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予言の女【偽】

人攫いと、鉱山の檻の中で出会った魔族の女の小咄。

また主人公まったく出てこない。





 理不尽な女だった。



 そいつはふと、民家の前で立ち止まった。

 なんだなんだまた気に食わねえことでもあんのか、と肩を落として近づくと、彼女はどこにでもあるような、壁を這うようにして咲く花に顔を埋めた。


「……なに、してんだ?」

「わたしこの花好きなんだ」


 ワタシコノハナスキナンダ。

 花が好きって、そんな、女みたいなこと──

 そう言いかけて、そういえばこの女、女だったんだと思い出した。しかしさっきまで屈強な男たちを、その身体と、粗末な木剣だけで転がしていた女が花って、とそのギャップに笑えた。先ほど殴られた肋が疼いた。


「ただの花に好きも嫌いもねーだろ」


 あったところで腹も膨れなければ、大した金にもならない。命の一つも守れやしない。だから花なんてもの、毛ほどの興味もなかった。それだったら武器や宝石、美味い飯なんかの方が、己にとって価値がある。

 すると、女はこちらを見た。

 常人ならばちょっと狼狽えてしまうくらい、強い視線だった。


「でも、」


 大抵の人間は、彼女の眸の奥に何か見出そうとする。そういう()だ。気持ちは解る。しかし、男はもう随分前から気づいていた。彼女は特に何も考えていない。含みもない。ただ、話をするから相手の目を見ているだけなのだ。


「勿体ない」


 今日は天気もいいし、昨日出来た水溜りに木漏れ日が映ってキレイだし、花は良い匂いがする。


「生きるだけで終わるのは、勿体ないだろ」


 女はそう言って、パシャン、と水溜りを踏んで、歩き出した。

 先へ進む背中を見て、何をワケ分からねえこと言ってんだ、と思った。

 そして、彼女の踏んだ水溜りを見て、空を見た。

 ──不意に、世界の明度が上がった気がした。

 目がチカチカして、思わず瞬きする。

 もう一度開いて見ると、水溜りに映る木々の緑も、晴天にかかる雲の白色も、花の青も。ただの当たり前の色が、何やらキラキラと輝いて見える気がした。

 ──何をしたんだあの女。

 男はそれを視覚の異常事態と判断した。

 でも、言わなかった。それが不愉快な変化ではなかったから。

 彼女越しに見た花の色は、記憶の中で、酷く美しい色をしていた。


 コツ、コツ。


 男は、ゆっくり目を開いた。

 煙草を銜え、掌の中の着火器(ライター)で火を点ける。

 ボッ、と灯った炎の色は、赤と橙色で、それ以上でもそれ以下でもない。

 また目を閉じて、記憶の花を思い出す。

 色も形も、確かに覚えているのに。感じた鮮やかさを思い出すには、その記憶は遠すぎた。


 コツ、コツ。


 クソみたいな気分だった。殴られた頭も痛い。自然と舌打ちが漏れる。

 石を叩く、規則的な高音。男はそれを、地面に(ぼう)と胡座をかいたまま聞いた。


 コツ、コツ。──音が目の前で止まった。



「……随分と、(はしゃ)いでいましたね」


 女が、ゆったりした声で言う。

 男は視線を煙草の(けむり)に向けたまま、「目ェついてンの?」と応えた。


「あら……楽しそうにしていませんでした……?」

「ボコられて楽しいワケねェ〜だろ」

「まあ……てっきり、戦うのがお好きなのかと……」


 んなワケあるか、と思った。己は戦闘狂(バトルジャンキー)でも加虐性愛者(サディスト)でもない。

 男はやっと、女に視線を向けた。

 鞣革のような浅黒い肌に、薄いヴェールを纏った悩ましい肢体。男なら垂涎ものであろう。

 しかし、煙草を銜えた男は、眠たげな眼でそちらを睥睨しただけだった。


「なんで逃がした?」

「まあ……私だって、彼女たちを牢屋に連れ戻す予定でしたわ……それを、アナタが無様に倒されるものだから……」

「キメェそれ、やめろ」

「……私、本来無性ですので……違和感はない筈ですけれど、」


 女は悲しそうに眉を顰め、一瞬声が途切れた。

 次の瞬間──


「──まあ、借り物ではあるけどさ」


 若い男の声が応えた。

 先程まで女の姿があった場所には、彼女と似ても似つかない、中肉中背の、特徴のない男が立っていた。

 それを目の当たりにした男もまた、驚くことなくそれを受け入れた。


「教会のオッサンでいーだろ」

「うーん。悪くはないんだけど、教会であの子と会ってから、思うところがあってね。それで知人の姿を借りたらまさかの顔見知り!」


 まったく世間は狭いねえ、と男は大袈裟に肩を竦めた。


「……《あの子》?」

「さっきキミをボコボコにした子だよ」


 教会に侵入してたみたいでね、と男はアッサリ答えた。

 そんな簡単に侵入出来ていいのか、と一瞬考えたが、あの女なら大抵の場所には入り込めるだろう。簡単かどうか判断に困る。

  男は短くなった煙草を掌で握った。


「じゃ端から普通じゃねェこた解ってたンか」

「え? ん〜…まあ勘の良さそうな娘だな、とは」

「どーりで」


 男が掌を開いた。

 地面に降ったのは吸殻ではなく黒く焦げた塵と灰で、男はまた新しい煙草を取り出した。


「オレが負けても気にしねーワケだ」

「気にしてるよ。今文句言ってるじゃないか」

「そーだな」


 文句だけな、という言葉は飲み込んだ。

 二人は友達ではないし、仲間ですらない。せいぜいが協力者で、役に立たなければお役御免だ。

 足音が近づいて来た時も、内心ではどう逃げ出すか策を並べていた。どうやらその気はなさそうだと判り、今こうして話しているが。


「まあ確かに、キミに武力は期待してないけど」


 男は言った。腹は立つが、よほど納得出来る答えだ。

 数十人の破落戸を力で捩じ伏せ従えたところで、《本物》を知る連中にとって、己の力など取るに足らない自覚はある。

 己とて、この男の力に価値を見出しているわけではない。お互い、期待しているのは別の部分だ。


「まあ私も見逃がしちゃったしね。知り合いの知り合いだって言うからつい、可哀想になっちゃって」

 それに此処ではもう充分な利益を上げたし、と男が付け加える。そちらの方が本音だろう。


「寧ろ、キミはさっきから何に苛ついているの?」


 男が、こちらの顔を覗き込んだ。


「……ハ?」

「いやね。この仕事を依頼したのは私だし、キミは楽しんでるわけでもなさそうだし、」

「当たり前だろうが」


 女を拐かすのも売り飛ばすのも、趣味じゃない。別に可哀想だとも思わないが、楽しくもなかった。単に、協力者としての義務を果たしただけだ。


「まあそのようだね。それで、彼女たちの中には()()()()()もいなかったんだろう? なら逃がしたところで損したのは私だけだ」

「だからなんだよ」

「じゃあ、いったい何に怒ってるんだい?」

「……意味わかんねー」

「アレ、もしかして自覚ない?」

「そう見えんならオマエがウゼェからじゃねーの」

「……ふぅん。なるほど」


 男は、光を反射しない真っ黒な目を、弓なりに細めた。


「怒ってるのは、()()()に──かな?」

「……ハァ?」


 ギクリと強張りそうになる身体を叱咤して、何言ってんだ、という顔を作ってみるが、正直この男相手に取り繕えているかは微妙だ。


「出会い頭に腹パン食らって七転八倒したから? それとも顔面に拳を食らって歯が折れたから? 反抗したらついでに肋も折られたからかな」

「オイなんだソレ」

「キミが言ってたんだよ」


 前にお酒を呑んだ時に、と男が言う。

 言ったっけ。

 言ったかもしれない。

 しかし目の前の男相手にではない。この男と一緒に酒を飲みに行ったことなどないのだから。

 どこかで聞いていたのだろう。酒はよく呑むが、呑んだところで己が致命的な失言をすることはないはずだ。しかし、平素より幾らか口が軽くなることは、()()()()()()()も生きればそろそろ自覚していた。

 まあつまり、男の言ったことは確かに、己の記憶にある事実である。


「憎いの? 恨んでる? 復讐のために捜してるの?」

「それは──」


 言えない言葉が喉の奥にへばりついた。

 黙っていると、暗闇に浮かぶ青白い顔が、ニンマリと笑った。


「──違うよね」

「やめろソレ」

「ソレ?」


 男が笑いを含んだ顔で首を捻る。

 人のコト暴いて引っ掻き回せねーか探すクセ、と言いたかったが、言ってしまえば図星を突かれたと白状するようなものなので、諦めて舌打ちだけ返した。


「嗚呼、何か拙いこと言っちゃったかな? 誤解しないで欲しいんだけど、私はキミに協力したいんだよ。だって私たちお互いに、友達想いの苦労人じゃないか」


 そう言って、笑顔で両手を広げる男の姿は、胡散臭い以外の何者でもない。


「……そォだな。そォかも。殺してやりてェくらいだわ」

「? ……何の話?」

「アンタ今自分で言ってたじゃん」


 男はパチリと瞬きをした。


「えぇ……? ほんとに? 歪んでるなぁ」

「オレは悪くねェ」


 そう言って、二本目の煙草をまた灰にして、三本目に火をつけた。

 全ての責任を()()()に押し付けるのに、罪悪感はない。だってホントに、アイツが悪い。勝手にいなくなって、オレはこうして面倒な仕事をする羽目になっているし、何をしてもつまんねーし、退屈でしょうがない。全部全部、あの女のせいだ。


「……その人の特徴、詳細に教えてくれれば、もっと手助けできると思うんだけどなあ」


 利用できるの間違いではないかと思いながら、男は紫煙をぷかりと吐き出し、「雌獅子みたいなオンナァ〜」と適当に答えた。


「それ前にも聞いたよ。というか、それしか聞いてないよ。情報量全然増えないんだけど。強いってこと?」

「そーね」

「実際、どれくらい?」

「魔王くらい」


 そう言って男の顔を見上げると、無表情の男がコチラを見下ろしていた。

 その眸の昏さに、嗤いが込み上げるのを、煙草を噛んで誤魔化した。──やはり、この男に《魔王》の名は覿面に効くらしい。


「……やっぱり私たち、似た者同士みたいだね」


 爆笑を堪えたというのに、こちらの意図は正しく伝わったらしい。男は憎々しげに言った。

 似た者同士──というのが、先ほど指摘しようとした、《秘密を暴き立て眼前に晒し常に優位を作り上げようとする癖》のことを指しているのは明白だ。目の前の男と一緒にされるのは虫酸が走るが、意趣返しができて機嫌の上向いた男は肩を竦めるに留めた。


「さっきの子は?」

「?」

「強さが条件なら、あの子も充分じゃない?」


 男が言う。本気で思っているワケではないだろう。これもまた嫌がらせだ。


「全然ちげー」


 言いながら、しかし、先程対峙した女の眸が、脳裏を過った。

 真夜中色の目に、パチパチと火花のように爆ぜる魔力光。星のように、朝焼のように色を変える夜空の眸──


「──ちげー。もっと、狼みたいに獰猛で、苛烈なヤツ」

「ああ。だからキミ、心臓に狼なんて飼ってるの?」


 にしては悪趣味な刺青(タトゥ)だね。男はそう言って胸を指した。その指折ってやろうかと思ったが、男は自分で、「いやそうじゃなくて、」と思い直したように話を変えた。忙しいやつだ。


「そういうのじゃなくてさ。髪の色とか目の色とか肌の色とか。年齢は、身長は、体格は? っていう……そういう、パッと見て解る特徴だよ」

「知らね」


 面倒になってきておざなりに答えると、男は「もしかして、」と口を覆った。


「キミの想像上の人物(イマジナリーフレンド)だったりする……?」

「死にてェの?」

「だって、私に見つけられたくないのかなって思ってたけど、それだけじゃなさそうだし」


 男の洞察力に内心舌を巻く。確かにそれもあるし、それだけじゃないのもその通りだ。

 彼女がどんな外見をしていたか、語ることは難しくない。

 目の前の男と違い、特徴的な女だ。特段容姿が良かった訳ではないが、赤い髪も、瞬く夜色の眸も、象牙色の肌も、女にしては長身で、着痩せして見えるが、筋肉に覆われた身体を持つところも。群衆からは浮いて見えた。

 けれど今、彼女がどんな姿をしているか、断言することは出来ない。


「人間ってそこまで大きく面影を失くすことってないんじゃないの? それともキミが記憶失くしてたりする?」

「うるせ〜」


 これ以上ここにいたら更に質問攻めされそうだ、と男は立ち上がった。


「協力するって言うなら、次の要地の通行証寄越せよ。もーこの国に用ねェわ。居なさそうだし。抜けていい?」

「え〜。まあ私も、この国は潮時かなと思ってたけど」

「諦め早ェな」


 少し驚いた。この国の行く末など、自分にとってはどうでもいいことだが、この男からしてみれば、随分時間をかけて根を張ったことだろう。その労力を、簡単に捨てられるのか。


「他の国にも種は蒔いているし、正直、どこでもいいんだよね」


 どうやら一国を滅ぼそうという男の熱量も、己と大差ないらしい。

 男にとって、《サーリヤ国》の崩壊は、色々な条件の都合が良かったから起こっただけで、国力を落とし、貧民窟を増やし、多くの人間を間接的に殺し、時には死んだほうがマシと思わせたその行為に、大した意味はないようだ。


「……かわいそ」


 男は、銜え煙草の隙間から呟いた。感情の伴わない呟きだった。

 実際、どうでもいい。この《戦争屋》の目的など知らないし、興味もない。


「そうかな? 私は大したことはしてないよ」


 人間って、何もしなくても勝手に数を減らしてくれるんだから愚かだよねえ──

 男は言った。

 言われなくとも人間の愚かさは重々承知しているので言葉自体に腹は立たないが、それを言う男の態度は腹立たしい。そろそろ少し焦がしてやってもいいか? でもコイツが戦ってるとこ見たことねーんだよな、と迷っていると、男が「でも、」と呟いた。


「流石にタダで返してあげるのは癪かな……最後にちょっとだけ足掻こうか」

「ハァ? まだやンの」

「私の予想通りの流れになったらね。少しだけお遣いを頼むよ」

「だりィ」

「次は好きな場所への通行証を用意するからさ。大国一の学び舎に潜入する権利なんてどう?」

「ガッコウなァ〜…」


 己には縁遠い場所だな、と思った。

 しかし、だからこそ、今まで見つからなかった捜しものが見つかる可能性はある。


「私、学校とか教会とか、そういうの好きなんだよね」

「オレ、アンタの変態性癖に付き合わされてンの?」

「違うよ! どちらも、私たちの世界にはないものだから」


 そうなのか。確かに、魔族がそういった社会性のある集団を作ってる気はしない。というか、魔族がまとまって行動しているところはあまり見たことがない。後にも先にも、あの大戦が唯一だ。


「どちらも、人間は大事にしている場所だろう。神聖視してさえいる。そこがぐっちゃぐちゃになれば、どんな世界になるか、面白いと思わないかい?」

「オマエにとっちゃな」


 悪趣味な男だ。

 しかし、コチラにとっても利のある話であった。

 男の言う《学び舎》には覚えがある。

 その場所ならば、様々な国の情報が手に入るだろうし、学園のある国自体も、己にとって馴染み深いものだ。


「……ま、考えとくわ」





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