洗礼3
「それなに?」
「シュトラウベン。街で何度か見かけてたけど、食べたことなかったなって」
「ひとくちちょうだい」
「一口ね……いや一口でかいな?」
ディスカードが肩を竦める。
それは、一口で菓子の面積をかなり持っていったキッカに対してでなく、背中に刺さる弟の視線に対しての揶揄だった。
どうやら既に、当初の目的は果たせたようだ。特別なことをした覚えはないが、妹のこととなると、弟は神経過敏だ。
キッカは口いっぱいに頬張った揚げ菓子をもぐもぐしたあと、眸だけでディスカードを見上げ、それを飲み込んだ。
「ラームスに、枷のこととか……色々。言わないでよ」
ともすれば独り言にも聞こえる声量に、普段近づいてこようとしない妹が、珍しく寄ってきた理由がわかった。
「なんで?」
「なんでも」
キッカが唇を尖らせた。理由は言いたくないようだ。
すぐに、「そういえば」と他の話題に移る。
「わたしたちって兄妹で生まれ変わってるじゃん」
「あー…そうだね。ちょっとキツいよね」
「おまえの存在が?」
「いやシチェーションが……なんかキッカちゃんボクに当たり強くない?」
「他の家族も、とか。ないかな」
「…………は?」
言われた意味が呑み込めず、ディスカードは怪訝な顔をした。
キッカが、言い難そうに口を開く。
「や。なんか、ラームスってロウに……──」
「ないよ」
無い。絶対。無い──
ディスカードは、首も手も横に振って、全力で否定した。
なんで言い切れるの、とキッカが腑に落ちない顔をする。
最初に出会った都合の良い人間だから一人目バフでもかかってんのか? ディスカードは呆れた顔をした。
「だって、あり得ない。全然違う。似てないし」
「そうかなぁ……」
「それにホラ、ボクたちってちゃんと記憶あるじゃん? ならロウくんにだってあるでしょ」
「たしかに……?」
思いのほか素直な反応に、言ったディスカードの方が少し驚いた。
しかし、よく考えてみれば、キッカはディスカードを警戒しているのだ。
それはつまり、その力を侮ってはいないということで。
この手の事象には、ディスカードの方が造詣が深いと認めているのだろう。
(──マ。キッカちゃんの勘違いを否定出来る根拠も、あるにはあるんだけど)
それはディスカードの口からは話し難い。事を仕出かした本人が言うべきだ。
元より好かれちゃいない自覚はあるが、わざわざ追加で泥を被りたくはなかった。
ひとまず、とんでもない勘違いが解ければそれでいい。
「……まさかキッカちゃん、アイツのことロウだと思って構ってたワケ?」
「そういうわけじゃないけど」
「ホントに? もしそうなら勘違いだからやめといたほうがいいよ」
「関係ないってば」
「……ならいーけど」
あんなバカ、そういないよ。
ディスカードが小さくぼやいた。
#
「てかどこ行くの?」
「お前何しに来たんだ」
今更な問いかけをするディスカードに、ラームスが顔を顰めた。
どうせ暇つぶしに着いてきたんだろうな、と端から思っていたキッカが、仕方なく答える。
「アメリアちゃんを迎える準備」
「アメリアちゃん?」
「キッカの友人だ」
ラームスが代わりに答えた。
友人、と周りの人に言われるのが新鮮で、キッカは機嫌よくニコニコ頷いた。
ディスカードがへえ、友達いたんだ。と呆けたような声を上げる。
「いるもん。来年も同じ学科になれるといいなあ」
「貴族の娘なんてだいたい似たようなもん取るでしょ。それより残り三年ちょっと、愛想つかされないよう努力したほうがいんじゃない?」
「つかされないし……三年ちょっと?」
キッカが首を捻る。
ディスカードが、「あ」と声を上げた。
「……どこまで言っていいんだっけ」
それは明らかに、何かあります、と言っているような独り言だった。
勿論キッカも気になって、「何かあるの?」と尋ねた。
ディスカードは少し考え込む素振りを見せたものの、案外あっさり口を開いた。
「えーと。キッカちゃんみたいな──つまりフィニッシングスクールや社交場として学園を利用してる生徒たちってね、だいたい四年で中退するんだ。マ、あそこは在籍しただけで一種のステータスになるし」
「ふぅん」
「なんで揃って四年なんだ?」
今度はラームスが尋ねた。
そういえば、彼は来年がその四年目だ。
「進級試験があるんだ」
ディスカードの答えは簡潔だった。
「近い時期になれば知らせもあるよ。マ、普通科に比べれば騎士科・魔導科の進学率は高いし、ラームスもあと一年は先のことなんだから。そんな気にすることじゃないでしょ」
ディスカードは面倒そうに締めくくった。
なんとなく、その話題を避けているようにも見える。
確かに、キッカは淑女の作法を学ぶため、ついでに運命の王子様を見つけるために学園に通っているようなものなので、卒業にそれほど拘りはない。強いて挙げるとすれば、「アメリアちゃんはどうするのかな」と考えるくらいだ。
しかし、ラームスは眉を顰めた。
「なんだそれは。聞いたことないぞ」
「そう? 年によって中身も違うし。詳しく説明すると不正に繋がるから、なるべく伏せられてるんじゃない?」
「……そうか」
ラームスは一旦納得を見せた。
不正と言われれば、正々堂々を座右の銘にしているような彼は黙るしかないだろう。
(……そういえば、【どうせあと一年の付き合い】とかなんとか、最近聞いたな)
狩大会でのことだ。
立ち話をした女の子が、そんなことを言っていた。
つまり、これはディスカードの虚言などでなく、実際にある行事なのだろう。
「? 閉まってるぞ」
いつの間にか目的地に着いていたようで、キッカが顔を上げると、目の前に瀟洒な店があった。
扉に手をかけたラームスが首を傾げる。
カーテンで窓が覆われ、中の様子は窺えない。
友人を招くと伝えた際、母が勧めた店の一つだ。
珍しい鉱石を取り扱っているらしく、贈り物に人気なのだとか。店外から見えるショーウィンドウは、宝石に詳しくないキッカから見ても、華やかで楽しいものだった。
「今日休みなんじゃない?」
ディスカードが言う。
それは困る。初めて出来た──家族は除く──友達の歓迎会だ。キッカは気合に満ち満ちていた。
そしてその気合のまま、真鍮のドアノブを握った。
「ごきげんよう!」
「バキって言わなかった?」
気勢よく扉を開くと、店内には鮮やかな宝飾品、銀細工、愛らしい小物が並べられたショーケースに──
その宝飾品を無骨な袋に詰め込んでいる男、火器を手にした男たちが立っていて、一斉にこちらを向いた。
#
──扉から手を離してケツを床に擦りつけろ。
──変な真似をしやがったら何処に穴が増えるか知れねえぞ。
そう言われて、最初の懸念はラームスがどう動くかだったが、予想に反して彼は眉を顰めるだけで、キッカが下から手を引くと大人しく従った。
三人とも、安易に暴れられる状況じゃないと理解していた。
「侯爵邸のお膝元に比べたら顔も割れてないし、動きやすいかと思えばコレ。ホント、キッカちゃんと一緒にいると退屈しないなあ〜」
ディスカードが態とらしい声色で言った。
今日隣町に強盗が出たのはキッカのせいではないし、勝手に着いてきた癖に言いがかりを──と、キッカはイラッとしながらも、なんとか愛らしく頬を膨らませるだけに留めた。屋敷を出る前、ディスカードに揶揄されたばかりだ。
「……なんか、便利な魔術とかないんですの? 賊だけ全員気絶させるみたいな」
「は〜あ。魔術はなんでも出来るワケじゃないってキッカちゃんも重々解ってるでしょーが」
「ハッ……肝心なところで使えないな」
「……そう言うオマエは今動けなくてなんのために鍛えてるワケ?」
「人質がいなきゃやっている」
「はぁ〜? 口だけ男じゃん」
「口から生まれたような男に言われたくないな」
「魔術師だからいんだよ……コイツら殺しが目的じゃないなら勝負から降りてもらうのが話は早いんだけど、キッカちゃん案ある?」
言い合い始めた兄二人の声をぼんやり聞いていたら、突如水を向けられてキッカはギョッとした。
二人の目がこちらに向く。
聞き流していた言葉を反芻して、キッカは困った顔をした。
「襲われる側の対処なんて、キッカわかんないですわ」
「ああ、いつも襲う側だったから……」
小さな声でディスカードがぼやく。途中キッカに脇腹を小突かれ、悶絶して口を噤んだ。
力加減が女のそれではない。脂汗をかいたディスカードは、暫く黙って患部を押さえていたが、懲りずにまた口を開いた。
「遊撃隊だっけ……」
「なんのことかしらぁ?」
「その戦法でよく機能してたね。野蛮人の集まりじゃん」
「……おにいさまがなに言ってるのかキッカよくわかんなぁい」
「あもしかして隊じゃなくてキッカちゃんが野蛮人だっただけ〜?」
キッカが追撃を喰らわそうと拳を握ったところで、「テメェらうるせぇぞ」と怒声が飛んだ。ディスカードの煽り声がデカかったせいだ
男の一人がキッカたちに銃口を向ける──そう。銃口。キッカにはあまり馴染みのないものだった。
なのでしげしげそれを眺めていると、男の方も上から下まで、キッカを舐めるように見つめた。仕方ない。可愛いかろう。
男は、にやりと笑って口を開いた。
「……いー服きてるじゃねえか」
どうやらキッカの服装を見ていたらしい。
「オマエ等いいとこのガキだろ」
両脇にいるラームスとディスカードを見て、男は顎をしゃくった。
二人とも、キッカほど華美ではないが、質のいい服を着ている。ラームスは今奪われているが、この歳で剣を佩いていたし、騎士訓練生として見られても不思議はない。そして、貴族出身の騎士は多い。
男は三人を順繰りに見て、「人質に丁度いい」と頷いた。
「さて。こっから出るのに一人道連れが欲しいとこだが、俺は臆病でなぁ? だが百獣の王も狩りでは弱った獲物から狙うと言うし、俺もそれに倣おうじゃねェか」
──オマエ等の中で、一番弱い奴を人質に寄越せ。
「…………」
「……ちょっとラームス、呼ばれてるよ」
「は? お前のことだろ、ディスカード」
「ハァ〜? なに言ってんの? オマエ一人で城落とせんの? 出来ないよねえ。行ってらっしゃ〜い」
「そんな軟弱な身体で何を言っている。ああ、剣のひと薙ぎで吹き飛びそうな身体では人質も務まらんか?」
「いや魔力でガードするから傷ひとつつきませんけどぉ〜?」
「テメェらなにグダグダ言ってやがる!」
銃を担いだ男が口角を吊り上げ、こちらを見おろした。
「黙って一番弱いヤツ寄越せって言ってんだよ。そのガキをなァ!」
男が指を差したのは、二人の丁度真ん中。
キッカがパッと顔を上げた。
「ですわよねぇ〜ッ!」
にんまり笑みまいで返事をしたキッカに、男は一瞬躊いだ。
両隣の兄が、ポカンと口を開けてキッカを見る。
「ガキって……え。もしかしてキッカちゃんのこと?」
「いや……まあ、お前たちが言うなら止めはしないが……あ、や。どうする、キッカ? お前が嫌ならどうにかする」
犯罪者とキッカと、交互に視線を送り、兄二人は戸惑った顔をした。
ラームスはどうにかすると言ってくれたが、自分たち以外に人質がいる以上、下手に動かないほうがいいだろう。
何より、キッカは今機嫌が良い。
「いいですわ。とぉっても怖いけど、わたくし皆さんのために人質になりますわぁ! だって、一番か弱いから!」
あなたよくわかってますわね! とキッカが立ち上がってトコトコと自ら男の方へ寄っていく。男は怪訝な顔をして、また後退りかけた足を気合で留めた。
「いやに物分かりのいいガキだな……まあいい。大人しくしてろ」
そう言って男は、キッカの両腕を後ろで縛る縄を握った。
男が背後に立ったので、キッカは部屋の端から端へ、視線だけ滑らせた。
子連れの夫人/若い男女/老婦人/店主の男/店員の女/それぞれバラバラの場所で、同じように縛られ座り込んでいる。
武器を持った男は人質の近く、壁際を背にして立っていた。三人。袋に商品を詰め込む男。一人。部屋の真ん中で全体を見渡す男。背後の一人。
視界の範囲に見えるだけで五人。
──ねえ、おにいさん。
部屋の隅、ディスカードが近くの男に声をかけるのが、口の動きで分かった。
キッカは耳を澄ませる。
「ボクらが金持ちの子息ってわかってんでしょ? なら、こんなとこで石詰めてるよりもっと良い方法があるって、わかってんじゃないの?」
本来、魔術師であるディスカードが手を回している間に、キッカが口を回すのが効率的なのだろうが、生憎どちらとも彼の領分だ。便利な男である。
男は銃口をゆっくりディスカードに向けると、顎をクイと動かして、話の続きを促した。
ディスカードは退屈そうに肩を竦める。
「簡単な話。こんなチンケな店襲うより、ボクのがいい金出せるけど?」
「……ほ〜。身代金要求しろってか?」
「ううん。ボクがアナタを雇う」
「雇う……?」
そこでキッカは、ディスカードの指が腰のあたりで空をなぞっているのに気がついた。
魔術かと思ったが、どうもそうではなさそうなので、今度は目を凝らす。
【気を逸らせ】
頭上を窺い見ると、部屋全体を監視している男の目が、ディスカードのいる方へ動いた。
キッカは息を吸い込んだ。
「うえええん。痛いですわあ! 縛られた腕が痛いですわあ!」
心の中で憤る。縛られたか弱い妹を心配するどころか、指示を出してくるとは。
キッカは二本の指を揃えて小さく二度振った。──【急げ】の合図。
キッカには、魔力を体外で自由な形にするような器用さはない。この手信号は元々カターリナの軍部で使われていたものだが、簡単なハンドサインはシュンが多用したため、ディスカードも覚えているだろう。
案の定忘れていなかったようで、ディスカードは目だけで頷いた。
キッカが地団駄を踏んで暴れている間に、ディスカードの話は続く。
手柄は山分け?/彼はホントにいい報酬をくれるの?/あなたがこの中で一番強いと見込んで/評価に相応しい報酬を/あなたみたいな人を探していたんです/こんなところで燻っていい器じゃない
──よく回る舌だ。
「オイ、そろそろずらかるぞ」
たっぷり膨らんだ袋を持って、男が言った。
それに対し、キッカの背後の男が頷き縄を引く。合わせてキッカの身体が傾いだ。
そこで、一人の男が声を上げた。
「まだ表に警邏は見えねえが、流石にそっちから出るのは目立つだろ。オレが裏を確認して来るぜ。一応人質も連れてく」
「やだー!! タスケテー!!」
ディスカードが、無理矢理縄を引かれて声を上げる。
引っ張ったのは勿論、先ほどディスカードと黙契を交わしていた男だ。
背後の男が頷くと、彼等はぐるりと店内を周るように倉庫へ入っていった。ディスカードが嫌がって地団駄踏むので、連行するのは大変そうだ。
去り際、後ろで縛られたディスカードの手が、動くのが見えた。──【泣け】
鬼かアイツ。
「ふ……ふぇえぇん」
キッカは渾身の《泣き》を披露した。ちなみに水分は一滴も出ていない。幾ら自分の身体を操るのに長けた《風属性》といえど、涙腺なんて操作したことないし、慣れないことは咄嗟に出来ない。
なのでそれは駄々だった。唸って声を上げて目を瞑って身を捩っていたら、「暴れるな!」とまた縄を引かれた。
「オイ、そいつを離せ」
声がして、縄を引く力が弱まる。
目を開けると、ラームスが立ち上がってこちらを見ていた。
ディスカードと違って心配してくれるあたり、流石騎士見習いだ。しかし、彼の両腕は他より念入りに縛られていた筈だ。体格の良さと、おそらく剣を佩いていたせいだろう。ディスカードはラームスより背は高いが、ひょろりとしていて一見強そうには見えないのでわりとおざなりだった。
「ラ、だ、えと。大丈夫ですわよおにいさま……」
「女の前で良い格好したいってか? ハッ……なんにも出来ず縛られてる時点で情けねェんだ。諦めろよ」
「もーいいよ」
男の煽りに続いて、後から聞こえるはずのない声がした。
振り返ると、自由な両手をブラブラさせたディスカードが立っていた。一人で。
「遅い」
苛立たしげにラームスが言う。同時に、彼の両腕を縛っていた縄が解けた。
大して力を入れたようには見えなかったが、おそらく最初から解けていたのだろう。──よく考えてみれば、魔術師にとって、ただの縄など無いに等しい。
まず、キッカの縄を掴んでいた男が吹き飛んだ。
顎に掌底を食らったのだ。
それを後目に、ディスカードは悠々とキッカの縄を焼き切って、部屋の隅まで引っ張った。「ボクたちには当たるから、」背後でディスカードがそんなことを言った。キッカは身体をラームスの方へ動かしかけたが、見れば銃弾をものともせず、素手で男たちを薙ぎ倒す姿があった。
暫く異常値ばかり目にしていたせいで感覚が狂っていたようだ。そういえば、ラームスは強い。少なくとも、そこらの破落戸に敵う相手ではない。
「……どうやったの?」
尋ねたキッカの視線は、今度はラームスではなく、その周りに向けられていた。
銃弾が飛び交う中、何故か傷一つつかない人質たちの姿。逃げ出そうにも、動くこともできないようだ。閉じ込められたように困惑している。
質問されることを予想していたのだろう。ディスカードは一言、「条件づけした」と短く答えたが、それはキッカも解っていた。
魔術はあくまで道具だ。道具側が勝手に善悪を判別してくれるはずもなく、どうしても判別が必要なら、その旨を術式に加える必要がある。
しかし、感情のような曖昧な区分を魔術に組み込むのは、非常に難しい。ともすれば不可能に近いと、目の前の男から昔聞いた。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
ディスカードは苦笑して首を振った。
「そんな難しいことはしてないよ。《高さ》で指定しただけ」
ディスカードの指が、空を横一直線になぞる。
──なるほど。聞けばそれ以外無いような、単純で効果的な条件だった。
おそらく、一定の高さ以下にある生物を条件に、魔術を組んだのだ。
強盗たちは皆立って見張りをしており、人質は直前に立ち上がったラームスを除き、全員床に座り込んでいた。
ディスカードが、「よっ」と声を上げ、腰を曲げて片足を持ち上げる。
キッカが視線を向けると、こちらに靴裏が向いていた。
そこには、焼印のような魔術式があった。
「あとは裏まで、これを床に焼き付けて歩くだけ」
「……ふぅん。でも、今言った条件だと、わたしのこと守れなくない?」
ラームス同様、キッカも人質として縄を引かれていたから、ディスカードの指定した条件に漏れる。現に、自由に動き回れる代わりに、彼の魔術はキッカを守っていなかった。
それを聞いたディスカードは、「だから?」と言うように、不思議そうな顔で片眉を跳ね上げた。
コイツ。
「オイ、終わったぞ!」
ラームスが強盗を制圧するまであっという間だった。
剣を奪い返すまでもなかったらしい。
#
「わたしみたいなかわいい女の子に好まれる装飾品てどんなんかしら」
店内をウロウロしていたキッカが、急に口を開いた。
ショーケースの硝子片を片づけていた店主が面食らっている。
「え? あ、えっと……お買い物? でしたら後日に……」
「? キッカ今日欲しいんだけど」
「で、でも。店の中に、その……」
「なに?」
店主がチラリと視線を動かす。
キッカも釣られるように、ぐるりとこちらを向いた。
「おにいさまそれいつどきますの?」
キッカが指をさした先には、手足を縛られ、ラームスの足許に転がされた男たちの姿があった。
胡座の上に頬杖をついたディスカードが、「さあ? そのうち取りに来るんじゃない」と、面倒そうに答えた。
結局怪我一つ無かった人質たちは、早々に解放して、ついでに騎士を呼んでくるよう頼んでいる。
詰所に待機した騎士がいれば、そう時間もかからず回収に来るだろう。ただ、全員出張っている場合、どれだけかかるかわからないが。
そのため、店主一人に見張りを任せるわけにもいかず、ディスカードたちはまだ店内に残っている。
「それっていつですの」
キッカが頬を膨らませて言った。
堪え性のない女である。
「さ〜あ? ハイネンヴァルトも最近人手不足だし」
ディスカードが適当に答えていると、隣から「騙しやがったな!」と声が飛んだ。
見れば、ディスカードが甘言を弄して唆した男だ。
「オレを雇うんじゃなかったのかよ!」
「あ〜…それ言っちゃうんだ」
それってつまり仲間を売った宣言になるけど? とディスカードが呆れた顔をすると同時に、予想に違わず、「テメー裏でコイツと繋がってやがったのか!」と怒声が飛んだ。
「ロクでもねぇなこの裏切り者!」
「だからなんだよ。おめーらだって金払いさえよけりゃおんなじことしたろうが!」
「…………」
「ホラな!」
男たちは口々に罵り合い始める。
繋がってたと言われるほどの手順は踏んでいないが。ちょっとばかし耳触りの良い言葉を並べただけだ。それで傾いた。
手応えのない連中だとは思ったが、それらしい仲間意識もないようだ。本当に素人の集まりなのだろう。統率も何もあったものじゃない。
(……それだけ、ハイネンヴァルトの治安が良くないってことか)
一見して、景観を損ねるような破落戸が歩き回っているわけではないから解りづらいが。
こんな素人でも犯罪を起こそうとするぐらいだ。侯爵家の名が効力を失っている証左だろう。
ディスカードは長兄のように領内の運営に関わっていないし、関わるつもりもないが、頭の痛い問題だろうとは思う。
すると突然、キッカが手を叩いた。
「いい案ですわ!」
「? どうした、キッカ」
「雇いましょう」
「え。なんて?」
「雇いましょう、この人たち!」
これには兄弟揃って、「……ハァ?」「何を言っているんだお前は」と盛大に顔を顰めた。珍しく意見が合った。
唖然とする二人に目もくれず、キッカは得意な顔で「人手不足なら、コレ人手にすればいいんですわ!」と答えた。いや、それを見張るのに兵が必要になるじゃん、とディスカードが最もなことを言っても、「牢に繋いでおいても見張りは必要ですわ。それなら魔物狩りでもさせたほうがトクじゃありませんの?」と反駁した。スパルタである。犯罪者の生命の安全は無視する方針らしい。
そもそも、自由に動き回られるのと、牢に繋いでいるのを見張るのとでは、大幅にコストが異なるのだが。
そこらへん、強者であるがゆえに、キッカは感覚がズレているのだ。
「じゃ、早速──」
ホラ立って自分で歩くのよ! あなたたちこれからハイネンヴァルトの下働きですわ!
と、キッカは男たちを蹴り飛ばさん勢いで店から追い立てた。
男たちは、「え……?」「なにコイツ……」と戸惑った顔で、彼女とこちらを交互に見ている。
キッカはポカンと口を開けた店主に、「あとでまた来るね」と言い置いて、そのまま店を出て行ってしまった。
「……えっ。あの、アレ、大丈夫なんですか?」
「えーあー…うん」
一人で強盗たちを連行することに関してはまったく大丈夫だろうけど、騎士になんと説明するのかを思うとまったく大丈夫ではない。
「まあボクたちも着いてくから……」
ラームスは一瞬呆気にとられたが、慌てて追いかけていった。
一人残されたディスカードは、眉を下げ、憂いた表情で微笑んだ。
「もし入れ違いで兵士が来ちゃったら、【強盗はディスカード・ハイネンヴァルトが連行した】って、伝えといて」
「はい……ぇ、はい!?」
「妹がああ言ってるから……ごめんね、大変だと思うけど。またあとで来るよ」
必要がないからしないだけで、ディスカードは取り繕おうと思えば、幾らでも相手の良いように自分を作れる。
独り善がりに淑女を目指すキッカとは、そこらへんが違うのだ。
店主は深々と頭を下げ、ディスカードを見送った。
店外に出ると、「早くしてくださる? お買い物できなくなっちゃうんだけど」とキッカが引き摺らん勢いで男たちを連行していた。
足は自由になり、不自由なのは後ろ手に縛り上げた両腕だけだ。
ラームスを見る。無言で首を振られた。──彼が解いたわけではないようだ。
なら、魔術を使えない、剣も佩いていないキッカは、どうやってこの短時間で縄を解いたのか。
──考えるまでもない。引き千切ったのだろう、力に任せて。この女ならそれが出来る。
「ハイネンヴァルトって、人足りてないのね。過去の襲撃犯なんかも、ただ捕まえるんじゃなくて有効活用すれば良かったのに……あ、もしかして牢の中で内職とかさせてましたの?」
「……どうだろうな」
「あ。そっか。あの時は魔術師も居たし、流石にハイネンヴァルトの騎士でも見張りは楽じゃないのかしら」
魔術師がいようがいまいが、楽じゃないことに変わりはない。犯罪者を雇い入れるということは、内に毒を飼うのと同じだ。使い捨てられる労働力と言えば勝手はよさそうだが、コチラがそう思うように、アチラも同じことを思っていれば、いつ牙を剥くか知れない。
しかし、例え牙を剥かれたところで屁でもない女にはそれがわからない。
ディスカードは溜息を飲み込んで、ラームスに視線を移した。
「アレ? ラームス肘から血ぃ出てるじゃん」
ディスカードの言葉に、大きく反応したのはキッカだった。
「え! なんで言わないの」
「大袈裟だ。言うまでもないだろ……ちょっと掠っただけだ」
「でもさっき言えばお店の消毒とか借りれたかもじゃん!」
「キッカちゃ〜んボクも縛られた腕が痛いよぉ〜」
「? へえ、そう」
「扱い違い過ぎない?」
ディスカードは口を尖らせてラームスを後ろから呼んだ。「軽い応急処置ならモノがあるよ」
ラームスは怪訝な顔をしたが、キッカが「して!」とその身体を押しやった。多少体格が良くてもキッカの膂力には敵わない。
そして自分は男たちを連れてズンズン先へ行ってしまう。男たちは力の強さに目を白黒させているようだった。
「……なんのつもりだ」
ラームスが不機嫌な顔で言った。
ディスカードは、弟が何が気に食わないのか良くわかった。
その証拠に、「ラームスは心配されてイイね」と笑いかけると、密かに奥歯を噛んでいた。
「ラームスさあ」
「……なんだ」
嫌そうな返事が返ってくる。
「キッカちゃんと二人で襲撃受けたのって、五、六年前だっけ?」
「それがなんだ」
「その襲撃犯たちってどうしたの?」
その頃にはもう、ハイネンヴァルトの人手不足はあった。ちょうど魔物が出没するようになった頃でもある。
一般の兵士はキッカのように超人的な強さを持たないし、とてもじゃないが犯罪者を雇い入れて労働力にしようだなんて思いつかないだろう。
牢を見張る兵士だって有限だ。
「その頃にはもうオマエは枷を解かれて、騎士としてある程度の訓練を受けていた。ボクたちはただのガキじゃないんだ。
居合わせたのが侯爵家嫡男なら、あの事件の結末を処理したのもオマエだろ?」
ディスカードがペラペラと口を回しても、馴れ馴れしく肩を組んでも、ラームスは常のように、「うるさい!」と誰よりもうるさい声で怒鳴るでもなく、静かにディスカードへ視線を向けた。
「──騎士として、あの状況で最善の《処理》をした」
「……あ、そ」
ディスカードはラームスの肩から腕を外し、参った、というように両掌をラームスに向けた。「流石、ご立派な騎士様」
ラームスは忌々しげにディスカードを睨みつけたが、何も言わず、そのままキッカの背を追った。
「……ホラ、全然似てない」
キッカちゃん、美化し過ぎ。
ディスカードは首を傾げて、乾いた笑いを零した。
いつか添削します…




