカもレックスも、どちらの懐に入り込んでも一長一短。もっと言えばリスクに旨味の合わない二人だ。ここにロウがいれば、間違いなく自分はまた彼に与するのだが。なぜって一番御し易い。


(言っても言わなくても、ボクに損も益もないか……?)


 ──いや。それはない。

 言わなければ間違いなくレックスの不興を買うだろう。比べて、キッカは沸点こそ低いものの、なんだかんだ謝れば許してくれそうなところがある。

 それにレックスは「探している」とわざわざディスカードに言ってきたが、キッカは「秘密にしてくれ」とは言わなかった。ちょっと嫌だな、くらいで。そもそも再会のタラレバを具体的に考えていないのだろう。暢気なものだ。


(……よし。ハイネンヴァルトのモットーは自己責任。自分の身は自分で守るべき。キッカちゃんなら出来る)


 ディスカードの心は決まった。というか最初から迷うことでもなかった。ディスカードはいつだって自分一番に生きているし、キッカだってそうだろう。

 ディスカードは口を開いた。


「そういや、王になるってことはエリザベス嬢と結婚するんだよね?」

「え? ……うん。彼女は王配として育てられた女性だから、王になるならそうなるね」


 大丈夫……? とレックスはまだ心配そう、というか気味悪そうに声をかけた。

 ディスカードが何事もなかったように流暢に話し始めるのがまた不気味だったのだ。


「ふーん……?」

 ディスカードは眉を跳ね上げ、何か考え込む仕草をした。それから暫くして、「じゃあ、マ。ボクも協力するよ」と答えた。


「え、なに。どういうこと……?」

「いや、戦争に関わるのはゴメンだけど、荒事にはしないみたいだし。キミとボクとの仲だからね、それならキミが王様になるために力を貸すのもやぶさかではない」


 へへ、とディスカードが照れたように笑った。

 レックスはこれもまた不気味だった。

 この男は普段、友情だとか愛情だとかとかく利害の絡まぬ人々の関係を斜に見ているところがあり、また興味深いシナプスとして実験動物(モルモット)を眺めるような気持ちで見ていた。

 で、具体的になに協力してほしいの?

 ディスカードが早速尋ねたので、レックスはその怪しさを深く追求する前に思考を途切らせた。


「なに、って?」

「王位が欲しいんでしょ?」


 レックスは自分で言い出したにも関わらず「今は特に……」と困った顔をした。

 気味悪かったのもあるが、それ以前に元々一人でどうにかするつもりだったので、特に協力してもらいたいビジョンがあるわけでもないのだ。

 強いて言うなら、本能的に敵に回られることを避けたかった。おそらく今この世で最も敵に回って欲しくない人間が、ディスカードだ。危険とも言える。シュンはまだ見つかっていないので除外する。


「えーと……あ。そういえば来月、バーンスタイン領のパーティに出たいんだけど。あんまり目立つと面倒だからさっきのまた借りていい……?」

「あー…それならもうちょい調整して渡すよ。社交のために行くんでしょ? なら相手の記憶に残らなくても困るだろうし。てゆーか目的さえ教えてもらえればそれに向けてカスタムするけど」

「ほんと? 助かるよ」


 レックスはホッとした顔をした。魔術の話になると、ディスカードがいつも通りに見えたからだ。

 そうして幾つか話をまとめて、本日の訪問はお開きとなった。馬車まで送るよ、とディスカードも立ち上がる。


「そういえば」

 

 ふと、レックスが思い出したように顔を上げた。


「妹さん、結局何かわかったの?」

「……え?」


 ディスカードは、扉に貼り付けた紙を剥がそうとして、その姿勢のまま固まった。

 レックスは特に気にせず、軽い外套を羽織りながら続ける。

 ハイネンヴァルトは寒い地域なので、水の節でも上着が必要なのだ。レックスは特に寒さを感じたことはなかったが、周りがそんな格好なので合わせて着ていた。


「なんか、前に言ってたろ。気になる言動があるとか……何かわかったら教えるね、とか言ってなかったっけ?」

「……あ〜…」


 ディスカードは思い出したようだった。

 随分間の抜けた声を上げたので、レックスは少し笑って、「なんだいそれ」と呟いた。

 

「いや、そんな話もしてたなって」


 ディスカードは紙をベリッと剥がし、外に顔を出した。ちょうど通りかかったメイドに声をかける。

 客人が帰るので、少ししたら部屋を片付けるように言った。レックスはもう魔道具を持っていないので、今鉢合わせると困るのだ。

 メイドが頷いて踵を返すと、もう一度首を部屋に引っ込めた。

 振り返ると、バチリとレックスと目が合う。

 ディスカードは笑って口を開いた。



「別に。キミに伝えるようなことはなかったよ──何もね」





1月更新できなかった分の帳尻合わせをがんばりました。

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