たがための花1
スイッチがカチリと切り替わるように目を覚ますのが、普通の目覚めでないと知ったのはかつて随分成長してからだった。
ディスカードは思いつきのように腕を上げた。
目を擦って、眠気を払う。身体を伸ばして、欠伸をする。
今では板についた動作だが、こんな真似事は肉体が変われば必要なくなるのだと──まともになるのだと、そう思っていた。
「……思ってたより救いようがなかったな〜」
今更救われようとも思ってないが。
どうやらディスカードの特技は肉体ではなく、魂に起因していたらしい。まあ別にいいんだけど。
前触れもなく部屋の扉が開いた。
「コレ! どうかしら!」
「おい。淑女。ノック」
朝っぱらから元気な声に、いくら寝起きがよくても頭が痛くなる。
部屋の扉に目をやると、ふわふわのフリルとレースが山となって覗いていた。
山の中から妹の声がした。
「……なにそれ」
「カワイイでしょ? 隣町に行ったときついでに買ったの」
「内装屋で?」
「服屋だよ」
「キッカちゃんなんで今日カーテン巻いてんの?」
「服だっつってんだろ」
ディスカードは、「うぅん……」と唸って眉間を揉んだ。
侍女は何も言わなかったのか? 言わなかったんだろうな。
流石にもう少し幼い頃なら陳言されただろうが、ここまで成長して尚これなのだから、おそらく屋敷の使用人は皆諦めている。公式の行事でもない限り放置の方針なのだろう。
「……ンどうだろな〜…他のが似合うんじゃない?」
「ほかの?」
「あんまり……その、ふりついてないほうがキッカちゃん似合うかな〜って」
「フン」
ディスカードがなけなしの親切心から忠告してやったにも関わらず、キッカは不遜に鼻を鳴らした。
「おまえは前のわたしを知っているからそう思うだけだ。ちゃんと今のわたしを見ろ。貧弱な体躯に可愛らしい顔! 宝石の瞳と絹の髪! ──そうだ。他にもカワイイやつあんだわ。着てくるからちょっと待ってろ!」
「はぁい……」
嵐のような女だ。ディスカードはしょっぱい顔でその後ろ姿を見送った。聞く気がないなら最初から尋ねるな。
キッカの姿が見えなくなると、ようやっとディスカードは寝台から抜け出した。
魔術を使い、手早く身支度を済ませると、妹の言葉をさっぱり無視して部屋を出た。
長期休暇も残り僅かとなった水の嗣月。
いつも静かな屋敷は、常より幾らか賑やいでいた。
末の娘が客人を招くということで、侯爵夫人が張り切っているのだ。
ディスカードはそんな騒がしさに隠れるように、東館に向かった。
「ご機嫌麗しゅう《帝国の第二の剣》殿〜」
「なに急に……」
「学園外だから一応ね」
部屋の中に、国を追い出されても顔だけで生きていけそうな男がきょとんと座っていた。
ディスカードは男に背を向けると、今しがた通った扉にペタリと紙を貼りつけた。紙の上を指でなぞると指先が一瞬強く光り、消える頃には細かい紋様が刻まれていた。
「《人払い》?」
「んや。侯爵邸でそれ必要ないから。ただの遮音」
なんで自分ちの敷地内でまで精神干渉行わなきゃならんのだ。
ディスカードがドカリと向かいのソファに座ると、レックスが何かテーブルの上に差し出した。
指先で摘めるくらいの小さな巾着──香袋のように見えた。
「これ、ありがと。ほんとに視線感じなかった。ホラ、俺って身体がでかいから、人より目立つらしいし……」
それはオマエが目立つ理由のメインじゃないな。
ディスカードは思ったが、口から出たのは「良かったね」の一言だった。ディスカードだって時には相手を選んで発言する。時には。
「まあキミに強く意識を向けてる相手……一対一で話してる相手だとかには効かないけど」
「目の前で話してる相手が認識出来なくなったら流石に怪しまれると思う」
「それはそう」
迎えにやった家令には素性と居場所を話してあったので、ギリ認識されたようだが。その他の使用人にはさっぱり視線も寄越されなかったらしい。
ディスカードもそのほうが都合が良かった。余計な詮索をされるのは面倒だ。
家令は今回の訪問を侯爵に報告するだろう。しかし、王族としての正式な訪問なら別として、侯爵はおそらく息子の交友関係にまで首を突っ込んでこないはずだ。
あまり関わることもないが、この家の家長は自己責任を求める代わり、思春期の青少年が最も求める放任を与えてくれる男だった。子供に興味がなさそうとも言える。
「あと一つ季節が変われば、レックスくんは卒業か。寂しくなるね〜」
「わかりやすい力での牽制はキミ一人でも十分果たせると思うけど。寮長にはならないの?」
「力目的の発言と思われてる。ならないよ。大勢の人間を動かしたい目的もないし、そのわりにリスクも高い。大丈夫。キミがいなくなったら新しい寮長に媚びるから」
「いやキミ一人でじゅうぶん──まあいいけど。俺はキミと再会出来ただけで、この学園に来た意味はあったよ」
「急に口説かないでくれる?? 惚れたらどうすんのよ」
男に興味はないが、流石にこの美貌に言われるとグラリと来る。しかし瞬きで風でも起こしそうな烟る睫毛の下の榛が「気持ち悪いなコイツ」と訴えかけてきたのですぐ醒めた。
「てかレックスくんて、そもそもなんでユグエン来たの?」
ディスカードは気を取り直して尋ねた。
EKCは確かに世界有数の学園であるが、カターリナ国内にも高名な学舎はある。大事な王子様をわざわざ他国にやる理由が、王族にあるとも思えない。
レックスは少し首を傾げて、「……外交?」と答えた。
ディスカードは目を丸くした。
「え。それってまさかキミの意思で?」
「うん? そうだよ。第一王子はこの学園の卒業生じゃないし」
「キミ生まれ変わって人格変わった?」
「なにそれ」
「いや……」
レックスは不思議そうな顔をしたが、ディスカードは「そりゃ気づかない筈だよ」と言葉を呑み込んだ。
何がって、レックスの正体だ。
今に残された英雄を語る書籍には、シュンの通名の一つに《血と怒りの騎士》とある。
けどディスカードは思う。
それキリエとごっちゃになってるんじゃね──?
確かにシュンは口も悪いし手も早いし騒がしい女だったけれど、戦場では静かだった。
シュンの戦いの多くは、《沈黙》の名に相当しいもので、彼女が敵に対し感情を昂らせることは滅多になかった。
反対に、怒り、嫌悪、憎悪を露わに敵を鏖殺していたのは──
「……キミも随分丸くなったよね」
「え。そうかな。筋肉じゃなくて?」
「ハハ」
……でもまあ、思い返せば、戦争が終わった後の彼はこんなものだった気もする。
出会った当初の印象が強すぎて朧気だけど。平和な世では、昔ほど尖っていなかった。
そんな風にした当人は、早いところ退場してしまったが。
「……外交、ねえ」
ディスカードはソファの背に片腕を回し、踏ん反り返って紅茶を飲んだ。
「一応なんのためか聞いて良い?」
「うん。王になるためかな」
「あ〜…聞きたくないけど今回うちに来た理由は?」
「? さっき言ったよね」
キミに会えて良かった、って──
ディスカードは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
聞かなくてもわかる。言葉通りの意味ではない。
オマエこそ、力目的ではないか。
「前は一人でやるとか言ってなかった……?」
「その時は、まさかキミだと思わなかったから」
半年前とはまるで逆だ。
あの時はこちらが協力を願って断られた。
今は、自分が申し出に迷っている。
味方につければ強い駒だと思っていた。強いだけの駒だと。
正体が知れた今じゃ、強さへの信用こそより強固になったものの、味方にするにはリスキーすぎる。不安要素が多い。何故ならこの男自身が不安定だから。
(つーか《認識阻害》の魔道具渡してて正解じゃねーか。「あくまで学友の訪問に警戒しすぎカナ……?」とか思ったけど全然そんなことなかった。あれよ)
彼に手を貸すということはつまり、カターリナ帝国第一王子派と敵対するということだ。
これは流石に、バレたら侯爵も出てくる案件だ。
「……キミって、権力とか求めるタイプだっけ?」
「権力?」
ディスカードは不思議だった。
昔の彼はいつだって、「すべき」という動機で動いていて、「したい」という感情が希薄だった。
──シュンとは真逆だ。
そんな男が、今じゃ王位を求めると言う。
やはり生まれ変わって人格変わったんじゃ、と思うのも自然なことだ。
ディスカードが「どうにか心変わりしてくんないかな」と頭を捻っていると、部屋の扉がバンッと音を立てて開いた。
「ちょっとおにいさまどこ行ってるんですの〜!?」
振り返ったディスカードの目にまず入ったのは、 「かわいいだろうが」と変なキレ方をして胸を張るキッカだった。
フリルとレースはさっきより服寄りになったが、今度は控えめに言ってリボンのバケモノだ。自分のかわいさに見栄を切っているのがウケて、ディスカードは半笑いで「ハイハイ」と立ち上がり扉に向かった。
ディスカードが部屋にいないから腹を立てて走り回ったのだろう。息こそ切れていないものの、思い切り髪が乱れている。
仕方がないので手櫛で整えてやろうとしたら、嫌がるので余計に爆発した。
「だからノックしなって。ビックリするでしょ」
「? 気づくでしょ」
「話に集中してたんだよ」
気配消してなかったのに、という顔をするので、ディスカードは肩を竦めた。実際気づいていなかった。戦場でもないのにそこまで神経張り詰めてないし、気配を消していなくても、キッカは普段から動きにあまり音がない。視覚から入る動きは煩いのだが。
突然、キッカがずいと近づいた。
「…………なに」
「ほんとにバクバクしてる」
キッカは意外そうな顔で、ディスカードの胸に耳をあてたまま、こちらを見上げた。
嘘だと思ったのか。心外だ。本当に気づいてなかったのに。
ビックリしたのは嘘だけど。
──それは今そうなったんだよ。
ディスカードは思ったことをおくびにも出さず、「でしょ」と言ってすぐ心拍数を平常に戻した。
心音を聞いていたキッカが、「なんコイツキモ」という顔をしたが、彼女はかつてディスカードがおもろいかなと思って三三七拍子で心臓動かして見せた時もこんな顔で見てきたので慣れている。その時は腹が立って、「風属性のくせに自分の心臓一つ思い通りに動かせないとかウケるんですけどぉ〜」と煽ってやったのだが、まさか「いや自分人間なんで(汗」みたいな返事をされたので余計腹が立って以降気にしないことにした。皮膚を魔力で無理矢理触覚過敏にして虫みたいな空間知覚を発揮したりするクセにこういうときだけマトモぶりやがってクソが。
「……あら。レックスさま?」
「あ、」
体を離した隙に、ディスカードの背後に目がいったようだ。ディスカードも正気に戻った。
──そうだった。レックスくんいたんだ。
ディスカードはぞわりとして、思わずレックスを振り返った。
「こんにちは」
レックスは普段と変わらない調子で、軽く手を挙げて穏やかに笑っていた。──いや、そう。
そうだよね。冷静になれよ。そもそも、今までだって二人は普通に接してきたのだ。
変わったのは、ディスカードの目だけだ。
「ちょ、ディ──おにいさま! レックスさまが来るってなんで教えてくれなかったんですの!?」
「言ったところでキミは先客があるデショ」
「……それはそうだけど」
ディスカードは、内心ホッと息を吐いた。
ここでレックスを優先しないあたり、キッカの好意はたかが知れている。
どうせ見た目が良かったから、恋した自分に酔うのに最適だったんだろう。
キッカは機嫌良さそうにレックスに手を振って、部屋を出ていった。これから件のアメリア嬢が来るという話だし、長居はしていられないようだ。
ディスカードはその背中を見送って、パタンと扉を閉めた。
「…………なに」
ソファに戻ると、レックスが物言いたげにこちら見ていて、ディスカードは首を傾げた。
「いや、」
レックスは困ったように頬をかく。
「なんか、だいぶ打ち解けたみたいだなって」
「ハァ? 妹に対する対応なんて普通こんなもんじゃない?」
それを聞いたレックスは口をもにょと動かした気がしたが、特に何も言わなかった。
#
「あ。アメリアちゃ、あ、アメリ」
「落ち着いてくださいまし」
キッカは懐いた犬のようにアメリアの馬車に駆け寄った。常ならば数キロ駆けても息など切らさないが、今のキッカは興奮によってふうふう言っていた。
それくらい楽しみだったのだ。
馬車から出てきたアメリアは、ちょっと引いた顔で答えて、キッカの後ろに視線をやると、「……お家の方は?」と尋ねた。
キッカの背後にいたのは数人の使用人だけだった。
「おうち……あ。おにいさまは鍛錬のあとで顔出すって。おかあさまは来たがったけど、【お友達と気楽にお喋りできないでしょう?】だって」
「……気を遣ってくださったのね」
使用人に手土産などの荷物を預けると、アメリアは物珍しそうに目だけキョトキョト動かした。
キッカは屋敷でなく、東館の裏にある庭園へ向かった。そこにロッカの世話する温室がある。
命水の節も半ばだが、ハイネンヴァルトはユグエンの中で最も寒い地域だ。ピクニックにはまだ早い。なので彼女を迎え入れるのは温室となった。
ちなみに物の価値が解らないキッカにとって、ハイネンヴァルトの邸内は質素だったので、ハナから候補にない。
「……アナタ、家でもあんな感じなのね」
「?」
温室に入って扉を閉めると、しばらくしてアメリアが口を開いた。
道中彼女はキッカがどれだけ話しかけても、「ええ」「そうですね」「あらまあ」「素敵ですわ」の四単語しか喋らなかったので、なにかそういうゲームかと思っていたが。
アメリアが一瞬視線を外に投げた。
分厚いガラスの向こうで、使用人たちがこちらに背を向けて立っている。
ガラス張りだから中に入らずともこちらの姿はよく見える。手招きして呼べばいつでも来るだろうが、声までは届かない。
「侯爵家の令嬢って、もっと甘やかされてるものかと」
「食堂のおばちゃんはよくお菓子くれるよ」
「甘やかし方が稚児だわ……」
ちなみに食堂のおばちゃんというのは屋敷の料理人ではなく、ハイネンヴァルトの抱える兵士たちが使う食堂のおばちゃんである。キッカのことは誰か兵士の娘か妹だと思っている。
「お茶の用意はしてもらったけど、人も呼べば来るよ。どうする?」
アメリアに席を勧めながら、キッカがにこにこ言った。
テーブルには既に湯気を立てたお茶と、色とりどりのマカロン、シェル型のマドレーヌ、フランボワーズのムースに桃のコンポート。そして少しばかりのサンドウィッチと、少女の好みそうなお菓子が並んでいる。
アメリアの表情が僅かに華やいだ。
「……選べるものなの?」
「? おかあさまが好きにしてねって」
キッカは別にやってもらうのでも自分でやるのでも構わないが、強いて言うなら、菓子を取ったり茶を入れたりするくらいいちいち頼むのが面倒だなと思う程度。だからアメリアに任せようと思った。
アメリアは少し悩んだあと、「……二人きりでいいわ」と答えた。
キッカは頷いて、シルバーのティーポットに手を伸ばした。アメリアはそれを見て「ロサ・ドミナの茶器だわ」とその価値にゾッとしたが、キッカは取っ手に変な細工があって持ちにくいなと思った。
「家の人から何もないのね。わたくし、曲がりなりにも侯爵家の令嬢に危害を加えた筈だけど」
「? よくわかんないけど……おともだちが来ることしか言ってないよ?」
「いやわたくし謝罪に来たのだけど」
「わたしがよくわかんないから……謝られてもたぶん、みんなもよくわかんないと思う……」
眉を八の字に曲げて、困ったようにキッカが言うと、アメリアはハア、と溜息を吐いた。
「……いいわ。家同士の問題に発展してしまうのは、わたくしも避けたかったところ。今回はアナタの甘さを利用させていただきます」
「アメリアちゃんお休み何してた?」
「人の話聞いてる?」
アメリアは眉を吊り上げたが、またすぐ諦めたように深く息を吐き、「……家の手伝いよ」と答えた。
「えっお仕事してたってこと?」
すごーい! とキッカが騒ぐと、アメリアはうんざりした顔で「大したことはしてないわ」とカップを取った。
「弟が身体弱いのよ。だから代わりに簡単な仕事をしてるだけ」
「大変じゃないの?」
「ものによるわ」
面倒な仕事もあるわよ。アメリアは言った。菫のマカロンをいたく気に入ったようだ。視線がずっとそちらにある。
「社交とか、そういうのは大変だと思うわ」
「そうなの? 得意そうだけど」
「そりゃアナタに比べればなんだって得意よ。楽ではないってこと。数字とにらめっこしてるほうがよっぽど楽だわ」
「そうなんだ……」
キッカがアメリアへ向けて菫のマカロンの皿を持ち上げると、アメリアは「そ。そんなに勧めるならもう少しいただこうかしら」と早口で言って頬を染めた。
かわいい。
「アメリアちゃん来年なんの科目取るの?」
「今年とそう変わらないわね」
「じゃあまた一緒だね!」
「アナタは変えたほうがいいと思うけど……」
そもそも進級出来るの? と尋ねられて、キッカは得意げに頷いた。
アウティングの評価があるので、今年度は安泰なのだ。
「そう。一年生じゃオープンデイで大きく評価が動くこともないでしょうから、今の時点でダメならダメね、って思っていたのだけど……意外だわ」
「おーぷんでい?」
「アナタ行事表見てる?」
キッカはあまり書類関係を読まない。
アメリアは呆れた顔で、「三学期最大の──というか、年間通しても最大の行事よ」と答えた。
曰く、《アウティング》が学外へ赴く行事なら、《オープン・デイ》は、学外から人を招く行事なのだとか。
様々な展示や催しを行い、学園に出資している貴族や資産家、通う生徒の親族などに、生徒の成果をお披露目する舞台だ。
下級生の出し物は大したことないが──それでも貴族レベルだが──上級生のものになると、イチ学生のレベルでは語れない。当日は著名な研究者に国を股にかける豪商、王家お抱えの魔術師なんかも訪れるそうな。
「へえーおもしろそう」
「一年生は決められたグループでの発表になるし、きっと大したことはしないわよ?」
「わたしたちは何やるの?」
「知らないわよ……三学期が始まったらすぐ決めるんじゃないかしら」
キッカがソファの上でパタパタと足を動かしながら、「何するんだろ」「アメリアちゃんは何したい?」「去年何したんだろ」と興奮した様子で喋り倒すのを、アメリアは暫く無視していたが、あまりにも執拗いのでつい鬱陶しくなって口を挟んだ。
「アナタは何が出来るのよ」
「できる、って?」
「得意なことよ。一年生の発表なんて、だいたい多くの普通科生徒の得意を活かせるものになるわ」
「ふぅん……例えば?」
「楽器、歌唱、踊り……あと魔術が使える子なんかは、どんな発表でも活かせるでしょうね。アナタ魔術は?」
「使えない!」
「……まあ、お兄様が魔導科の有名人だからって、そう上手くはいかないわよね」
アメリアは口にしたティーカップを、膝の上に下ろして見つめた。
「……でも、アナタはそのほうがいいのかも」
「? 魔術使えないほうがってこと?」
「特別なところがないほうが、ってこと」
キッカは首を捻った。
特別魔術師になりたいと思ったことはないが、あったらあったで便利だと思う。戦闘以外なら風属性よりよほど役に立つだろう。
なんで? という顔をしていると、アメリアが仕方なさそうに口を開いた。
「アナタって貴族としてすごくダメじゃない」
「ダッ。ダメ……?」
「何を驚くことがあるのよ。いつも言ってるでしょう」
アメリアはまだはっきり言う方だが、にしても貴族の迂遠な言い方はキッカに上手く伝わらない。なのでキッカはそう思われていたことを初めて知った。
「え。どこが……?」
「自覚ないの……? 本当にダメなのね。ある種才能だわ。でもね、それならとことん劣ってたほうがマシなんじゃないかと思うの」
アメリアはショックを受けるキッカを放って話を進める。キッカは吃驚した顔で、「劣っ……か弱いから?」と首を傾げた。
「? そういうイメージはないわ。そのサンドイッチ五個目でしょう。太るわよ」
アメリアは呆れた目でキッカを指した。キッカは口に入れようとしていたサンドウィッチを慌てて下ろす。
甘いものも嫌いではないが、あんまり食べた気がしないのだ。腹持ちのいいタルトなんかは好きだが、今日のような細々したお菓子は得意ではない。
アメリアが真面目な顔でキッカを見るので、キッカも姿勢を正して、サンドウィッチは皿に戻した。
「劣っていることが理由の排斥って、微温いのよ。排除する側に貴族としての外聞があるのもそうでしょうけど、惰性というか……そこまで激情がない。見下げてはいるけど。バカにバカって言ってるだけで、イジメとかの自覚もない。悪意すらない人もいるくらい」
「ふぅん?」
「でも、優れたものに対する排斥は苛烈よ」
アメリアはテーブルにカップを置き、真っ直ぐキッカの目を見た。
「貴族として上手く立ち回れないのなら、頭抜けないほうがずっとマシ。優秀なら徹底的に優秀でいないと足首を掴まれる。それが《社交界》よ。アナタただでさえ《ハイネンヴァルト》なんだから──」
「ハイネンヴァルトがどうしたの?」
「……アナタは、何もしなくても既に普通の貴族じゃ太刀打ちできない持ち物を持ってるってこと自覚なさい。そしてそれを貶めたがる人間がいるってこともね」
「! なるほど……キッカのかわいさを」
「アンタと会話してると全部馬鹿らしくなってくる──」
アメリアが空を仰いだところで、『チリン』と入り口の方から音が鳴り、二人の会話は途切れた。




