叛逆の漂砂4
綺麗な舞だったのに、アナタ食べてばっかりじゃない/いや、この──何コレ? コレすごい美味い/……ザハタルサマクかしら。確か、この地域の伝統料理よ/シュン、次の踊りは全員薙ぎ倒せば勝ちらしいぞ!/よし行くぞロウ。腹ごなしだ/ちょっとシュン! アナタお腹に穴空けたばかりでしょう?/塞いでくれたじゃん/キリエもどうだ?/……行く/バッ……来んな参加者殺す気か/ロウに誘われた/みんな一緒のほうが楽しいだろ?/…………加減しろよ/俺を何だと思ってるんだ/ボクが弱体の魔術かけようか?/そうしろそうしろ/じゃあキリエくんとシュンくんは並んで──
「──わたしは要らんだろがい」
寝言と共に飛び起きたキッカは、額を抑え、深い溜息を吐いた。
変な夢を見た気がする。
(……ちょっと外の空気吸ってこよ)
何かあったらディスカード達に助けを求めればいいだろう。どうせ、さっきの寝言で起きている筈だ。
立ち上がり、そっと扉に向かおうとしたところで、足元に転がった頭が、もぞもぞと動いた。
ふるりと睫毛が震え、草原の瞳が、暗い天井を映す。
「……起こしちゃった?」
「…………いえ、」
寝起きで何やら吃驚したような顔をしているルカに、キッカはなんとなく、「外行く?」と問いかけた。
ルカは少しの間固まって、頷いた。
「眠れなかったのですか?」
「ううん。寝つきは良いんだけど、変な夢見て起きちゃった」
内容はあんまり覚えていないが、大した夢ではなかったと思う。
ルカは、「夢ですか……」と、何か言いたげな顔をしたが、結局口から出てきたのは違う話だった。
「キッカさんたちには、本当に助けてもらってばかりで……頭が上がりません」
ルカは眉を八の字に下げて、情けない顔で微笑った。
──祭のことを言っているのだろう。
王子と知りながら斬り捨てられなかった時点で、大したものだと思うが。彼等にとってルカは、宿敵とも言える男だ。それでもこうして空き家を提供してもらい、滞在を許されている。
しかし、どう言ったところで、ルカからすれば借りを作り続けている気分なのだろう。
キッカも、きっとディスカードだって、自分の目的のためにやっているだけなのだから、そう気にすることでもないが。
数刻前──
終わりを決めたのはキッカではなかった。
騒がしく鳴っていた音が止み、ようやくキッカは腕を降ろし、足を止めた。
視線を下ろすと、息を切らせて座り込んだ男達が、こちらを見上げている。──そうか。最後の一人か。
一度だけ、大きく息を吸って、吐いた。
そうすればもう、呼吸は整う。
額にうっすら滲んだ汗を、手の平で拭った。
「──驚いた。お姫様の体力は無尽蔵か?」
声がした方に目を向けると、男がこちらを見ていた。
バチリと目が合う。
思い切り身体を動かすのは久々で、なんだかんだ楽しんでしまった。
戦いも鍛錬も嫌いだが、別に、体を動かす事自体が嫌いなわけではない。
「……ねがいごとは、ルカくんへの協力にしようかな」
男は唇を笑みの形に歪めていたが、本当に愉快なわけではないだろう。
キッカは、ルカに視線を滑らせ、「どうする?」と、首を傾げた。
ルカはポカンと開けていた口を噤み、一度目を伏せると、正面からセテカに向き合った。
「卑怯だと詰られても、僕はこの機会を逃しません」
「……いいぜ。覚悟があるなら言ってみろ」
「貴方は僕より強い」
「当たり前だ」
「だから僕は、貴方たちに委ねます」
「……あ"?」
ルカは続けた。
「選ぶ権利は、貴方たちにある」
──ルカはずっと、反乱軍を巻き込むことに反対していた。
しかし、何を切っ掛けにか知らないが、やっと彼らが王族に庇護されるだけの存在ではないと理解したのだろう。遅すぎるくらいだ。砂漠の移動で鍛えられたこの村の筋肉たちを見て、何を迷うことがあったのか。
国民とて、王族と全く同じ。
自分の目で見て考えることの出来る、ただの人である。
「叶うなら、力を貸していただきたい。けれど、自分の目で真実を決めることも、王族を討って恨みを晴らすことも、すべて、選ぶのは任せます」
「……王族が討たれても、構わないのか」
「まさか。家族ですよ。勿論そうなったら抵抗します」
「あの男達が居れば、オレ等は必要ないんじゃなかったのか?」
「あの男……レックスさんの言ってたことですか? 僕はそんなこと思ってませんよ。それに所詮、他国の人間ですから」
「ククッ……居ないとこではよく吠えるな。性格の悪りぃ野郎だ」
男は顔を歪めて嗤い、頷いた。
「約束は約束だ」
それが男の答えだった。
宣言通り、キッカは選ばれ、祝福された。
後で戻ったディスカードには、何故かめちゃくちゃ驚かれたが。
きっと水の舞踏だけでも選ばれただろう。ただ、二つの踊りを踊り切ったことを、村長らしき老人には褒められたので、念押ししておいて良かったと思う。
「──ふふん。お礼は《アウティング》の最高評価でいいよ」
キッカは胸を逸らし、得意気に言った。
ルカが借りと感じているのなら、寧ろ利用する気満々のキッカである。
目まぐるしい日々に忘れてしまいそうだが、今は校外学習──《アウティング》の最中だ。
《アウティング》とは、生徒が学外に出てなんらかの成果を上げる行事で、学んだことを論文にまとめ提出するもよし、立場のある人間のサインで、学外での働きを保証してもらうもよし。
今回の場合、後者の評価になるだろう。
ここまで来たら、当初のミスティリオンへ向う余裕は無い。
というかディスカードに尋ねたところ、「え? ミスティリオンにはお断りの手紙送っちゃったよ」と言われたので、知らぬ間に後戻りが出来ない状態になっていた。
自分が誘った癖に、勝手な男である。
「……勿論。今回のことが上手く行っても、行かなくても、王印は保証します」
キッカは満足げに頷いた。
ちょっとハードな内容にはなったが、王子のお墨付きを貰えるアウティングなんて、なかなかレアじゃなかろうか。
これなら、単位の心配も要らないだろう。
(アメリアちゃんに会えなかったのは心残りだけど……)
本当なら、今頃キャッキャウフフと女子トークを繰り広げ、彼女と優雅にお茶会でもしていた筈なのだ。
キッカはパタリと、上半身を地面に倒した。
この村には夜間の外灯がない。
花街でも薄暗い場所はあったが、まったきの闇は久しぶりである。
お茶もお菓子もないが、代わりに星はよく見える。
「……もし、現代に英雄がいたとして」
「え、なに急に」
「彼等は再び、各地の魔を倒して周るでしょうか」
怪訝な顔でキッカが見るのも構わず、ルカは言葉を続けた。
再び、という言葉で、ルカの指す英雄が誰なのかは解った。
現代の英雄ではないだろう。
つまり、そういうことだ。
「しないんじゃないかな」
キッカは答えた。
英雄の気持ちなんて、か弱いキッカにはわからないけど、と前置きしておく。
「それこそ魔王なんかに出くわした日には、思い切り逃げ出すと思うよ」
「なぜですか?」
「だってぇ戦った本人からすれば、相手がめちゃくちゃ、それこそ絶望的に強いことを知ってるわけでしょ? 前は、いけるかも! って思ったけど、もう絶対おんなじことしたくないと思う」
「でも一度は倒したではないですか」
「倒したけど死んじゃったじゃん」
ルカは口を開けて、閉じて、黙り込んだ。
英雄に夢を抱いているのは知っているが、でも死んだのは事実である。
そういえば──
ルカと二人きりで話すのは、これが初めてじゃないか、とキッカは気づいた。
大抵いつも、彼のそばにはジゼルがいた。
ジゼルは、ルカにどこまで話しているのだろうか。
「……というかぁ、なんでキッカに聞くんですのぉ?」
「いえ、その……誰でもいいから聴いてみたくて、」
何か理由があるわけではないらしい。
その無差別英雄トークの衝動に巻き込まれたのが、手近なところに居たキッカだったというわけだ。
アメリアとの女子会でする筈だった話とは、程遠い話題である。
「……まあ英雄だって五人いるんだから、みんなそれぞれ考えは違うだろうけど。キッカなら、『誰かどうにかしてくれー!』って思うなぁ」
今のキッカに、魔王を倒す理由はまったくない。ただ、他の四人がどうするかは別だ。
キリエあたりは乗り気な気もするし、ロウやアニスも、立場によっては有りそうだ。
とはいえ、今のところ自分以外がこんなことになっている確証もなければ、魔王が蘇る仮定自体、ゾッとしない妄想だが。
「誰かどうにかしてくれー! ですか、」
ルカが可笑しそうに笑った。
自分一人で何でもやろうとするルカには、理解出来ない考えかもしれない。
キッカにもルカの思考は理解出来ないので、お互い様である。
「……何故、シュン=イルだったのでしょう」
「? なに?」
「いえ、運が悪かったというには、可怪しなほど強かった彼が……彼だけが死んだ。他の誰でもなく。シュン=イルには、僕達に理解の及ばないような、大義があったのでしょうか」
「いやサシで戦ったらからでしょ」
「え?」
「へ?」
ルカが呆けた顔をしたので、キッカは首を傾げた。
大義とかいう七面倒くさいことを言い出しそうなのは、アニスとキリエぐらいのもので、シュンはない。考えたことすらない。
友達が魔王討伐に行くというから着いていって、ただ単に、勝率が高いと思った方に賭けて、負けた。それだけだ。
「その場に他の人が居れば、どうにかしてくれ〜! って思ったかもだけど。一人なら、自分が殺すか、殺されるかしかないもん」
実際は共倒れの結末になったが。
だから大義とかないと思うよ、とキッカは言った。
「ま、待ってください!」
「わあなに声がでかい」
「魔王とシュン=イルがサシでやり合ったってどこ情報です!?」
「え? あ、……あ〜…」
どっかで読んだような気の所為のような、とキッカがもちょもちょ言葉を濁す。
「良ければその文献を教え……いえ! 今ここで話していただいても?」
凄い熱量である。
キッカは若干引きつつ、「わかんなぁい」と誤魔化した。
何せ出典は己の記憶である。
「明日も早いし、そろそろ戻らなきゃ〜」
あからさまに話を逸らし、寝ていた体勢から一気に立ち上がると、隣で膝を抱えていたルカが口を開いた。
「──よく、同じ夢を見ます」
彼の目は、ここではないどこかを見ているようだった。
キッカは彼の旋毛を見下ろす。
「荒野に、一人立っている夢です。だから、起きるとあなた達がいるので、いつも驚きます」
さっきの寝起きの顔はそれだったのか、とキッカは一人納得して、「さすがに慣れなよ」と笑った。
しかし、ルカは至極真面目な顔でこちらを見上げた。
「でもそれが、本来だったんです」
キッカは黙って、ルカに身体を向き直した。
見下ろすと、瞳に星が反射して、キラキラと輝いているように見える。
緑の少ない砂漠の国で、それは特別な色だ。
「僕には、初王様のように国を治める力はありません」
──あの男は、そんなに持ち上げられるほどの王になったのか。
意外な気持ちだが、こうして国が続いている以上、確かにその力はあったのだろう。
思えば、奴もルカと同じで、ロウが手を出さなければ、一人で魔族に立ち向かおうとしていた男だ。
意志の強さだけは、シュンから見ても人並み外れていたように思う。
そう考えると、二人はよく似ている。
一見して、受ける印象は全く違う。寧ろ正反対なのに。
諦めが悪いところも、こうと決めたら譲らないところも、目的のためなら死に急ぐところも、思い込みが激しいところも──
この翠の眸を見ると、つくづく思い出す。
「──でも、あなた達に出会えた幸運は、僕が国のために出来た唯一何より、価値のあることだと思っています」
ルカがそう言って、本当に幸福そうに微笑うので、つられてキッカもへらりと笑った。
まあ、褒められたようなので悪い気はしない。
──この旅は、各々勝手に、自分の目的を果たすため、偶然同じ場所に向かっている。
友人と言うには、些か冷めた関係だ。
でもそれは、かつての五人も同じことで──《シュン》は、あの時の五人、みんなを好いていたわけじゃないけれど、しかし間違いなく、仲間以外に呼び様のない関係だとも思っていた。
だから、もしかすると、キッカにとってのルカも、そうなのかもしれない。
#
「準備は出来たか」
太陽の頭が見えた頃。
装いを整えたキッカ達を、セテカが呼んだ。
彼の後ろには武装した男たちが控えており、荷にも銃火器が積まれている。
キッカにとって銃器はもの珍しく、思わずまじまじと眺めてしまった。
「これからオレ達は王都へ向かう。だが残念なことに襲うのは王城じゃなく、《アルティニーン寺院》だ」
周囲の人間は、皆あからさまな不満を顕にはしなかった。
しかし、内心どう思っているかは解らない。
「だが事の次第によっちゃ、そのまま王城を攻め落とす可能性もあるから、あまり気を落とすな」
「……セテカさん」
「名前を呼ぶなっつってんだろクソが」
相変わらず、ルカの願いが通ったからといって、劇的に関係が変化したわけではない。
出発の準備を進めろ、とセテカがゆるく指示を出し、男達はそれぞれの役割へ散っていった。
駱駝の数や積荷を見ると、どうやら此処にいる全員が一緒に向かうわけではないようだ。およそ半数といったところか。
「……キッカ、テロリストするのはじめてですわ!」
「初めてじゃないって言われたら問い詰めてるとこだよ」
拳を握って気合を入れていると、通りすがりのディスカードに返事をされた。
しかしディスカードは知る由もないだろうが、キッカは戦争を経験済である。かつてはゴロツキのような行為もした。
ただ、そうは言っても長らく国政側の人間だったので、自国の組織に仇なすようなことはしたことがない。今回のような内戦も初だ。まあ、キッカが戦うわけではないし、相手は魔物だけれども。
そもそもキッカは潜入だとか諜報だとか、裏でコソコソ動くのに向いた性格でもなかったので、そういうのは得意な人間に任せており、あまり馴染みがないのだ。
セテカは襲う、と表現したが、そう派手に襲撃するわけにもいかないだろう。中には一般人もいる。
忍んで魔物のみを各個撃破が効率が良いだろう。火魔術師がいれば、そう難しいことでもない。
「ありゃ、雲行きが怪しいね」
ディスカードが声を上げたので、キッカはハッと顔を上げた。
視線の先を辿ると、またセテカとルカが対峙している。
「お前の言葉が、本当かどうか──」
証明できるんだろうな、と男は言った。
周りの男達は我関せずと作業をしているが、意識だけルカに注がれているのが、傍からは感じ取れた。
「……戦うには、相手が要りますから。それが自ずと、証明になると思います」
「そうか。オレは自分の目で見たものしか信じないし、魔術には疎い。見せられた魔道具がそれと信じられるのか、判断がつかん」
男は銃器ではなく、腰にさげていた幅広のシャムシールを抜いた。
それを頭上に振り上げ、ピタリと止める。
駆け出そうとしたジゼルを、レックスの腕が止めるのを、視線の端で捉えた。
「首都へ出向くのも、魔物云々はただの口実で、オレ達を国軍につきだす罠かもしれねぇ」
ザンッ、とルカの鼻先を掠めるように刃が振り下ろされ、重たい音を立て、地面に突き刺さった。
しかしルカは、瞬き一つしなかった。
「──その時は、もう一歩前に出ていただいて構いません」
「ああ遠慮なく」
答えて、男は刃を鞘にしまった。
「生きて王城に帰れると良いな」
「命一つとして、くれてやるつもりはありません。あなたも、生きて故郷に──」
「もう無い。砂に飲まれて消えた」
男は既に背を向けており、その表情は見えない。
「行くぞ──魔物狩りだ」
ふと、キッカは口を開いた。
「……ルカくんて、すごいねぇ」
「何が?」
ディスカードが聞き返した。
独り言のつもりだったが、この距離にいたら返事が返ってきても仕方がない。
キッカも会話の体で返す。
「目の前で剣が振り下ろされても、眉ひとつ動かさなかった」
「ふーん。でも、ロイくんだってそうでしょ」
「それは、レックスさまが強いから。きっと、刃があたったところで、なんともないし」
ルカは、セテカが背中を向けた後も、同じ場所に立っていた。
群衆たちが捌けていく中、一人、拳を強く握りしめていた。
「魔力もないし、強くもない。それでも立ち続けることが出来るのは、すごいことだよ」
──已を英雄ではないと思うのは、出来ることをしただけだからだ。
人より出来ることが多く、出来る範囲に手を伸ばすのに、勇気も何も要らなかった。
「……きっと、ルカくんみたいな人のことを、本物の英雄って言うんだろうね」
キッカが呟くと、ディスカードは口をへの字に曲げた。




