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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第三章:愉しい学園生活】
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淑女と狩人2





 約一月にも及ぶ旅を終え、キッカがまず初めに目にしたのは、第九塔(生活棟)の前で仁王立ちするラームスの姿だった。

 眠い顔で暫し怪訝に首を傾げていたキッカだが、不意にハッと顔を引き攣らせた。

 不味いことを思い出したのだ。


「キッカ」

「お……おにいさま」


 こちらに気づいたラームスはずんずん近づいてくる。

 腰が引けた様子で吃るキッカなんて、なかなか見ない姿だ。隣のディスカードがもの珍しそうな顔をした。


「ええとその……お久しぶりですわね」

「どこへ行っていた」

「あぅ、あうてぃんぐに……行ってましたけど? みんなそうでしょ?」

「何をしたんだ?」


 ラームスが淡々と尋るのが、尋問のようで尚更キッカには恐ろしかった。

 これならいつもみたいに大声で怒鳴られたほうがマシである。


(…………手紙出すの忘れてたッ!)


 そう。

 ラームスからは、行先が決まったら伝えるよう言われていた。

 キッカだって、それを無視するつもりはなかった。ミスティリオンに着いたら、手紙で上手く誤魔化しておこうと思っていたのだ。

 ──しかし、蓋を開けてみればミスティリオンには行かなかったし、魔物と鉢合わせ、王子が仲間に加わり、内乱に巻き込まれた。

 そんなことがあって、さっぱり思い出すタイミングが無かったのだ。


「手紙も寄越さず、家族の誰にも行先を告げず、どこで何をしていたんだ?」


 ラームスはゆっくり、一言一言、言葉を発した。

 キッカは追い詰められたように黙り込んで、背中を冷や汗で濡らした。


(……い、言えない)


 他国の王子を助け、人攫いのアジトを潰し、反乱軍の祭に参加して、魔物の根城で魔法陣を壊した──なんて。

 とてもじゃないが、言えない。

 何故か?

 ラームスに怒られるのがやだからだ。


「ねえ、ちょっと」


 まごついていると、ディスカードがぐいとキッカを押し退け前に出た。「オマエ、ボクのこと見えてなかったりする?」

 その言葉に、今までキッカしか見ていなかったラームスが、やっと隣の男を瞳に映した。


「……なんでお前がキッカと一緒にいるんだ」

「あ見えてないワケじゃなかったのね」


 そりゃ良かった、とディスカードは煽るような口振りで言った。


「質問に答えてやるけど、キッカちゃんとアウティングに行ったのはボク。つまり家族同伴てワケ。だからオマエが心配する必要もナシ。オーケーわかったらそこ退()いてくんない?」

「お前と一緒に?」

 ラームスがギロリとキッカに視線を戻した。

 キッカはたじろいで一歩下がり、ラームスは一歩進んで、その距離を縮めた。


「コイツと、行ったのか。アウティングに」

「う〜…ん」


 キッカは微妙な返事をした。怒られるかな。ダメだったかな。そんな不安が透けて見える返事だった。

 キッカだってディスカードと行きたかったわけじゃない。元はと言えば、ディスカードとラームスを一緒にしないために承諾したのだ。

 次兄の正体を知った今となっては、正しい判断だったと思う。予想していた以上の危険人物だったので。


「ラームスさぁ……妹が心配なのは解るけど、帰って早々コレは配慮なさすぎじゃない? こっちも疲れてんだよね。キッカちゃんも()()()()()()で最高評価貰って、今年は進級出来そうなんだからそれでいいじゃん。めでたしめでたし世は事もなし。ハイオワリ解散」


 ディスカードが間に入って、ラームスを遠ざけようとする。

 今はありがたいと思ったが、ラームスを見てギョッとした。ちょっと殺気すら感じられるような形相で、ディスカードを睨みつけていたので。

 何故かディスカードが庇えば庇うほど余計にキレている気がして、キッカはディスカードの耳にそっと唇を寄せた。「──お前ラームスになんかした? 殺すぞ」ディスカードからは、「え酷くない? 庇ったのに」とまた小さく返って来た。

 心当たりがないのか、話す気がないのか。キッカがディスカードから聞き出すのを諦めて、チラ、とラームスの方に視線を向けると、何故かそちらはブチギレ大噴火寸前という様相になっていた。

 ヒエ、と声を上げて、キッカがディスカードの後ろに下がる。

 そして実際ラームスはブチギレ大噴火した。


「キッカ・ハイネンヴァルト!!!」

「あぃ」


 ついにラームスのクソデカ怒鳴り声が響き渡り、キッカは身体を小さくした。

 めちゃくちゃデカい声に、身構えていても吃驚したのだ。なんなら遠くに通りかかった生徒も皆こちらを見ている。


「俺はお前を守ると誓った!」

「はひ」

「しかしお前が俺の剣の届く範囲にいなければ意味がないだろう!!」

「はえ……」

「次、学園から出るときは必ず俺に声をかけろ! わかったな!!」

「で、でもわたし、一人でだいたいなんとかできる……」

「お前は! 守られる!! 令嬢に!!! なりたいと言わなかったか!!!!」

「い、言ったぁ……」

「自分の発言に責任を持て!!!」

「はわ……」


 キッカはしょんもりと視線を落とした。

 なんでこんな怒られてるんだろう……そりゃ危ないことなんてしたくないし、守ってもらいたいのもその通りだけど。

 でも、今回は事情が事情だ。我ながらわりと働いた。評価もちゃんと貰ってきた。

 ……なのに、なんで怒るんだろう。ラームスにとって、強いことはいいことなんじゃないのだろうか。それとも、やっぱり約束を破ったことを怒ってる……?


「今後はどうすればいいかわかったか」

「遠く行くときラームス呼ぶ……」

「そもそもあちこち行くなと言いたいが、お前は聞く気がしないからな。ちょっとでも学園から離れたいと思ったら俺を呼べ」

「わかった」

「よし」

「重〜ッ……ま、ラームス居なかったらボクに声かけてもいいけどね」


 ディスカードがキッカの頭に顎を乗せ、「貸しで良ければ手を貸すよ」と言った。キッカは背負投げで振り払おうか逡巡したが、生徒がチラチラこちらを見ているため止めた。

 ラームスがまた、ディスカードを睨む。


「ディスカード、おまえ自分が何をしたか忘れたのか?」

「えっ?」

 少し考えて、ディスカードは、「あ〜…あのときはゴメンて! ちょっとゴカイがあったっていうか。もうやらないやらない」と答えた。

 キッカはちょっとどれのことかすぐには頭に浮かばなかったが、とりあえず、「そもそもディスカードには頼みませんわ」と答えた。

 キッカがバッサリ斬り捨てると、頭の上で「ひどーい」と泣き真似をする声がした。

 それを見たラームスが、なんだか微妙な顔をする。

 キッカは首を傾げた。

 ラームスは、ディスカードに頼るのは反対する態度をとるのに、その通りにしたらしたで変な顔をする。


「……おにいさま、なんかあった?」

「? 俺のほうは何もないが。ただお前がなかなか戻ってこないから……」

「あ。寂しかったんですの?」

「は……さッ、は!? いやそういうわけじゃ」

「一緒に寝る?」

「へ?」


 ラームスがぽかんと口を開けた。

 ディスカードは引き攣った声で、「……ご、ごめんキッカちゃん今なんて?」と尋ねた。


「今日一緒寝よっか」


 キッカは口をあんぐり開けた二人の前で、同じことを繰り返した。

 寂しかったんでしょ? アウティングの話でもしようよ。

 キッカがそう言うと、ラームスは唖然とした顔でキッカを見下ろした。

 ディスカードはキッカの前に回り込み、わたわたと慌てた身振りをした。


「待ってキッカちゃん早まらないでコイツそんなタマじゃ──」

「寂しかった」

「ほらやっぱりそうですわ」

「ラームス!!」


 ディスカードが振り返ってラームスに吠える。さっきとはまるで逆だ。そんなに仲悪かったっけな、とキッカは首を傾げた。


「ディスカードうるさい。一人寝が寂しいときだってあるでしょ」

「いやコイツのはそーいうんじゃないでしょ……」


 ディスカードはなおも苦言を呈したが、キッカは無視して一旦自寮に帰った。

 残された男二人は、黙って顔を見合わせた。





#





 基本的にどの寮に入るのも、第九塔(生活棟)を経由する必要があるのだが。

 侵入するとなれば話は変わる。


「……ほんとに来たんだな」

「? 行くって言ったじゃん」


 皆が寝静まった夜半。キッカは約束通り、騎士寮までやってきた。──窓から。

 別に他科の学生が寮に入ることを禁じられてる訳ではないが、正規のルートで行くと入口で目的を検められるし、時刻なども記録される。

 キッカの方から出向くと言い出した理由も単純で、三寮の中で一番侵入し易いのが騎士寮だからだろう。

 騎士寮は唯一、侵入者に対し魔術的な細工を施していない寮である。先輩からは、「騎士科生は全員警備員みたいなもんだからな。その自負によるものだ」と聞いたが、本当かどうか知らない。


 キッカはなんの躊躇もなく、ラームスの布団に潜り込んだ。


「きて」


 キッカが舌の足らない声を出す時は大抵、眠たかったり、動揺していたり、はたまた頭に血が昇っていたり──今回はどれだろう。


 ……現実逃避だ。

 ラームスは自分の部屋にも関わらず、入口の近くで固まっていた。

 キッカが頭の半分だけ布団から出し、怪訝な顔で「はやく」と言うのを聞いて、やっと操られたようにふらふらと、寝台(ベッド)の横まで足を進めた。

 しかしそこでまた、足が縫い留められた。

 彼女の許しを待つように、寝台の脇でだんまり頭を俯けているラームスを見て、キッカは不思議そうに首を傾げた。


「? おいで」


 ちょいと布団を持ち上げて、キッカが笑いながら言う。

 その声が脳みそを揺らすと同時に、ラームスの額に青筋が立った。

 この女には警戒心がない。何故か? ──彼女にとって、己が警戒に値する脅威ではないからだ。

 ラームスは血管が切れそうになりながら、感情とは裏腹に、体は素直に布団の中へ収まっていた。



「なんでそんな顔してるの」

「どんな顔だ」

「恐い顔」


 キッカはそっと、寝台の中でラームスに近づき、耳許でこしょこしょと「まだ怒ってる?」と尋ねた。笑いを含んだ声であった。

 ラームスの顔にまた、青筋が立った。


「……お前、なにして来たんだ」

「え。……教会で、色々やったり?」


 キッカはあからさまに目を逸らした。

 いつもは怖いほど真っ直ぐに目を見て喋るのが癖なのに、何かやましいところがあるとこうなるからわかりやすい。

 どれだけ強くても、家族に怒られるとこんな子供みたいな態度を取るのだな、とラームスは思った。嫌なら力で平らげてしまえばいいのに。

 キッカがもぞもぞと布団に潜り込んだので、脇の下を掴んでずるずると引っ張り出した。


「ら。ラームスのはなし! ラームスのはなししよ!」

「さっきの髪飾りはどうした?」


 慌てて話を別のところに移そうとしたキッカを無視し、ラームスは尋ねた。

 キッカは一瞬きょとんと目を開いて、頭に手をやり、あ! と声を上げた。


「はずしてきた」

「そういうことじゃなくて……」


 さっきあったものが無くなっていれば予想はつく。

 そうではなく、ラームスが聞きたいのは、その髪飾りをどうして手に入れたのかということだ。

 アウティングの報酬にしてはやけに高価そうだし、それと関係なく、個人から貰ったものなら尚更だ。


「……アウティングで」

「ああ」

「出来た、友達に。もらったの」

「……友達が出来たのか」

「うん」


 今度は、キッカは目を逸らさなかった。

 おそらく本当の話なのだろう。しかし、その目は、ラームスではないどこか遠くを見ているように感じられた。


「……良かったな」


 ラームスは何を言うのが正解か測りかねて、とりあえず無難な言葉を口にした。

 キッカはホッとした顔をして、そして視線を彷徨わせた。何か言いたげな顔に見えたが、キッカは結局、「……うん。良かった」とだけ口にした。

 

「ラームスは、どうだったの」

「む……そうだな。凄かったぞ。《ヘリファルテ騎士団》の訓練生(エスクァイア)として受け入れて貰った。訓練も普段より厳しいものだったし、鍛えられたと思う」

「うん」

「でも、まったく通用しないというほどではなかった。俺も訓練を積めば届く強さだと思う。あそこはかつて父上も所属して──」

「でもちょっと、オーバーワークだったんじゃない?」


 キッカが布団からずり上がり、ラームスの髪を引っ張りながら言った。「痛い」と言って引き摺り降ろそうとすると、抵抗してラームスの頭を抱え込むので、顔に夜着越しの柔らかい何かが触れてふにゃりと形を変えた。

 ラームスは動くのを止めた。


「毎日無茶して魔力を使ってたとか」

「……なんでそう思う」


 キッカは返事の代わりに旋毛の髪を引っ張った。

 目の前の身体に触れないよう、小さく「いたいぞ」とぼやく。


「わたしにはわかるから誤魔化しても無駄。魔力の過剰行使は下手したら死ぬよ。やめたほうがいい」

「……以降気をつける」


 ラームスが苦々しい声で答えると、キッカは納得したのなもぞもぞと布団に潜っていった。

 ラームスは緊張から解放され、首を緩く振った。

 なんとなく下を見ると、潜り込んだ布団の中から、丸い目が二つ、こちらを()っと見ている。


「……わたしの髪、どう?」

「? 伸びたか?」

「ん〜…まあ、多少……?」


 キッカの口振りからして、聞きたかったのはそれじゃないらしい。

 それに実際、キッカの髪は伸びるのが遅い方なのか、最後に見た時と大して変わっていないように見える。

 ラームスは、自分がこの手の質問に疎いことは自覚していたので、唸りを上げながらキッカの頭を見た。キッカが呆れた顔で笑う。


「わたしの髪、どんな色かなって」

「? ……銀色だ」

「好き?」

「す、……まあ、美しいんじゃないかとは、思う」


 雪みたいだ、とラームスは言って、髪に触れた。

 雪はハイネンヴァルトに馴染み深い。領地の最北は、雪降る山が連なっている。それを越えた先に人類圏はない。


「わたしも、おかあさまに似たこの髪が好き」

「……黒髪は嫌いか?」

「そういうことじゃない」


 キッカはまたくふくふと笑って、布団に顔を埋めた。

 じゃあどう言うことかと思ったが、とりあえずキッカが楽しそうなのでいいか、とラームスは考えることを止めた。

 ラームスは早朝も筋力トレーニングを欠かさないので、明日の朝も早い。寝る時に疲れたくないが、キッカと話しているとやたら頭に血が上る。


「……おやすみ」

「うん。おやすみラームス」


 もう寝ろという気持ちを込めて挨拶をすると、キッカからも素直に返事が返ってきた。

 彼女はもぞと動くと、こちらの胸に頬をぺたりと当てて眠りについた。

 ラームスは黙って動かなくなった。

 勿論寝たわけではない。









 ──翌朝。

 起きたら、ディスカードがいた。


「あ、れ……? ディスカードになってる……」

「同じ血が流れてるんだからどっちでもいいでしょ」

「そういうもん……?」


 寝起きでぼんやりした頭で辺りを見回すと、机の上に寝巻きが綺麗に畳まれていた。

 ラームスは一足先に出て行ったようだ。


「キッカちゃんって《狩り大会》出るの?」

「……は?」





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