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友達が欲しい1





 王立《エスカッシャ(E)ン・キングス(K)・カレッジ(C)》───


 王都から少し離れた場所に、森に隠れるようにして建つ、広大な学園都市がある。

 その最北に鎮座する、歴史あるユグエン最大最古の学園、E.K.カレッジ。

 広大な国土と比例し、多くの人口を抱えるこの国の、要と言える教育機関である。

 様々な分野に精通し、各分野を牽引する偉人たちを幾人も輩出してきた。生徒の自主性を重んじ、卒業すればそれだけで将来を約束されるほどの名門。自国のみならず他国の留学生も広く受け入れる、世界有数の高等学校である。


 (クラス)は三つ───科目は多数。

 七年制の全寮制。九つの塔と、九つの回廊から成るマンモス校だ。

 優秀な卒業生確保のため、近場に専門校や研究所が乱立し、時間をかけて、一帯が学園都市となった。卒業後の進路も事欠かない。


 そんな偉大なる学び舎の昼下がり。

 《第四専門棟》に、金切声が響いた。



「あらあらまあまあ! また貴女ですかッ!」


 しかつめらしい顔をした女教師が、仁王立ちで少女を見おろす。

 老女に片足突っ込んだと言って差し支えない歳に見えるが、その威風堂々たる立ち姿には、年齢を感じさせない気迫があった。

 対して、正面に立つ少女は、何もない机の前でしょぼくれている。

 教師の掌で、指示棒がパシンパシンと音を立てた。


「わたくし、勉強の出来が良くなくったって、詩歌の才がなくったって、そんなことはいっさい構いませんわ。でもね、テキストも持ってこないようなやる気のない生徒はお断りですの!」

「ごめんなさぁい……」

 

 指示棒がバシンッと激しい音を立て、机の上を叩いたのを最後に、女教師はぷりぷりと怒って、教卓に戻って行ってしまった。

 そうしてようやっと席に着くことが出来た少女───《キッカ》だが。

 しかし、着いたところでテキストがない。

 ノートもない。

 左右をキョロキョロ見渡しても、クラスメイトと目が合わない。


 ないない尽くしのキッカは、やがて全て諦めて、板書を見るに徹するのだった。





#





 《第六中央庭園》は呼び名の通り、E.K.カレッジの中央に位置する、マンモス校に相応しい、国立公園相当の庭園だ。

 その広大さ故、昼休みでも、場所によってはこうして人気が無い。


「マナー・プロトコ〜ル……マナー・プロトコ〜ル」


 呪文ではない。

 人気がないのを良いことに、キッカはぶつぶつと消えた教科書を呼びながら中庭を徘徊していた。

 呼んだからといって、出てくるものではないが。

 しかし、実はある程度、場所に目星はついていた。


 何せ、教科書が消えるのはこれが初めてではない───というか、二回三回の話ではなかった。

 だいたいは授業前に気づいて見つけてくるのだが、今日は紛失に気づくのが遅れて怒られてしまった。

 あの先生の授業だと、これで四度目になる。

 そりゃ怒るわ。


(うーん。不思議だ……)


 茂みを見て周りながら、キッカは首を捻った。

 実はなんと、キッカはそもそもの教科書が姿を消す理由、というか、原因も知っていた。

 足が生えて、勝手に鞄を抜け出す訳でなし───魔術師ならあり得ない話じゃないが───実際、キッカは何度も()()()()を目撃していた。


 キッカの教科書は、何故かいつも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 それもみんな、とても楽しそうに。ワイワイガヤガヤ。だから水を差すのも憚られて、キッカは己の教科書が何処へなりと運ばれていくのを、いつも黙って遠巻きに見ていた。


(運搬中に、わっ、とか言って目の前に出て行ったら、流れで仲良くなれたりしない……?)


「……今度、やってみようかな」


 よし、と両拳を握ったその瞬間──


「──ッキッカ!!」

「え、」


 己を呼ぶ声がしたと思ったら、次いで、ドンッと身体に強い衝撃が走った。

 キッカは思いきり蹈鞴(たたら)を踏む。

 しかも思いの外、踏ん張りが効かず、気づけば背中が地面に当たっていた。


 少し離れたところで、ガッシャーンッッ、と何かが割れる喧ましい音が響いた。


 冷たい地面と反対に、覆い被さる体温は高く、キッカはもぞもぞとそれを押し返した。


「……ちょ、どおしましたのぉ? おにいさまぁ」


 すると耳元で、「無事かーッ!?」とデカい声が叫んだ。

 この距離でこの声量を出す人間はなかなかいない。間違いなく三番目の兄だ。


「鼓膜が破れそうなこと以外、問題ないけどぉ……」

「む。大丈夫か? 落下の衝撃で派手に割れたからな」


 いやお前の声のせいなんだけど……

 そう思いながら身体を起こし、兄の視線を追った。

 そこには、粉々になった植木鉢と土が、さっきまでキッカの立っていた場所に散らばっていた。


「…………あ、」


 数拍置いて、事の次第を理解したキッカは、ハッと青褪めた。

 震える手を、(かたわら)の兄に伸ばす。


「ら、らーむすおにいさま……これ……キッカ、」

「お前すごい震えているが大丈夫か?」


 キッカは肩を震わせながら、小さく首を振った。


(……ッ大丈夫じゃねーッ!)


 あッッぶねーッ!! キッカは心の中で叫ぶ。

 植木鉢、普通に頭上でキャッチしようとしてた。

 考え事に没頭するあまり、完全に油断していたのだ。

 背筋を冷たい汗が伝う。


 頭上から、植木鉢が落下してくるのには気づいていた。

 けれどぼんやりしていたため、「地面に当たったら割れてしまうなあ」とか、そんな呑気なことしか考えていなかったのだ。とりあえずキャッチして、道の脇にでも避けて置けばいいか、とかなんとか思っていた。


 しかし、恐ろしいことに……おそらく、一般的な《か弱い令嬢》は、そんなことしないのだ。


「……ふ、ふぇぇ〜…怖かったぁ……! おにいさま、ありがとぉ……」

「ふははは! まあ、俺にかかればこの程度。造作もない!」

「おにいさまつよぉい!」


 キッカは涙を浮かべて、ふんぞり返るラームスに感謝した。いやほんと怖かったあ。ノールックでキャッチしちゃうとこだった。心から感謝。

 彼のおかげで、淑女らしからぬ行いを()()()()に見られずに済んだ。

 淑女(レディ)の友達になるには、同じ舞台(ステージ)に上がる必要がある。植木鉢を空中でキャッチするような行いは、おそらく彼女らの流儀にそぐわないだろう。あんまりよくわかってないが。マナー本に、空中での適切な振る舞いについては書かれていなかった。


 そうこう考えている内に、ラームスは子供の両脇を抱えるように、ひょいとキッカを抱き起こして、地面に下ろした。

 お互い黙って、己の制服についた土を払う。


「あ、」

「なんだ?」


 キッカの口から小さな声が漏れて、耳聡く反応したラームスは、その視線を追って、眉を顰めた。

 どことなく不服そうな表情(かお)だ。


「……こんなの、ちょっと擦っただけだ。すぐ治る」


 埃を払うラームスの手の甲には、小さな傷があった。

 キッカを押し倒した時、地面で擦ったのだろう。

 確かに彼の言う通り、血すら滲んでいない、薄皮が少し捲れた程度の擦り傷だ。

 それでも傷を負ったのが不覚なのか、ラームスは唇を尖らせていた。


 そして、いくら小さくとも、キッカの方は居心地が悪い。


「……でも、タイミングがずれてたら、植木鉢がおにいさまの脳天を割ってた可能性もあるんだから。あんまり、無闇に突っ込んだらダメだよぉ?」

「そうは言うが。目の前で人が危険な目に合っていて、それを助けんのは意味がわからんだろう」


 ラームスは不満気な顔をしながら、本当に意味がわからんといった顔で言ってのけた。

 彼の過大な自信と、調子に乗りやすいところには呆れることもあるが、妹を助けるため、その身を危険に晒すことを躊躇わない彼の騎士道精神には、素直に感心する。


「それに、俺は当たったところでなんともないしな!」


 ラームスが腕を組み、居丈高に言った。

 ───それは、確かに。そうだろうな。

 尊い血筋(ブルー・ブラッド)の例に漏れず、彼はれっきとした魔力持ちである。洗礼でも《風属性使い(ソード)》と宣言されたらしい。

 《風属性使い(ソード)》はそもそも、素の肉体が強固になる傾向にある。加えてキッカより二年も早く、この学園で魔力を磨いてきたのだ。

 本当に植木鉢程度、大したことはないのだろう。


 問題は、植木鉢程度、おそらくラームス以上になんてことないキッカの方である。


 ()()()()()()()───

 盗賊に襲われ、不覚をとってからというもの、キッカは不本意ながら、ある程度は身体を鍛えることにした。

 出来うる限りか弱いお嬢様で在りたいが、流石に死ぬのは御免だし、痛いのも出来れば嫌だ。

 キッカは今度こそ完璧な愛らしい淑女となって、やがて強く優しくかっこいい王子様に、蝶よ花よと愛されて、幸せな家庭を築き百まで生きるのだ。死んでなるものか。


 だからこの四年間、キッカもコッソリ鍛錬を積んでいた。

 剣を奮っているところなんぞ人に見せたいものではないから、あくまで目立たぬようにだが。何もしなかった頃よりは、多少マシになったと思う。

 魔力の扱いに関しては、前世で染みついているし──前と属性が同じだったのも運が良かった──魔力量に関しては、おそらく貴族である今回の方が上だ。 

 無論、前世に比べれば、かけた時間も、どうやら肉体の質も、随分劣っているが。

 それでも、植木鉢相手に傷を負うようなキッカではない。


 だから、そうと知らずに助けようとするラームスに、多少の負い目は感じていた。


(守ってもらうのは全くもって吝かではないというか、大歓迎なんだけど……)


 キッカが求めているのは、か弱い己を、余裕綽々と守ってくれる王子様であって、こういう、己のために傷を負われるのはちょっと違う。


 とりあえずキッカは、誤魔化すように笑って、「ほんとですわぁ! もしキッカに当たってたら、危ないところでしたもの! 何であの子たちが植木鉢を落としたのかわからないけど、おにいさまが近くにいてくれてほんとに良かったぁ〜!」と嘯いた。

 まあどうしたって当たっていたわけもないのだが。

 (ぼう)としていなかったらそれはそれで、それとなく避けて、きゃぁ〜っと哀れに倒れたフリでもしていた筈だ。


 しかし、ラームスはそれを聞いて、目を鋭くした。


「待て。お前、これは故意に落とされたものなのか?」

「え? あ、うん。キッカのクラスの子……だ、よぉ?」


 え、なに──なんでそんな怖い顔をするんだ。

 キッカは一瞬言葉に詰まった。


 間違いない筈だ。特に気配を消してもいなかったし、入学してから一月以上、似たような科目を取って、一緒に過ごしてきたクラスメイトの判別くらいつく。

 まあ確かに、なんで彼女たちがこれを落としたんだろう? という疑問は残るが。

 明らかにヨイショとやって落としていたから、過失ではない筈だ。

 しかし、よくよく考えてみれば、運良くキッカが下にいたから良いものの、普通なら植木鉢は地面に落ちて粉々に割れてしまう筈だ。ラームスが来たせいで、実際そうなったし。

 要らなくなったから処分するにしても、もう少し穏便なやり方があるだろう。これだけ散らばっては、あとの掃除も大変である。


 そうして首を捻っていると、隣でラームスが唸った。


「お前……それは、お前を狙って落とされたモノじゃないのか?」

「えっ……」


 ───え。なんで?


「なんでって、心当たりはないのか?」

「ないない。全然ない。そもそもクラスメイトとあんまり話したことないもの」

「なるほど。おまえ、友達がいないんだな」


 ラームスの言葉に、キッカははた、と気がついた。

 

「キッカ……ともだちが、いない……?」

「いや、知らないが」

「なんで……?」

「なんでだろうな。何か嫌われるようなことでもしたのか?」

「…………まさか」

「結構考えたな」


 でも、ほんとにどれだけ考えたところで、キッカは己に嫌われる要素があるとは、微塵も思えなかった。

 だって──こんなにか弱く無害な女の子なのに?

 絶世の、とまではいかないにしろ、今世ではかなり可愛らしい顔立ちをしていると思う。少なくとも、容姿に周りを威圧する要素はない。

 制服は変えられないが、小物は花やフリルが沢山あしらわれたものを使い、更に愛らしさを追求しているし、加えて勉学も、芸術系の授業ばかりを選択して、必修の運動授業では存分にか弱く振る舞っている。

 恨みを多く買っていた前世ならいざ知らず、今のわたしは寧ろ、守ってあげたくなるような可愛い女の子の筈だが──?



 ──本人に自覚はないが、まさにこの兄にこの妹有り。

 キッカには、己が深窓の令嬢であるという、どこから来たのか分からない過大な自信があった。



(──でも、わたしを狙って落とされたと言われれば、そんな気もしてきた)


 確かに、様子を窺われていたし。


「ふ、ふぇぇ……どおしよぉ、おにいさま……」

「戦えばよかろう!!」


 は?


「案ずるな。お前ならそこらの生徒に負けはしない!」

「は? いや、えっ? 戦う??」

「お前は誇り高きハイネンヴァルトの子であり、俺の妹だ! 何の問題もなかろう! 俺はお前を信じている。さあ、戦うぞキッカ!!」

「……き、キッカ、戦うなんて、そんな怖いことできな〜い!」


 いや妹を立ち向かわすな。

 ラームスは勝手に盛り上がっていたが、か弱いから無理、の一点張りで拒否を続けていたら、不満気ではあったが、やがて大人しくなった。

 しかし、ホッとしたのも束の間。珍しく何か考えた様子を見せたかと思えば、「それなら、」とまた口を開いた。


「俺が代わりに行ってやろうか?」

「だめに決まってんだろ」


 言ってしまって、ハッと口を抑えたが、ラームスはまるで気にしていない様子だった。

 キッカは、ホッと胸を撫で下ろす。

 ラームスはキッカの口調が崩れても、何の反応も示さない。これはいつものことで、つい気が緩んでしまうが、その反面話しやすい相手だった。

 そして話しやすさ故に、また口調が崩れてしまう悪循環があるのだが。彼は妹が淑女らしかろうがそうでなかろうが、興味ないのだ。ちょっと不満である。


「何故だ」


 ラームスが首を傾げた。

 キッカは先程のやり取りを思い出し、呆れた顔を浮かべた。

 ──何故って、幼気な少女同士の仲違いに、突然知らん男が出てくる方が「何故」だろう。

 キッカは答えた。

 膂力も、権力も、女と男の差を考えれば、女同士の諍いに、男が出張るのは卑怯である。相手も吃驚するわ。


「相手は女なのか?」

「だって、キッカのクラスメイトだよ?」


 《普通科(アルケミア・クラス)》の中でも、キッカのとっている科目は、およそフィニッシング・スクールのような内容である。

 必然、クラスメイトはほぼ女生徒で固まっている。

 つまるところ皆、キッカと同じように嫋やかな淑女を目指す少女たちというわけだ。当然のように荒事慣れはしていない。

 そんなところにこんな厳つい男が物申しに来たら、か弱い彼女たちはふらりと気絶してしまうに違いない。


「しかし、俺では直談判以外の方法なんぞ思いつかんぞ。女相手に拳で勝負するわけにもいかんだろうし、」

「あたりまえだ」


 またやってしまった。

 気安いのも考えものだ。

 

「よし、」


 気をつけないとな、と思っていたら、突然、ラームスがキッカの肩をガシッと掴んだ。

 普通に痛い。

 キッカは平均より少々小さいし、対してラームスは、だいぶ平均以上なもんだから、自然、基本の膂力に大きな差があるのだ。ラームスはそこんとこを、なかなか理解してくれない。


(コイツが触れる時は魔力で防御してやろうか……)


 キッカがそんなことを考えていると、ラームスはひょい、とキッカを小脇に抱えた。


「え、」

「そういう小難しい話は、《ディック》の方が得意だろう。行くぞ!」

「え!?」


 言うが早いか、ラームスは駆け出した。

 どうしよう。そもそもわたし、教科書探しにきたんだけど。

 ていうかディックて誰───?





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