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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第三章:愉しい学園生活】
56/74

淑女と狩人1

7月になったので更新再開します。

ほのぼの日常生活の章にしたいです。





「あら」


 キッカより少し年嵩の少女たちが、通り過がり様に声を上げて振り返った。

 話しかけられるのかと思って、キッカも笑顔でそちらを振り向く。


名家の恥(ミス・グレース)よ」

「あら。ふふ。ちゃんと見るのは初めてだわ」

「お噂はかねがね」

「あ…………え?」

「ご機嫌よう。お会い出来て光栄ですわ」


 にこにこ笑顔で話しかけてくる彼女らは、何故か皆キッカのことを知っているようで、「わたしのなまえはキッカ・ハイネンヴァルトです。どうぞよろしく」という定型の自己紹介は日の目を見なかった。貴族社会ってすごい。


「今日のお茶会では王都の《アンヌ・マリア・ティルーム》から、お茶が振る舞われるそうよ。ハイネンヴァルトのお屋敷ではどんなものが好まれまして?」

「あんぬ、ま……え?」

「まあ。言葉を覚えたての稚児のようになってしまわれたわ」

「あら。物を知らないのはハイネンヴァルトの罪ではありませんことよ。ご兄弟はとても立派ですもの」

「最高のカトラリーでも、大量に生産すれば出来損ないは出来るもの。傑物を幾人も輩出してきた歴史を考えれば、塵が出たところで揺らぐ名前でもありませんし」

「なんて偉大な侯爵家でしょう」


 うふふ、おほほ、とキッカの前で淑女たちが談笑を始めた。ハイネンヴァルトの名が出ているので、おそらくキッカに話が振られているのだろうが。いかんせん何の話しをしてるのかいまいち解らない。

 キッカもとりあえず「わはは」と笑って誤魔化した。




 学園の広大な《第六中央庭園》は、平日の昼時こそ賑わうものの、休日には閑散としている。暇な生徒が日向ぼっこに赴くか、違法な植物を栽培する生徒が様子見にうろつく程度だ。後者は主に魔導科(セレマクラス)が多い。

 それが、今日ばかりは、華やかな人々の集まる場となっていた。


 レエスのクロスが掛けられた丸卓子(テーブル)が幾つも置かれ、その上にサンドウィッチやスコーン、ケーキなどの軽食、ウェルカムドリンクやティポットが並んでいる。

 庭園の低木にはカメリアが、花壇にはガーベラが揺れている。

 いち俱楽部主催のイベントとは思えないほどの盛況ぶりだ。


 ──余談だが、主催の《狩猟俱楽部(ハンティング・クラブ)》はEKC有数の金持ちクラブで、部員の殆どが貴族のため、その私財でこれらは催されている。

 今回の《新年の狩猟大会》も、毎年の恒例行事であり、学園に許可をとって教師に監督してもらったりと──この教師も金で雇っている──金の掛かりようはほぼ公式行事同等の規模だ。

 ただ、参加者が殆ど貴族のみなので、やっぱり公式行事とは別だが。





(いつの間にか新しい年になってたなあ……)


 女生徒達は一頻り喋るとどこかへ行ってしまったので、キッカは植栽の前に並んだ椅子に腰掛けた。

 この大陸では生まれた年に一つ歳を数える。そして新年である水の初月に、また一つ年を重ねるのだ。

 激動の校外学習(アウティング)を終え、いつの間にかキッカは十四歳になっていた。


「──や。楽しんでる?」


 ウェルカムドリンクのグラス片手にキッカを呼んだのは、兄のディスカードだった。

 流石にいつもの、制服に白衣を引っ掛けたような奇妙な格好ではなく、騎士然とした衣装を身に着けている。


「? なんでいるの」

「開口一番それは酷くない?」

 

 別に、キッカに悪意があったわけでない。積極的に会いたい男ではないが。ディスカードから直接、「狩り大会には参加しない」という言葉を聞いていたから、疑問に思ったまでだ。

 しかし続けて、「キッカちゃんに言われたくないな」と言われたので、それもそうかと思い出した。


 そういえば、狩り大会の話を初めに聞いたのはディスカードからだった。

 寝起きのキッカに、「狩り大会出る?」と尋ねて、こちらは「出ない」と断った。ディスカードから「出ない」と聞いたのもその時だ。確か、「出るわけないじゃん」と言われた。……やっぱりなんでいるんだろう。


「アメリアちゃんが、お茶会の準備お手伝いしてて。それで招待されたの」


 キッカはディスカードの疑問に答えた。

 実際は招待したというより、「目ぼしい家の女性はだいたい招待されてると思うんだけど……え、来てない? アウティング行ってて受取りそびれたんじゃないないですの? まあ来るんならわたくしから伝えてあげてもかまわないですけれど」と言われたのだ。勿論キッカは頷いた。

 当初は、「狩り大会なんて野蛮なもの、淑女が参加するわけないですわぁ!」と言い切っていたキッカだが、淑女が集まるお茶会が開催されるとなれば別である。それも、《馬術部(アメリア)》がその開催を手伝っていると言うのだから尚更だ。

 とまあキッカにはこういう経緯があったのだが。


「へえ。良かったね」


 ディスカードはニコニコ笑って言った。「知ってるよ」とは言わなかった。知らなきゃディスカードは今此処に居ない。


 ディスカードとて、先にキッカに答えた通り、元々参加の意思はなかった。

 狩りの目的が稀少(レア)な素材の採取なんかなら話は変わるが、ただの動物を狩って楽しめるタイプじゃないし、社交も別に好きではない。

 案外、身体を動かすこと自体は好きなキッカの方が、まだ適性があるんじゃないだろうか。あいにく、インドア派にとって、貴族の狩り大会なんてまったく興味を唆られない催事(イベント)だった。


(キッカちゃんが参加しなきゃね)


 ディスカードはグラスを傾けながら、上から下までキッカの姿を眺めて、普段の制服姿であることに疑問を抱いた。

 休日ということで、狩り大会に出る男性諸氏は兎も角、女生徒の七割ほどはフォーマル過ぎないドレス姿で参加している。それならキッカもめいっぱい粧し込んで来るだろうと思ったのだ。何ならそれを見物しに来たとこまである。

 しかし意外にも、キッカは残り三割の女子生徒だった。


「珍しく……シンプルだね」

「え? あ服のことですの?」


 ディスカードの視線を正しく読み取って、キッカが制服の裾を引っ張った。何の変哲もない、グレーのワンピースだ。下にフリフリのレース地が覗いたり、スカートが膨らんでいるのは彼女特有だが、言ってもその程度のアレンジが限界である。《火露の節》の嗣月から《命水の節》いっぱいはこの制服だ。


「持ってるドレス着ていこうと思ったんだけど」

「そうだよね」

「アメリアちゃんがいつも通りが一番かわいいって!」


 キッカが言う。ディスカードはちょっと考えて、「アメリアちゃんにはドレス見せたの?」と尋いた。するとキッカは、「うん。そしたら言われた」と答えたので、なるほどアメリアちゃんはよほど人が良いか、もしくは知り合いが恥を晒すことをよく思わない真面目な人物なのだなと思った。


「あ、アメリアちゃんだ。じゃ!」


 噂をすればなんとやら。女生徒の群に友人の姿を見つけたキッカは、あっさり手を挙げて去って行った。薄情なものである。

 ディスカードはグラス片手に壁の花となり、女生徒の輪に加わるキッカをぼんやり眺めた。

 

 アンヌ・マリアのフレーバァ・ティですわ。いかがです?/ふ、ふれ……/いつも飲まれてるものとの違いなんかをお聞きしたいですわぁ/キッカ様のお勧めはあります?/あらハイネンヴァルト御用達の商品だなんて。皆知りたいわ/家のより匂いが強い……ですわ?/ふふ。フレーバーティーご存じない?/香りを楽しむお茶なの/あ、どおりで……なんか蜂蜜、食べ物の匂いと、木? 薬草の匂いも……マグノリア?/匂いに敏感でいらっしゃるのね。鼻をひくつかせて、うちの可愛いジョンを思い出すわ/キッカが可愛いのは確かですけれど、改めて口に出して言われると照れますわねぇ〜!/……うちの飼い犬の名前よ/うーんそこまで期待されると自信ないんですけれど……でもコレ分かり易いですわ! ほら、この薬草はすごく香りが強いから。死体を焼く時も下に敷いたり、抗菌効果もあるし──


 ディスカードは噴き出しそうになるのをぐっと堪え、キッカの座る卓子(テーブル)から意識を引き剥がした。腹が引き攣ったが構いやしない。今日はこれを聞きに来たまである。


 あの女はおそらく紅茶のことを《匂いが強い色のついた水》だと思っている。

 匂いを楽しめと言われても、せいぜい香料当てのゲームになるくらいだ。風情は無い。


(昨今珍しい魔物と相対しても、顔色一つ変えず。

 (いわお)のような反乱軍に囲まれても、無邪気に祭りを楽しみ。

 人攫いに攫われても、自力で脱出してくるような女が──)


 貴族の世界では、こうも形無しだ。


(……向いてないんだろうな)



「く、詳しいんですのね薬草に。やはり騎士の家系だからかしら──」

「そのようですわねえ。他にも何か知ってらっしゃって?」


 アメリアが助け舟を出したが、他の女に遮られた。

 あの娘はキッカを特別好いているようには見えないが、やはり真面目なのだろう。

 キッカはアメリアの「黙れ」の視線にまるで気づいてない様子で、更なる失言を煽るような言葉に、素直に答えた。


「ほか? うーん……食べられる野草とか?」

「アハッ、やだ。ハイネンヴァルトでは食卓に野草が出ますの?」

「どうかしらぁ。皿の上に置かれたら、一旦店に並んでたか、それとも地面に生えてたかなんて区別つかないですもの〜。あ、狩り大会の獲物も食堂にいくんですわよね?」

「ええ。普段から騎士科の皆様はそうしていますから」

「森には魔物もいるのかしら? キッカ、食べられるものとそうじゃないもの、見分けられますわぁ!」



「うぉっほえっほげほげほ!!」


 笑かすな──と思いながら、ディスカードは咳払いで誤魔化した。

 キッカは貴族の娘連中に色々話しかけられるので、有頂天になってニコニコしているが、周りは皆彼女を貶める為にそうしているだけだし、実際令嬢たちは皆、「なんて不浄な恥晒し女なのでしょう」って顔をしている。

 相変わらず小さな女たちに虐められているのが面白い。

 本物のか弱い淑女たちに突かれて、凶暴な獣が気づかず道化を演じているのは、ディスカードにとって愉快な見世物だった。

 弱者の悪意に鈍感なのは、彼女の悪い癖だ。



「何をやってるんだお前は」


 ディスカードが隠れて壁をバシバシと叩いて爆笑していると、男がこちらに近づいてきた。

 (ラームス)だ。

 そちらを見ながらどうにか笑いを収めていると、スイと視線を遠くに向けたラームスが、


「アイツ、なんで魔物が食べられるなんて知ってるんだ?」


 と尋ねた。視線の先にはキッカの姿があった。ラームスも話を聞いていたらしい。

 ディスカードはやっと笑いが収まって、「さあね」と答えた。

 それしか食べられるものがなかったからだ、とは答えなかった。



「オマエも来てたんだ」

「キッカから聞いてな」

「あ゙〜…。っそ」


 奇しくも兄弟二人とも、妹を理由に参加したようだ。互いに理由はまったく違うだろうが、結果だけ見るとシスコンみたいでゾッとした。


「……結局、校外学習(アウティング)は何をしたんだ」


 ラームスが隣に来て呟く。居座る気らしい。


「あ、なんだ。結局キッカちゃんに教えて貰えなかったんだ?」

「あの夜は……問い質す雰囲気ではなかった」

「…………変なことしてないよね?」

「変なこと?」


 いかがわしいこと、とディスカードが言うと、ラームスは「するわけないだろ!!!」と吼えた。

 おかげでキッカがこちらに気づいて、眉を顰めた。とりあえずニコッと笑って手を振ったら、ものすごく厭な顔をされた。


「……ま、ならいいけど。命が惜しけりゃ無闇に触るなよ。女の身体なんて、どこの男がどんな値段をつけてるかわからないもんだからね」

「何の話だ? キッカに殺される話じゃなくてか?」

「それがわかってんなら手え出さないだろうけど」


 この会話で二人は、「ああコイツ、()()()()()」と確信した。

 互いに薄々勘付いてはいたが、どちらも相手に余計な情報を与えたくないため、明言を避けていたのだ。

 しかしこれで、ディスカードは兼ねてからラームスが懐いていた理由に納得がいったし、ラームスは以前と比べディスカードがやたら関心を向けている訳が解った。

 ただ、ディスカードの方は、弟より多く彼女の秘密を抱えている。


(……コイツ、どこまで聞いてるんだ?)


 キッカの強さを知っている。──ここまでは想定内だ。

 しかし彼女は、()()()()()()()()()()()というところまで、この男に伝えているのだろうか。


 ディスカードは女生徒が集まっている方へ、視線だけ向けた。

 キッカはまだこちらをチラチラ見ている。輪から離れ難いようだが、それでもラームスが心配なのだろう。

 ディスカードはラームスに視線を戻し、その顔を見つめた。


「……なんだ」

「……オマエは、ちょっと違う気がするんだけどなぁ〜」

「? なんの話だ」

「キッカちゃんの好みのハナシ」


 突拍子もない話題に、ラームスは息を呑んで固まった。

 そういう反応するんだ、とディスカードは目を細めた。シスコンは確定だな。()()()()()()()()()


「……守ってくれる王子様、ってヤツだろ」


 ラームスは衝撃から立ち直ると、そう呟いた。


「え? あー…そんなこと言ってる?」

「本人がな」

「うーん。当たらずしも遠からず……でもキッカちゃん本当のところは自覚してなさそうだな……」

「急になんの話だ……」

「彼女の好みは例えば、ホラ。こないだの髪飾りくれた男とか」


 ラームスが黙り込んだ。一気に空気が冷えた気がするのは、気の所為ではないだろう。

 容易に思い出せた筈だ。何故なら()()()、この男の視線は、あからさまにそれを追っていた。


「確かに王子様でもあったし、」


 ラームスの肩がピクリと揺れる。


「求婚だってされてたし。キッカちゃんも検討するって言ってたし。相変わらずあの手のバカで真っ直ぐな男が好きなんだなあ〜って」

「さっきから何が言いたい?」


 ラームスが苛立ちを隠そうともせずに言う。

 ディスカードは、いつもの軽薄な笑みを引っ込めて、ラームスを見た。


「オマエ、なんか違う気がするんだよな」

「だから何がだ!」

「キッカちゃん、勘違いしてるっていうか。お前に理想を重ねてる? ……一人目バフかな」


 ディスカードは勝手に言って、勝手に首を傾げた。

 それを見たラームスは、暫くして溜め息混じりに、「もういい」と答えた。


「お前の言っていることはよくわからん」

「いいよわからなくて。気になったらキッカちゃんに直接聞くし」

「おい待て。まだお前がアイツをどこに連れてったか聞いてないぞ」

「しつこいな。ボクから言うとキッカちゃんに怒られそうだからヤだよ」

「……俺に言うと、キッカが拙いと思うようなアウティングだったのか?」

「さあね。でも、キッカちゃんが首を突っ込んで平穏に終わることってあると思う?」


 ディスカードが尋くと、ラームスは苦い顔をした。

 もう存分に、彼に対しても彼女の本領は発揮されているようだ。


「……アイツはなんで、自ら危険に飛び込んでいくんだ」


 それを聞いて、ディスカードは思い出した。

 ──そういえばコイツ、()()()も同じようなことを怒ってたな。


「……アレの自己矛盾についてね」


 こればっかりは、ディスカードもちょっとうんざりした表情(かお)を浮かべた。

 彼女の悪癖を知る人間で、それを良く思っているヤツはあんまり居ない。


「まあ善意ではないよ」

「それにしては──」


 ラームスは言いかけて、黙った。確かに、キッカを見てれば善人とは言い難いので。

 基本的に自分勝手だし、ワガママだし、やりたくないことはしないと言って憚らない。

 しかし、彼女の行動が人を救うことも間々ある。

 幼い頃、野盗に捕まった人間を助けたのも。スポーツデイで後輩の代わりになったのも。それらは全て──


「憧れだね。弱さに対する」


 ディスカードが言った。

 ラームスはいまいち腑に落ちなかったが、それ以上尋ねようとはしなかった。先程からの会話からして、尋いても無駄だと思ったのだ。


寝台(ベッド)の上で本人に聞けなかったことをボクに聞かないでよ」

「ベッ……ッ!! おッ! ッ……ッ!!」


 ラームスが顔を真っ赤にさせて怒った。言葉にならないようだ。

 ディスカードは半笑いでその場を後にした。そろそろキッカがこちらに駆け寄って来そうだったので。

 後ろからラームスの、「変な言い方するなッ!!!」というクソデカ声が鼓膜に響いた。



 ちなみに()()()、二人がなんの話をしたのか。

 ディスカードとしては、知りたいような、聞きたくもないような、なんとも微妙な気持ちであった。





この大陸は数え年方式なので、生まれた日を一歳と数え、みんな一斉に歳を取ります。

なんで作中に出てる年齢マイナス一、二歳くらいが現代の場合の年齢です。


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[良い点] 更新ありがとうございます!新しい章の話も楽しみにしてます!
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