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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第三章:愉しい学園生活】
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淑女と狩人4





 息を切らせてアメリアを探している途中、誰かが走り寄るのを背中で感じた。常時気を張っているわけではないが、自分に向けられた意識はなんとなくわかる。

 パッと振り返ると、まさに少年がキッカに声をかけようとしていたところだったらしく、「わ!」と仰け反って蹈鞴を踏んだ。


「えっあっあの!? すみ、すみません僕──」

「ごきげんようですわぁ〜」

「あ……はい。……こんにちは?」


 少年が呆けた顔で挨拶を返した。

 キッカは目の前の、自分より少しばかり背の高い少年を見つめ、追いかけてまで声をかけてきたのだから何か用があるのだろう──と、しばらく待ってみたが、変声期前の声は、「あの」とか「ええと」とか、要領を得ない鳴き声を上げるばかりだった。

 痺れを切らせたキッカが、「なんか用ですの?」と尋ねてやっと、意味のある言葉が出てきた。


「スポーツデイの……謝罪がしたく、」

「謝罪?」


 言葉の意味はわかるが、意図がさっぱりわからない。

 キッカが首を捻ると、それを合図にしたように、少年が勢いよく頭を下げた。


「あの日は大変失礼なことを……! 謝って許されることではないと承知の上ですが、でも、自分の発言を思い返すたび、居ても立ってもいられず……」

「? ……??」

「…………ラームス先輩の後輩で、スポーツデイの日、剣闘試合の前にラームス先輩が探してた……」

「…………! あの時の……ッ……! ……!!」

「ルーデンスです。ルーデンス・セクストン」

「ルーデンスさま!」

「長ければルドでいいですよ」

「あのとき剣闘試合にビビり散らしていた」

「すみませんでした……」


 キッカが思い出して口にすると、ルーデンスはまた縮こまって謝罪した。


「? よくわかんないけど……失礼なことしたんなら、今後は花のように可憐な淑女として扱ってくれればいいですわ」

「花のように……それは、どんな?」

「どんな」


 問われてキッカは黙りこんだ。具体的なことは考えていなかったのだ。可憐な淑女の扱いってどんなだろうか。

 物語では例えば、歩くときに手を差し伸べてもらったり、困っていたら助けてもらったりしていた。あと定番は竜から救い出されたりだが、これに関してはここらへんで竜を見かけたことがないので現実的ではないだろう。


「なんか……助けてくれればいいですわぁ」

「なんか」

 キッカの答えを聞いて、ルーデンスは困った顔で微笑った。「僕に出来ることがあれば、勿論構いませんが。何かお礼ができればいいんですけど……」

「お礼?」


 謝罪の次は礼ときた。正直、キッカにはどちらも身に覚えがない。

 しかしルーデンスは当然のように、「あの日、助けていただいたお礼です」と言う。

 もしかして罠に捕まっているところを助けた鶴か何かだったりするんだろうか。人間の姿の方はスポーツデイの日にちょっと話した記憶しかないが。


「キッカ別になんにもしてないけど……鶴ですの?」

「は? 鶴?」


 ルーデンスは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに、「ああ……なるほど」と呟いて、一人納得したようだった。


「承りました。それでは、感謝は胸のうちに留めておきましょう」

「??」


 もしかして本当に鶴だったのだろうか。キッカが不思議そうに見つめていると、ルーデンスは「今日は、やはりラームス先輩に誘われて?」と話題を変えた。


「ううん。おともだちに誘われましたの!」


 急な話題転換だったが、キッカにとって楽しい話だったので歓迎した。

 途端に顔を輝せるキッカに、ルーデンスも微笑ましそうな表情(かお)で、「良かったですねえ」と相槌を打った。

 ちなみにキッカの頭から先にディスカードに誘われていた記憶は抜け落ちている。


「でも、見当たらなくって」

「見当たらない?」

「誘ってくれたともだちが、探してるんだけど、いないの」


 キッカはそれで会場の周りや、北の門から庭園までの道のりをウロウロと徘徊していたし、なんなら今も徘徊中である。


「よろしければさっそくお手伝いしましょうか?」


 ルーデンスの提案に、キッカは嬉しそうにニコニコ笑った。「ほんと? レックスさまはいないし、アメリアちゃんは見つからないし、ヒマでしたの!」

 暇つぶし相手として認定されたルーデンスは、それでも嫌な顔一つせず、キッカの後ろで「レックス様が…………レックス様!?」とひっくり返った声を上げた。

 キッカがきょとんと振り返る。


「? ハンカチ渡そうと思ってたんだけど、来ないみたいですわよ」

「や、レックス様てあの……勘違いだったら申し訳ないのですが、僕が知るレックス様はカターリナ帝国の第二王子殿下なのですが……」

「ああ、たぶんそのレックスさまですわ。おともだちですの?」

「おともだち!!?」

 畏れ多い! とルーデンスが首を振った。

「平民の僕には荷が重過ぎますよ……!」

「でも、学園(ここ)ってそういうの気にしなくていいんじゃないの?」

「そうは言いますが……僕カターリナ出身なので……」

「! そうなの」


 キッカは思わず立ち止まった。

 《エスカッシャン(E)・キングス(K)・カレッジ(C)》は他国からも広く生徒を受け入れている。だから意外でもなんでもないのだが、大きく反応してしまったのは、彼の故国がキッカと縁深い国であったからだ。


「本来ならキッカさんだって、僕にとっては遠い人ですよ」


 なにせあの《ハイネンヴァルト》ですから、とルーデンスが呟く。

 生家の名前は他国でも有名らしい。確かに、《ハイネンヴァルト》は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、永く続く家だ。歴史ある家名というのは、それだけでよく名が通る。


「でもキッカには普通だよね?」

「すみません……」


 別に謝罪が欲しいわけではなかったが、ルーデンスはまた謝った。続けて、「先輩のご兄妹だと思うと、なんか……反省します……」と言われたので、納得した。

 確かに。人にその手の緊張を与える貴族らしさは、あの男にない。


「ルーデンスさまはおにいさまに誘われたんですの?」

「いえ。参加してるのも今日初めて知ったくらいで。僕は《狩猟倶楽部(ハンティング・クラブ)》から直接招待された形ですね」

「そうなんだ」


 アメリアの口ぶりから、招待されるのは貴族だけかと思っていた。

 その疑問が顔に出ていたのか、ルーデンスは、「社交の場として設けられてるわけですから、基本的には貴族だけだと思いますよ」と答えた。心が読めるのかと面食らった。


「ただ、成績とか何か目立つものがあれば招待されるみたいですね」

「ルーデンスさま頭良いんですの?」

「実は座学はわりと良いんですよ」

「ふぅん」


 ということは、先ほどの女生徒も成績優秀だったのだろうか。

 不思議と落第ギリギリのキッカとしては、羨ましい限りだ。


「頭良いなら、普通科(アルケミア・クラス)の方が向いてそうなのにね」


 キッカは言った。

 別に騎士科が馬鹿だとかそういう話ではなく、剣闘試合をあれほど怖がるルーデンスが、何故騎士科を選んだのだろうと思ったのだ。

 普通科は座学と芸術科目がほとんどで、体を動かすのが好きなわけでなければ、そちらに進んだほうがよほど楽だったと思う。


 ルーデンスは困ったような、少し苦い顔をした。


「あー…その……兄が宮廷魔導士で、」

「え! カターリナの?」

「詳しくは知りませんが……所属としては、第一王子に仕えているそうです」

「それは──」


 すごいんですのね。

 そう言いながら、キッカの顔は死んでいた。

 カターリナが昔と変わらなければ、王宮の実働を担うところはガチガチの実力主義である。そこで継承権上位の王族に雇われているということは、実際大層優秀なのだろう。

 しかし、魔術師なんてすごければすごいほど比例して倫理観が低下していく生き物だと思っているキッカは、ルーデンスの兄に良い印象はなかった。どころがマイナスである。


「そう……すごいんです。僕と違って。僕には魔力もありませんし……せめて国を護る騎士として身を立てられるよう、この学園に入学したというわけです」

「あんだけ怖がってたのに?」

「うッ……」

「やめないの?」

「うーん……この学園に通うのに、もうどれだけお金がかかっているかを考えると、ちょっと」

「なら強くなるしかないんだね」

「そうなりますね」

「頭良いならなんとかなりそうだけど」

「頭の良さなんて、試合じゃそう役に立ちませんから」

「試合は知らないけど」


 《戦場(本番)》では役に立つでしょう? キッカは言った。

 ルーデンスが目を丸くする。

 納得いかないだろうか。確かに、頭が良くても、使うべき場所で冷静でいられるだけの体力と、筋肉と、経験は必要だ。中でも筋肉は戦場で裏切ることがないので、頭の良さよりも優先される場面は多い。


「それは……頭の回転が速いと機転が利くから、みたいな話ですか?」

「というか普通に……座学が良いなら、暗記とか得意なんじゃないの?」

「それは、まあ」

「じゃあ魔術も覚えやすいでしょ」

「? 僕魔力ないですよ」

「? だから勉強するんでしょ」


 二人で首を傾げて見つめ合った。


「……魔力もないのに、魔術の勉強していいもんなんですか?」

「?? むしろない方が勉強しなくてどうするの。使う連中は使いたいもの勉強すりゃいいけど、対処するこっちは全部覚えないといけないんだから──」

「こっちは……?」

「る。ルーデンス・さ・ま・は! ですわぁ!」


 キッカが慌てて言い直したが、ルーデンスはあまり気にしていないようだった。ほっと胸を撫でおろす。


(そういえば、魔導科は属性無しじゃ入学出来ないんだっけ……)


 騎士科でも、魔術師はクラスが分かれているとラームスが言っていたのを思い出した。

 どうも数が減った分、昔より魔術師の扱いが特別なようだ。


「魔力があっても、なくても。戦場に出たら、魔力を使う人間と戦うんじゃないですの?」


 キッカが落ちていた石ころを拾って、地面に基礎の魔法陣を描き出す。

 キッカに地属性の魔力はない。だからこれは、発動することのない、ただの落書きだ。

 それでもキッカは魔法陣(コード)が描けたし、祝詞(センテンス)はそらで言えた。

 知識があれば対策が取れる。上手くやれば利用も出来る。結局のところ頭の回転なんてものは、膨大な知識と経験の上に成り立っているのだ。


「……それは、もっともですね」

 ルーデンスもキッカの隣に屈み込んで、頷いた。「試合形式の授業では、魔力持ちとそうでない人間が分けられているので……そこらへんをリアルに考えていませんでした」

「本番ではそう上手く区分けされないからね」


 流石にもう少し学年が上がれば、魔術師との試合も、魔術についての授業もあるのだが。

 しかし、二年生のルーデンスはまだそのことを知らないし、そもそも騎士科ではないキッカが知る由もなかった。


「戦場に出たくないなら、頭良いほうが、出ないで済む可能性は上がるし」

「? 何故ですか」

「カターリナって……」


 言いかけて、口を噤んだ。

 そういえば、カターリナの軍事政権が今も続いているかどうか知らない。よしんば続いていたとしても、その話をか弱い淑女が口にするのはおかしいだろうということに気づいたのだ。


「……なんでもないですわぁ。偉い人になれば、戦場に出なくていいんじゃないかなって、思いましたのぉ〜!」

「確かに。それはそうかもしれないですね」


 ルーデンスがクスクスと微笑った。現実的な話だと思っていないのだろう。

 けれど実際、戦場で軍師参謀の役割を務める人間は、生き残った末に裏に引っ込む事が多い。

 その役割が、楽に見えたことはないが。

 彼等は戦場で敵を屠る役目から解放される代わりに、味方を大勢殺す覚悟を求められる。

 死以外で戦場を退く騎士は、その覚悟がある人間か、もしくは心ない戦争狂が適任だ。

 現場としては、判断さえ間違えなければどちらが上司でも構わない。



「そういえば──アメリアちゃんというのは、アメリア・フロレンスさんのことですか?」


 キッカに続いて立ち上がったルーデンスが、ぽつりと呟いた。

 キッカはポイと石を投げ捨てながら、「おともだちですの?」と目を丸くした。


「名前を知ってる人みんながお友達というわけではないですよ」

 ルーデンスが苦笑しながら答える。

「確か彼女は、森に入って行ったと思いますが」

「森に!?」

「はい。狩猟部の方々と一緒に」

「なんで森に……」

「それは僕には……まあ、狩りにじゃないですか?」

「あ……アメリアちゃんはお嬢様だもん! そんなことしない!!」


 キッカが地団駄を踏んで否定するのに対し、そうですかね、とルーデンスが首を捻った。

 きっと何かの見間違いだろう。





#





「えっ!?? アメリアちゃん森に入ってたの!?」


 庭園をいくらうろついても見つからなかったアメリアは、森の方からやって来た。

 聞くとどうやら、本当に狩りの参加者として森に入っていたらしい。

 それを言い当て、「北門の方も見に行ってみましょうか」と提案した当のルーデンスは、アメリアの姿を見つけた途端、自分の役目は終わったとばかりにキッカの隣を離れていった。

 頑張ってみますね──と、一言だけ残して。

 キッカは何の話かわからず首を傾げた。


 大会というからには、狩った獲物は評価される。

 大量の獣の死骸を庭園に持ち込むわけにいかないので、北門の前で査定を行い、結果は庭園で発表されるらしい。そんな事情もあって、北門には幾人かの参加者が受け渡しに屯していた。


「ええ。流石に一人ではないけれど、馬術部に騎士科の先輩がいるから一緒に行ってきたの」

「あ、危なくないのぉ……?」

「戦えるわけじゃないんだから、一人だったらそりゃ危ないわよ。先輩と一緒じゃなきゃ行ってないわ」


 どうりでいくら探しても見つからない筈だ。

 キッカはアメリアの周りを嬉しそうにちょこまかと纏わりつき、馬に吊り下げられた立派な鷹を見つけて、指をさした。


「この鳥さんたちは?」

「私が狩ったものよ。乗馬と同じで、うちじゃ鳥狩(とがり)も教養として学ぶから……」

「す、すごいですわぁ……!」


 騎士科の先輩とやらの獲物かと思ったら、アメリア本人の狩った獣であった。

 爪が鋭く、襲われたら痛そうだ。背に弓があるのを見るに、それで仕留めたのだろう。

 ドレスでも制服でもないパンツスタイルは、馬術部のユニフォームか何かかと思っていたが、狩りための衣装なのかもしれない。

 まさか、狩りの参加者側だったとは。

 アメリアは馬から獲物を取り外しながら、「それより、貴女あのとんでもないハンカチ誰か渡しましたの?」と問いかけた。


「とんでもない……? うん。おにいさまたちに……」

「ラームス様に!?」

「え、あ。あとディスカード……」


 後半は聞こえていなかったようで、アメリアは険しい顔をして、「あんなハンカチがラームス様のお手元に……!? いえ、でも冷静に考えれば他の女から受け取るより家族から貰ったほうが面倒は少ないですわね……」と、ぶつぶつ呟いていた。


「……今回ばかりは許しますわ!」

「ありがとう?」


 キッカは返事をしながら首を傾げた。

 すると丁度、ラームスとディスカードも森から戻って来たようだ。


「キッカちゃん、ホラ熊」

「見せなくていい見せなくていい」

「キッカ! 俺のも見ろ!」

「血なまぐさい血なまぐさい」


 獲物を何故か査定に立っている上級生ではなく、キッカの方に渡そうとしてくるので、キッカは「いらないいらない」と顔を顰めて拒否した。


「いいじゃん他にあげる相手もいないし」

「食堂が困らんよう血抜きもしてきた」

「偉いね……」


 げんなりした顔でキッカが答えていると、アメリアが何故かキッカの後ろに隠れた。いかんせんキッカが小さいので隠れきれていないが。


「? アメリアちゃんどうしたの──……!ッ」


 キッカはハッと気がついた。

 このように大きな獣を前にした淑女の振る舞いとして、平静でいるのはおそらくベストではないのだ。

 キッカは淑女に詳しいのでわかった。たぶん恐ろしく思ったりするべきだ。慌てて、「きゃ……きゃ〜!」と情けない声を上げた。


「血だらけの獣、こわいですわぁ〜!」

「あーはいはい」

「キッカ、こんな野蛮なもの要りませんわぁ!」

「あなた、騎士が危険を犯して狩ってきた獲物を断るだなんて……ッ!」


 後ろから、キッカの肩をアメリアがぐっと掴んだ。

 キッカからすれば撫でられたような力加減だが、なんか怒っている気がする。

 ──平然としててもダメで、受け取らないのもダメ……?

 淑女の機微は思っていたより難解であった。

 頭の中をぐるぐる回しながら、キッカはつい「じゃ、じゃあアメリアちゃんもらう……?」と呟いていた。


「!?!? わ、わたしが、ラームス様の狩った獲物を受け取る!? なんて、そんな……!!」

「ボクもいるんだけど」


 ディスカードの声はまるで聞こえていないようで、「いえこれはキッカさんに贈られたものなのだからわたしなんかがラームス様から渡されるなんてそんな烏滸がましいこと」とまたアメリアがぶつぶつ言い出した。

 しかしその独り言は、ラームスが、「ああ、お前か。キッカの友達だったな!」と言ったことでピタリと止まった。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません! わたくし、アメリア・フロレンスと申します!」


 アメリアはビシッと姿勢を正し、真っ赤な顔で挨拶した。

 キッカが飛び上がって喜んだ。アメリアが、キッカを友達だと認めてくれたのだ……!


「そおなの! キッカのおともだち! 獲物は全部アメリアちゃんにあげて! いっぱい食べてね!」

「食べ……? いえ、でもこれはあなたに……」

「まあボクは別に誰にあげても良いけど。キッカちゃんが要らないなら、アメリア嬢の狩りの腕前に敬意を表して、ってことで捧げさせて貰おうかな」

「この鷹はお前が狩ったのか?」

「え。ええ、はい!」

「弓術か。俺はあまり得意じゃないんだ。素晴らしい腕前だな」

 ラームスはキッカを見て、「ほんとに要らんのか?」と猪を片手で持ち上げた。キッカはアメリアに怒られないか様子を窺いながら、恐る恐る首を横に振った。いらん。

「そうか。じゃあ俺も、これをお前に捧げよう。狩りの腕前に敬意を表して」

「は、はい……そんな……畏れ多いことでございますわ……!」

「ねえボクちゃんとこの世界にいる?」

「残念ながら見えてるよ」

「透けてたりするのかと思った」

「そうだったら良いんだけど」

「ひどくない?」


 目の前の二人は──特にアメリアは──ディスカードの存在を認知していないようで、さすがに憐れが過ぎたためキッカが返事をしていると、ラームスがくるりとこちらを向いた。「行くぞ!」と言うとディスカードを引っ張って、査定の方へ向かって行った。


「アメリアちゃんもそれ渡してくるの?」

「あ! え、ええそうね……こんな……わたしまだ、きちんとラームス様に謝罪も出来てないのに……」

「あ、次のホリデーにうち来る?」

「え!?」

 なんですの突然、とアメリアが真っ赤に蒸気した顔をそのままに、キッカに尋ねた。

「言ってたじゃん。前、遊びに来るって」

「それは……でも、わたしなんかが行ってもいいのかしら……」

「ほんとはアウティングもアメリアちゃんと同じミスティリオン行く予定だったんだけど、一人にしちゃってごめんね!」

「なんですのそれ……別に来るつもりだったとも聞いてないし、」


 アメリアは呆れたように肩を竦めて、微かに微笑んだ。


「あなた一人居たところで、何も変わらなかったわ」





#





「今回なかなか下級生が健闘してたみたいですね〜上級生泣いてんちゃ〜ん? 騎士科の参加はなかったのかな……あ、五年生以上の参加はなかったのか。あったら地下闘技場送りでしょ? アハハ! なんつって冗談ですよ紳士淑女の皆さん」


 庭園の舞台でペラペラと捲し立てているのは、狩猟倶楽部(ハンティング・クラブ)所属の普通科上級生らしい。ディスカードに教えてもらった。


「友達なの?」

「んや。五年生以上って人数少ないから、自然と顔だけ見知ってる感じ」

「騎士科って地下に闘技場があるの?」

「冗談だと言っていただろう」

「あるなら何に使ってるんだろ。ラームス見つけたら教えてよ」

「学校にそんなものあるわけないだろう!」


 ディスカードは在籍も長いし好奇心旺盛だから何か知らないかと思ったが、他寮となるとそうもいかないようだ。

 舞台上の軽い演説が終わったところで、周囲の雰囲気が変わった。

 注目が舞台の上に集まるのを感じ、キッカも倣ってそちらを見る。


「んじゃあお待ちかね、今大会の優勝者とクイーンの発表だ〜い!」


 会場の沈黙は、結果を待っているようだった。

 皆が舞台に集中している間に、脇に大きな布の掛かった台車が到着した。

 舞台の男はそちらを一瞥すると、「ちゃちゃっとどっちも言っちゃいますね〜」と、頭上で拡声器をクルクル回した。


「クイーン、普通科三年、《リリィ・アルダート》! 優勝者、《匿名》──」


 以上! と、名前が呼ばれた途端、一人の女生徒の頭上に花が降った。魔術の演出だ。随分凝っている。

 隣のディスカードが、「えっ。フロレンス嬢じゃなかったんだ」と呟いた。遠目に見たアメリアが、ホッとした顔をしていた。


「──《匿名》?」


 会場内の誰かが呟いた。

 それを皮切りに、参加者の中にざわめきが広がる。それを待っていたかのように、パァンッと一際大きな音が響いた。


「アルダート嬢はこちらへ! 匿名の騎士が貴女にどんな獲物を捧げたのか、気になるでしょう?」


 男が鳴らしたのはクラッカーのようなものだった。筒から花や小ぶりなティアラが飛び出てきたので、あれもきっと魔道具の類だろう。

 女生徒は戸惑う顔を見せたものの、おずおずと舞台の上へ足を進めた。


「さーて、見てもらった方が早いでしょう。匿名の優勝者がどんな獲物を狩ってきたのか? 今年のクイーンはどんな獲物で女王の称号を手にしたのか? はてさて淑女皆様方には刺激がお強いかと思いますので、気の弱い方は目をお瞑りくださ〜い」


 男が言うのと同時に、キッカは「きゃあ〜!」と声を上げながら目を覆った。

 会場の学生たちが目の当たりにしたのは、獣でもなんでもない。

 巨大な魔物の頭部であった。


 ──青い魔物(アーヴァンク)

 魔物の中ではそこまで珍しくも、特別強くもない。だから知っている者は知っているだろう。

 青黒い体表。巨大な鰐の頭部。鼠のような体。硬く長い体毛──これらはアーヴァンクの特徴である。頭部だけだと、少しわかりにくいが。


「コイツを狩った騎士は名乗りもせず、ただ彼女のハンカチと【リリィ嬢に】の一言だけ残して去って行ったとか……いや気障すぎ〜ん? マジで誰? 騎士科上級生紛れ込んでた? まあ詮索されたくなさそうな御人ということで、気になる人は自己責任で探してね! まあ僕はアルダート嬢に卒業まで逆らわないって誓ったけど。普通科五年カロン・カリストは無害な男だって怖い彼ピに伝えといて。ヨロシク。アルダート嬢に無礼を働いた記憶がある男は震えて眠れぇ〜?」

「え? あ、はあ……」

「あと僕絶対あの森入りたくないなと思いました。何あの森。こんなんいんの? 教師なにしてんの? 僕みたいなか弱い生徒に何かあったらどう責任とってくれんの? 教育委員会に訴えるわよ!! あ騎士科の皆さんいつもお疲れ〜ッス」


 キッカは覆った両目の隙間から、舞台上を物珍しげに見上げた。ここまでよく喋る生徒を初めて見たのだった。隣のリリィも完全に戸惑っている。

 学園生活でキッカと同じ空間にいるのは、だいたい同じ年頃の淑女か、すれ違うのも紳士然とした少年ばかりだ。

 上級生は元気な人が多いのかな、と賑やかしのような演説に耳を傾け──


「…………なに」


 さすがに気になって小さく声を上げた。

 両隣からの鬱陶しいほどの視線に、渋々口を開いた形である。

 キッカの言葉を発言の良しと捉えたのか、二人は勢いよく話し始めた。

 

「あんなもの森のどこにいたんだ?」

「結構奥の方に隠れてたでしょ。よく狩れたね?」

「ディスカードお前、気づいていて野放しにしたのか?」

「魔物だよ? 獣でも、魔獣でもなく。国から討伐隊が組まれる魔物。普通に考えて学生の手に余るわけ。人里に出たわけじゃあるまいし、下手に手を出すより放って置いた方が利口でしょ」


 まあボクは倒すのも訳ないけど、とディスカードが付け加える。

 つい先月、彼が砂漠の国で炎の魔物と対峙したのを見ているキッカは、その言葉が強がりでもなんでもないと知っていた。

 二人は黙り込むキッカを挟んで、尚も言葉を続けていく。


「てかよく狩ったねあんなん」

「そんなに強い魔物なのか?」

「いや、強さっていうより……どうせスライム使って姿隠したんでしょ」

「スライムにそんなことできるのか?」

「スライムてかキッカちゃんはね。つまり寮まで戻って森に入って誰より早く庭園まで戻ってきたってわけだ。謎の高速移動物体として捕捉されなかった? だいじょぶ?」

「………なんの話ですのぉ」

「おいディスカード、普通科寮と森は真反対だぞ」

「いやこの人が全力出せば一瞬だから」

「そ……そんなことないもん!」

「どのくらいかかったの?」

「え? ええと……じゅ、じゅう……?」

「十分!?」

「ご! じゅうご……」

「ラームス、この学園の広さどれくらいだっけ?」

「に、じゅ……」

「逆サバ読むのやめなよ」


 ディスカードがピシャリと言う。

 実際、狩りを終えた足でアメリアを探すのは息が切れた。決して楽々往復したわけではない。

 キッカはむむむ、と口をへの字に曲げた。




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