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遺品

主人公出てきません。

読まなくても特に問題ない、サーリヤに残された人々の話。





1.記録魔道具(レコーダー)


『ぁ、あー…ヴんッ……我が名はナーシル。サーリヤ国十八代目の王である。じゃさっそく──』

『王命だ。【全て赦せ】』

『あ、早いな』

パタン、カタカタ、トン、キィ

『……ノックくらいしなさい』

コンコン

『内側を叩くな』

『失礼します』

『……久しぶりだな』

『はい。倒れられてからはなかなか』

『薄情な息子だ』

『はは……兄上たちが足繁く通っていましたから。十分でしょう』

『情が移るからか?』

『……なんのお話でしょう』

『用件は予想がついてる。親子だぞ』

『……はは……それにしては、周りに人気がありませんが』

『だからだろ』

『…………なぜ』

『お前が困るだろう。お父さんだぞ』

『……やめませんよ』

『そのための人払いだ。お前さてはお父さんのことをよくわかっていないな』

『お父さんお父さんって。今までご自身のことをそんなふうに仰ったことなかったじゃないですか……』

『さいごだからな』

『…………』

『あ、そだ。終わったら、この箱持っていきなさい』

『何です』

『なんでもいいよ捨てなければ。もしお前が何か後悔した時、どうしようもなくなった時は、開けなさい』

『そんな時は訪れません』

『そしたら捨てていい』

『……わかりました』


 ──以降数分、衣擦れの音と呼吸音だけが響き、停止する。





#





「そいやぁルカ坊、最近見ねえな」


 下町の小さな市場(バザール)で、野菜売がそう言った。ジゼルはパチパチ瞬きをする。

 なんと答えようか逡巡している内に、新たな登場人物がやってきて、「アタシも最近会ってないわねえ」と言った。同じく買い物に来ていた宿屋の奥さんだ。


 何故彼らがジゼルにそんなことを言うのかというと、数ヶ月前、ルカと連れ立って市場に来る彼女を、彼らは見ていたのだ。

 二人は出会って直ぐ旅に出たので、王都(シャムス・アリシュ)に滞在した時間はごく短い。その日は偶々、陽当りのいい場所で朝食を食べようと言う話になって、すぐに食べれる果物を買った。そのときの売屋がこの男だ。

 ルカは元々彼らと仲が良かったようで、どうでもいいようなエピソードを紹介してくれた。道行く人々からもよく声をかけられており、宿屋の奥さんもその中の一人だ。随分顔が広いようだった。

 そのあと、公園のベンチに二人並んで、呑気にサンドウィッチを食べたことをよく覚えている。何せその日の内に、二人はこの国から旅立ったのだ。

 つまり、ルカが王を殺した夜の、翌朝の話だった。

 ニコニコと城下の人々と接するルカを、ジゼルは少し気味悪く思っていた。


「この前、うちのザハタル・サマクの秘伝スパイスを伝授したところよ」

「雇うのか?」

「計算も出来るし、覚えも良いし、唾つけといて損ないワ。うち、子供たちみィんな好きなことやりたいって出てっちゃったもんだから」

「跡取りかよ」


 二人はゲラゲラ笑いあってから、こちらをくるっと振り返った。生憎、まだ商品を受け取っていないため立ち去れない。


「ま、そりゃ冗談だけどよ。アイツがいねぇとなんか寂しくてな。また一緒に来てくれや」

「アラ。アタシは冗談で言ってないよ」


 野菜売は、「これオマケしとくからルカ坊と食べな」と、濃い赤色をしたプラムをいくつかくれた。


「……いいわ。帰り、たくさん持って帰れないから」

「あら。おうち遠いのかい?」

「そう。私、お城で暮らしてるの」

「奉公かい」

「ううん。私、王様のお客様だから」

「ハハハ! ねーちゃんそんな真面目そうな顔して冗談言うんだな」


 ジゼルの言葉を笑い飛ばし、野菜売は無理やり紙袋にプラムを詰めた。

 宿屋の奥さんは、「次はデザートのレシピ用意しておくからねぇ、って伝えて」と、手を振った。

 結局断りきれなかったジゼルは会釈を返し、重たくなった紙袋を抱えて、市場を後にした。





 下町の市場から王城まで、そこそこ距離がある。

 ジゼルは、重たいプラムにうんざりした。小さな果物に大した重量はないと解ってはいても、人一人分くらいの重さを感じた。

 休憩。

 公園のベンチに腰を下ろし、目の前の噴水をぼんやり眺める。

 小さな公園だから、中央に鎮座する噴水は、どこにいても視界に入るのだ。

 ジゼルはプラムに齧りついた。

 あの日、二人で並んで朝食を食べたベンチだった。

 噴水の真ん中に、ピカピカに磨かれた女神像が立っている。彼女は雄々しく剣を掲げ、足下には竜を傅かせていた。


 プラムは、瑞々しくて美味しくて、みんなにも食べさせてやりたいと思った。

 けれど、そのみんなが今どう過ごしているか、ジゼルは知らない。


 アルティニーン寺院は、地下の一部こそ崩落したものの、敷地は広大で、まだしっかり残っている。内部に魔物が入り込んだ歴史があれど、孤児院などの救恤機関を失くすわけにはいかないだろう。王族と元反乱軍たちを主導に、体制は変われど、これからも運営を続けていく筈だ。

 あの日衰弱していた子供たちも、すっかり元気になったと聞いた。会ってはいないけれど。彼らの居場所が無くならないなら、それでいい。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、二人の子供が熱心にこちらを見つめていた。


「……なに?」

「! な、なんでも……ほら、行くよ!」


 少し年嵩の少女が、少年の手を引いた。

 しかし、少年はジゼルを見つめたまま──正確にはジゼルの手の中のものを、(じっ)と見つめている。


「……いる?」

「いいの!?」

「ちょっと、アル!」

「……いいよ。沢山買っちゃったから、一人では食べきれなかったところだし」


 そう答えると、少年は素直にジゼルの隣に腰かけた。

 少女は少し警戒を滲ませながら、その隣に座る。いいことだ。キミたちの隣にいるのは、王殺しの関係者で、最近まで反乱を企て、遂に成し遂げた女である。


「うちお金ないから。こういう、お腹にたまりにくいのはあんま食べれないんだ」

「きみ名前は?」

「おねーさん子供さらう人?」

「ちがうよ」

「ふぅん。アルだよ。愛称じゃなく」

「……そう」

「あ、やだな死んだ好きな人とおんなじ名前かと思ったけど違ったって顔だ!」

「弟よ」

「……ごめん」


 少年は少女に頭を引っ叩かれて謝った。

 しかし話した甲斐はあったようで、少女は随分警戒を解いてくれて、素直にプラムに口をつけた。ちょろくて心配になる子供たちだ。


「コイツがすみません……」

「姉は大変ね」

「いや。あの。弟じゃないんです、ほんとの……」


 二人は、ここからほど近い孤児院に住む子供なのだと言った。


「小さいけど、いいところです。前は、アルティニーンみたいな、大きなところが羨ましかったけど……今は、ここで良かったです」

「あすこ、教会の地下で子供たちが酷い目にあってたんだって! みんな言ってる!」

「あら……」


 ジゼルは少し目を丸くした。

 人の口に戸は立てられないと言うが。それにしても、こんな小さな子供まで知っているなんて。新しい王は、国民に真実を詳らかにすると常に言っているので、それらの事実は秘匿されているわけではないけれど。

 そう考えていると、子供たちはジゼルがその話を初めて知ったと思ったようで。


「大丈夫だよ! 悪い王子は英雄がやっつけてくれたから!」

「英雄……?」

「こら! いくら罪を犯したからって、王子様に対して不敬よ……」

「みんな言ってるじゃん。オレもあの日見たし。悪い王子は新しい王様がやっつけて、んでその王様には英雄のカゴがあるから、だから、この国はもう大丈夫なんだって!」

「ああ、なるほど……」


 ()()というのは、()()()のことか。

 確かに、元々竜の象徴(シンボル)を看板にしていた店はどことなく自慢げだし、新たに増えたような気もする。今までただの記号(ハリボテ)だったそれが、ここ暫くで急に意味を帯び、人気の意匠となった。

 魔除けみたいなものだ。それも、わりと御利益を信じられている。

 しかし、処刑を小さな子供たちが見ていたというのは、あんまり良くないんじゃないかな。ジゼルはぼんやり思った。


「……そうね」

「お姉さんまで! 幾らなんでも、お城の人に聞かれたら処刑されちゃうよ」

「なんでぇ? オレなんにも悪いことしてないのに」

「そうよ。第一王子は外交や政略に長けているし、第二王子には戦争の腕がある。第三王子は賢くて、様々な政策を提案出来る。第四王子には何もないんだから、城の人だってなんにも言わないわ」

「おねーさん王族に詳しいの?」

「第四王子を殺しに行ったことがあるの」

「わー! じゃあ良かったね!」

「……うん。良かった」


 ジゼルは薄く微笑みを浮かべた。

 そう。良かったの。


「英雄かっこいいなあ。オレもあんな竜に乗ってみたい」

「あんなのお伽噺よ」

「オレ見たもん。ラナちゃんも見てた癖に。ルカくんも言ってたし!」

「ルカくんは英雄様の強火信者じゃない」

「それはそうだけど」


 え、とジゼルが息を漏らすような、細い声を上げたので、子供二人は振り返った。


「どしたの?」

「ルカくんって……」

「ああ。前ここらへんで遊んだにーちゃん」

「市場の隅っこにも英雄様の像があるの知ってます? その前でね、ずっとブツブツウロウロしてるの。やめなって言ったんだけどアルが話しかけたら、『この時間帯は西日が差して一層横顔の表情が美しくなるんだ』って」

「オレがヘンタイだ! って言ったら、そっからず〜〜っとその銅像の話聞かされた」

「……あの人、ずっとそんな感じだったの」

「知ってるの?」

「殺しに行ったことがあるの」

「おねーさんもしかして殺し屋?」

「ふふ」


 ジゼルは意味深な笑みを溢した。

 さて四番目の王子は、他の王子に何も勝るところがなかったワケだが。

 しかしどうやら、四人の王子の中で、彼が一番民に愛されていたらしい。そしてきっと、彼も同じくらい国を愛していただろう。ジゼルは思う。

 なのに彼は、誰に知られることもなく、ひっそりとその生涯を終えた。

 彼等はみんな、ルカのことを親愛を込めて呼ぶけれど。

 彼の本当の名前も、その生涯がどんなものであったかも、一生、知ることはないのだろう。


「ねえ知り合いならまた遊びに来てって言ってよ」

「…………」

「……な、泣いてる」

「ヴ」


 指摘されたのが決定打になったか。ジゼルは「ヴえ゙ええええええん」と声を上げて泣き出した。大号泣である。

 子供たちは、大人がここまで恥も外聞もなく大泣きするのを初めて見たのでドン引きした。彼等は生憎、大人を同じ生き物として見ていないので。己の地続きだとはまさか思っていない。だから大いに戸惑った。ジゼルは止めるものがいないので、ますます泣いた。喉を引き攣らせて、しゃくりあげ、鼻を赤くして痛々しいほどの大泣きであった。

 子供にとっては大人だが、実際、彼女もまだ十代の少女である。


「あ゙ああぁぁゔ」


 怪獣のような雄叫びだった。

 ジゼルは、弟が死んだ時も泣かなかったし、自分が死にかけた時は勿論、昨日まで隣にいた男が処刑台に上がった時だって、涙一つ零さなかった。

 だからジゼルは、自分が今、なんで泣いてるのか解らなかった。解りたくもなかった。

 解ったところで取り返しがつかないからだ。

 考える代わりに、方舟が沈むくらい泣いた。わんわん泣いた。遠吠えのようでもあった。


「……ぐす」

「お、おねーさん……泣き止んだ?」


 立ち上がって暫く遠巻きに避難していた子供たちが、落ち着いてきたのを見留めて声をかけた。

 ジゼルはぐずぐずとしゃくりあげているが、それでも当初の大号泣からは随分落ち着いたようで、無言で自分の両拳を見つめていた。それが子供たちはなんだか怖かった。


「あ、あの、何かしてほしいことがあったら言ってね……?」

「あの噴水の像蹴り飛ばしてきてくれる?」

「自分の反抗期は自分でなんとかするべきだと思うわ……」

「オレまだ反抗期来てないからそういうのわかんないけど、物に当たるのはよくないと思うよ」


 なんて大人びた子供たちなんだろう。孤児として育つとこうなるのだろうか。ジゼルが孤児になったのはだいぶ歳を食ってからだったから、彼等の落ち着きようにびっくりした。

 しかし実はコレ、近くに自分よりも理不尽な存在がいると落ち着くのが子供というもので、普段は彼らももう少し子供らしく活発であった。ジゼルやルカが例外なのである。


 彼女は存分に泣き、そして落ち着くと、スンといつもの無表情に戻った。照れなどは一切なく、赤い目元を除けば本当にいつも通りの様子だ。

 すると突然、彼女はワンピースのポケットから、掌サイズの箱を取り出した。

 蓋の中央には緑青(ジャスパーグリーン)のストーンカメオ。横顔の女は胸元にキラリと光る石をつけている。箱の(ふち)はすべて細かい金細工で装飾されており、ひと目見て、「高価(たか)そう」と感想が浮かぶ箱だ。

 ジゼルはそれをカチリと開けると、中から拳に収まる程度の赤い石を取り出して、それを振りかぶって、ポチャン、と池に投げ入れた。

 

「……おねーさん。今の、何?」

「石ころよ」

「石ころにしてはキラキラしい……え、ほんとに石ころ?」

「ええお城から盗んできた石ころ」

「どうしようラナちゃん、オレすごいクレイジーな人に声かけちゃったかも」

「だからやめなさいって今回も言ったじゃない」


 ジゼルは暫く仁王立ちして噴水を眺めたあと、子供たちにプラムを全部やって、帰路に着いた。

 子供たちはドン引きと心配を綯い交ぜにした表情で、それを見送った。





#





2.手帳


3頁目

図※【赤子の頭に腕が生えた生物】


後のために旅で得た知識を記録しようと思う。

首の根元から成人男性の両腕のようなものが生えていて、それで空を飛んだり魔術を使ったりするらしい。

同行の連中は《赤とんぼ》と呼んでいた。洒落だろうか。

でかい騎士が真っ二つにした。「魔術を使う前に使えなくすればいい」と言っていたが、何を言ってるんだか参考にならない。

魔術師には、「腕を先に処理すると戦いやすい」と言われた。

不規則に高速で飛び回る魔物に対してそれも難しそうだが。でかい騎士に比べれば意味の通じる回答だ。


4頁目

魔術師のやつイカれてるぞ。

魔術痕が欲しいという理由で魔物を誘き寄せた。おかげで死にかけだ。

魔物は赤髪の騎士が対処した。めちゃくちゃにブチギレていたが、気持ちはわかる。コイツは話が通じそうだ。


図※【大岩のような巨体に、顔の八割が口のような穴。手足は蛙に似ている】


「悪食」という魔族の眷属らしい。なんでも食う。


5頁目

アイツ騎士道精神とかないのか。

他の奴らより偉い立場らしい二人に近づいたら、赤髪に殴られた。理由も弁明もなかった。死にかけの男を人質に取った時からヤツの態度は滅茶苦茶悪かったから、憂さ晴らしに殴られた気もする。あのクソ【塗り潰されて読めない】でも偉い女に怒られてた。ざまあみろ。

どれだけ理不尽な目にあおうが、ここを離れるわけにはいかない。

アイツら殆ど化け物だが、俺の目的には利用できる。

俺の国を奪った化け物どもの死骸を見下ろして笑ってやるためには、他の化け物と過ごすくらいワケない。


10頁目

赤髪が魔族を逃した。イカれてるのはコイツもか。

脅しかけられたが、だからなんだと言い争った。そうしていたら今度は、デカい騎士と赤髪が殺し合いを始めた。決着はつかなかったが、ついていたらどっちか死んでいただろう。喧嘩の規模ではなかった。

「目的を忘れるな」という魔術師の言葉(というか攻撃)で、でかい騎士が渋々納得したが、こいつ等も一枚岩じゃないらしい。

魔族は結局逃げた。あの赤髪は信用できない。


13頁目

魔族に助けられた。

赤髪が以前逃した魔族だ。遺跡の罠を教えてくれて、間一髪で死地を逃れた。

初めて魔族をしっかりと見たが、見た目はまるで人間の子供のようだ。怯えて目をぐるぐると回していたが、それでも俺達の前に立っていた。

魔族にも、人間と同じ、心があるのかもしれない。

それでも俺は、魔族も、魔物も、魔王も憎い。

どれだけ考えても、相手がどんな奴だろうが、これからも俺にとっては敵に違いない。

だから俺は、魔族にも自分たちと同じ命があると理解しながら、魔族を殺す覚悟をしよう。


15頁目

シュンが  シュン    マジで?

どうしよう


16頁目

姫さんもロウもディーも普通に知ってた。紛らわしいな。

この四人は魔王退治が始まる前から知り合いらしい。キリエはどうか知らないが、アイツには知られないほうがいいと思う。


30頁目

硝子の竜に跨った赤い髪の騎士が、城に攻め入る光景は一枚の絵のようだった。

爆笑した。太陽を背に、暁に照らされた剣を振るう、宗教画のような光景を見た直後。城内の阿鼻叫喚と、血腥い襲撃の跡を見るのは痛快だった。

あの、魔族どもの狼狽えた顔!

故郷を追われてから、初めて腹を抱えて笑った。

ただ、元々その城は俺たち人間の築いたものだったから、少しは手加減しろよと思ったが。

城の居館は全壊、塔も半壊。でもいい機会だ。

町に囚われていた人たちも、綺麗な城が返ってくるより、ボコボコにされた城を見た方が気分がすくだろう。


城落としの功労者たちは今、生き残った連中の宴に巻き込まれている。

踊らされたり食わされたり飲まされたり、ひ弱な農民に振り回される連中を見るのは気分が良い。

シュンはザハタルサマクを気に入ったらしいが、アレなんの魚だったんだろうか。ここら辺は生態系が崩れていて、まともな魚はなかなか見ないが。


明日、五人はこの城を発つ。

本音を言うなら、ついて行きたい。

でも俺がいたところで足手纏いだ。

何より、俺にはここでやることがある。

ヤツらが魔王を倒して帰ってくる前に、せめて残った国民が飢えないようにしないと。


全部終わったら、この日記をみんなに見せてやろう。

アイツらどうせ、英雄として褒めそやされるんだろうけど。本物はこんなイカれた連中だ。世界中の人々の目を覚まさせてやらないとな。

忘れない内に、今日あったことも書いておこう。

まずシュンが竜ごと居館に突っ込んで──


58頁目

嘘つき野郎


180頁目

子供が生まれた。

この手帳は今日限り、開かない。

俺はこれから、国のために生きる。





#





「行くのですか」


 ピクリと肩が跳ねた。

 振り返ると月光が、男の輪郭をなぞるように照らしている。


「殿下……いえ、陛下。ご機嫌麗しく、」

「貴女はこの国で、ファルークの思い出と共に朽ちるものだと思っていました」

「……まさか」


 心中なんて御免です。

 ジゼルは微笑った。手許の手帳がカサリと音を立て、男の気を引いた。


「それは……」

「ああ……これはただのボロい手帳ですわ、陛下」

「随分大事にしているようですが」

「まさか!」

 ジゼルは、手帳を顔の前に持ち上げた。


「破り捨てたいくらいです」


 手帳で表情を隠したジゼルは、本気かどうか、判断のつかぬ調子で言った。

 元より、表情のあまり豊かでない女だ。

 男は、数歩近づきながら尋ねた。


「ならそうすればいい」

「…………」

「嘘つきですね」

「嘘ではありません」

 ジゼルは答えた。

「たかが手帳一つ。それが一人の人間の人生を縛ったのです。ならば存在しないほうがよほどマシです」

「なるほど。でもルカの大事なものだから捨てられないのか」

「…………」

「キミは、それを本物だと思う?」

「お戯れを。信じるに値しない妄想ですわ」

「そうかな」


 ジゼルが胡乱な目を向けた。

 男は肩を竦める。


「いや、私もそう思っていたんだけれど」


 でもあの日、英雄はルカを──()()()()()()()()()


「……私にはそう見えてね」


 ──私にも、そう見えました。

 ジゼルは、胸の内で答えた。


 あの日、サーリヤの人々は奇跡を見た。

 眩い太陽のような、焼き付くような苛烈な姿。

 暁の空を竜が駆け、人々は震えた。

 この国は、未だ英雄に護られている。

 サーリヤは、神に見放されてなどいなかった。

 英雄に認められた新たな王は、きっとこの地にかつての豊かさを取り戻すだろう──

 そう、歓喜に打ち震えた。

 英雄がただ一人、処刑されゆく王子だけを見つめていたことには、殆ど誰も気がつかなかった。


「彼はいいヤツだったけれど……英雄に取り憑かれていただろう?」


 キミの苦労が偲ばれるよ、と男が言う。


「いえ……はて。なんのお話か、さっぱり」

「俺なら過去の英雄より、目の前の女を大事にするけどね」


 男は言った。ジゼルはちょっとポカンとして、男の顔を見た。

 聞き間違いかと思ったのだ。ジゼルはそう鈍い女ではない。

 そしてジゼルがまさかと思いながら考えた通り、実はこの男、ジゼルに惚れていた。


 彼女は結構な器量良しである。華やかさはないが、粗もない。

 貴族の娘のように人目を惹く容貌ではないが、野花のような楚々とした美しさがあった。

 ──最初は、豪胆な女だと思った。

 単身で王子の一人をひっつかまえて、玉座の前に放り投げたのだ。その後の尋問も、顔色一つ変えなかった。ほんとうに、ピクリとも。いつも彼女は冷たい顔をしていた。

 しかしいざ王子の処刑が決まると、彼女は罪人の塔に足繁く通った。二人で何か企んでいるのかと思ったが、刑は呆気なく執行されたし、復興も恙無く進んでいる。だから第四王子(ルカ)と、本当は仲が良かったのかと思ったが、処刑の後も彼女の鉄面皮は変わらなかった。

 そして報酬も強請らない。成し遂げたことの、その後の影響を思えば、もっと欲を出していいはずなのに。彼女は協力者たちにたんと渡してくれと言ったが、彼女自身が望んだのは、第四王子の遺品だけであった。


 強い女だ、と男は思った。


「弟は、本当に罪人だったのでしょうか?」

「……畏れながら。そうでしょう。そのための処刑では?」

「そのつもりでした。しかし、先王の死体には抵抗した跡がなかったんです。薬を使われたわけでもない。おそらく、意識がある時に命を絶たれたにも関わらず、まるで無抵抗に殺されたように」

「そう、ですか」

「私も、彼がわけなく父親を殺せるような人間だとは思えません。よほど何か追い詰められていたのか……しかし、証拠もなく、王殺しを見過ごすわけには行きませんでした」

「懺悔ですか」

「いいえ? そう見えますか。私が罪を犯したように」

「……滅相もないことでございます」

「憎いですか」

「なんのことでしょう」

「のうのうと王の座についた私が。乱世を作り出した先王が。ルカを殺したこの国が」


 ジゼルは黙った。

 実際、男は懺悔のつもりで話したわけではない。

 語った言葉は本心だが。

 

「いえね。私は、証拠さえあれば、と思ったんですよ。そうしたら私だって、むざむざ弟を殺させやしません。まあ騒動の責任をとって、国外追放くらいはやったかもしれませんが。だからもし、彼の無実の証明を隠した人間がいるとしたら、そいつこそ弟を殺した人間だと思うんです」

「──、」

「あれ。どうしました? そのような顔をして──」


 ──イジメである。

 そう。男は好きな女の子をイジメたいがためにこの話をしたのだ。決して懺悔ではない。粗方ジゼルの胸中を察していながら、そう言ったのだ。

 泣けばいい──と思った。泣いて泣き喚いて、地べたに蹲って、そこから動けなくなってしまえばいい。

 そうすれば男は手を差し伸べることができた。寄り添って甘やかしてやることが出来た。男はジゼルに、弱くて役立たずになって欲しかった。


 しかし、ジゼルはまこと逞しい女であった。


「まったく、陛下の仰っしゃる通りでございます」


 そう言うと彼女は一礼し、男に背を向けた。

 思いどおりにはならない女だった。だからこそ好きになったのだが。


「どこへ行くんだい?」

「どこへでも。生憎と、どこへでも行ける手段を手に入れてしまったので」

「死んで彼は自由をくれたか。良かったね。孤児院からも出られる」


 くるりと、ジゼルは振り返った。


「良かないですわこのすっとこどっこい」

「…………」

「意思疎通の効かない勘違い野郎は血族の特徴ですの? 私は一人だってどこへだって行けたのよ。なのにあの胡散臭い魔術師も、馬鹿な子供も、きっと気付いていたくせに、何も言わないで行ってしまった。だからあの男の紡いた関係を途絶えさせないよう、私は働かなきゃいけないの」

「……なるほど。自分で籠の戸を閉めたか」


 男は頷いた。

 彼女は泣かなかった。代わりに、顔を真っ赤にして怒り散らかした。ヒステリックなほどのブチギレであった。

 それを見て、男は笑った。それでこそ俺の女だと思った。まだまったく心通ってはいないが。

 さめざめと泣くばかりの女では、前に進んで行くことはできない。それは国も一緒だ。

 男は知っていた。ルカが城下の人間と様々な関係を持ち、独自のルートで人脈を広げていたことを。

 きっと、国のことを考えて行っていたのだろう。あの子供はサーリヤを愛していた。

 それがこの女に渡ったのなら、きっと腐らせることはないだろう。国のために使ってくれるかは、ちょっとわからないが。


「……それでは、失礼致します」

「うん。エンゲージリングを用意して待ってるよ、奥さん」

「あばよ」


 そう言って女は王城に背を向けた。

 彼女が砂の大商人と呼ばれ各国を股にかけるのも、痺れを切らした砂の王から国際指名手配され逃げ回るのも、まだ随分先の話である。





#





181頁目

あれから何十年経ったか。

懐かしい日記のことを思い出した。

死ぬ間際に、執念深いことだ。


アイツは随分先に逝ってしまったが

今からでも追いつけるだろうか。

あれほどの偉業は成し遂げちゃいないが、これでも王として、国に一生を捧げたのだ。

待ってくれてはいないか。

アイツに、仲間として認めてもらえるだろうか。

王ではなく、アイツの仲間として黄泉路を行きたいというのは、我儘だろうか。


柄じゃないことを書いた。


今際の際に、アイツの言葉を思い出す。

かつて、嘘つきめと、散々罵った言葉だ。

今頃縋りつくのは、都合が良すぎるな。





 シュン=イル・ディエス お前の友情に愛をこめて


 俺の名前はファジュル・サーリヤ

 お前が道に躓いた時

 お前が暗闇に取り残された時

 お前が一人で立てなくなった時

 お前が助けを必要とした時

 俺はきっと、お前の前に現れる


 赤い大狼 天明の竜 俺の英雄に 祝福あれ





暫く一話から添削していくので、次回更新まで時間が空きそうです。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

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