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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 後編】
48/74

一握の砂1





 月明を頼りに、一冊の本を読んだ。

 尖塔の天辺にある窓は空に近く、たとえ太い格子越しでも、月の光が差しこんでくる。

 手元の本は、書店に出回っているようなものではなく、染みがついて汚い、古い手帳のようであった。一度濡れたみたいに手触りも悪く、べたべた付箋が貼られている。


 少年はそれを愛おしそうに撫で、(ページ)を捲った。


 狙ったように開いた頁は、何度も何度も繰り返し読まれ、きつく折り目がついている。

 きっと適当に投げたとしても、本はこの頁を開くだろう。



【彼等の旅は、これからより苦しくなるだろう。

 それでも、彼等が助けを求めれば、俺は必ずそこに行く。

 アイツが俺に誓ったように。

 約束しよう──】



 続く言葉が、少年の支えだった。

 この文字の羅列に、自分はどれだけ救われただろうか。

 幼い自分は、彼等の旅に、どれだけ胸を熱くさせ、この血を、この国を、誇りに思っただろうか。

 そうして彼が果たせなかった分、己が誓いを果たそうと思うのは、自然な流れだった。


 進む覚悟も。選ぶ覚悟も。最後の戦いに挑む勇気も。全てくれた。

 僕の英雄。

 ぼくの──



「…………かみさま」





#





 閑散とした一階の食堂で、キッカが膝を抱えて座っている。

 拗ねているようにも見える。──実際そうだろう。


「いいの?」


 そんな彼女を後目(しりめ)に階段を上がるディスカードに、二人分のパンと野菜の蒸し煮を(トレイ)に乗せた、レックスが尋ねた。

 ──キッカは友達が少ない。

 その数少ない友達が、別れの挨拶にも来ないというのだから、ワガママなお嬢様がこうなるのは目に見えていた。


「ボクが子守に向く性格だと思う?」

「……」

「でしょ」


 人の良い宿屋の夫妻が、気遣わしそうに彼女の周りをうろついているので、そちらに任せればいい。

 彼女をアウティングに連れてきたのが自分だということを、悪びれなく棚上げし、ディスカードは答えた。

 レックスにとっても、その回答で十分だったらしく、それ以上何か言われることはなかった。

 流石。ここ数年、付かず離れずの交友を結んできた、()()()()()()()である。



 闇夜の時代(ダークエイジ)の《最強》

 ミスティリオンの《聖騎士》

 黎明の騎士にとって優秀な《前衛(アタッカー)》──


 《キリエ・エレイソン(錆色の獅子)


 知ってから見れば、その容貌は前世とあまり変わりない。どうして気づかなかったのかと思うくらいだ。

 大きな違いは、昔と比べて穏やかな表情と、顔の傷がないことくらいか。

 (……前世、ね)

 果たしてこの状況が、正しくそう言っていいものか解らないが。

 ただ、この身体に無い筈の記憶があるのは確かだろう。()()()()()()()()()()()()()


 レックスの盆からナッツ入りのパンを拝借し、ディスカードは部屋の扉を開けた。美味い。


「なんか変な熱気だね」


 部屋の窓を覗き込み、レックスが呟いた。


「まあ、悩みの種が一つ解決されての戴冠式だ。はしゃぎたくもなるんじゃない?」


 新しい時代の幕開けに、こんな郊外の方まで、道行く人々は興奮の面持ちをしている。きっと都の中心部は、更に熱気を帯びていることだろう。

 市民が既に()()を知ったかどうか定かでないが、あれだけの破壊があったのだ。何らかの通達は降りただろう。

 生憎と、ここ暫く缶詰状態のため、推測でしかないが。


 ディスカード達は数日間、この宿から出ていない。

 ルカには前もって、解決してもしなくても、ディスカード達の存在は公表出来ないと頭を下げられていた。確かに、事の解決を喧伝する際、他国の人間が手を出したとあっては王家の面目も立たぬだろう。

 二人共、今回の件を自国に知られる方が面倒なため、快諾した。

 ディスカードは、きっちり報酬を請求したが。二人の助けがなければ、この程度の被害で解決しなかっただろうから、それくらいの見返りはあって然るべきだろう。


 そういうわけで、国を出るまでの間、王都の境界に身を潜める羽目になった。

 それも、今日で終わるが。

 既にこの国に留まる理由はなく、朝食を終え次第、旅装を整える予定だった。



 昨晩、ジゼルとセテカが宿を訪れたのだ。





#





「ジゼルさん!」

「お久しぶりです、キッカさん」


 再会の抱擁を交わし──キッカが一方的に突進したようにも見えたが──最初こそ和やかな挨拶をしていたところ、ルカが多忙で来れないと知るや否や、不機嫌になったキッカは地団駄を踏んだ。

 正直、予想はしていた。

 第四王子とて、戴冠式には出席が必要だろうし、真実を詳らかにし、王宮内で事実の公表や今後の方針を固めるのに、今回の事態を詳しく知るルカは欠かせない。

 

「準備もあるでしょうから、明日の夕前に、転移陣(マージナル)までの馬車を御用意致します。国が混乱の只中にあるため、早めにお発ちになりますようにと、ルカ様からのお申しつけです」

「おっけーおっけー。時間通り発つよ」


 ジゼルは、拗ねたキッカを気遣わしげにチラチラと見ながら言った。

 ディスカードは上機嫌で答える。


 アウティングの証書と報酬が手に入った今、この国に留まる理由はなかった。

 王子とはいえ四番目。大した金は動かせまいと思っていたが、まずまずの金額であった。しかも後々、国からも正式に報酬が出るという。


「キミ、お金には困ってないだろう……」

「魔術師は何かと入り用でね」


 バチンと片目を瞑って返事をすると、レックスに呆れた顔をされた。

 そう言う彼は、勿体ないことに謝礼を辞退したので、「じゃあボクが貰うね」とすかさず受け取ると、ジゼルにも見下げた顔をされた。


「それで、キッカさんにはこちらを」

「……なぁに」


 ジゼルが、膨れた顔で黙っているキッカに、一つの箱を差し出す。

 彼女が静かに箱を開けると、中に入っていたのは、一つの髪飾りであった。

 ──箱から覗いたそれをチラと見る限り、とんでもない額がしそうである。

 換金したら、二人の報酬が霞みそうだ。


「ルカ様からです。直接お礼を言えないのが申し訳ないと……元は、彼のお母様のものだったそうなので、価値は十分にあるでしょう。自分が持っていてもしょうがないから、貴女に、と」

「……ジゼルさんがつければいいじゃん。キッカは、見送りに来てくれるほうが良かった」


 珍しい、とディスカードは思った。

 家族でありながら、彼女のことを詳しくは知らないが、キラキラしい宝飾品はキッカの好むところの筈。

 それだけ友人に飢えているのか、と入学早々の騒動を思い出す。虐められているくらいだし、そりゃ友達は少ないだろう。

 確かに、ミスティリオン程でないにせよ、ユグエンとサーリヤだって、気軽に行き来できる距離ではない。それを考えると、友人とのお別れのほうが、キッカにとって重要なのだろう。


「それは……」

 ジゼルが一瞬、言葉に詰まった。「……ルカ様も、きっとそうしたかったでしょう」


「……ほんと?」

「はい。またいらっしゃる際には、国をあげて歓迎したいと仰っていました。私はもう、十分な報酬をいただきましたから。こんなものを貰っても、つけていく場所がありませんし、キッカさんが受け取ってください。貴女ならきっと、出番もあるでしょう?」


 そう言われて、キッカは膨れっ面をしつつも、渋々受け取った。

 流石に、自分達が特権階級にあることはバレているらしい。今更、それくらい構わないが。


「──で、セテカさんは何の用?」


 ボクらの見送りに来てくれたのー? と茶化せば、ジゼルの後ろでこれまで微動だにしなかったセテカが、「誰が」と舌打ちでもしそうな顔で答えた。

 こちらも解っていて聞いたが。何故なら、今日現れてからここまで、凄まじく凶悪な顔をしている。今にも剣を抜きそうな殺気である。ルカが初めて訪ねて行った時以上の不機嫌に見えた。

 各々、成すべきことを為し、別れた夜──

 あの時は、比較的穏当に終わったと思ったのだが。

 出会った頃に逆戻り、どころか、更に悪化したような荒みようなのは何故だ。


「ルカくんと仲直りしたんじゃないの?」

「誰があんな野郎と……ッ!」


 それは心底憎々しげで、何かあったのだろうと邪推するには十分な態度であった。

 まあ、どうせここを発てば関係なくなる話なので、追求する気はないが。しかし、不機嫌の理由はルカだとして、ならば結局ここに来た理由はなんなのだ。


「セテカさんは、キッカさんに挨拶をしに来たんですよね」

「わたし?」

「……ああ」


 ジゼルの答えに、セテカは頷いた。

 先程までの荒れた表情から一転、キッカに見せる表情(かお)は柔らかい。


「そもそも、オレが王都に来る理由を作ったのはあのクソ野郎と……あとは、キミとの約束だったから」


 それはどこか、自嘲を含んだ笑みに見えた。


「……ああ! キッカの踊りが一番かわいかったって話ですわね。ほんとのことでも照れちゃいますわ」

「常々オレは、キミのような愛らしい女性のために、破滅する運命だろうと思ってた」


 セテカはそう言った。キッカの顔を真っ直ぐ見つめ、苦笑を口の端に浮かべながら。

 キッカがどれだけアホなことを言っていても、甘い雰囲気を崩さず喋れるのは、一種の才能だと思う。

 声は甘いのに、それはまるで、恨み言のように聞こえた。


「キミがオレの運命だったみたいだ」


 ディスカードは不思議に思った。

 セテカとて、反乱を起こしたくて起こしたわけではなかっただろう。あくまで手段で、目的ではない。

 だから、反乱軍がなくなったとして、それで国がまともに機能するなら、それに越したことはない筈だ。

 キッカも首を傾げた。


「運命なんてないよ」

「……そうかな」


 キッカもまた、不思議そうな顔をしながら、セテカを真っ直ぐ見つめた。

 セテカが女の目を見るのは、口説くときの癖だろうが、キッカもわりと、会話する相手の目を、(じっ)と見つめる癖がある。

 気づいたのは、この旅が始まってからだ。何故なら、ディスカードと目が合った時に限り、高確率で目を逸らすので。


「現実があるだけで。現実(それ)を強く否定した人間が、大きく変えられるだけ」


 運命なんてないよ。とキッカが答える。

 セテカは目を瞠って、「キミも、現実を否定したことがあるの?」と尋ねた。

 キッカは一度、動きを止めたが、またすぐ笑顔で首を横に振った。


「ううん。だってキッカ、か弱いお姫様だから!」


 キッカが何も考えていないような顔で、屈託なく笑う。

 男は、ぐしゃりと前髪を掻き、笑みを溢した。


「……シャオレイが、キミを【運命みたいな女だ】と、言った理由がわかったよ」


 そう言って、男は顔を上げる。

 やはり、二人は知り合いだったらしい。拠点を知っている時点で、そうでしかないだろうが。それにしても、全て筒抜けだったわけだ。


 シャオレイも、セテカも、キッカを異様に評価している。

 何か特殊なフェロモンでも出ているのだろうか。

 まあ、セテカは女全般にこんな感じかもしれないが。



「──キミの言う通りだ。

 運命なんてない。この時代に、神も英雄もいない。

 だから現実は、オレたちが変えるしかない」


 この言葉こそ、反乱軍の狼煙であったのだろう。


「お前等は早く国から出てけ……この時期のサーリヤの乾きは、苛烈だぜ」


 来たときと比べると、いくらかマシになった顔をして、セテカは宿を出ていった。





#





「ここは静かでいいね」


 レックスの声に、ディスカードはハッとした。

 いつの間にか、レックスはベッドに腰を下ろし、食事を始めている。彼が座ると普通のベッドが子供用に見えた。

 気を取り直し、「雑魚は刺殺でいいね?」と聞き返すと、レックスが、なんだコイツ、という顔をして、「いや、ここ、人が少ないから……」と答えた。

 人気(ひとけ)がないと雑魚は刺殺で良いというのはどういう思想なんだ。ディスカードは、なんだコイツ、という顔でレックスを見た。


 確かに、都の中心に人が集まっているおかげで、この辺りに自分たち以外の客は見かけない。

 経営側からすれば商売あがったりだろうが、ご飯は美味しいし、設備も申し分なく、数日過ごした居心地は悪くなかった。

 夫妻はルカの素性を知らないようだが、それでもこれだけ歓待して貰えるのは、彼の人徳の成せる技だろう。会って早々、「ルカ坊の友達なんだろ?」と言われたので、おそらくそれで余計に良くしてもらっているところはある。

 昨夜も、「最近暴動が多いし、ルカ坊大丈夫かなあ」「隣街の公園に魔物が現れて、教会の一部が崩落したって聞いたのだけど。心配だわ」「戴冠式が終わるまでは皆さん、外に出ない方がいいですよ」と頻りにぼやいていた。

 まさか彼がその暴動の首謀者だとは、夢にも思わないのだろう。


「ルカくんてほんと慕われてんだね」


 第四王子なんて公の場に出ることも少ないだろう。こと彼に関しては、正体を知らずに会ってる国民のほうが多いのではないだろうか。

 レックスに水を向けるが、返事はない。


「……レックスくんてなんでルカくん嫌いなの?」

「? そんなことないよ」


 レックスがパチパチと長い睫毛を瞬いた。

 そんなことない態度ではないが。本人に自覚はないようで、不思議そうな顔をする。


 二人の不和は、旅の初め──というより、《ミニュイノワール》の崖上で会ったときから、既に薄っすら感じていた。

 正体が判明した今じゃ、理由にも薄っすら察しがつく。

 ディスカードは机に頬杖をつき、目を眇めた。


「……あ、そ。ま、嫌う理由なんてないか。ルカくん、ボクたちに憧れてるらしいし? ああでも、()()()()()()()()()()。あの男の血筋だもん。文章だけで傾倒するってすごくない? 《あの人》がルカくんに会ったら、いったいどんな反応を──」

「有り得ない話はやめないか」


 言葉を遮られたディスカードは、しかしちっとも怪訝な顔をせず、「どうして?」と尋ねた。


「ボクたちがここにいる以上、有り得ない話じゃないでしょ」

「それは……」


 レックスが言い淀む。

 それでなくとも、この国はそこら中に、《あの人》の気配がある。

 教会に、地下に、街に、国の象徴(シンボル)に──古くからこの地に根付いた水神と習合を果たし、戦女神が息衝いている。


()()()()とは喧嘩ばかりしてたけどさ。(ルカ)はどうだろう。案外、上手くやれるんじゃない? 《あの人》だって、ルカくんみたいな性格の男は憎からず──」「《D》」


 ──《(ディー)・サンクトゥス》

 レックスの低い声が、部屋の空気を震わせる。

 ディスカードは言葉を止めた。

 懐かしい名で呼ばれたせいでもあり、肝が冷えるような声色であったからでもある。

 しかし、わざわざディスカードの口を塞いだことが、言わんとしていた言葉の肯定に他ならない。

 レックスも感じたのだろう。だからルカへの態度に棘がある。ルカは少し似ているのだ。同じ血筋の男にではなく、かつて、《盾の王》と呼ばれた男に──


「……なに?」

「食事中に喋るのは、行儀が悪いよ」

「……そーね」


 言うに事欠いてそれか、というツッコミを喉の奥に押し込んで、ディスカードは答えた。

 この旅で、静かに飯を食った時間なんてあっただろうか。だいたい作戦会議兼飯。今更すぎる。


「そもそも、彼はきみの妹に求婚してただろう」

「は?」


 舌の根の乾かぬうちに、レックスの方から喋り出すので、ディスカードはじとりと目を細めた。


「求婚はしてないよ。キミ、キッカちゃんをルカくんに押し付けて一石二鳥とか考えてない?」

「そんなつもりはないけど……」


 そんなつもりしかないだろう。

 (キッカ)がどこに嫁に行こうが興味は無いが、流石に今のサーリヤは益がないどころか厄介者だ。

 先日のルカの告白紛いだって本気で言っているようには見えなかったし、キッカも、ルカを気に入ってはいるが、言葉通り友達としての執着だろう。友達が少ないから少し拗らせているが、お互い恋愛感情は見えない。


「やだよ。この国が持ち直すかもわかんないのに。サーリヤが変わるか、それとも暗い時代が続くかは、戴冠式のパフォーマンス次第だね」


 教会は魔物に侵されていて、国がそれを退治しました。めでたしめでたし。

 ──なんて、突然言われたところで、民衆は腑に落ちない。

 だから、それをどう伝えるかが肝要だ。

 民衆の怒りは、どうしたって支配層に向いている。

 きっと、セテカ達が今後反乱を起こすことはないだろう。言葉はキツいが、彼にはもう以前のような険はない。あれは男全員に態度が悪いだけだ。

 しかし、民の暮らしがすぐに改善されるわけでない以上、よほど劇的な変化がなければ、いつ第二第三の反乱軍が現れてもおかしくない。サーリヤは未だ暗雲低迷の中にいる。

 

「代替わりってそんなに重要なんだ」

「この状況じゃあね。民衆に変化を見せつけないと──」


 って、無関係のボクたちがこんな話したところでね。と、ディスカードは手をひらひら振って、話を切り上げた。

 これ以上、レックスを煽っても良いことはないので、ディスカードは黙って野菜を食む。

 レックスも、元々口数が多い方ではないので、こちらがちょっかいを出さなければ静かにしているだろう。


「ところで……」


 ──そう上手くはいかないか。

 いや。これが普段の二人であったら、彼はディスカードの予想した通りの行動を取っていただろう。

 しかし今、彼にとって、己は唯一の()()()()である。


 ディスカードは億劫そうな態度をどうにか隠して、「間違ってたらごめんだけど、知らないよ」と答えた。

 レックスの切り出したかった話題は、それで答えが合っていたようで、「……そう」とあからさまに気落ちした声が返ってきた。

 素直な態度に、思わず苦笑する。

 わかりやすい男だ。


「探してるんだ」

「きみは違うの?」

「ん〜…どうだろうね」


 戦時なら戦力として欲しかっただろうが、今生まで死闘を繰り広げる気のないディスカードに、あまり彼女を探す理由はない。


「正直ボクは、キミと違って、もう戦争なんてやりたかないからね。ま、百は生きるつもりだから、危険の芽は摘んでおくけど」


 ディスカードが此度の戦に手を貸したのだって、大きな理由はそれである。


「俺だって、戦争がしたい訳じゃないよ」

「へえ。じゃあ、ボクと同じ考え?」

「おなじ?」

「いずれまた人魔大戦が起こるとして、自分の代は平和に過ごしたいってこと。つまり()()()()は後の世に任──」

「ソイツは俺が殺す」


 レックスは、迷うことなく言い切った。

 そういうとこだよ、とディスカードは言葉にはせず、思った。


「……ま、そういうワケで。()()()()()()()()、ボクは平和に生きる予定」


 責める? と片目を瞑って尋ねると、レックスは首を横に振った。


「強要はしない。……()()()()()、それは望んでいないと思う」


 ディスカードは笑う。

 お前がそれを言うのか、と思った。

 しかし、仲間であっても、互いに同じ気持ちを求めない距離感が、今のディスカードには丁度良かった。

 恨み言は前世に置いてきたので、余計なことは言わず、「そうだね」と答える。


「……ま、これだけ広い世界で、そう簡単に会えるとも思えないし。今回みたいな偶然はこれっきりでしょ。会えたら会えたで、会えなかったらそれまで。ボクはそれでいいかな」


 ──それでも、キミは探すんだろうけど。

 内心でつけ加えるが、己とて、レックスに同じ気持ちは求めていない。だから、止めはしない。


 レックスは一足先に食事を終えて、カトラリーを置いた。

 しかし、手持ち無沙汰そうに、また持ち上げて、曲げたり伸ばしたりしている。──粘土で出来ていたりするのだろうか。

 何か言いたそうにするレックスを目の端で捉え、しかし助け舟を出す気はなく、ディスカードはもくもくと野菜にフォークを突き刺した。少なくとも己のフォークは真鍮製のようだ。


「もし……」

「……なに?」

「《彼》がここにいたら、この国をどうしたかな」

「……《彼》って?」

「シュン。《シュン=イル・ディエス》」


 なんだかんだ、ディスカードが名前を出すのを避けていた()()を、結局レックスが言ってしまった。

 おそらく、我慢できなかったのだろう。

 その思い出を語れる相手は、今のところディスカードしかいない。


 先ほど煽った手前、まあ機嫌が上向くならば、とディスカードは少し考え、答えた。


「さあ? どうだろうね。《あの人》って身勝手で横暴で、利己的だったから。一度だって正義のために戦ったことなんてなかっただろうし」

「それは、うん」

「でも、助けただろうね」

「……うん」



 シュンはきっと、助けただろう。

 何かと理由をつけて、見捨てることは出来なかっただろう。

 (ロウ)が救うと言い張るから──そう言い訳をして、国を救った。前と同じように。

 アレはそういう、どうしようもない人間だ。





#





 退屈である。


 キッカは、行きよりずっと立派な馬車に乗って、しかし詰まらない顔をしていた。

 最近は殆どの時間、ルカやジゼルが一緒に居たし、行きの時だってレックスが居た。

 ──それが今は警戒対象(ディスカード)と二人きり。

 これなら襤褸い乗合馬車に五人、ああでもないこうでもないと騒がしくしていたときのほうが、よほど楽しかった。



「ルカくんもレックスくんも忙しいんだよ」


 キッカの不機嫌を見かねてか、ディスカードが口を開いた。


「それってキッカより優先されることですの?」

「清々しいぐらいジコチューだなぁ。いつか刺されるよ」

「おにいさま」

「なに? 結婚の話ならどっちが相手でも今は聞きたくないよ」

「レックス様の呼び方変えましたの?」


 ディスカードと会話をすると、退屈に余計な腹立たしさが加わる。キッカは、話を逸らすために質問を投げた。

 ここ最近、ディスカードはレックスのことを、「レックスくん」と呼ぶ。

 寧ろそれで正解なのだが、嫌がられても続けていたあだ名呼びが突然変わったので、ほんの少しだけ気になったのだ。


「あー…うん。まあね」

「……?」


 気のない返事であった。

 どうしても知りたいわけではないので、答える気がないなら、それ以上追求する気もない。馬車の中はまた静かになった。


(……にしても、予想以上に強かったな)


 毎回キッカの想定以上を叩き出してくるディスカードを、正直恐ろしく感じるが、今回の立役者に違いはない。

 番犬(スコォル)が出てきた時点で、予言のこともあり、駄目かもしれないと半分見捨てかけていた。

 それが蓋を開けてみれば、全員大きな怪我もなく、事態は解決に向かっている。大した力である。


 キッカは、クッションの効いた座席に深く座り込み、窓の外の赤い空を見上げた。


(完全に、他力本願だったけど──)


 これでも、約束を守ったことになるだろうか。



 記憶があるというのは厄介だ。

 己が誓った言葉を、触れた掌の温度を、その時の感情まで、しっかりと覚えている。

 こちらを睨みつける、炎のような鮮緑が、ポロポロと水を零し砂地に跡を遺すのを。

 己が、ついぞ拭うことができなかったことも。


 ──不意に、首筋にチリッと粟立つような感覚があり、キッカは飛び起きた。


「……ッ!」

「ちょ、なに!?」


 馬車が急に歩みを止める。

 御者の怒声が聞こえた。

 ディスカードも何か感じたのか、素早く馬車から飛び降りた。キッカもそれに続く。



「──めでたいもんじゃ」



 そこで聞こえたのは、覚えのある声であった。

 顔を上げて、姿を見ると、なるほど。

 

「知り合いですわ」

「ハァ? いつの間にこんな見るからに怪しい小児愛好家のおっさんと知り合ったの?」

「オイ誰が小児愛好家じゃ」


 馬車の行く道を塞ぐように立っていた男は、顔を布でぐるぐると覆い、薄汚れた外套を身に纏った男であった。

 カターリナで、一度言葉を交わした男だ。


「おにいさま、キッカが心配だからって、そんなふうに怒る必要ありませんのよ」

「怒るっていうか警戒してるだけだけど」

「おじさんも内心ではキッカのことか弱くてかわいい守ってあげたいお姫さまみたいって思ってるんだから」

「おどれの妹どえらい自尊心じゃのォ」

「ぐうの音も出ない」


 それにしても奇遇である。

 そういえば、彼と話をしていたのが、ルカと出会った切っ掛けでもあったのだ。

 アレがなければ、今キッカ達はこの国に居なかったかもしれないのだから、数奇な巡り合わせである。


 ひとまず御者を下がらせ、ディスカードが尋ねる。


「で、何の用なのおっさん。こんな物騒なやり方で馬車止めてさ」

「やあまあわしゃどーでもええんじゃけど。知り合いが助けられたって言うから、早めに借りは返しとこうかと」

「? どういう──」



()()()()()()()()



「……何言ってんだこのおっさん」

「さっぱりですわ」


 ディスカードとキッカが顔を見合わせる。

 男はやれやれと肩を竦めた。

 

「察しが悪いのォ……」

「言葉足らずすぎない? 伝えたいことは箇条書きで簡潔に言ってよ」

「心を込めてロマンチックに言ってよ」

「似てるのか似とらんのかわからん兄妹じゃな」

 男は呆れたように溜息を吐いた。


「──今居る国の、国章も知らんのか」


 その一言が耳を通ったとき、キッカは目を見開いた。

 色々なことが、一気に繋がった気がした。


「は? なに言って──や、ちょッ、キッカちゃん……早!?」


 ディスカードの声が、遥か後ろに聞こえる。

 キッカは全力で来た道を引き返した。

 魔力も制限せず、全力で。そうすれば、馬車より身一つのほうがよほど早い。


 ──そうか。

 ヒントは出ていたのだ。

 竜や水神を崇めるわりに、この国の国章にそれはいない。

 あるのは太陽と、隼と、そして大きく吠える──



「《赤い犬》」





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