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転生した魔王殺しの騎士は、か弱いプリンセスに憧れる  作者: 陽譚子
【第二章:砂城の約束 後編】
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叛逆の漂砂6





 皆の息が切れる頃、突き当りに大きな空間が現れた。

 先程までの無骨な通路と違い、寒々しさはあるが、整えられた石造りの部屋だ。

 しかし、面積の割に灯りが少なく、死角が多い。

 視線を上に向ければ、高い天井は薄暗く、よく見通せない。

 横に動かせば、広い壁には一面に、空を舞う竜の壁画が刻まれており、

 下に落とせば、幾つもの複雑な文様が見える。──魔法陣だ。



「……ほんとに辿り着きました」

「すげえ部屋だな」

「この教会は初王の時代に建てられたものです。きっと、彼の信仰が、そのまま形になって──」


 壁画を見渡して、心做しかキラキラと輝いていた目が、ふと自分達の頭上で止まった。

 気になって、キッカも倣って振り返ると、丁度自分達が通ってきた入口のところに、剣を掲げた英雄の姿があった。──半身だけ。


(まあ、どう見ても正規の通路じゃないもんね)


 納得の光景だ。見た目通り、本来あった壁を壊して通したのだろう。

 チラと横を見ると、ルカの反応は分かり易い。

 王族として、国の歴史的建造物の破損を憂いているというには、随分私情の滲んだ表情(かお)だ。そんなに気にすることはないと思うが。言い伝えでは美談にされているが、実際、最初の王様に信仰なんてなかったのだから。


 キッカは肩を竦める代わりに、地上に視線を戻した。

 再度ぐるりと部屋を見渡すと、やはり勘違いではなく、人の気配がある。

 暗くて姿は見えないが、微量であるが魔力も感じる。動きはなく、緊張も感じられない。こちらを認識していないようにも思える。


「──あっちで、なにか動いた気がしますわぁ〜!」


 靴を履き直しながら、キッカはその方角を指さした。

 まったくの嘘であるが、意識を向けさせるには手っ取り早い。


 セテカが近くの松明を捥ぎ、キッカの指した方に近づいていく。

 ()()が照らし出された時、誰より早く反応したのは、ジゼルであった。


「……ッ!」


 彼女は壁に飛びつき、声にならない悲鳴を上げた。

 揺すり、壊そうとするが、しかし()()()()が彼女の細腕でどうにかなる筈もなく。

 普段、あまり感情を(あらわ)にしない(ひと)であるから、少し驚いたが。思い返せば、彼女は最初からキッカには優しかった。元々子供に甘い性質(たち)なのかもしれない。


「オイ、こいつら……」

「……おそらく、孤児院の子供たちでしょう」


 壁の中の子供たちは、皆一様に同じ意匠の服を着ている。ルカは前にも孤児院の子供と出会ったと言っていたし、制服か何かなのだろう。

 皆息はあるがか細く、心臓の動きも緩やかだ。


「ぉんぇ……ちゃ……」


 ふと、掠れた声が聞こえてそちらを見ると、子供の一人がもぞり動き、格子に手を伸ばしている。

 が、まるで弾かれたように、指先すら外に出てこなかった。


(……ディスカードが教会(ここ)にかけた結界と、同じ類だな)


 ジゼルの伸ばした手が弾かれることはなかったように、おそらく食事などを入れるため、外からの侵入は容易なのだ。

 代わりに、ものを取り出す方に関しては、ガチガチに塞がれている。

 ジゼルは、格子を握ったまま項垂れた。


「……そっちは後だ。先に、何が出てくるか解らねえこっちをどうにかするぞ」


 セテカが顎で魔法陣を指す。

 ジゼルが酷い形相で振り返ったが、ルカの表情(かお)を見て、口を噤んだ。


「──ごめんね」


 ジゼルはそう告げて、檻から手を引いた。

 何かを堪えるような声だった。檻の中の子供は、その手を視線だけで追って、静かになった。



「床に刻まれてるみてぇだな」

「……塗料を使うより安心ですから。普通、陣が欠ければ回路も壊れ、正常に使えなくなります」

「テメェ、魔術に詳しいのか?」

「いえ、あまり。一般的なことは教わりましたが、魔力がないので」

「……撃つか」

「やってみましょうか」


 二人はテンポよく会話を交わす。

 普段、どれだけ煽られても苦笑いするばかりで、気が弱いように見えるルカだが、こういうところは思い切りが良く、決断が早い。だから危険に突っ込んで行ったりもするのだが。


 キッカはチラ、と魔法陣に視線を落とした。

 ──召喚陣(ゲート)は、こういう陣を描くのか。

 斯くいうキッカも魔法陣にはそう詳しくない。判断がつかない。


 下がっていろ、とセテカが指示を出し、彼とその仲間が前に出た。

 どんな魔法陣にせよ、壊してしまえば同じことだ。

 キッカは彼等の手元に視線を移す。

 ──歴史で学ぶことはあったが、実物を見るのは初めてで、つい視線で追ってしまう。

 紙面で見たものより銃身(バレル)が長く、どうやら、《(ガン)》というのには色々種類があるようだ。



 ドン、ドン、ドン──と腹に響く音と、岩が割れる音が続けて鳴った。



「……マジか」


 セテカの唖然とした声が、静けさの戻った空間に響いた。

 皆同じ反応だ。魔法陣は、一度途切れたと思いきや、割れた地面の上を、平然となぞり直した。

 ──魔術の自動修復。

 魔力の出所を、キッカだけが視認出来た。


「子供たちを動力源にしてるみたい」 


 ここに魔術に詳しい人間は居ないようだし、魔力持ちなことくらい、バレても大して困らない。貴族は半数以上持っているのだ。

 キッカは素直に、檻を指さした。


「……チッ。結局そいつら出さねえとどうにもなんねぇのか」

「それは──」


 言いかけて、口を噤んだ。

 ディスカードが、「手段を選ばなければ容易い」と言った理由(ワケ)が解った気がした。

 言えば揉めるだろうから、思いついた提案は胸の中に留めておくことにする。

 

(……知ってたのか、あの男)


 檻は最近出来たばかりには見えない。

 だから、おそらく、そういうことだろう。

 理性的な判断だが、たぶん、この場の誰に言っても心象は悪い。


「……魔物が出てくる気配はねえな」


 壊せねぇか試してみるか、とセテカが剣を振りかぶるが、当然歯が立たない。銃を使うのはもっと難しいだろう。弾は格子を抜けて通るため、狙いを外せば子供が死ぬ。

 しかも、これはただの檻ではない。そう特別なものではないが、魔力が通っている。

 ただでさえ、普通の刃では太刀打ち出来ぬ太い格子だ。壊すには、同じく魔力の通った武器が必要だろう。

 

(……いや。言われてみれば、なんで魔物が出てこないんだ?)


 ふと、キッカは疑問に思った。

 間違いなく魔力は通った。しかし、陣が修復されただけで、魔法陣そのものの効果が発揮される様子はない。

 キッカが首を傾げたところで、ズ、と地響きのような音がした。

 次いで、大地が微かに揺れる。──嫌な予感がする。


「……ルカくん、これって、ほんとに《召喚陣(ゲート)》なのかな」

「え? ……違うのですか?」

「おにいさまの《投影魔道具(ファクシミリ)》、今持ってる?」

「私が」


 そう言ってジゼルは、布に包まれた(ファクシミリ)を取り出した。

 それを覗き込んだキッカは、頭痛をこらえるよう、目を瞑った。


「……陣が違う」

 キッカは呟き、鏡を返す。

 ルカたちが怪訝な顔をした。

 映っていたのは、おそらく本物の召喚陣と、召喚した魔物を各地へ飛ばす《転移陣(マージナル)》だった。


「……嫌な予感がする」 今度は、口に出して訴えた。



「……オイ、陣が破壊されそうになったら普通、どうする」

「……破壊されないようにするんじゃないでしょうか」

「でも魔物が出てくる気配はねえ」

「考えられる可能性としては、二つの点をあらかじめ繋いでおく《転移》と違い、一方的な《召喚》では、かなりの魔力を消費すると聞きます。陣の存在を秘匿している現状、おいそれと使うことはできない……とか、」

「秘匿してるなら、破壊しようとするやつが来た時点で、証拠隠滅を計らねえか?」

「……」

「…………」

「………………確かに」


 ピシピシと柱に罅の入る音が、もう、魔力で感覚を研ぎ澄まさなくとも聞こえてくる。

 キッカは一人頷いた。

 魔族の目的が国潰しなら、証拠隠滅は必要だ。今の魔族に、武力だけで一国を(くだ)す力はない。ならば内部分裂が肝要で、魔族を共通敵とし、団結されては都合が悪い。

 その場合、証拠隠滅の方法は二つ──


 《目撃者(ルカ)》を消すか、《秘密(ゲート)》を消すか。


 再会した時の現場(シチュエーション)を考えれば、魔族は元々、前者を目的としていたのだろう。

 それがまさか、強国の魔術師(ディスカード)と出会い、果ては内乱の鍵であろう反乱軍(セテカ)にまで話が伝わってしまった。

 そこまでいったらもう後者のほうが手っ取り早い。キッカが魔族の立場であれば、地団駄を踏んでいただろう。

 そう考えると、ルカは大したことをしたものだ。


「オレ等ごと、証拠も消す気かァ……?」


 セテカが青筋の立った顔で、静かに呟いた。

 おそらく、先程の破壊がトリガーだ。

 魔術は完成しており、あとは引金を引くだけだったというわけだ。

 目撃者も消えてくれれば一石二鳥だろうが、確実に消すつもりなら、この場に魔族が居た筈だ。あくまでついでだろう。


「キッカさん、どうすれば、これ……」


 ジゼルが狼狽した声で、キッカの腕を引いた。

 振り返ると、彼女が指していたのは先程の檻だった。

 なんでわたしに聞くんだ、と思ったが、以前檻の鍵を開けたところを見られているので、その印象が強いのだろう。

 しかし、残念ながら目の前の檻に鍵穴は無い。そもそも、中のものを外に出す想定がされていないのだろう。完全な嵌め殺しであった。


(……方法が、あるにはある)


 無論浮かぶのは、下着の腰に下げられた短剣(スライム)だ。

 鍵穴がなくとも、普通に剣として使えば良い。

 魔力が通っているとはいえ、そこまで複雑な魔術がかかっているわけではない。

 きっとコイツなら、魔術ごと斬れる。

 しかし──


(わたしが、刃を奮い、檻を両断する……?)


 魔力を込められるのはキッカだけ。思い通りに振るえるのもキッカだけ。スライムの自由にさせれば、子供ごと斬りかねない。

 キッカは沈黙した。

 その間にも崩壊は進む。


 ルカが叫んだのは、そんなタイミングであった。


「あのッ! こッ、これ……何か、使えませんか?」


 彼が掲げたのは、ディスカードに持たされた魔石の袋のだった。

 それを見たセテカが、「そりゃ結界だろーが」と斬り捨てるが、キッカは制止の声を上げる。


「待って」


 ルカを見上げると、真っ直ぐ目が合った。

 助けることを確信している顔であった。助けられるか、ではない。


「……どうにかなるかもしれない」


 キッカは頷いた。

 そうと決まれば、試したことのない魔術石(ラピスエンハンス)に他人の命を預けるのは流石に不安なため、手早く指示を出す。

 のんびりしてはいられないが、幸い、魔術は力任せに爆破を重ねるようなものではなく、まだ本格的な崩壊まで猶予があった。爆破の魔術でも組まれていれば、流石にキッカも気付いただろう。これはかなり回りくどい自己破壊の命令だ。


 ルカ一人だけ離れてもらい、魔石を一つ握らせると、全身を覆う膜のようなものが、歪な形に広がった。

 次いでもう一つ握ると、膜は更に広くなる。

 興味深そうに眺めていたセテカの部下が、少し近づきすぎていたせいで押し退けられ、尻餅をついた。

 ルカが慌てて掌を開いたことで膜は消えた。

 ここまでは予想通りだ。


「うん。次、わたしが手を握るから、同じことして」


 魔石を持つ手と反対の手を、キッカが取った。そして合図で、魔石を握らせる。

 すると、歪な膜はキッカを含めて包みこんだ。ただ、少し離れすぎていたのか、内側に押し込まれたキッカは微かにたたらを踏む。

 ──いけそうだ。


 檻の中を見ると、人数は八人ほど。

 しかし子供なら、五つ六つあれば足りるだろう。袋の中を覗けば、それぐらいの数はあった。


「ジゼルさん、一番元気そうな子は?」

「おそらく彼が」


 ジゼルが指したのは、先程彼女を呼んだ少年だった。

 他の子がぐったりと目を瞑っている中、彼だけが薄い目で、()っとこちらを見つめている。


「動ける?」

「……」

「全員くっつかないと、離れてる子は死んじゃうよ」

「……」


 沈黙したままの子供と見つめ合っていると、後ろから、ガンッ、と音を立て、大きな手が格子を掴んだ。


「生きたければ動け! 死にたがる人間を生かしてやれるほど、この国は優しかねえんだよ!」


 セテカが恫喝する。

 崩壊の音より大きく、よく響く声だった。

 少年はゆるゆる瞬きをすると、一度だけ視線をジゼルに移し、そして、動き出した。

 周りの子供たちの手を引っ張り、重ね合わせ、体を寄せる。そうしてから、こちらに手を伸ばした。

 ──賢い子供だ。


「合図で、強く握り締めて」


 少年の手は、格子の外には出られないが、魔石はきちんと檻の隙間を通り、彼の手に渡った。


 セテカが全員に、脇へ避けるよう指示を出す。

 キッカが声を上げた。三、二、一──

 ガッ、と一度、大きな音を立て、ガラガラと格子が地面を跳ねた。

 空間の許容サイズを超えた魔術の膜が、格子を押し退け、突き破ったのだ。


「行くぞ!」


 セテカの号令で、彼の部下たちが、子供を抱えて走り出した。反乱を目論むだけあって、よく統率が取れている。

 空間の崩壊はそろそろ甚大だ。

 皆の最後尾を追いかけながら足許を見ると、屑石となった魔石が転々と転がっていた。

 魔術同士がぶつかり合い、押し勝ったのだ。瞬間的な効果は大きいが、ディスカードの言う通り、あまり保ちはよくないらしい。


 ふと、キッカは頭上に、大きな瓦礫が降ってくるのを知覚した。

 避けたほうがいいだろうと、少し足に力を入れる。

 前方に視線をやると、思いの外近くに居たルカと目が合った。


「──!」


 驚くと同時に、ドン、と軽い衝撃が走り、身体が傾いた。

 足下や頭上ばかりに気を取られていたキッカは、呆気なく体勢を崩した。今ばかりは、身体の軽さを恨めしく思う。

 倒れるまでの一息の間に身体を捻り、視線を上げると、目の前に、少年の身体を庇うように抱き締める、ジゼルの姿があった。

 ──待て。

 魔力も魔術も、彼等は持たない。魔石の袋は、キッカが握ったままだ。


 キッカは本来あり得ないような筋肉の動きで、地面を踏みしめた。

 同時に何かが、目の前を飛ぶように横切る。

 それは、ルカの頭上の大岩を蹴り砕き、吹き飛ばして地上に降りた。


「…………は……ッ」


 長い一瞬であった。

 唇から、鋭い息が漏れる。足から、ぶち、と音がした。

 何が起きたのかを認識し、一拍遅れて、闘牛が体内をドタンドタンと跳ね回るような衝撃が襲った。

 頭だけは冷静に、切れた足の筋に魔力を送っているのが、いっそ滑稽だ。


「ちょっ、何しでかしたの!?」


 入口でディスカードが叫んだ。

 レックスが蹴り砕くだけでは、細かい瓦礫が降っていただろうから、それを吹き飛ばしたのは彼なのだろう。

 二人が現れたということは、地上の問題は解決したのか。

 思っていたより、ずっと早い。

 しかし、考えてみれば、キッカの役割は本来ディスカードが担う筈だったもので。火属性(ワンド)は、普段から魔力を身体の周囲に広げているが、その範囲を伸ばすだけで、風属性(ソード)では足元にも及ばない空間把握能力を持つ。

 おそらく、次兄の魔力量なら、この敷地全体を把握することも可能なんじゃないだろうか。地図が要らないのも納得だ。


「この崩壊どうにか出来ねえのか!」

「もうどうにかしてます〜! 自己破壊の命令は実行済で止められないんだから、みんなまだぺしゃんこになってないのはボクのおかげなんですけど〜!?」


 セテカとディスカードが、平時の調子で言い合っている。

 それを聞いて、キッカの身体からも緊張が抜けていった。心音も落ち着いてくる。


「……キッカ、もう走れないですわぁ〜! レックスさまぁ〜」

「キッカちゃんこの状況でよくそのテンション保てるね?」

「うん。抱えようか?」


 快く応えてくれたレックスを見ると、両腕が肘の近くまで真っ赤に染まっていたので、「やっぱりいいですわ!」と首を振った。どことなく臓物の匂いがする。


「オレが抱えよう」


 そう言ってセテカは、片手に既に子供を抱えているというのに、難なくもう片方の手でキッカを持ち上げた。

 こういう時、身体が軽いことは良いことだ。

 ──良い筈だ。





 セテカの肩越しに、崩壊していく天井を見上げた。

 地上まで抜けたのだろうか。薄暗かった上部の壁面が照らされ、等間隔に取り付けられた大量の格子が、光の下に露わになっていた。

 きっと、あそこに子供がいたら、助けられなかっただろう。

 今、そこに人の気配はない。

 しかし、国の歴史の中で、その檻が必要だった時は必ずあり、そして檻の数だけ、助からなかった命はあるのだろう。

 無関係のキッカには、後悔も、感傷もないが。

 ただ、その事実を思った。





#





 一行は風のように駆けた。

 というかディスカードが背後から魔術で凄まじい追い風を吹き荒らしていたので、風に押されるようにして、一行は再び、東屋(ガゼボ)から地上に這い出た。

 地面からは鈍い地響きが鳴り、やがてパタリと止まった。

 覗いて見れば、穴の底は暗く、土に埋まっていた。


 息を切らした皆の中で、レックスと、子供たちと、抱えられたキッカの呼吸だけが落ち着いていた。

 キッカは腕から降ろしてもらい、疲労とは別に、額に滲んだ冷たい汗を拭った。

 子供たちの呼吸は落ち着いているというより、酷く弱い。早く医者なりに見せたほうがいいだろう。


 屍臭が鼻腔を擽る。

 周囲を見渡すと、腹を打ち抜かれたり、頭をあらぬ方向へ向けた異形の者たちが、血溜まりの中に伏していた。

 奥に見える湖から水は一滴足りとも失せ、ここであった戦闘の激しさが窺える。


「これはどうするんだい?」

「残しておいたほうが良いんじゃない? 結構壊しちゃったし、湖無くなったし。ルカくんにも言い訳が必要でしょ」


 そんなやり取りを、ディスカードとレックスがしていた。

 魔術で身体を清めたらしく、真っ赤に染まったレックスの腕は普通の肌色に戻っている。

 子供たちは、セテカの部下が診療所に運ぶそうだ。命に別状は無いようで。ジゼルがあからさまにホッとしている。

 ルカの方に視線をやると、彼の表情は昏かった。


「……?」

「……僕が、強ければ」


 あの夜、助け出せていたのに──とルカは言った。

 それは例の少年のことであり、今日ここで見た、子供たちのことでもあるのだろう。


「僕が弱いせいで、みんな助けられなかった。こんな──」

「違うよ」


 突然、口を開いたキッカに、ルカが顔を上げた。


「あの子たちは、ルカくんが居なければ、今夜助からなかった」


 孤児院の少年に会った夜、同じことをしていれば、ルカはきっと死んでいただろう。

 そうすればディスカードも、レックスも、セテカも──きっと今夜、此処にはいない。


「ルカくんが行動しなければ、選択を間違えれば、子供たちの存在なんて今頃、誰一人、知りもしなかった。今夜国が救われるとしたら、それは他の誰でもない。ルカくんの選んだ結果……ですわぁ」


 キッカがそう言うと、ルカは黙って、()っとキッカを見つめた。

 それが暫く続いたところで、キッカも、怪訝な顔をして見つめ返した。


「……キッカさんは、すごい人ですね」 ──惚れてしまいそうです。

 ルカが突然そんなことを言うので、キッカは思わず目を瞠った。


「……ん? え、ま……うん。キッカ、かわいいからね……?」


 好意を抱かれることに不思議はないが、直接口に出して言われたのは初めてで、柄にもなく言葉に詰まる。

 納得は出来るが、それでも突然言われたら驚くものだ。


「ちょっとちょっとぉ!? なに急に人の妹口説いてんの? いくら王子様だからってこんな問題だらけの国嫁ぎたい女いないでしょ」


 言われて気づいたが、そういえば彼もレックスと同じ王子様であった。

 ならば求婚は願ったりであるが、ディスカードの言う通り、さしものキッカも情勢不安定な国のお姫様にはなりたくない。というか、


「ルカくん、ごはん屋さんになるんだよね」

「は? 何それ」

「え? ……あ! そうですね」


 ルカはクスクス笑った。ディスカードが、そうですねって何、という顔をする。


「残念だが、お約束にはならなかったか」


 セテカが肩を竦める。

 彼も覚えていたのだろう。祭りの夜の会話を。


「命一つとしてくれてやるつもりはないと、約束しましたから」

「……しぶてぇ野郎だ」

「皆さんのお陰です」


 ルカは微笑って答えた。しぶといし、図太い。

 実際、危うい場面はあった。

 それでも、一つとして諦めなかったのは、彼の意思だ。


 たとえ、自分の命に危機が訪れたとしても。

 たとえ、自分の命を優先することが、ひいては国を救うことに繋がったとしても。

 彼の天秤はきっと、大局ではなく、目の前の命に傾く。

 愚かである。

 為政者に向く男ではない。でも──


(──もし、ルカと先に出会っていたら)


 なんて、考えても仕方のないことだが。

 今はもう、自分を守ると言ってくれた騎士(ラームス)がいるから、王子様探しを急ぐ必要はない。


 そう思いながら、キッカはルカに手を伸ばした。


「友達からなら……いいですわ!」


 友達なら常に募集中である。

 そりゃ欲を言えば同性の方がいいが、ルカと友達になればもれなくジゼルもついてくるだろうし、彼女は特に、スライムのことも、キッカがちょっとばかし頑丈なことも、既に知っているし──


 ルカになら、同じくらいのことは、話していいかもしれないと思う。


「キッカさんと友人になれるなんて、光栄です」


 一応振られた筈だが、ルカは嬉しそうに微笑むばかりで、まるで、さっきの言葉が嘘のようだった。

 実際、冗談だったのかもしれない。

 

「ちなみにキッカは、結婚するなら物語の王子様みたいな人がいいですわ!」

「それはなかなか……キッカさんのお眼鏡に叶うには努力が必要ですね」

「まあキッカかわいいから好きになっちゃうのは仕方ないよ。これからも友達としてよろしくね!」

「……はい。この御恩は、死んでも忘れません」


 伸ばした手を、ルカが握った。

 思ったより重たい返事が来たが、これで友誼を結べたなら良しとしよう。





 こうして、サーリヤの戦は、人知れず幕を下ろした。


 思えば、呆気ない幕引きだ。

 結局魔族は現れなかったし、教会の中に跋扈した魔物も、ディスカードとレックスの敵では無かったらしい。

 しかし、戦というのは大抵こんなもので、何か劇的な終わりというのは、物語の英雄譚にのみ存在する。



 サーリヤの長く静かな戦いは、これで終わった。

 金輪奈落、終わってしまったのだ。





あと三、四話のエピローグ? 的な話でこの章は終わります。

長かった……長々と見守ってくれた方々に御礼申し上げたい。おかげさまで書き終わりそうです……。

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