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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 後編】
49/74

一握の砂2





 ──速い。

 魔力を持っていることは知っていたが、キッカは驚くべき脚力で王城までの道を駆けた。

 間違いなく《風属性(ソード)》だろう。

 彼女の遠慮ない魔力を己の探知領域(テリトリー)に感じて思う。馬車なんて必要なかったのだ。長旅に疲れた様子が見えないのも納得である。

 王都の中心に入り、キッカは人の多さに一時足を緩めたかと思ったが、街の人々から頻りに上がる噂話を聞くと、更にスピードを上げた。


 ──曰く、明朝。

 第四王子の処刑が行われるとか。


 建物の屋根や、壁を駆け上がり、道なき道を征服していく女を、どうにか魔術を使って追った。

 これまで彼女に感じていた違和感が、紐解かれる予感があった。それを逃すディスカードではない。


「噂が、ホントだとしてッ、何するつもりなの!?」


 そろそろ息切れし始めた喉で、風に掻き消されぬようディスカードが声を張り上げる。対して、キッカの呼吸には一分(いちぶ)の乱れもない。──とても、庇護を必要とする御令嬢には見えない。


「止める」

「国家間の問題になるかもよ!」

「そんなん知らない」


 ワガママは相変わらずだ。

 キッカは軽々と城門を飛び越え、城の扉の前に立った。

 出発した時に傾きかけていた陽は既に落ち、辺りは闇に沈んでいる。


「止まれ!」


 忍ぶ様子のないキッカは、当然ながら警備の兵に止められた。

 しかし、彼女はそれを無視してズンズン進んでいく。あまつさえ、「ルカくんはどこ?」と剣を抜こうとする兵士に問いかけた。

 処刑される罪人の名を出す奴があるか。

 流石にコレは、とディスカードが止めようとしたところで、背後から「お待ち下さい」と声がかかった。



「その方は、私の連れです」



 聞き慣れた声に振り返る。キッカがポカンと口を開けた。

 兵士は剣に手を伸ばしたまま、「客人の……しかし、」と困惑した顔をする。


「彼女たちこそ、私に協力してくださった客人です。他国の要人ゆえ表向きには出来ませんが、救国の英雄に剣を向けることは、王とて望まないでしょう」

「……そういうことでしたら」


 兵は剣から手を離し、一礼すると、持ち場に戻っていった。

 女が手招き、「こちらへ」とディスカードたちを呼ぶ。

 そのまま、二人に背を向けて歩き始めた。


「ジゼルさん、わたしッ……良かった無事で! でも、ルカくんはなんで……助けなきゃ、」


 我に返ったのか、キッカが詰め寄る。

 ジゼルは、いつもの無表情で肩を竦めた。


「やはり、街で聞いてしまわれたのですね」

「……どういうこと?」


 キッカが困惑の声を上げる。

 ジゼルは、どんな時でもルカのために尽力していた。ルカのために、命を懸けてすらいた。旅を共にした者は、みんな知っている。

 だからこそ、ルカが処刑されるとなれば、ジゼルも相応の扱いをされていると、キッカは思っていたのだろう。

 けれど、彼女はこうして無事でいる。

 それも、冷静に、事の次第を見ている。

 

「キッカちゃん」


 ディスカードは、なんとなく察しがついてしまった。


「なに、」

「そもそもこの人、ルカくんの従者じゃないよ」

「……え?」

「門番は《客人》って言った。ならおそらく城の人間じゃない。それに、ルカくんの客人なら、解るだろうけどこんな扱い受けられない。彼は罪人で、処刑を待つ身だ」


 誰の客人なの? ディスカードが尋ねると、ジゼルは平然と、「第一王子」と答えた。隠す気も無いようだ。


「だろうね。あんな簡単に兵を納得させられるんだから」

「知り合ったのは、ここ数日ですけどね」

「……なるほど、」

「どういうこと?」


 キッカが、ディスカードを見上げた。

 身体能力は高いが、頭は今までの印象と変わらず、回転が鈍いようだ。──もしくは、私情で目が曇っているのか。


「ルカくんを罪人として突き出したの、ジゼルさんでしょ」

「……え、なに、?」

「地位や金欲しさに命をかける女には見えないけど……ねえ、ジゼルさんてもしかして──」

「答え合わせは後にしましょう」


 ルカ様に会いに来たのでしょう?

 ジゼルはそう言って、小さな木扉を開いた。

 それは、聳える城から少し離れた、寂しい塔の入口であった。

 キッカが迷わず扉を潜るので、ディスカードもあとに続いた。





「姉です、私は。《アル》の」


 その名前に聞き覚えはなかったが、ディスカードはそれが誰のことか解った。

 キッカは怪訝な顔をしたが、ジゼルが、「教会でルカ様と出会い、その夜二度と帰らなかった男の子の名前ですよ」と丁寧に説明をすると、思い出したように目を丸くした。

 彼女はルカに長年連れ添った従者などではなかった。

 ふた月あまり前に、初めて出会った、赤の他人だったのだ。


「なんで、ルカくんと」

「復讐のために決まってるじゃあないですか」


 ジゼルはそう言うと、彼女には珍しい柔らかい笑みを浮かべた。

 ゾッとするような、冷たい微笑であった。


「最初は、王族を殺してやろうと思ったんです。両親が魔物に殺されたのも、孤児になったのも、教会に化け物がいるのも、全部治める人間の不始末だって。でも、私にあなたがたのような特別な力はありませんから。全員殺せるとは思っていませんでした。丁度、殺し易いところにやってきたのが、あの人だっただけで」

「そんな素振り、全然……」

「キッカさんと出会ったのは、協力関係になった後ですから」


 ルカは、自分を殺そうとするジゼルに、最初こそ抵抗したものの、教会の話を聞くと大人しくなったらしい。

 そして最後に、取引を持ちかけてきたという。


【今の自分の死に、なんの影響力もない】

【第四王子なんて、消えたところで、王も、魔物も、教会も、何も変わらない】

【それなら腐っても王族である自分を利用し、本物の復讐をしないか】──と。


「絵空事を、と思いますよね。私も思いました。口だけならなんとでも言えると。けれど、彼は覚悟の証に、王の首を()りました」

「!」

「その時点で、彼は退路を断ったのです」


 ルカは王を病気だと言っていた。

 その話をした時には、既に、その手で父親を殺めていたのか。


「そりゃビックリ。初めて聞いたな」

「王殺しなんて醜聞を、王族が無闇に漏らすはずないでしょう。しかも身内の犯行で、犯人を捕らえてすらいない」


 でも、それも今日までです。

 ジゼルが言った。彼女の持つ油燈(カンテラ)が、暗闇の階段をゆらゆらと照らす。

 

「民衆に告げる大義名分ができました。きっと、誰の心にも残る戴冠式になるでしょう。あなたがた影の英雄が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を捕らえてくれたおかげで──」

「なに、それ。ぜんぶ嘘」

「なるほどね」


 ディスカードは頷いた。

 ルカは善人が過ぎてディスカードの案を跳ね除けていたのかと思っていたが。意外と現実的(リアリスト)であったらしい。


 【罪には贖いの銀を】

 【それが叶わないのなら──】



「──最初から、自分が《罰》を引き受けるつもりだったワケだ」


 ディスカードの言葉に、ジゼルは頷いた。

 キッカも案外察しは悪くないようで、顔を顰めてジゼルを見上げた。


「……仲の良い主従だと思ってたんだけどねえ」


 まったく気がつかなかった。きっと誰も、二人の本当の関係を察することなんて出来やしなかっただろう。

 なのに、二人は利害の一致するものが、手を取り合っていただけに過ぎない。

 国のために魔物を倒し、真実を明らかにしようとする男と、

 弟を殺された復讐者として、王子の立場を利用する女。

 それだけの関係だったのだ。


「……それならなんで、わたしたちをここに通したの?」


 キッカが口を開いた。


「なんでわたしをルカくんのところに案内するの。わたしはルカくんを生かそうとしてる。ルカくんが死ななきゃ、ジゼルさんの望む結末にはならないんでしょう?」

「……別に。私は、ただの共犯者で、彼の命については傍観者に過ぎません」


 ジゼルは、階段の突き当りで止まった。

 ここが最上階のようだ。これより先に階段は無く、目の前には、小さな格子窓のついた扉が一つあるだけだった。


「止められるものなら、どうぞ。お好きに」


 彼女が扉にかけられた錠前を指す。

 開けてみろ、ということだろうか。


「……とんでもない女だな」


 階下に沈んでいくジゼルの後ろ姿に、ディスカードは呟いた。


「……止めてほしいんだ」


 きっと。二人の会話が、あの旅のすべてが、嘘だったとは思えない。

 キッカはそう言って、閂を掴んだ。

 錠前はいつの間にか、ブラリと下がって開いていた。





#





 ルカは、天井近くに空いた窓から、月明を浴びるように座っていた。

 それがまるで宗教画のようで、キッカは腹立たしくて、わざとドカドカ音を立てて入室した。

 振り向き様──逆光で影の落ちた横顔に、橄欖の眸だけが光を弾いて、草露のように光った。


「……さてはジゼルさんですね」


 参ったな、とぼやいたルカは、いつもの、あの困ったような笑みを浮かべている。

 まるで、処刑を待つ身とは思えない。呑気な声色である。


「説明して」

「髪飾りは受け取ってもらえましたか?」


 ルカがあさっての返事をする。

 キッカは一瞬考えて、「うん。貰った。ありがとう」と答えた。そうして、「処刑て何?」と、簡潔に尋ねた。


「処刑は今回、絞首刑ですね。報酬の件は……その、すみません。今僕のもとに自由になるお金がなくて、国からの後払いになります。ジゼルから、僕の作ったリストは受け取りました?」

「え、あ……なんて?」

「一応あれ、僕の個人的な人材リストなんです。だから、ルカの名前を出せば、きっと便宜を図ってくれるでしょう。もう仕事を回すことのない客より、貴方がたの持っている方が有用ですから」

「……うん。わかった。後で見る」


 キッカは嘘をついた。ジゼルからそんなものは渡されていない。

 代わりに、ディスカードが金銭を受け取った。

 髪飾りは正しくキッカに渡されたものだったが、しかし、金銭はそうではなかったのだろう。

 出所がルカでも、国でもないのなら、可能性は一つしかない。

 ジゼルだ。そして、平民で尚且つ教会暮らしの孤児である彼女が、そんな大金を持っている理由がないので、おそらくそれは彼女の報酬だ。王殺しの第四王子を、処刑に突き出した報酬。

 それを、丸ごとディスカードに渡してしまったのだろう。


「……ねえ、ルカくん」

「実はあの髪飾り、母の形見なんです。結婚相手に渡すように言われていまして」

「だからそういう話じゃ…………エ"ッ!?」


 キッカは驚いた。のらりくらりと質問に答えないルカを、どうしようかと思っていたら、とんでもない言葉が飛び出してきた。


「わ、わたしたち結婚するの?」

「何を言っているんですか明日には死ぬ男に」


 ルカが不思議そうな顔をする。お前が言ったんじゃねーかと思う気持ちと、本当にこの男は死ぬつもりなのだという確信が、キッカの頭でごちゃついた。「なにそれ」と責めるような声が漏れる。


 つまり、最初から、彼の旅は死に向かうための道程だったのだ。

 初めて声をかけられた時も。

 教会から戻らない(ディスカード)を一緒に待っていた時も。

 宿屋で魚介料理が好きだと話していた時も。

 二人で、星を見上げたあの夜も。

 ずっと、ルカは一人死を前にして微笑っていた。


「……大丈夫だって、言えるわけだ」


 キッカは思い出して吐き捨てた。それは、予言を聞いた酒場で、彼がキッカに言った言葉だった。

 そりゃ安心してと言えるはずだ。死の犬が噛み切る首は、己のものと決まっているのだから。


「好きって言ったくせに」

「? …………あ。あ!」


 キッカが詰ると、ルカはすっかり自分が言ったことを忘れていたようで、バツの悪そうに頬をかいた。 


「いえ、あの、アレは言葉の綾というか……憧れとか、羨望とか、そういうのがまとめて言葉になったアレというか……髪飾りも、なんというか処分されるのが偲びなくて、」

「なにに憧れるの」

「あなたの強さに」


 キッカは口を開けて、閉じて、また開けた。「ルカくんの方が強い」

 強い、というのがどういう意味で使われた言葉かわからないが、認めるのが癪でそう答えた。

 ジゼルにはわりと色々見られた自覚もあるが、ルカの前では、いつも愛らしい淑女だった筈だが。多少のわんぱくは可愛げの一部である。

 ルカは苦笑した。


「まさか。僕がもっと強ければ……せめて、レックスさんやディスカードさんの十分の一でも力があれば、こんな回りくどい遣り方をしなくても、国を救えてたかもしれません」

「……そんなことない」


 そりゃあの二人は強いけれど。それだけじゃ人も国も救えない。教会で別れた夜に伝えたことは、なんにも伝わっていなかったらしい。

 力の強さで出来るのは、敵を薙ぎ斃すことのみ。

 現に今、キッカの声は何一つ届かないし。

 目の前の友の意志一つ、潰せない。


 ──キッカという人間は、天秤に他人の命と、己の欲が乗っていれば、後者へ傾く人間だった。

 教会でも、地上で兄が負ければそれまでだと思ったし、子供の命と、己が剣を持つことを天秤にかけて迷った。ディスカードが負けることは即ち、ルカの死──つまり、遠からぬ国の崩壊に繋がるとしても。

 キッカはそういう人間で、それが普通と思っているから、後悔もない。

 しかし、ルカは違った。


「ルカくんは、強いよ」


 今度は誤魔化しではなく、本気で言った。

 ルカは、已を切り捨てられる人間のために、命を投げ出せる人間だ。

 この身体でもおそらく、番犬を斃すくらい出来ただろうし、崩落とて身一つで生き残れる。そもそもの前提が、キッカとルカでは違う。キッカの命が天秤にかけられることはまずない。

 にも関わらず、ルカは地下の崩落の折、キッカを庇おうとした。


(ディスカードがあの夜、魔法陣の破壊を容易だと言った理由にも、ルカは気づかなかったんじゃないだろうか)


 簡単なことだ。

 子供を殺せば、魔力供給は止まる。

 キッカは実行しなかったが、簡単に思いついた。

 ルカはきっと、考えすらしなかっただろう。


「最初からボクの案を使ってれば良かったのに」


 ディスカードが言った。

 確かにこれは、対象を変えれば、ディスカードが旅の始まりに提案したのと同じ話だ。

 ルカはその案に否定的に見えたが、それは彼にとって度し難い悪辣な策だったからではなく、既に自分で同じものを用意していたから、必要なかったのだ。


「教会はあくまで市民のもので、働いてる職員も、殆どは市井の人々ですから。一方的に断罪したんでは、やはり王家との間に禍根が残ります。それよりは、【教会は王座の簒奪を狙う第四王子と手を組み、国家を混乱に貶めたが、新王は責任を取り第四王子を処刑し、教会は恩情をもって許す。代わりに新たな市民を教会の代表に据え、王家に市民の声が直接届くような政治を行う】とかのほうが聞こえが良いかと」

「ちゃんと考えて敵愾心(ヘイト)調整してるわけだ」


 見直したよ、とディスカードが手を叩く。


「前に、《キミの自殺じゃ国は救えない》って言ったけど──こうも盛大な舞台を用意するとはねえ。これは確かに上手くいくかも」

「おにいさま!」

「しかも、僕は先王を殺してるわけですから。僕との対立をもって、王家は被害者にもなれますし。他にも、僕が死ぬといいことがあるんです」


 ディスカードに褒められたからか、ルカは少し、得意げに言った。

 この男はなんて酷いことを言うんだろう。キッカは思った。

 ルカが死んで良いことなんて、キッカには一つもないのに。


「実は、僕と今の王家は、血が繋がってないんですよ」

「え?」


 ルカの瞳に、懐かしい面影を見ていたキッカは、信じられない気持ちで彼を見た。

 するとルカが、「あ、いえ、違うな」と首を捻った。


「父親は一緒なので、ちょっと語弊があるんですけど。母の父──僕の祖父はですね、一途な人で。息子を産めない妻でも、ただ一人を愛しました。なので先王は、言ってしまえば入り婿で。だから、正確に言うと、この国で初王の血が流れているのが、僕だけなんです」

「……それの、なにがいいことなの」

「僕の処刑で、旧王家の血が途絶えるんです。新たな時代を迎えるにあたって、これほど良いパフォーマンスはないでしょう」


 キッカは言葉を失った。

 ルカはつまり、これまでの長き国の不幸を己の血に押し付け、その犠牲の上に新たな王政を敷けば良いというのだ。 

 キッカの表情を見て何を思ったか、ルカは慌てたように両手を振った。


「いえ、あの、確かに初王様には少し申し訳ない気がしてますが! これぐらいで彼の偉業が薄れるわけないですし、《ファジュル・サーリヤ(暁をつれてくるもの)》の勇名に傷がつくことはないでしょう。魔物が出没した時期的に、僕の祖父くらいまでは暗君と呼ばれるかもしれませんけど」


 ルカがからりと言う。

 キッカはもう、それが許せなくて、なりふり構わず地団駄を踏んだ。


「やだ。なんで、犠牲がいるの。確かに魔族は逃がしたのかもしれないけど、教会から魔物を呼び出す召喚陣(ゲート)は消えたんだからそれでいいじゃん。なんでわざわざ死体を増やすの」

「キッカさん……」


 ルカは、キッカの目の前に跪き、こちらを見上げた。

 駄々をこねる子供を、宥めるような顔であった。


「納得いかない気持ちはわかりますが、国民の怒りはそれで収まるものではないでしょう。一度王家を憎んだ以上、そこに何らかの罰が下らなければ、更なる不幸が生まれる原因になりかねない」

「てか前に話したでしょ。かつてどでかい人魔大戦があった時、魔王に打ち勝ち、魔族を殲滅した人間が、次に何をしたか」


 ディスカードがルカの話に乗る。

 キッカは眉を顰めた。


「ディスカード……おにいさまは、ルカくんが処刑されてもいいの?」

「別に。彼の意志でやることだ。ボクに否はないよ。バカだとは思うけど。意味がないことだとは思わない」


 ディスカードは言った。

 ──魔王が倒されたあとも、暫くすれば貧しさへの憎しみは《人間狩り(マンハント)》に向かった。魔族の扇動があったとはいえ、それは果てに、王の首をも狩り取った。


「思い知るよ。平和に必要なのは、共通の敵だって」


 ディスカードは、どこか吐き捨てるように呟いた。

 確かに、覚えはある。

 人魔大戦のあった時代、国同士の争いはなかった。どこもみんな、手を取り合って戦っていた。勿論、荒れた時代だったから、小競り合いはあったけれど。

 実際、キッカに、人同士の戦争の経験はない。


「……でも、ルカくんが死ぬなんておかしい」

「では、ディスカードさんの言うように、魔の手に落ちた教会に責任を負わせるほうがいいと?」

「ッそれは──」


 キッカが言葉に詰まる。

 ルカは優しい微笑みを浮かべた。


「……気にする必要はありません。僕は、父を殺した時点で罪人に違いありませんから。これが最善です」


 でも、最善が教会の人々を犠牲にする方法だったとすれば、ルカはきっとそれを選ばなかっただろう。


「……やだ。絞首台破壊する」

「ちょ、キッカちゃんそれ国の問題に発展しかねないって──」

「だからなに」


 キッカには関係のないことである。

 ディスカードがくるりとルカの方を向き、「マジでやりかねないから止めてよ」と訴える。

 ルカはそれを本気と捉えていないのか、ぼんやり困った顔をした。


「えーと。絞首台を壊しても、他の方法で処刑されますよ」

「じゃあ役人みんなどうにかする」

「国民からの私刑になるんじゃないですかね」

「……ルカくん連れて帰る」

「突然得体の知れない男を連れてこられた親御さんが困るでしょう」

「…………結婚するって言えばいい」

「そんな苦渋の選択をしなくても」


 ルカは微笑った。


「要りません。コレは、僕のわがままなんです」


 じゃあ自分もわがままを通していいだろうが。と思った。

 しかしキッカはそれを口に出す代わりに、「どういう意味」と尋ねた。


「かつて初王は、この国を救った英雄と約束しました」

「……そう」

「彼は豊かになった己の国を、いずれ帰ってくる英雄に見せることを約束したんです」

「…………だから?」

「僕が、約束を守りたい」


 キッカは、目眩がした。


「……ルカくんは、英雄が、約束を守って死ぬことを望んでると思うの?」

「……さあ。でも、英雄は関係ないんです。僕がそうしたいだけで」

「じゃあルカくんは、英雄が、ルカくんに、国のために死んでもいいと思ってると、思ってる?」

「ならばこのまま、骨肉の争いを続けますか?」


 人の憎しみは、誰かが割りを食うまで止まらない。ならばそれは自分でいい。英雄には及ばずとも、己も国のために生きて死にたい。

 ルカは言う。それが誰でもない、自分の望みだと。


「泣かないでください」

「泣いてない」


 実際、キッカの目は乾いていた。この期に及んで、涙の一つ流れない。泣くことに慣れていなくて、やり方がわからないのだ。

 でも、ルカは、キッカの眦を指の腹でなぞった。


「……じゃあ、英雄が死ぬなって言ったら? そしたら、死なない?」

「いいえ。だから、これは僕の望みだって言ってるじゃないですか」

「しぬことが?」

「──正確には、この血を絶やすことが」


 キッカは怪訝な顔をした。「またその話?」

 しかし、ルカは苦い顔をしていた。秘密にしたかったことを、諦めて打ち明けるような顔であった。


「僕じゃなきゃ、だめなんです。英雄がいずれ先の未来で、僕以外の誰かと約束を果たすなんて──許せない」


 ルカは微笑った。キッカは、ルカが何を言っているのかわからなかった。口をポカンと開いて、「……どういうこと?」と問いかけた。


「実は、僕も王になりたいと思ったことがあります」

「……? えと、そうなの?」

「はい。僕が、初王様に憧れていたことは知っているでしょう? けど、先王は平等な人でした。後妻であった王妃様も、既に死んで居ませんが、彼女は今際のとき、子供たちを平等に育ててやって欲しいと頼みました。王は、その通りにしました。血など関係なく、全て平等に。……王権すらも」


 キッカがあからさまに、「そんな素振りなかったじゃん」という顔をしたからだろう。ルカは、「確かに、それ自体はもう納得してます」と答えた。


「王は正しく平等でした。力があればきっと、僕を王にもしたでしょう。けど実際は、第一王子のほうが僕より政治が上手く、第二王子は剣と戦事に長け、第三王子も知略に秀でていた。全てに劣る僕が王になれないのは当然で、先王の選択は、正しかったと思います」

「じゃあ、何が言いたいの」

「だから、僕がこの血を終わらせるワガママくらい、認めて欲しいという話です」


 ルカは続ける。頬が薄っすら蒸気して、些かの狂気を孕む微笑みを浮かべていた。


「僕は会えなかったけど、もしかしたらこの先、僕の子孫が英雄の子孫と出会うかもしれない。それで、この国を見せるかもしれない。どうだ、僕の国だ、って

 ──そんなの、ずるいじゃないですか。

 王位は兄のものになる。その方が国民の為になるなら、僕はそれは構わない。でも、きっと未来に生まれる誰より、僕が一番《彼》のことを想ってる。僕が約束を守って死ぬ。この血をあとには残さない。それが僕の──」

 ルカは静かに、屹然とした表情(かお)で言った。「僕の──砂城の約束なのだから」


 それは砂上の楼閣ならぬ、砂上の誓いであった。


 キッカは瞠目した。

 果たされることのなかった、空誓文の口約束。

 なのにあの男の血は、目の前の男は、そんな不確かなものを、ずっと──


(──止められない)

 止めて欲しいとも、思われていない。


 キッカが唇を噛んだその時、ディスカードが、「どう考えても信仰じゃない」とぼやいた。

 呆れたような声色であった。

 ルカは、困ったように笑った。


 キッカは考えた。

 止められないのなら、どうすればいいか。

 己が一番後悔しない遣り方は、何か。


「次代の王と、ジゼルが死ぬまで、この国はきっとあなたがたの力になるでしょう。……だから、どうか今夜はお帰りください。死体なんて、わざわざ見たいものでもないでしょうし」


 ──勝手な男だ。

 腹が立った。今夜だけで、一年分くらいムカついた気がする。

 だから、キッカは、腹を決めた。

 一度目を瞑り、深く息を吐く。

 頭の中のスイッチが、バチンと切り替わった気がした。


「……ま、その通りだ。悪い旅じゃなかったよ。お疲れ様」

「そう言っていただけると、少し肩の荷が下ります。このご恩は忘れません。死んでも」

「いらないよ、重いなあ」


 ディスカードが鬱陶しげに片手をぶらつかせる。

 ルカが、「ではジゼルに馬車を──」と言いかけた。



「やだ」

「は?」


 二人が、キッカを見た。

 キッカはもう一度、「い や!」とハッキリ言った。

 ルカはまた眉を下げ、ディスカードは呆れた顔をする。

 キッカは構わず言葉を続けた。


「解った。おまえの選択は尊重してやる。だからわたしも好きにする」

「……え、あの、なにを」

「わたしはおまえを英雄だと思う」


 ルカが驚いた顔をした。

 それにキッカが舌打ちすると、今度はディスカードが驚いた顔をした。

 この男(ルカ)に、キッカの言葉は、ほんとになんにもまったく伝わっていない。


「わたしはおまえの生き様に敬意を払う。だから、おまえが選んだ道を、最期まで見届ける」


 キッカは笑った。

 おおよそ、幼気な少女の浮かべる表情とは思えぬ、怒りを孕んだ凶悪な笑みであった。


「一度しか言わないからよく聞け」

 ──約束しよう。


 ルカが目を見開いた。



【ファルーク・サーリヤ、おまえの勇気と献身に感謝をこめて】

【わたしの名前はシュン=イル・ディエス】

【おまえが道に躓いた時】

【おまえが暗闇に取り残された時】

【おまえが一人で立てなくなった時】


【おまえが、助けを必要とした時】


【わたしは、おまえの前に現れる】



「──誠実で勇猛な、若き王に栄光あれ」

「…………嘘だ」

「失礼なやつ」


 キッカが目を眇める。

 そうして、長い時を経て再会した砂漠の王の歪む顔を、きつく睨みつけた。



「──約束を果たしに来た」





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